軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

セプテム

「させません!」

モニカの声が聞こえると、セレスの頭上から回転しながら降りてくる。

両手にはメイスを握りしめ、人に振り下ろせば悲惨な結末を迎えるような一撃をモニカはセレスに繰り出していた。

地面に積もった雪が所々赤く染まっている通りで、俺は最後の瞬間を迎えなかった。

いや、時間が延びただけかも知れない。

振り下ろされたメイスを、セレスはレイピアで受け止める。

衝撃と風圧でセレスの周囲に積もった雪が舞い上がり、回転していたモニカが空中で制止すると二人の髪がふわりと動いた。

とても信じられない光景だ。

モニカの一撃は本当に重い。

人が――それも細いレイピアで受け止めるなど、通常は不可能である。

それをやってのけるセレスを、俺はどこかで当然だと思っていた。

「この私に敵意を抱かせたのは、貴方が二人目ですよ」

セレスから飛び退き、モニカは両手に持ったメイスを構える。

次の瞬間、俺の前にはアリアの背中が見えた。

セレスとの間に滑り込むように出現したアリアは、息を乱している。

「こんなに連続で使ったのは……はじめてだけど……間に合ったみたいね」

周囲を見て、アリアは危険な状況であったのを理解したようだ。槍は持っていなかったが、腰に下げた短剣を抜いて構えていた。

セレスはレイピアの黄色い宝玉に視線を向けており、それからゆっくりとモニカとアリアに視線を向ける。

「スキル持ちが一人に、古代の機械人形が一体……面白いわね。コレクションにしたいけど」

セレスは俺の方を見た。

体が思うように動かず、俺は地面に膝をついたままセレスを睨み付ける。

アリアも異変に気が付いたようだ。

「あんた一体……」

アリアを見つめていたセレスだが、小さく溜息を吐いた。

どうも困った様子だ。

「駄目ね。普通なら見つめるだけでもいいのに。そっちの機械人形は、私のものになる気はない? ライエルより、私の方が大事にするわよ」

モニカはメイスをセレスに投げつけると、スカートから新しいメイスを取り出していた。

セレスはレイピアで一つを弾き、一つを両断する。

弾かれたメイスが、俺の方に転がってきた。

「そう、残念ね」

それだけ言うセレスに、モニカは言い返す。

「機械人形ではなくオートマトンか、メイドと呼んで頂きたいですね。しかし、私が敵意を持つとは……貴方は人間ですか?」

セレスが丸で人ではない言い方だが、俺は内心で間違いないと思っていた。

既に人を超えた何かに、セレスはなりかけている印象を受ける。

クスクスと笑い、セレスはモニカに言う。

「迷宮から出現した偽物の癖に、随分とこだわるのね」

セレスは何かを知っているような口ぶりだったが、モニカは鼻で笑う。

「私が存在し、チキン野郎がご主人様であるのは変わらない事実ですからね。偽物だの本物だの、二の次なんですよ!」

四代目が、現状を簡単に俺に伝えてきた。

『二人増えても現状は不利のままだね。ライエル、他に誰か向かってきているか確認をしろ。それから……ノウェムちゃんが来ているかは絶対に確認してくれ』

緊張感と共に、ノウェムを疑うような四代目。

だが、声には自己嫌悪も含まれているような気がした。

疑いたくないが、セレスの口からノウェムの名前が出たのである。

「……アリア、他のみんなは?」

小声でアリアに確認をする。

アリアも小声で。

「みんなすぐに来るわ。私とモニカだけ先行したのよ」

それを聞くと、俺は言う。

「ノウェムは何か言っていたか?」

「かなり焦っていた様子だったけど? ここまできてノウェム? 急いで駆けつけたんだけど? それにしても、なんで周りの連中は動かないのよ」

周囲をキョロキョロと見るアリアに合わせて、俺も周囲を確認した。

騎士、兵士、野次馬――全員がセレスを見ている。

中には涙を流している野次馬もいた。

俺は力を振り絞って、近くに転がったメイスを握りしめる。

五代目が。

『ライエル……お前、どうしてそこまでする? 負けて悔しいのか? それとも意地があるのか? 馬鹿にされたくらいで、腹を立ててどうするよ!』

五代目は俺を心配しているようだ。

(もう半年以上の付き合いだったな……なんか、色々と分かってきた)

いつも飄々としている三代目が、俺にアドバイスを送ってきた。

『ライエル、ノウェムちゃんが来るまで耐えられるかい?』

六代目は、ノウェムをそこまで気に入っていない。

付き合いのある家の娘、という感じだ。

『三代目、何か考えでもありますか?』

七代目が俺の心配をする。

『この場を切り抜けて、ライエルが生き延びる方法でも?』

しかし、三代目はそれを否定する。

『想像以上に厄介だよね。気分屋でライエルには敵意が強い。ノウェムちゃんの名前が出たから、そこまで耐えれば何か動くかも知れないよ。こちらにとって都合が良いか悪いかは分からないけどね』

逃げ出せば良かった。

などとは、俺は今でも思っていない。

戦って見て、そして理解出来た。

俺はセレスから逃げられなかった。追いつかれて、そのまま戦闘になっていただろう。

五代目も、それを理解しているようだ。

『実力差がありすぎる。ここまでとは思わなかった……甘かったな。今のライエルなら、聞いていた印象からなら逃げ出す程度は可能だと思ったんだが』

四代目が俺に言う。

『時間稼ぎは出来るだろうが、モニカとアリアちゃんでどこまでやれるかな』

俺は深く深呼吸をすると、セレスを見て笑った。

「……何がおかしいのかしら?」

「いや、別に」

そう言って俺はニタニタと笑いながら、セレスを見るのだった。

眉をピクリと反応させたセレスは、俺とアリアの間に入ってくる。

アリアが後ろに回られたので、目を見開いて振り返っていた。

セレスが俺の胸倉を掴み上げると、俺はそれでも笑っていた。

両手にメイスを持ったモニカが、セレスに向かって駆け出すとアリアも短剣を突き出して――壁に吹き飛んだ。

二人が一瞬で壁に吹き飛ばされると、アリアの方はスキルで防いだのか起き上がる。

モニカの方は、吹き飛ばされて穴が空いた場所とは違う壁から飛び出して来た。

俺の方が驚いたのだが、セレスはモニカを蹴飛ばす。

地面を転がり遠くまで吹き飛んだモニカは、立ち上がるとセレスに向かってくる。

「もういい!」

俺が制止させると、セレスは俺を見上げていた。

「チキン野郎……」

モニカが現状をどうにかしようとしているのは分かっていたが、相手が悪すぎる。

「そこで見ていろ」

次の瞬間、俺は壁に背中を強打する。

セレスが俺を持ったまま、壁に叩き付けたのだ。

無表情なセレスは、俺を見て口を開く。

「随分と余裕ね。もう諦めたのかしら?」

口から血が流れてきた俺は、痛みに加えて意識が飛びそうなのを我慢してセレスを笑いながら見ていた。

馬鹿にされるのが嫌いなようで、そういったところは幼いのだと気付く。

「満足か?」

「あん?」

セレスが今までの余裕のある笑みではなく、睨み付けてきた。

「満足かと聞いているんだよ。圧倒的な力で弱者を踏みつぶして楽しいか? 良かったな……お前にはお似合いだ」

そう言うと、セレスは俺の左腕をレイピアで突き刺し壁に貼り付ける。グリグリと動かされ、俺は悲鳴を上げた。

「アァァアァ!!」

声にならない声というのを発し、それでもセレスを見て笑う。

(そうだ、いたぶるのが好きなんだよな! お前ならこうすると思って……ちくしょう、痛ぇぇぇ!!)

三代目が。

『ライエル、挑発は程々にしないとね。だけど、二人を犠牲にしなかったのは褒めておこう。本当に賭だったけど、間に合ったみたいだ。ま、ここからどう動くのかが重要なんだけど』

すると、その場にノウェムが駆けつける。

「ライエル様!」

――ノウェムは、ライエルの左腕から咄嗟にレイピアを引き抜いて距離を取るセレスを見ていた。

ウォルト家を飛び出したライエルについて行った。だから、こうして顔を合わせるのは半年以上も期間がある。

以前よりも更に成長し、雰囲気は更に妖艶なものになっていた。

年齢にそぐわない美貌を持ち、セレスは息を切らしてライエルに駆け寄るノウェムを見て声も発しなければ攻撃も加えない。

すぐにライエルの治療をその場で開始するノウェムは、セレスに背中を見せたままだ。

意識を失いそうなライエルは、ノウェムに。

「モニカは無理だろうが、アリアとシャノン、それにエヴァの治療を先に……」

そう言ってライエルの体から力が抜けると、ノウェムは抱きしめた。

ゆっくりと雪の上に寝かせると、ノウェムはセレスに振り返る。

駆けつけたミランダは、アリアの下へ。

そして、クラーラはモニカの側へと向かう。

応急処置を済ませたライエルを庇うように立つと、持っていた杖をセレスへと向けるのだった。

「……約束が違います。手は出さないと言いましたよね?」

それを聞いたセレスが、視線をチラチラと黄色い宝玉へと向けている。

まるで、宝玉の意思に逆らっているのか、セレス自身はノウェムをこの場で斬り捨ててしまおうとしている。

ノウェムにもそれが理解出来ていた。

セレスはレイピアを鞘にしまうと、ノウェムに向かって言うのだ。

そして、セレスが武器をしまうと騎士たちがセレスの下に集まってくる。

「はいはい、ごめんなさい。すいません! でも、先に手を出したのはそっちよ」

クスクスと笑っているセレスを見て、ノウェムは周囲へと視線を向けて雪が積もり始めた横たわるアルフレートと兵士を見た。

どちらも、セレスがやったのを理解する。

「嘘ですね。ライエル様は、そんなお方ではありません。先に手を出したのは、アルフレート殿ではありませんか?」

アルフレートのこれまでの行動も、ノウェムは知っている。何しろ、元はウォルト家と深い繋がりのあるフォクスズ家の娘だ。

セレスは無邪気に。

「知らなーい! だって、来たら戦っていたんだもの」

クスクスと笑いながら、その場から立ち去ろうとしていた。

ノウェムはそんなセレスに言う。

「もしも、ライエル様が死んでいたら……私はセレス様が相手でも戦っていましたよ」

立ち止まったセレスに、周囲の騎士たちは剣の柄に手をかけていた。

中にはノウェムの知っている騎士も数名おり。

「フォクスズ家の娘が、セレス様に刃を向けるというのか!」

「出来損ないの婚約者は、やはり出来損ないか!」

「フォクスズ家の次女風情が――」

ノウェムは騎士たちを無視する。

そうするしかなかった。

ノウェムの抱いた感情は『不憫』である。

(ウォルト家の騎士たちがここまで……)

もとは立派な騎士たちであり、かつてはライエルの成長を喜んでいた。ライエルの初陣は誰が参加するなどと言って騒ぎ、酒を飲みながら楽しそうにしていた者もいる。

アルフレートも、ライエルを以前は弟のように可愛がっていたのである。

それが――。

「答えないのですか? それとも……【セプテム】と呼んだ方がいいのですか?」

ノウェムが杖を握る力を強め、いつでも魔法が放てるようにするとセレスが凄い形相で振り返った。

「その名前で私を呼ぶんじゃない。私はセレスよ……あんたたちフォクスズ家の連中が、大事に守ってきたウォルト家――その娘よ。手を出せるのかしら?」

後半になれば、勝ち誇った表情でセレスはノウェムを見ていた。

ノウェムは杖を下ろす。

フォクスズ家にとって、ウォルト家はとても重要な意味を持っていた。

(まだ、セレス様であるのなら私は手を出せない)

そのため、一族が代々ウォルト家を影ながら支えてきたのだ。

「……ライエル様には、手を出さない約束だったはずです」

セレスは興味なさそうに言う。

「忘れていたわ。ごめんなさいね。でも……次ぎに見かけたら、本当に刻んであげるわ。貴方にも見せてあげるから、今後は私の視界に入らないようにしてね。あ、でも……」

セレスは前屈みになり、右手の人差し指を唇に当てる。

そのポーズは可愛らしく、そして無邪気なものだった。

「三日後には大事な発表があるから、広場に来ても良いわよ。ライエルにも言っておいてね……両親も見られるから、指をくわえて見てなさい、って」

笑い出したセレスは、そのまま騎士たちに囲まれながらその場を後にする。

ミランダやクラーラに視線を向けていたが、二人が興味を示さないとつまらなそうにしていた。

兵士たちが、アルフレートや兵士の遺体を回収していくとその場は瓦礫の山と雪が積もるだけだった。

アリアに肩を貸すミランダが、過ぎ去っていくセレスを見ていた。

「……前に見た時よりも酷くなっているわね」

数年前に出会っていたミランダが、セレスが以前よりも成長しているのを理解出来たのだろう。

アリアは、悔しそうにセレスの背中を見ている。

「何もできないなんて」

ノウェムは、そんなアリアに言うのだ。

「いいえ、アリアさんは立派に抵抗されていましたよ」

「慰めなんかいらないわ。何もできなかったのは事実よ」

クラーラも、モニカを伴って歩いてくる。

(普通は、それすら出来ないんですけどね)

ライエルが倒れた事で、どうにも本調子ではないモニカを気遣っていた。

そして、モニカはノウェムを睨み付ける。

「貴方は何か知っていますね? 答えて頂きます。何が目的なんですか!」

ライエルにとっての敵になるかも知れない、そう判断したモニカが問い詰めてきたのだ。

ノウェムは、少しだけ困惑するが苦笑いをして。

「先にシャノンちゃんやエヴァさんの手当も行ないましょう。ここは寒いですからね。ライエル様も早く移動させないと」

モニカはノウェムにライエルを触らせまいと、自分がライエルを担ごうとする。

すると、人通りの少ない通りに馬車が来て全員の目の前で止まるのだった――。