作品タイトル不明
五十歩百歩
三つに分かれた五百人規模の部隊。
アリア、ミランダ、バルドアの部隊により、寄子を襲撃された伯爵が動いた。一千五百の敵を前にして退くことが出来ず、本隊を動かしてきたのだ。ただし、最終的に集まった兵士たちは四千にまで減っていた。
集まらなかったのは、略奪から戻ってきていない部隊があったからだ。そして、アリアたちの働きによって大きく削られたからである。
互いに小高い丘に本陣を持ち、向かい合って野戦が始まろうとしていた。だが、アリアたち三隊と合流――そして、最終的に八千近い部隊を持つ俺は敵を前にして考え込む。
「二倍近い数だな。それでも、正面からいくのは少し被害が大きいか」
借りてきた兵士たち、というのもあって出来れば減らしたくない。相手は想像以上の規模の軍勢を前にして戸惑っている様子が分かった。
目を閉じれば、五代目の―― ディメンション ――によって戦場が立体的に俺の頭の中に表示され、敵味方を六代目の―― サーチ ――が表示してくれいる。本当に、五代目と六代目のスキルの同時使用は卑怯の領域だと思う。
ただ、そんなスキルも効果的に使わなければ意味がない。
ポーターの天井に登り、これからどうするかを考えていると七代目がアドバイスをしてきてくれた。
『ライエル、相手の配置をよく見るんだ。もっと情報は詳しく取れ。魔力の消費を考えて節約だろうが、相手がどんな編成をしているのかを知るべきだ』
久しぶりに怒られてしまった。
「……確かに。ではリアルスペックで」
六代目の三段階目のスキル―― リアルスペック ――は、より相手の詳細を俺に知らせてくれる。急激に情報量が増えたと同時に、大量に頭の中に流れ込んでくる感覚……そして、それらを一時的に、モニカに流すことでモニカが俺に理解しやすいように処理をしてくれた。
「基本的に本隊の両翼に寄子の部隊を配置していますね。騎馬隊を中央に集めています」
三代目は宝玉内から相手の動きを呼んでいた。
『おや、集まって突撃かな? 確かに兵士の士気、練度、装備……こちらが勝っているが、一気にライエルの首を取りに来る作戦かもね』
こちらの情報を、ほとんど相手が持っていないのが助かった。やろうと思えば、中央に敵を誘い込んで囲んで叩くのもいい。
すると、五代目が真剣な声で。
『ライエル、バルドアの部隊を中央に呼び寄せろ。騎馬隊は両翼に集中。アリアとミランダは両翼に配置させろ。ノウェムとマクシムはお前の傍で、突破してきた奴がいればぶつけさせる』
五代目の指示に従って命令を出す事にした。
「ノウェム」
「はい」
近くにいたノウェムが、俺に近づいて来た。そして、五代目の指示を伝えると、ノウェムが伝令のところへと向かう。
そんな様子を見ていると、三代目が面白そうに言ってきた。
『そう言えば、ライエルはある程度の規模の戦争、ってはじめてだよね?』
今までにもザインやロルフィスで戦っているのだが、歴代当主たちはそれで満足しないようだ。
宝玉を握りしめると、三代目が笑った。
『なら、しっかり見ておくんだ。相手が同程度の実力を持っている場合、当然だが相手にも凄腕がいる。そして、それなりの魔法使いもね。……派手になるよ』
三代目の言葉を聞きながら、俺は前方を向くのだった。
――伯爵が馬に乗ると、周囲を精鋭である家臣やその兵士たちが固めた。
良くも悪くも武門の家、という伯爵家の当主である男は目の前の軍勢を見ていた。
「情報不足だったか。サウスベイムにアレだけの兵士がいるとは……」
伯爵の隣には、家臣である頼りになる騎士がいた。同じように馬に乗りながら、手には斧――バトルアックスを持っていた。
「伯爵、数の上で不利です。中央突破も、敵の動きを見る限り困難かと。この戦、撤退しても宜しかったのでは?」
伯爵は鼻で笑うと兜のマスクを装着した。全身鎧、そして馬も金属の鎧を着ており、まさに重装甲だった。手には大剣を片腕で持っており、日頃から鍛えているのか軽々と肩に担いだ。
「そんな事をすれば家名に傷がつく。……だけで済めば良かったが、寄子の多くが潰された。このまま逃げ出せば、領地に戻っても禍根が残る。頼りにならない寄親に誰がついてくる? 下手をすれば、小競り合いのある領地ごと近隣領主に寝返るからな」
自分の名誉だけが傷つくのなら、伯爵も撤退した。だが、その後に傷ついた名誉のために発生するデメリット、そして寄子の仇も討たないという噂が広まれば今後の領地経営も難しかった。
「……戦った実績が欲しい。一度ぶつかり、そして相手に手傷を負わせそこから脱出が望ましいな」
伯爵の高望みに、騎士もマスクをかぶると答えた。
「無茶を言いすぎです。どれだけの被害が出るか」
伯爵は小声で。
「逃げ出せばそれ以上の被害が出るのだ。中央突破、その後は集まって離脱! わしが動く事が重要なのだ。分かってくれ」
「それとな」
「はい?」
「追い出されたとはいえ、ウォルト家の人間だ。戦っておきたいだろう?」
騎士は黙って頷くと、伯爵が大声出した。大剣を掲げ、そして周囲の兵士たちがその声に大声で応えるとゆっくりと声が伯爵の軍勢の隅々にまで広がる。
「突撃!」
騎馬を中心として、その後ろに兵士たちが続く形で両軍が激突する形になった。伯爵は兜の中から、前方の軍勢を見て。
「ライエルと言ったか? さぁ、お前はどう戦う」
周囲の騎士たちが、左手を掲げると空にマジックシールドが発生した。魔法、そして矢を防ぐために薄くとも広範囲をカバーするように用意された。光の傘の下を軍勢が駆ける。バンセイムの突撃の基本だった。
騎士が敵の動きを見ていた。スキルで敵の動きを見ており、伯爵に大声で。
「敵は待ち構えるつもりのようです! 両翼が我々を囲むように動いております! ですが、大きく囲むように動いており、こちらの動きについてこられていません!」
伯爵は兜の中で笑う。
「遅い! その前に我々が薄くなった中央を突破する! ウォルト家の小僧……期待外れのようだな!」
そして、両軍が徐々に近付くと前方に敵部隊が待ち構えていた。
「なんだ? ゴーレムなのか?」
鉄で出来た人形たちが、大きな盾を構えていた。その隙間から敵が姿を見せており、構えている武器を見て伯爵は――。
「そんな玩具など恐れるか! 前方に盾を構えろ!」
盾を構え、前方にマジックシールドを展開する騎士たち。兵士たちがその後ろから走ってついてきているが、徐々に離れて行く。
銃を構える敵兵を見て、その程度なら防ぎきれると思った伯爵は銃声を聞いても恐れずに突撃していた。しかし――。
「な、なんだ!」
前方にいた騎士たちが後ろへと吹き飛んだ。血しぶきを上げ、そして馬も倒れ、暴れていた。銃声に驚いたのかも知れないが、それにしては動きがおかしい。
伯爵の愛馬は目の前に倒れている馬をジャンプして避けるが、後続では足を取られ馬が倒れ落馬をする騎士もいた。
「伯爵様!」
伯爵の前に出た一人の若い騎士が、銃声と共に胸を撃ち抜かれていた。鉄製の武具が貫かれ、そして後ろへと吹き飛ばされていた。
「くっ! 接近すればこちらに勝機がある! 臆せず突撃せよ! こちらも攻撃する!」
今更反転して逃げ出す事などできず、魔法の使える騎士たちが目の前の敵に向かって魔法を放ち始めた。火球が、雷が、そして風の刃が敵を襲う。しかし、大きな大盾を両手に持ったような重そうなゴーレムが、盾を地面に叩き付け広げた。その後ろに隠れる敵の銃を持った兵士たち。
魔法はゴーレムに直撃して爆発を引き起こすが、ゴーレムの表面などにダメージがあっても、その後ろにいた敵兵士にまでは届いていなかった。
伯爵は、その光景を見て。
「……戦争を変えるか、ウォルト家の小僧ぉ!」
今までになかった戦術ではない。ゴーレムを使用出来る魔法使いが全くいない訳ではなく、そういった方法も考えられてはいた。だが、資金面や人材面で問題も多く実現していなかったのだ。
敵も味方も魔法を撃ち合い、そして防ぎあって周囲からは爆発音が絶え間なく聞こえてきた。伯爵は、隣にいた騎士に視線を向ける。
「もはや勝利はない。だが、わしは捕虜にはならん!」
伯爵の言葉に、騎士が頷いた。
「お供いたします」
そして、彼らの乗った馬は目の前のゴーレムを飛び越えて主人を敵陣へと連れて行く。
その後ろからも次々に騎士が馬に乗ってゴーレムを飛び越えていた。中には飛び越えられず、ゴーレムに激突した騎士や馬もいた。
そして、一際異形のゴーレムの近くに敵の大将と思われる人物が目に入った。着ている鎧、そして周囲の騎士たち――それらから判断し、伯爵は大剣を構えた。
「戦はわしの負けだ。だが、このまま終われぬのだよ!」
せめて道連れにでも、そう思った伯爵だが白と青の鎧を着た男の隣に、軽装の槍を持った男がいるのを見た。そして、その男の周りに砂が集まると鎧の姿を形作る。
「まさか……マクシム・ダンヘルだと!!」
バンセイムで有名な騎士だった。噂では行方不明と聞いていたが、まさかここにいるとは思わなかったのだ。
伯爵の右腕でもある騎士がそんなマクシムに向かって行く。砂の鎧を身に纏ったマクシムに斬りかかると、斧が食い込み馬から落馬するのを避けるために斧を捨てて剣を抜いていた。
「貴様の相手はこの私だ!」
「いいだろう」
二人が戦っている中、伯爵はライエルの方へと向かう。ゆっくりと腰のサーベルのような武器を抜き、手で周囲に下がるように指示を出していた。
(現当主と同じ武器か。だが、接近戦でわしが劣るものかよ!)
どのみち、囲まれているので後は捕らえられてしまう。伯爵にしてみれば、ライエルの首を取れるか取れないかが、死後の自分の評価が大きく分かれると思っていた。
ただ、このような状況下で慌てない相手を見て少し違和感があった。
大剣をライエルに向かって振るうと細く薄い剣で弾かれた。
「いい得物を持っている! だが!」
伯爵は手綱を手放すと左手に魔法を用意した。魔法が得意なわけではないが、戦争に絶対はない。そのため、奥の手として一つの魔法だけを鍛えていた。そのせいか、スキルは強化系ではなく魔法特化の後衛系のスキルが発現してしまったのだ。
左手をライエルに向けると、大きな火球が伯爵の左腕の前に出て――左腕ごと宙に舞っていた。吹き飛ばされた左腕が地面に落ちると、そのまま周囲に炎をまき散らせる。周囲にいた敵の魔法使いたちが消火を行なうと、伯爵は自身の左腕を見た。
そこに、自分の左腕はなかった。
「……鎧も魔具だぞ。それを斬ったのか?」
呆れる伯爵は、宙に浮いてこちらに剣を構えているライエルを見ながら笑う。
「やはり、ウォルト家は化け物揃いよ!」
伯爵はライエルの一撃を受けてそのまま地面に転がったが、自分のからだが馬に跨がっている姿を見ながら意識が遠のいていった――。
マクシムさんが伯爵と共に斬り込んできた騎士を、槍で突き刺し止めを刺していた。
胸元――心臓を貫く槍の一撃に、相手は兜の中から血を吐きながら槍を握って死んでいた。
「……名前を聞いたことがあります。支援系で、周囲を見渡すスキルを持っていたとか。伯爵の右腕と呼ばれた人物です」
マクシムさんが、相手の騎士をそう言って評価すると、俺は周囲を見た。突破してきた騎士たちは、待ち構えていた俺たちによって討ち取られた。
敵兵士たちは盾を持ったゴーレムを前にして突破出来ず、指揮官を失いバラバラに撤退していくが、既にアリアたちによって囲まれて逃げ場がなかった。
首をなくした伯爵の体が、馬から落ちた。
カタナを見ると血がベッタリとついている。ノウェムが近付いて俺の事を心配していたが、俺は伯爵を見ながら。
「この人、なんで笑っていたんだ」
どうして死ぬ時に笑っていたのか分からず、そう呟くとノウェムが俺の腕を掴みながら。
「伯爵は良くも悪くも騎士だったという事です。武人だったのでしょう。ライエル様、あまり気にされていては周囲が動揺します」
「……そう、だな」
相手の事が理解出来なかった。宝玉内からは、三代目が溜息を吐くように。
『ライエルには分からないかも知れないけどね、こういう人種はいるんだよ。戦わないと死ぬ、って連中がね。戦場が大好き、って連中だよ。いるんだよね~』
戦わなくていいのなら、戦わない、では駄目なのだろうか? そして、俺は戦場をスキルで確認する。すると、周辺では敵の敗残兵が逃げて行くのも確認出来た。
「……これでいい。これで、バンセイムは俺たちを無視出来ない。規模を正確に伝えてくれよ」
未だに理解不能な俺に対して、五代目が声をかけてきた。
『個人として見れば好感を持てる奴もいる。だが、どうしてかな……戦場を求める人間もいるんだよ。略奪が好き、暴れるのが好き、というのとも違う。ただ、戦いたい、戦いを楽しみたい、って奴がな。ウォルト家だと初代がその傾向が強かったんじゃないか』
初代がそうだったとは思いたくない。だが、強い敵に対しても笑って向かって行きそうだった。
ミレイアさんが、俺に言うのだ。
『ライエル、覚えておきなさい。自分が理解出来ない考えを持つ人間もいるのです。それに、逆を言えば私たちを理解出来ない人間もいます。否定してはいけませんよ。それが事実なのですから』
俺は首を横に振ってから、前を見た。ただ、七代目が。
『余所から見れば、我々も随分と好戦的でしょうけどね。まぁ、死ぬ時まで笑ったりはしませんが』