軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

危険人物

「ふざけるな! どういう事だ、これは!」

――広い部屋だ。

そこは広く、トレース商会の長である【フィデル・トレース】の仕事部屋だった。大きな窓からは光が差し込み、豪華な調度品の数々が部屋には飾られていた。

海運業やその他の商売を手がけているトレース商会は、ベイムでも指折りの大商家だ。ベイムの商人代表の一人でもあり、有力な商人の一人でもある。

そんなフィデルが、報告書を握りつぶして目の前の三十代の男性を睨み付けていた。

男性は言い訳をする。

「も、申し訳ありません! ですが、護衛は必要と判断し、私の独断でねじ込みました。実際、カルタフスから戻ってきた者たちの話では、トライデント・シーサーペントは討伐され、お嬢様も船の積み荷も無事でしたので――」

「言い訳をするな! 貴様、ヴェラの船になんという男を乗せたんだ! 見ろ! あのロルフィスの王女が骨抜きではないか! それにザインだ! 聖女に元聖女――二人と関係があるではないか!」

フィデルが激怒している理由は簡単だ。何しろ、娘であるヴェラの船に、腕は確かだが女癖の悪い冒険者が乗り込んでいるのだ。

どうしても今回の取引は成功させたかった。

だから娘を送り出したフィデルだが、部下からは優秀な冒険者を一緒に乗せたとしか聞いていなかったのだ。

だが、トライデント・シーサーペントに遭遇し、それを打ち破った話がベイムに広がると、その冒険者の事を知りたくなった。

専属契約を結んでも良かったし、何よりも大事な娘の恩人だ。忙しく、あまり娘たちと会えないフィデルだが、娘のことは大事に思っていた。

その恩人のことを調べると、確かに凄かった。

雇えたのが幸運だと思える程に。

だが、フィデルにとって、報告書を読むと信じられない事実が発覚した。

娘の船に、乗せてはいけない怪しい冒険者を乗せてしまった。フィデルは後悔していた。

「こ、こやつ、実は怪しげなスキルを持って、女たちを籠絡しているのではないのか! 娘が……ヴェラに手を出したらどうしてくれる!」

フィデルの激怒に、ライエルたちを手配した男性は困惑していた。

「し、しかし、ギルドでの評価も高く、仕事に関しても――」

「そんな事はどうでもいい! 女をたらし込むような奴だぞ! ギルドに深く食い込んでいないと何故言える! くっ……ヴェラの身が危険ではないか!」

男性は、フィデルを少々呆れたように見ていた。仕事では尊敬出来るのだが、娘が絡むとどうしても心配性な面が出てくるのだ。

そのため、ヴェラやもう一人の娘である【ジーナ・トレース】には、護衛がしっかりついていた。

男性はそれを思い出し。

「落ち着いてください、フィデル様。ヴェラお嬢様の周りには、屈強な船員たちがいます。彼らにとって、ヴェラお嬢様は幸運の女神。下手な男など近付くこともできません。それに、船の上は彼らの領域ですから」

フィデルはそれでも不安そうにしていた。

オールバックの黒髪をかき乱し、握りしめた報告書を広げて内容を再読する。

「た、確かにヴェラは船員に慕われている。今回は運が悪かったが、海に愛された可愛い私の娘だ……たかが冒険者の小僧一人に、籠絡されるわけなど」

だが、フィデルは思った。

(ベイムに来てからは、高い依頼の達成率に迷宮の討伐に関わっている。優秀なのは間違いない。ザインで傭兵の真似事をしたと聞いてはいたが、結果は最上だった。だが、どうしてこうも周りに美女を侍らせて……やはり、ギルドに調べさせるべきか? この手の厄介なスキル持ちは、早い段階で消すに限る。そうだ。これはヴェラが危険だからではない。世のためだ!)

自分に言い訳をして、フィデルはヴェラが戻ってくるまでに行動を起こすことにした。

ギルドは商人たちの管理下にある。

フィデル程の商人が声をかければ、動く者たちは多かった。

髪をセットし直すと、フィデルは報告書をくしゃくしゃにしてゴミ箱へと投げ捨てた。自慢の髭を軽く指でなぞりながら。

「……船が港に到着する時は出迎えてやろう。それから、腕の立つ連中を用意しろ。報酬は別口で用意もしてやらんとな」

今回の成果は、フィデルにとっても大きな意味があった。ヴェラ・トレース号は、トライデント・シーサーペントでも沈められなかった、という事だ。

別に倒したとは言わないが、それでも航海では何があるか分からない。運が良いと思われれば、それだけで荷を運んでくれと頼んでくる者たちは増える。

荷が無事に届くのであれば、自分たちを利用する客も増える。

男性が、真面目な顔で頷くとそのまま部屋を出た。

フィデルは仕事を再開する前に、ギルドに宛てた手紙を書く。

「ふんっ! 名門貴族の息子だろうが、私のヴェラに近付いたら消えて貰う。もしも手を出していたら……」

暗い笑みを浮かべるフィデルは、手紙を書き終えると仕事に戻るのだった――。

――タニヤは、ターニャとしてギルドの幹部に呼び出しを受けていた。

上司と共に、本部に呼び出されたのである。

上司もターニャも、幹部の焦ったような表情に困惑していた。

「そのライエル・ウォルトは、君たちから見てどんな人間かな? 腕は確かだと報告書を読めば分かる。だが、人となりはどういうものかね?」

不安そうなギルド本部、しかも本部の幹部を前に、ターニャは困惑していた。

「優秀な冒険者ですが、性格が悪いというのはありません。こちらの依頼も可能な限りは引き受けて貰っていますし、今回もカルタフスでランドドラゴンの討伐を――」

「そうじゃない。君、どうかな?」

幹部は、上司に意見を求めた。ターニャは、自分が受付で会話をしているので、人となりを知るなら自分が適任だと思っていた。

しかし、幹部の前なので口を閉じた。

「私に言われましても……報告書以上の事はなにも。何か問題でも?」

幹部は、言いにくそうにしながらも、一枚の封筒を上司に見せた。

その名前を見て、上司も目を見開く。

「ベイムの代表の一人――フィデル・トレース殿からの手紙で、少し気になると名指しで相談が来た」

ターニャは、その名前を聞いて顔に手を当てたくなる。我慢して、無表情でいるのだが、内心では――。

(何をしているのよ、ライエル君。敵に回しちゃ駄目な人じゃない)

優秀ではあるが、どこか頭のネジが吹っ飛んだ冒険者。それが、今のライエルの評価だった。

何しろ、普通の人間では、たったの百人で一国に小国といえども喧嘩を売らない。まさに生きる伝説となりつつあり、ベイムでもライエルの周囲を探る動きが出ていた。

ザインに仕官せず、ベイムで冒険者を続けているのにも驚いていた。

(また何かするのかしら?)

不安になるターニャは、幹部の口からある言葉を聞いた。

「そのライエル君は、精神系のスキルを使用すると聞いたことは? どうやら、女性を囲っているというか、典型的なハーレムパーティーじゃないか? 無害であればこちらも問題視はしないが、その……」

ギルドも馬鹿ではない。そのような疑いのある冒険者は監視をするし、ここはベイム――冒険者の都とまで言われた総本山だ。

そういった対策もできている。

ターニャの上司は、真剣な表情で。

「複数のスキルを使用するのは確認しています。確か、支援系の青い玉を持っていましたね。精神を操るスキルは、支援系であるのがほとんど。分かりました、すぐに調査を始めましょう」

「理解して貰って助かるよ。まだ断定はできない。ランドドラゴンを討伐し、港に戻ってきた時にでも人を派遣しよう。本部からも人を出す」

(精神系は確かに危険だけど、ある程度の抵抗力があれば……いや、ライエル君の実力を考えれば、生半可な冒険者では抵抗もできない。可能性としては十分にあるわね。あるけど……そんな子じゃないんだけど)

ターニャは、ややこしくなったと思うのだった――。

「……へ?」

ヴェラ・トレース号が出港し、俺はヴェラさんの船室に招かれていた。

赤い顔をして、俯いているヴェラさんに両手を掴まれて――。

「だ、だから……負けを認めるから」

俺は彼女が見ていないと分かっていても、首を横に振るのだった。

(いやいやいやいや! いったいどういう事! これってどういう事だよ! おちない、って言ったじゃない! 貴方――ヴェラは好きな人がいる、って言ったじゃない!)

混乱する俺は、宝玉内の歴代当主に助けを求めた。

今回は女性であるミレイアさんもいるので、きっと頼りになるはず、だ。

だが、混乱しているのは四代目も同じだった。

『おい! 誰かこの状況を説明しろ! 俺にはさっぱり理解出来ない! いったいどんな魔法を使ったんだ、ライエル! いや、らいえるサン!』

こいつ絶対にいつか殴り飛ばす。などと心に決めながら、俺は役に立たない四代目を無視して、他の当主たちの意見を待った。

三代目は、きっとニヤニヤしているのだろう。そんな声で。

『ほほう、やっぱりだね。えげつないよね、らいえるサンは。何しろ、考えるなとか言われると、人間は余計に考えちゃうから……それに、割と好意的だったし、僕はこの展開を予想していたよ』

予想していたなら、事前にアドバイスをして欲しかった。なんと言って断れば良いのか? 俺は必死に考える。

すると、七代目は笑いながら。

『ハハハ、良かったじゃないか、ライエル。これで資金ゲットだ』

確かに資金面で援助して貰えるかも知れない。しかし、それってどうなの? と、俺としては疑問に思った。

(だ、駄目だ。金目当てに付き合うとかそんなの……そ、それに、俺にはみんながいるし! 責任取らないといけないし!)

俯いて耳まで赤くしているヴェラに、俺は声をかけようとした。拒否しようとしたとき、ミレイアさんが宝玉から助言をしてきた。

『あら、こういうのはワクワクしますね。ライエルは、なんと言って受け入れるのか気になります』

五代目が、呆れたように。

『受け入れる前提か? 確かに資金面で助かるが……ライエル、お前はどうするつもりだ?』

聞かれて、俺は首を横に振った。すると、ミレイアさんが。

『ここまで決心して告白したのに、まさか断ると? 先に告白したのはライエルじゃないですか!』

(そうさ! 確かに俺が告白したさ! でも、あれは違うだろ! 本人だって、テンションが高いだけだ、って認めていたじゃない!)

俺が拒否する構えを見せると、三代目が提案してきた。

『ライエル、あんなに勝ち気な子が勇気を振り絞って告白してきたんだよ? それに、ライエルはヴェラちゃんが嫌いなのかな?』

俺は首を横に振って否定した。

『ならいいじゃない。八人いようが九人になろうがもうそんなのは些細な問題だよ。ライエルの未来を犠牲に、資金をゲットしようよ。全部が終われば、嫁のご機嫌取りを頑張ればいいんだし。そういうの、マークス……四代目が得意よ』

四代目は、少し不満そうに。

『確かに他の当主よりは得意ですよ。けど、それだけみたいに思わないで下さいね。それとライエル! 最近扱いが酷いんだが?』

理由は自分で考えろと言いたかったが、今はヴェラになんと言えばいいのか分からなかった。

すると、顔を上げてきたヴェラが――。

「す、好きです。愛しています」

宝玉内からは、ミレイアさんの叫び声が聞こえてきた。

『キャァァァ、女の子から告白もいいですね!』

五代目は、若干引き気味に。

『そ、そうか? 俺にはこの展開は唐突過ぎてなんと言って良いのか……。それにしても、らいえるサン凄いな。割とマジでこれを予想していたなら、俺は感心するよ。同時に、素の状態のライエルには、もう少しだけ頑張って欲しいが』

勝手なことを言いやがって、などと思っている俺だが、流石に真剣な女性の告白には、真剣な表情で答えようと思う。

「嬉しいよ、ありがとう。で――」

でも、と続けようとした俺だが、ドアが勢いよく開けられると船員たちが入ってきた。その手に持っているものからは「パン!」「パン!」と火薬の音が聞こえてきた。

とんがり帽子をかぶり、周囲には火薬の臭いがした。だが、銃ではない。クラッカー……パーティー用品だ。

モニカが持っていたものだ。

「おめでとうございます、お嬢様!」

「ライエルさんなら安心出来ます!」

「旦那様もきっと喜んでくれますよ!」

祝福する船員たちに、ヴェラも目を白黒させて俺に抱きついてきた。船員と一緒に入ってきたのは、ノウェムたちだ。

モニカはとんがり帽子をかぶり、特大のクラッカーを鳴らした。大きな音がすると、周囲に小さな紙切れや細い紙切れが飛んだ。

「お、お前ら!」

俺がモニカに文句を言おうとすると、ノウェムは拍手していた。

「素晴らしい女性だと思います。ライエル様に相応しい方です。きっと、ライエル様の力になって頂けますよ」

「お、おう?」

賛成するノウェムに困っている俺は、セプテムさんの話を思い出した。

(ノウェムは女神で――いや、邪神だったか? だからこんなふうに俺に女性を勧めてくるんだろうか?)

そうしていると、エヴァとクラーラが部屋に入ってきた。

二人は睨み合いながら。

「だから、こういうのはトラシーを倒した後の方が盛り上がるじゃない! それに、細かい事は良いのよ! 細かく伝えようとしても、こういうのは無理なのよ!」

「いいえ、駄目です! 納得出来ません。どうやっておとしたのか、しっかりと聞いて記録に残します! 物語ふうにして、誤解を招く伝承は許しません!」

アリアは、そんな言い争う二人を見ながら。

「またこの二人は……というか、ライエル。あんた、本当に見境がないわね」

見境がないというアリアに、ミランダが訂正する。

「ロルフィスの王女は断ったでしょ? 基準があるんじゃない? ほら、ウォルト家の家訓とかいう奴」

メイは俺とヴェラを見ながら。

「……ねぇ、どうみても養われるのがライエルなんだけど、それっていいの? 野生だと、オスは強いからハーレムを作る動物もいるけど……なんか、人間の場合はお金が重要なのよね?」

人間社会を学び始めたメイを見たのは、宝玉内の五代目だ。

『メイ、お前は賢いな。俺の時は、できるだけ関わらせないようにしたのに……成長したな、メイ』

嬉しそうな五代目に、ミレイアさんは呆れた様子だ。

『お父様、相変わらずですね』

モニカは部屋の外に出ると、今度は料理を持って部屋に入ってくる。そこにはグラスなどもあり、酒も用意されていた。

「おい!」

モニカは無表情のまま。

「どれだけ女を作ろうが、私のご主人様はチキン野郎だけ。このモニカ、心では嫌だと思っても、準備をしないなど有り得ません! さぁ、祝杯の用意はできております!」

とんがり帽子をかぶり、なにやらパーティーグッズを沢山持っているモニカ。説得力の欠片もない。

(こいつ、絶対に楽しんでやがる)

船員たちは。

「気が利くな、姉ちゃん」

「やっぱり、こういう時は酒で乾杯しないとな。おっと、仕事のある奴は一杯だけだぞ」

「よし、今日は俺のとっておきの酒を開けるぞ! お嬢様のお祝いだ!」

俺とヴェラが困惑する中。

ヒョッコリとドアから顔を出したシャノンが一言。

「この女もチョロかったわね」

そんな事を言うので、俺は心の中で。

(お前が言うなや、このチョロノン!)

そう思ってしまった。