作品タイトル不明
バリウス君
――バリウスは、城の執務室で椅子に座って俯いていた。
街に流れる噂では、セントラルに向かった人質は無事では済まないらしい。民たちにまでそういった情報が流れており、自身の情報網でもろくな事にはならないと分かっていたバリウスは追い詰められていた。
部屋の中には、自分の腹心である騎士が立っている。
「バリウス様、セントラルの要求をこれ以上は拒否出来ません。保留にしていては、セントラルから親衛隊が派遣されてきます。そうなれば……」
騎士の言葉に、バリウスは拳を机に振り下ろした。しばらくして、口を開く。
「分かっている。だが、孫や義娘の事を考えれば、セントラル送りなど二人にとっては地獄でしかないのだ。息子はセントラルでセレスの虜にされた。これ以上は……」
騎士もバリウスの気持ちを理解していた。そのため、他家に婿に出した次男や三男のことを口に出す。
「婿に出した坊ちゃんたちを呼び戻すことは?」
バリウスは首を横に振った。
「そんな事が出来るか。やるなら礼儀を通し、息子たちの次男か三男を当家に迎え入れるしかない。婿に出してまでこちらが強く出れば、色々と問題が出てくる」
格下の家に息子たちを婿養子に出したバリウスだが、それでも地位を利用して息子を呼び戻すなどをすれば問題が出てくる。加えて、長男は生きているのだ。孫までいる。表向き、呼び戻す理由もなかった。
騎士は決意した表情で一言。
「一戦してでも守りますか?」
バリウスは決断出来なかった。孫は可愛い。息子がセレスの虜になったのだ。せめて孫だけは守りたい。
しかし――。
「……孫一人のために、領地を犠牲にはできない。だが、もう少しだけ……たのむ」
バリウスの決断を聞いて、騎士は頷いた。
「親衛隊がこちらに来るまで待ちましょう。こちらは緊張状態が続いていますから、容易に戦力を割く事はできない、とでも伝えておきます」
騎士の言葉に、バリウスは力なく頷くのだった――。
宝玉内。
円卓を囲んでいる俺たちは、七代目の意見を聞いていた。
『わし、バリウス君を知っています。思い出しました。先代のレズノー辺境伯の横にいましたね。話をしたことはありませんが』
辺境伯バリウスの人となりを調べ、都市に噂を流しつつ俺たちは数日を過ごしていた。そんな時に、七代目が思い出したのだが、本人のことはあまり知らないらしい。
三代目はつまらなそうに。
『子供時代の失敗談とか知らないの? レズノー辺境伯の領地を取り戻したんでしょ?』
七代目は首を横に振った。
『取り戻したというか、飛び地になるのでウォルト家では管理出来ませんからね。渡してやりましたよ。ただ、当時揉めていた領地の線引きでは優遇して貰いましたが』
七代目の時代は、ウォルト家は王家の相談役という立場にいた。それだけウォルト家の力が大きくなっていた証拠でもある。ただ、そのために面倒事も押しつけられたようだ。
五代目が呆れながら。
『たいして旨味もないのによくやるな。俺なら絶対に関わりたくないね』
七代目も同じ意見のようだが、当時のウォルト家には色々とあったようだ。
『わしだって基本的には嫌ですよ。色々と負担したのはウォルト家ですし。ただ、当時は箔が欲しかったのも事実。六代目が色々と悪い噂を引き受けてくれましたが、当家の立場が微妙だったのは事実ですからね』
ミレイアさんが頬に手を当てて少し首を傾げた。
『レズノー辺境伯ですか。先代は随分と無能……ではないにしても、優秀ではありませんでしたね。その息子さんの手腕は領地を見る限り悪くないのですけど』
都市部、周辺の村――見た限りでは領民にとっては名君と言える人物だった。ファンバイユとの国境を守るために、色々と頑張っているのも分かる。
俺は今日集めた噂を整理する。
「噂では孫に対して甘いとか、息子さんも優秀だとか色々とありますね。国境の備えで手が離せないのを理由に、人質を送らないみたいですけど。ただ、送らない、という感じではないですね」
五代目が机の上に置いた指先を、軽く一定の間隔でトントンと鳴らしていた。
『……人質を出すつもりはある、って事か? それとも最後の抵抗か……辺境伯一人でバンセイムに喧嘩は売れない。ファンバイユに寝返ったところで、ここら辺も元はファンバイユの大事な土地だ。奪われて終わり、もしくはバンセイムとの戦争で使い潰されるな』
三代目が面白そうにしていた。膝の上で手を組んで、ニヤニヤとしている。
『いいね。息子さんの一人はセントラル。他二人は婿に出して下手に関われない。大事な孫を手放したくない、って気持ちが伝わってくるよ』
七代目は嬉しそうに。
『わし、バリウス君に少し好感が持てました。交渉では少しだけ手を抜きましょう』
俺は口元を手で隠しつつ、今後の事を考えた。
「ファンバイユの手前で少し時間を消費しますね。確かに国境があるのでファンバイユの噂も手に入るんですけど……親衛隊が来るまで待ちますか? 辺境伯が自前の護衛を用意してセントラルに送ることも考えられますけど」
三代目は目を閉じつつ。
『そうなれば可哀想だが、数名には怪我をして貰おう。殺さないようにね。大事な交渉相手だ。怒らせないに越したことはないからさ』
やはり襲撃はさせるつもりのようだ。
俺は覚悟を決めると、出来るだけ被害が出ない作戦を考えるのだった。
――一方。
アデーレたちは、準男爵を連れて東部の切り崩しにかかっていた。
今回の相手も準男爵家だったのだが、相手は難しい表情をしていた。
相手の屋敷で、周囲を相手の兵士に囲まれながらの交渉。
アデーレは相手の要求に困っていた。
「協力するだけで陞爵ですか? 失礼ですが、貴殿の領地規模で男爵というのは流石に無理があると思われます。それだけの責任を果たせるとはとても……」
アデーレの言葉に、相手は自慢の髭を指先でつまんで整えていた。
「私が貴方たちに協力すれば兵士三百は出せます。それでは不服ですかな? それに、義務を果たせるだけの領地を貰えればいいのです。なに、周辺の騎士爵家なら私の方でなんとでもなりますよ。ある程度の褒美を用意してくれれば」
アデーレは隣に座っていた準男爵を睨み付けた。だが、相手は知らん顔をしている。しかし、黙ったままでもいられないのか。
「功績もないのに欲張りすぎではないか? 男爵家規模の領地となると今の倍は領地を持たなければならないぞ」
相手は不敵に笑っていた。
「ならば領地替えを受け入れよう。そうだな……セントラル近くに領地が欲しい。東部の田舎など飽きてしまってね」
小さく切り崩していこうとするアデーレだが、準男爵家も面倒だが騎士爵家も面倒だった。集落規模から村という規模まで様々な騎士爵家がバンセイムにはいた。
それぞれ要求が違っており、領地の安堵では納得しない者が多かったのだ。ライエルの言うとおり、大きく切り崩さなければ難しいとアデーレも考え始めていた。
アデーレは相手を見て。
「一人を優遇すれば、周りもそれだけの見返りを求めます。流石に許可出来ません」
すると、相手は余裕の表情で。
「ならばセントラルに情報を流そう。ライエル・ウォルト一行が、こそこそと動き回っていると、ね」
アデーレは相手を睨み付けたが、小娘と思われているのか相手は表情を崩さなかった。
しかし、アデーレの隣にいた準男爵が声を低くすると。
「ならば私と既に協力を約束した者たちを敵に回すという事かな? それは大変だ。すぐに戻って対策を練る必要がある」
相手が渋い表情になった。同じ準男爵家。規模で言えばそこまで大きな差がない。周囲の領主たちも敵に回るのは、相手にとっても痛いようだ。
「……近隣領主と揉めている土地がある。あそこは昔から我々の領地。そこを奪い返すのに協力してくれるなら協力しましょう」
いきなり折れたところを見ると、かなり大きく要求を出してきたようだ。アデーレはこういった交渉に嫌気が差していた。
「近隣の領主というのは?」
「男爵家ですよ。なに、貴方たちが味方をしてくれるなら容易い相手です。それで、兵は最低でも五百は出してくれるのでしょうね?」
相手の要求にアデーレは頭が痛くなるのだった。
(これは……ライエルさんの言うとおり、大きく切り崩さないと対応出来なくなりますね)
小規模な領主だと侮っていたアデーレは、ここで手痛い時間のロスを食らっていた――。
――セントラルから出発する一団がいた。
セレスの親衛隊の騎士たちが率いるのは、セントラルの正規軍の兵士三百だった。
レズノー辺境伯の土地へと向かうのは、いつまで経ってもセントラルに人質を送ってこないからである。
城から出て行く一団を見ていたのは、女性の背中に乗って廊下を移動するセレスだった。女性の背中の上に立つと、窓から一団が出発するのを見て。
「あれ~? 私、どこかに部隊を派遣するように言ったかしら?」
女性は苦しそうにしているが、セレスに心酔してはいなかった。だからこそ、こんな酷い扱いを受けていた。
ボロボロの服に首輪をつけられ、まるで犬のような扱いをされていたのだ。理由は簡単――セレスになびかなかったから。
セレスにとって、そういう人間は楽しい玩具でしかなかった。自分に反抗的な方がサラに面白いと、喜んで遊ぶのだ。
近くにいた親衛隊長の【ブレッド・バンパー】は、そんなセレスに笑顔で答える。
「セレス様、あれは人質を出さないレズノー辺境伯の下へ向かう部隊です。愚かにもセレス様の意向に従わない辺境の領主ですよ」
セレスは面白そうに微笑むと、舌で唇を舐めた。
「アハッ、そう言えば人質を差し出すように頼んだわね。ルーファス、ったら真面目に実行していたのね。私、忘れていたわ」
燕尾服を着た赤髪の執事――オートマトンが淡々と言う。
「貴方が馬のように扱っている女性も、人質として送られてきたのですけどね。それで何人目ですか? すぐに飽きて壊してしまう癖は直した方がいいですよ」
セレスの後ろを歩く少女――長い黒髪を引きずって歩いており、周囲の人間はその髪を踏まないようにしていた。
セレスが少女【ルメル】を見て笑う。
「大丈夫よ。ルメルがちゃんとお掃除するから。そうよね、ルメル?」
ルメルと呼ばれた少女は、小さな口を開いた。だが、その口は徐々に大きくなり、鋭い牙と大きな舌を出してセレスの意見を肯定しているようだった。
「可愛いわよ、ルメル。私に逆らって殺された時は馬鹿な麒麟だと思ったけど、生き返らせると素直で可愛くなったわね。でも、上手くスキルが使用出来なくて、結局喋れないままだけど」
ルメル――かつてセレスと出会い、戦った神獣――麒麟の少女は、骸から生き返らせたセレスの操り人形だった。
セレスは、怯える女性を足でグリグリと踏みつけながら。
「嫌になったら言ってね。すぐに解放して上げるから。アハッ! ガタガタ震えている。面白いわ」
女性が震えているのが面白いのか、セレスは女性の背中に腰を下ろした。そして、首輪に繋がった紐を引っ張ると。
「ほら、行くわよ。今日はこのまま城の中を歩き回りましょう。お城の中を探検するの」
セレスの可愛らしい笑い声。そんなセレスに付き従う人間たちは、セレスに見惚れていた。
ただ、オートマトンはそんなセレスを冷めた目で見ていた――。
レズノー辺境伯が治める都市で、情報収集をしながら日々を過ごしていた俺たち。
俺は部屋の中で昼寝をしていた。
いや、宝玉内に意識を飛ばしていたのだ。
場所は俺自身の記憶の部屋。
向かい合っているのはらいえるで、手にはカタナを持っていた。斬りつけても魔法を放っても、らいえるは全てを避けてこちらに攻撃を当ててきた。
『駄目。全然、駄目! 攻撃が素直すぎるよ。それに力が入りすぎ』
注意をしながら、俺の肩を斬り裂き、次は手の甲を斬り裂いた。カタナを落とすと、俺に飛びかかってきて蹴りを放つ。
吹き飛ばされ、地面を転がるとらいえるが先回りして俺が転がるのを足で止めた。
『う~ん、自分でどうにかできるレベルじゃないのかも知れないね』
息を切らし、らいえるを見上げていた。すると、らいえるは俺に腕を見せてきた。シャツの腕をまくって見せると、そこには薄らと青いラインが見える。
「なんだ、それ」
らいえるは淡々と説明してくれた。どこか丁寧に感じる。
『魔力の流れ、とでも言えばいいのかな? ようは血管だよ。血の代わりに流れているのは魔力だけど。ウォルト家は代々支援系のスキルを磨いてきたから青いラインに見えているはずだよ。これを体中に巡らせているのが人間だ』
すると、らいえるは俺の腕を手に取った。らいえるの光りに反応して、俺の腕にもラインが見えるようになる。ただ、らいえるのものとは形が違う。
簡単に言うと繋がってはいるがズタズタだった。見るからに酷い形をしている。
らいえるはソレを見て。
『……セレスの奴、奪った後はズタズタに壊したな。これだと効率が確かに悪いね』
らいえるはサーベルをしまうと俺の腕のラインを指でなぞった。光るライン――だが、らいえるは渋い表情をする。
『凄く丁寧に壊しているね。よっぽど僕のことが怖かったんだろうね』
俺は立ち上がると、らいえるにたずねた。
「そのラインみたいなのが治るとどうなるんだ?」
『体内で魔力を運用する効率が上がるんだけど、見事にズタズタだから僕でも全てを治すのは無理かな。なんというか、十の力を出しても二とか三しか放出出来てないね。上手く治療できても、六か七に届けばいい方?』
俺はその言葉を聞いて。
「なら、これを治せばセレスとも戦え――」
『それは無理かな。だって、今の僕にも勝てないのに、僕の力を上乗せしたようなセレスに勝てるわけがないじゃない。向こうはセプテム――アグリッサも味方なんだよ。一人だと勝負にもならないね』
ガッカリして肩を落とすと、らいえるは笑った。
『でも、ライエルはそれで良いと思うよ。誰かの助けがないと戦えない、っていうのは……誰かを必要としている、って事だからね』
俺はらいえるを見て。
「それは頼りないと言っているのか?」
『まさか。失ったから良かった事もある、って思っただけ。たぶんね。僕がセレスを止めようとすれば、きっと一人――少数で動いていたよ。それでなんとか出来たかも知れない。でも、それだと駄目なんだよね』
首を傾げると、らいえるは俺を見て笑うのだった。
『ライエルは、セレスとは違う完成形の一つだと思うよ』