軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第23話 氷騎士の独占欲が大爆発

副団長室の重厚な扉を前にした時、私は両腕に抱えた書簡の山脈を見下ろして、深々と絶望的なため息をついた。

重い。

物理的にも重いが、精神的にはもっと重い。

王都高位貴族家からの「お茶会」という名目の品定め。

地方有力貴族からの面会希望。

他国使節館経由の引き抜き打診。

そして、三十一件にも及ぶ『婚姻前提(正妻候補)』の熱烈な申し入れ。

そんなものが、どうしてこの数日で山ほど来るのか。理解に苦しむ。

(いりませんわよ、そんなもの……! 私は就活生でも婚活令嬢でもありません!)

私はただ、推しの専属側仕えとして、補給を整え、書類を処理し、推しが快適に無双できる神環境を作りたいだけなのである。

それをなぜ、どこかの見知らぬ家へ嫁ぐとか、奥様になるとか、そういう面倒くさい方向へ話が飛ぶのか。解釈違いも甚だしい。

副団長室の中からは、紙をめくる音一つしない。

つまり、クライス様は待っているのだ。静かに。

だが多分、あまり機嫌のよろしくない状態で。

……ええ。分かっておりますとも。

さっきの事務室の空気は、さすがの私にも分かりました。

ほんの少しだけ、冷たかった。いつもより、わずかに。

でも、その“わずかな温度低下”が一番怖いのだ。絶対零度だ。

私はコホンと咳払いを一つして気合い(オタクの覚悟)を入れ、扉を叩いた。

「副団長、失礼いたしますわ」

返事は短い。

「入れ」

その低く響く二文字だけで、なぜか背筋がピンと伸びる。

私は慎重に扉を開けた。

副団長室の中は、私が整えた通り完璧に片付いていた。机の上には必要な書類のみ。窓辺には、先日若い騎士たちからもらった白と薄紫の野花がまだ飾られている。

その前に立つクライスは、窓から差し込む午後の光を背にして、相変わらず無駄のない彫刻のような立ち姿をしていた。

……目に悪いくらい格好いい。国宝。

のだけれど。

「持ってまいりましたわ」

私は書簡の山を机へ置いた。

「例の、全部です」

ドサリ、と重たい音がした。

クライスの蒼い視線が、その山へ落ちる。

ゆっくりと。一通一通の封蝋と紋章を、まるで敵兵の首を数えるように確認していく。

そして、その沈黙が妙に長くて重い。

「……副団長?」

私がおそるおそる声をかけると、クライスはようやく口を開いた。

「多いな」

「ええ」

「全部、縁談か」

「厳密には違うものもございますけれど、概ねそうですわね」

「……そうか」

それだけ。

たったそれだけなのに、室内の空気がまた確実に一段階冷えた気がした。

私は両手を腹前で揃え、慎重に言葉を選ぶ。

「もちろん、全てお断りいたしますわ」

「即答だな」

「当然ですもの」

「中身も見ずにか」

「見る必要が1ミリもございません」

「なぜ」

私はキョトンとした。

なぜ、と問われるほどのことだろうか。だって要するに、全部“うちの有能な嫁に来い”だの“領地経営を手伝え”だの、そういう話なのだろう。

そんなもの、限界オタクの私にとっては不要の極みである。

「私が、副団長の傍(聖域)を離れる理由が、一つもございませんもの」

私は当然のように、力強く答えた。

その瞬間。

クライスの手が、ピタリと止まった。

封書へ伸びかけていた指先が空中でわずかに止まり、それから、ゆっくりと私へ視線が向けられる。

……あら。

今の私の答え、何かおかしかったかしら。

「ルシア」

「はい」

「それは」

クライスはほんの少しだけ言葉を切った。

「……仕事の話か」

「もちろんですわ」

即答した。

当たり前である。何をおっしゃるのだろう。私は副団長付き側仕えであり、第一騎士団の兵站と後方支援の要を担っているのだ。ここを離れるなど、本末転倒ではないか。

だが、なぜかクライスはそこで小さく息を吐いた。

安堵なのか、落胆なのか、別の何かなのか、私には判別がつかない。

「ならいい」

「?」

何が“ならいい”のか、少しだけ気になったが、今はそれどころではない。

私は書簡の山を見下ろし、忌々しげに眉を寄せる。

「それで副団長、これらですが」

「何だ」

「すべて 破棄(シュレッダー) してよろしいかしら」

「処分?」

「ええ」

私は平然と言った。

「読まずに焼却するか、あるいはそのまま未開封で『受取拒否』のスタンプを押してお返ししても――」

「待て」

クライスが即座に言った。

私は目を瞬く。その反応も珍しい。

クライスが、私の合理的で完璧な事務処理方針へここまで素早く口を挟むことはあまりない。

「副団長?」

「確認はする」

「不要では?」

「必要だ」

「なぜですの」

「……」

そこで、クライスは答えなかった。

代わりに、一番上にあった濃紺の分厚い封筒を手に取る。

封蝋には、王都でも有力とされる辺境伯家の紋章。

私はそれを見ただけで、若干嫌そうな顔になった。

「その家、たしか広大な領地経営で有名な……」

「知っているのか」

「ええ。堅実な方針で有名ですけれど、その分“有能な人材(社畜)”を限界まで使い潰すことでも知られておりますわ」

「ほう」

「だから嫌ですの」

「なぜ」

「だって絶対、山のようにサビ残を積まれますもの」

「……」

クライスが黙る。私は続けた。

「しかも『領地運営と軍備再編と外交を全部一人で見ろ』とか平気で言ってきそうですわ。そんなの、今の私の望む『推し活特化』の働き方とは違いますもの」

「望む働き方」

「ええ。私は今の形(副団長専属)が一番気に入っておりますので」

その言葉に、クライスはほんのわずかに視線を落とした。

どうやらそこは咎められないらしい。よろしい。

彼は封を切らずに、そのまま次の一通へ手を伸ばした。

今度は他国使節館の派手な封書だ。私はそれを見た瞬間、露骨に顔をしかめた。

「そちらはもっと嫌ですわね」

「なぜ」

「他国でしょう?」

「だから何だ」

「文化も制度も違いますし、何より推し――いえ、副団長から物理的な距離ができてしまいますもの。供給が絶たれますわ」

「……」

「ああでも、向こうから副団長ごと引き抜くつもりでしたら話は――」

「ない」

「でしょうね」

「当たり前だ」

「ええ、存じておりますわ」

会話だけ聞けば、いつも通りである。

いつも通りなのだが。

なぜか机の向こうの空気が、ジワジワと絶対零度へ向かって冷えていく。

クライスは次々と封蝋を見ていく。

そして、一つ一つへ、必要以上に丁寧な(殺意の篭った)手つきで確認を入れていた。

開封はしない。ただ差出人を読み、そのまま乱暴に山へ戻す。

その様子が、妙に気になった。

「副団長」

「何だ」

「……もしかして、お怒りですの?」

「なぜそう思う」

「いえ、その」

私は慎重に言葉を選ぶ。

「少々……空気が、吹雪のように冷たいような」

「気のせいだ」

「そうですの?」

「そうだ」

即答だった。だが、それを信じろと言われても少々難しい。

私は少しだけ首を傾げた。

クライスは普段から「氷の騎士」と言われがちだが、あれは平熱が低いだけであって、こういう“静かにブチギレている”のとは明確に違う。

今は明らかに、何かが致命的に引っかかっている時の空気だ。

「おかしいですわね」

「何がだ」

「副団長はこういう政治的なお話、基本的に興味を示されない方だと思っておりましたの」

「……」

「なのに、今日は一通一通、やけに執念深くご覧になっているから」

「確認だと言った」

「そうですけれど」

私は机へ片肘をつきそうになるのを淑女の理性で抑えつつ、ジッとクライスを見た。

「何をそんなに気にしていらっしゃるのです?」

「……」

「副団長?」

その時だった。

「失礼いたします!」

部屋の外から、慌ただしい声が飛び込んできた。

扉が開き、事務担当の眼鏡騎士が、ひどく気まずそうな(命の危機を感じる)顔で立っている。

「何かしら」

私が聞くと、彼は視線を泳がせた。

「ええと、その……追加、です」

「追加?」

「はい」

彼はそっと、もう一通の分厚い封書を差し出した。

私は一瞬、呆然とした。

まだ増えるの!? この地獄の状況で!?

「今度はどちらから?」

「……王都西方を預かる、ハイネル侯爵家です」

「侯爵家」

私の眉がピクリと動く。

眼鏡騎士は、さらに冷や汗を流しながら続けた。

「内容確認済みですが……“これほどのご令嬢を単なる側仕えなどという位置に置くのは国の損失”“我が家へ『正妻』として迎え、家政・領政の中枢のすべてを任せたい。結納金はいくらでも積む”とのことです」

「いりませんわ」

「まだ全部言ってません!」

「言う前にいりませんわ」

私はキッパリと言い切った。

だが、その隣で。

パキッ、と。

小さな、だが決定的な音がした。

見れば、クライスの手元の金属製のペンが、いつの間にか見事に真っ二つに折れていた。

「…………」

「…………(ヒッ)」

私も、眼鏡騎士も、同時に固まる。

クライスはしばらく何事もなかったかのように座っていたが、やがて自分の手元を見下ろし、へし折れたペンを静かに机へ置いた。

「ふ、副団長」

私が恐る恐る呼ぶ。

彼は顔を上げた。表情はいつも通りだ。

だが、蒼い瞳の奥だけが、底知れぬ猛吹雪のように荒れ狂っていた。

「ルシア」

「は、はい」

「その手紙は、こっちへ寄越せ」

「……はい」

私は反射で従った。何だか今、絶対に逆らってはいけない気がしたのだ。

クライスは封書を受け取り、封蝋を見た。

それだけで、室内の温度がまた急降下した気がする。

眼鏡騎士が、そろそろと後ずさる。

「ええと……追加があれば、また……」

「今は、誰一人入れるな」

クライスが地を這うような声で言った。

「は、はいィッ!!」

バタンッ! と、扉がものすごい速さで閉まった。

……取り残されたのは、私とクライスだけである。

ひどく、静かだった。

さっきまで“ちょっと機嫌がよろしくないかも”程度だったものが、今はもうハッキリと巨大な形を持ち始めている。

空気が限界まで張り詰めている。

しかし、それが怒りなのか、苛立ちなのか、別の何かなのか、私にはまだ分からない。

「副団長」

私はおそるおそる口を開いた。

「本当に、大丈夫ですの?」

「何がだ」

「その……ペンが、物理的に」

「金属疲労だ」

「そういう折れ方(握り潰し方)ではなかった気がいたしますけれど」

「気のせいだ」

「今日、何度目かしらその台詞」

するとクライスは、ほんの少しだけ眉を寄せた。

ああ、これは駄目だ。完全に何かの地雷を踏み抜いている。

私は深く息を吸い、それから率直に尋ねた。

「もしかして、副団長」

「何だ」

「縁談の件、お気に召しませんの?」

その問いが落ちた瞬間。

空気が、ピタリと止まった。

クライスの視線が、真っ直ぐ私へ突き刺さる。

いつもは冷たいだけの目が、今はひどく深く、暗い。

読みきれないドロドロとした熱が、その奥に滲んでいる。

「……お気に召すと思うのか」

「普通はそういうものでは?」

私は正直に答えた。

「有能な人材が高く評価されるのは、組織として悪いことではありませんでしょう」

「他人事みたいに言うな」

「他人事ではありませんわ。私自身、ひどく困っております」

「何に」

「全部です」

私は机の上の山を指差した。

「見ず知らずの方々から“うちへ来い”“妻になれ”“地位と財産をやる”と一斉に言われても、処理に困りますわ」

「なら断ればいい」

「断りますとも。秒で」

「だが来る」

「来ますわね」

「……」

「だから面倒ですの」

そこまで言って、私はふと気づいた。

クライスの怒り、あるいは不機嫌は。

どうも“私が引き抜かれるかもしれない”こと『そのもの』へ向いているように見える。

仕事の問題としてなら分かる。私は今、補給と実務の 要(サーバー) だ。第一騎士団から抜ければ、確実に業務が滞って面倒だろう。

……だが、それにしては。

どうにも、反応が個人的すぎる気がする。

まさか、と思う。

いや、まさか、ですわよね。オタクの自意識過剰(都合の良い幻覚)ですわよね。

私は慎重に、さらに一歩踏み込んだ。

「副団長」

「何だ」

「もしかして」

「……」

「嫉妬、していらっしゃいますの?」

次の瞬間。

部屋の空気が、完全に止まった。

クライスの目が、ほんのわずかに見開かれる。

その表情があまりにも珍しくて、私はむしろそちらに驚いた。

だが、その沈黙は長くなかった。

「……そうかもしれん」

「…………はい?」

今、何と?

私の方が完全に固まった。

いや待ってくださいまし。

冗談で、半分はオタクの探りで言ったのだ。そんなアッサリと正面から認められるとは思っていなかった。

クライスはゆっくり立ち上がる。

机を回り込み、私の方へ向かってくる。その歩みは静かで、無駄がなくて、やっぱり目に悪いほど格好いい。

だが今はそこではない。

「ふ、副団長?」

「ルシア」

「は、はい」

「俺は今」

クライスは私の目の前で足を止めた。

「非常に、気分が悪い」

「そ、それはお身体の傷が」

「違う」

「では」

「お前が“俺以外の他へ行く”と考えただけで、どうしようもなく腹が立つ」

私は、完全に言葉を失った。

冗談ではない。本気だ。

この人は今、本気でそれを言っている。

クライスは真っ直ぐに私を見ていた。

逃がさないように。誤魔化させないように。

ひどく静かなのに、逃げ場のない熱だけがそこにある。

「王都貴族も」

一歩、距離が詰まる。

「地方の有力家も」

もう一歩。

「他国の使節も」

さらに、近い。

「全部、気に入らん」

「…………」

いや、ちょっと待ってくださいまし。

心臓が。心臓がもちませんわ。

「副団長、それは」

「何だ」

「いくら何でも、そういうのは」

「そういうのは?」

「その……」

私はしどろもどろになった。

「ど、独占欲が、強すぎではありませんこと……?」

「そうだな」

クライスはアッサリ頷いた。

「強い。自分でも異常だと思う」

認めるのも早い。しかも自覚がある。

そしてその認め方が、あまりにも迷いがない。

私は半歩下がろうとして、すぐ後ろが机だと気づいた。

逃げ場がない。いや、物理的には横が空いているのだが、彼から放たれる『圧』のせいで何となく動けなかった。

クライスの声が、さらに一段低くなる。

「山ほど来たな」

「……はい」

「全部、お前を正妻に欲しいと言っている」

「まあ、そういう形になりますわね」

「気に入らん」

「……はい」

「お前は、俺付きだ」

「はい」

「第一騎士団の一員だ」

「はい」

「そして」

そこで一瞬だけ、言葉が切れる。

私は息を呑んだ。

次に来る言葉を、待ってしまっている自分がいた。

待つな。待っては駄目。そう思うのに、胸が勝手に高鳴る。

クライスは、ゆっくりと、決定的な言葉を続けた。

「彼女の主は、俺だ」

「……ッ」

「誰にも、絶対に渡さない」

その瞬間。

私の脳内で、限界オタクの理性が盛大に爆発四散した。

主。俺。

誰にも渡さない。

情報量が多すぎる。あまりにも多すぎる。

しかも、そんな真顔で、そんな静かな声で、そんな激重な独占欲を正面からぶつけてくるなんて反則でしょう。

「ふ、副団長……!」

ようやく絞り出した声は、情けないほど震えていた。

「それは、その、ただの側仕えに向ける態度ではございませんわよ!?」

「そうだろうな」

「認めるんですの!?」

「今、ハッキリ分かった」

「何がですの!」

「俺が、お前を一生手放す気がないことだ」

だめだ。

無理ですわ。そんなの、そんなの。

私は両手で顔を覆いたくなる衝動を、最後の公爵令嬢の意地で押しとどめた。

ここで崩れ落ちたら負けだ。何の勝負かは分からないけれど、とにかく今は立っていなければならない。

「副団長、落ち着いてくださいまし」

「落ち着いている」

「落ち着いている方は、金属製のペンを握り潰したりいたしませんわ!」

「それは……」

クライスがほんの少しだけ眉を寄せる。

「認める。少し理性が飛んだ」

「また認める!」

私は本気で頭を抱えたくなった。

だが、その一方で。

胸の奥が、痛いほど熱い。

この人は今、完全に自覚したのだ。

独占欲を。執着を。

私を他の男へ絶対に渡したくないという感情を。

それがどれほど重くて、どれほど甘くて、どれほど危険か。

前世でゲームを百周した私は、誰よりもよく知っている。

――氷の騎士は、一度熱を持つと、誰よりも重い。ヤンデレ一歩手前だ。

そして今。

その“激重感情”の矛先が、完全に、逃げ場なくこちらを向いてしまった。

「ルシア」

クライスが、静かに呼ぶ。

私はビクゥッと肩を震わせた。

返事をするだけで精一杯だ。

「……はい」

「その手紙は全部断れ」

「断りますわ」

「返事も必要最低限でいい」

「もとよりそのつもりです」

「俺の許可なく、他の男に会うな」

「それはさすがに横暴では!?」

「嫌なら、俺の目の前で断れ」

「どうしてそうなりますの!?」

会話としては破綻している。

だが、本人はものすごく真面目な顔だった。冗談ではない。本気で言っている。

私はクラクラしながら額を押さえた。

「副団長……」

「何だ」

「独占欲が大爆発しておりますわよ」

「自覚はある」

「なぜそんなに冷静なのです!?」

「冷静でなければ、もっとひどいことをしている」

「十分ひどいですわ!!」

思わず叫ぶと、クライスの口元がほんの少しだけ動いた。

今、絶対に笑いましたわね? この状況で?

だが、その次の瞬間。

彼はスッと真顔へ戻り、低く告げる。

「冗談ではない」

「……」

「本気だ」

「……はい」

「お前が他の男から欲しいと言われるたびに、腹が立つ」

「…………」

「誰にも、やりたくない」

その圧倒的な重さに、私は何も返せなかった。

だって、痛いほど分かってしまうからだ。

この人はきっと、軽く言っていない。今ここで、自分でも驚くほど正直に、ただ本音(執着)を置いている。

どうしよう。

嬉しい。怖い。心臓が痛い。

でも、嫌ではない。全然、嫌ではない。

むしろ。むしろ――。

「……副団長」

私はようやく、そっと声を絞り出した。

「私、どこにも参りませんわ」

「……」

「正妻だろうと、高位貴族だろうと、他国だろうと。そんなもの、最初から微塵も興味ございません」

「本当か」

「本当ですわ」

私は、できるだけ真っ直ぐに、あの蒼い瞳を見た。

「私がいたいのは、ここだけですもの」

副団長室。第一騎士団。

そして何より、この人の傍。

クライスは、しばらく黙っていた。

その沈黙が長くて、私は自分でも馬鹿みたいに緊張していた。

やがて。

彼は、ごく小さく、憑き物が落ちたように息を吐いた。

「……なら、いい」

その声は、ようやく少しだけ穏やかだった。

私はその一言で、どうにか生き延びた気がした。

だが、多分。

本当に恐ろしいのはここからなのだろう。

なぜなら私は、今、ハッキリ知ってしまったからだ。

氷の騎士は。

一度“自分のものだ”と認識した相手へは、想像以上に容赦がない。

そしてその認識は、今この瞬間に。完全に、私へ固定されてしまったのだと。

その頃、副団長室の扉の外では。

「静かですね」

若い騎士がヒソヒソと呟き、

「それが一番怖いんだよ」

ローデン隊長が遠い目で返し、

「氷の副団長、今ごろ完全に自分の感情を自覚して爆発してる頃じゃないですかね」

と、団長までもが腕を組んで聞き耳を立てていた。

一方その室内で、私はというと。

机の上の大量の縁談書簡と。

大爆発した推しの独占欲と。

“誰にも渡さない”というあまりにも重すぎる宣言に。

限界オタクとしての処理能力を完全に超えられたまま、ただひたすら顔を真っ赤にして立ち尽くしていたのである。