軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九章 プロローグ

ベイムでの迷宮討伐。

そんな大仕事を終えて戻ってみれば、肌寒さはあるものの暖かくなり始めていた。

吐く息は、朝晩と白くなるが、昼は日が出ていればそうでもなかった。

春が近付いていると感じながら、俺は利用している宿屋の窓を開けて――。

――すぐに閉めた。

「やっぱり寒いな」

俺の行動を見て馬鹿にするのは、同じ部屋に寝泊まりしているオートマトンのモニカだ。

金髪のツインテールをしたオートマトンのモニカは、今日もメイド服姿で起動してから俺の身の回りの世話をしている。

そこに、一切の妥協はない。

だが、口だけは悪い。

「清々しい朝を演出しようとして、寒いからすぐに閉じてしまう……流石は私のチキン野郎です。空気の入れ換えをしたいので、開けたままにしてください。あ、まずは顔を洗ってくださいね。服は用意していますので」

いつも通り、準備は完璧だった。

用意された服をチラリと視線を向け、着替えるために手を伸ばせば。

「先に顔を洗ってください」

洗面所を指差して、笑顔で俺を見ていた。

ベイムにある宿屋で、それなりに値は張るが設備の整った宿屋だ。冒険者も多く利用しているらしいが、それ以外にもベイムを訪れた商人なども利用している。

ベイムに訪れてから、よく利用していた。

ただ、冒険者としてあまりこういった宿屋に頼りすぎるのも問題だ。何しろ、宿泊費が馬鹿にならない。

俺のパーティーは、俺を含めて九名だ。

俺。

サイドテールの魔法使い、ノウェム。

槍を持った戦士、アリア。

サポート専門の、眼鏡をかけて小柄なクラーラ。

最近スキルを発現した、トラップが得意な、ミランダ。

魔眼持ちだが、それしか取り柄のない、シャノン。

エルフの歌い手で、弓矢に長けた、エヴァ。

神獣麒麟が人の姿に化けた、メイ。

そして、最後はオートマトンである毒舌メイドのモニカだ。

俺以外が女性という、なんとも偏ったパーティーである。

黙って部屋の中にある洗面所のドアへと向かうと、モニカは。

「若いんですから、お湯を使っては駄目ですよ。冷たい水ですぐに目を覚ましてください。今日はギルドに行く日ですから」

水で顔を洗うと、まだ冷たいと思った。

タオルを手に取り、顔を拭くと寝癖のついた髪を見る。青い髪は、ボサボサしており、セットが必要だ。

(後でいいな)

そう思って外に出ると、ブラシなどを持ったモニカが待ち構えていた。ブラシと、まるで出来損ないの銃のような道具を持っていた。

「な、なんだよ。それに、なんで武器を持っているんだよ」

俺が後ずさりすると、モニカは呆れながら。

「武器? ドライヤーなんですが、見慣れていませんか? まぁ、戻ってきたばかりですし、使ったことがありませんからね。これまでは持ち合わせていませんでしたが、フルオプションとなった今のこのモニカ……出来ないことはないんですよ、チキン野郎!」

俺に椅子に座るように言ってきたので、黙って座った。銃から暖かい風が吹き、そのままモニカが髪をセットする。

「どうです? たったこれだけで酷い寝癖もすぐに整う高性能な道具ですよ!」

自信満々に言っているが。

「……シャワーでも浴びて、乾かせばよくね?」

そう言うと、モニカは「こいつまったく分かってない」などという顔で首を横に振るのだった。

セットが終わり、服を着替えると俺は部屋を出て一階へと向かう。宿屋の食堂がそこに存在し、朝食を食べることが出来る。

一階へと降りると、ノウェムが丁度食事をするところだった。

「今からか?」

「はい、ライエル様。ご一緒しませんか?」

誘われた俺は、同じパーティーメンバーであり、元婚約者であるノウェムの誘いに応じて食事を一緒にする。

パンにスープ、それにサラダと豪華な食事だ。

薄く切ったベーコンまであり、値段の割に美味しかった。

食事をしながら、俺は今日の予定をノウェムと話す。

「今日はギルドに行って、どんな依頼があるか確認してくるよ。戻ってきたばかりだし、できれば少し期間に猶予があるといいんだけど」

俺がベイムで所属しているギルドは、東支部と呼ばれている人気のないギルドだ。

主に冒険者に対する依頼を処理しているギルドで、どうしても余所へと冒険者を派遣する形が多い。

冒険者の本場とあって、余所から来る依頼も多いのだが、それを処理する冒険者たちが在籍している。

もっとも、誰しも面倒な依頼は受けたくない。そこで、東支部には、それなりの見返りが用意されている。

東支部だけが、優先して【迷宮討伐】という金になる依頼を回されるのだ。

それを受けるために、東支部の冒険者たちは、ベイムに舞い込む依頼を処理し続けるのである。

ノウェムは、食事を終えて口元を丁寧にテーブルナプキンで拭き、俺に答えた。

「普段の依頼を達成するのも大事ですからね。ただ、もう少し休んだ方が良いかも知れません。パーティー全体で“成長”を経験したばかりですし、いきなり実戦ではミスが多くなる可能性もありますので」

前回の迷宮討伐で、パーティーメンバーのほとんどが成長を迎えた。能力が向上する成長……それが危険なのは、一つの大きな壁を越え、本人が無理をする事にある。

成長後に無理をして失敗する冒険者も多い。

「その辺も理由にして、少しはベイム周辺で腕試しでもするか。そうだ……ベイムの管理している迷宮に挑むのもいいな。そこまで深く潜らないでも、肩慣らしで挑んでもいい」

東支部の冒険者が、ベイムの管理する迷宮に挑めないということはない。

だが、集中して挑めないのも事実だ。

討伐してはいけない、管理された迷宮は地下百階に届くとさえ言われている。誰もが確認などしていないが、そこまで辿り着くのは不可能とまで言われていた。

ノウェムは、俺に。

「その辺りはお任せします。今日はアリアさんが同行する予定でしたね」

俺は、アリアの名前を聞いて、溜息を吐いた。

いや、別にアリアが嫌いなのではない。ただ、こうした交渉――とまでは言わないが、ギルドで依頼を確認する際に、連れていっても役に立たない。

戦闘では頼りになるのだが、頭を使うのが得意ではなかった。

(まぁ、他にノウェム、ミランダ、クラーラもいるから、頭脳担当はどうしてもそっちなんだよな)

それなのに、アリアをどうして同行させるのか?

簡単だ。

俺が首に下げた、青い宝玉から声が聞こえてくる。

六代目だ。

『ライエル、そう嫌そうな顔をするな。アリアにこうした仕事を教えておかないと、いつか困るときが来るぞ。ただ戦うだけの猪娘にしないためにもな』

猪娘、という評価は宝玉内に記憶された歴代当主たちの共通認識だ。

優秀ではあるが、どうしても周りが飛び抜けた環境にいるため、アリアが劣っているように見えてしまう。

他の仲間が仕事を簡単にこなしてしまう中で、どうにもアリアは不器用に見えた。

三代目の声がする。

『やる気もあるし、才能もある。ゆっくりとは言えないけど、鍛えてあげないとね。色々と』

含みのある言い方をする三代目の声に、返事をしそうになるが我慢した。

俺はノウェムに。

「ま、色々と教えておくよ。ノウェムたちだけにサポートをさせても、アリアが理解していないと不満に思うこともあるから」

ノウェムは、クスクスと笑っていた。

「何?」

「いえ、ただ……ライエル様も、アリアさんの事を心配しているようなので安心しました」

ノウェムに言われた俺は。

(宝玉内の歴代当主に言われたから、なんて言えないよな)

後ろめたい気持ちになるのだった。

ベイム東側ギルド。

俺たちがホームとしているギルドに足を運ぶと、そこはいつも通り活気に満ちていた。

冒険者たちが途切れることなく出入りを繰り返し、一階のロビーは広いのに順番待ちの冒険者で一杯だ。

カウンターには、職員が何人も並んで対応していた。

赤い髪の毛先が跳ねているアリアは、それを気にしてか指先で自分の毛先を触っていた。

列に並び、自分たちの番が来るまで待っている間は暇だ。

アリアは、毛先から指を離して周囲を見る。

「はぁ、この時間は多いわね。仕事に行くなら、もっと早くに来れば良いのに。混むと時間がかかるのよね」

内心では。

(アリアの準備が遅れて、混む時間になったのは黙っていた方がいいんだよね。俺、それは最近になって理解した)

寝坊をしたアリアの責任もあるのだが、今回は別に急いでいるわけではない。

どんな依頼があるのかを確認するために足を運んでいるだけだ。

周囲の声に耳を傾け、噂話でも聞くことにした。

冒険者たちの噂話。

信用出来るものばかりではないが、聞いておいて損はない。

「あのアレットが結婚する、って話は本当か?」

「まさか。ただ、予定より早く国に帰るだけだろ」

「花屋のフラミニアちゃん、今日も綺麗だったよな。俺、また花を買っちまった」

「……フラミニアちゃん、来週結婚するらしいぞ」

「……嘘……だろ」

「聞いたか、ザインとロルフィスがまたやり合うらしいぞ」

「あそこはいつも睨み合っているだろうが。傭兵たちが一定数はいるし、こっちには関係ないぜ。あっても南支部の連中が騒ぐだけだろ」

「アルバーノの奴が、大怪我したとかいう噂とかないか。もしくは、迷宮でヘマをしたとか」

「あのアルバーノがそんなヘマをするかよ。本当に怪我をしたら、今頃酒場で喜んで宴会をする連中がどれだけいるか」

どれも俺に関係の薄い話ばかりだ。

あっても、アルバーノさんが怪我をする事を望んでいる冒険者が多い、という事だろうか。

宝玉内から、七代目の声がする。

『ふん、自分への不満を募らせる下手なやり方しか出来ない。だから、冒険者や傭兵は嫌われるのだ』

俺は、七代目の意見を聞かなかったことにする。というか、七代目は冒険者や傭兵が嫌いなので、感情的な意見でしかない。

落ち着いた五代目の声が聞こえてきた。

『しかし、いつの時代もあまり噂話に変りがないな。色恋だ、戦争だと、俺の時代とあまり変わらない』

四代目が笑いながら。

『変わっているように見えて、実は変わっていない……なんだか面白いね。こういう気分になれるのは、記録された俺たちの特権かな?』

宝玉内の声、そして周囲の声を聞きながら俺は順番を待っていた。

前の冒険者たちが減るにつれて、カウンターが近くなってくる。

どうやら、今回の担当はマリアーヌさんのようだ。

(あれ、珍しいな)

マリアーヌさんは、普段新人冒険者などを担当しているギルド職員だ。そんなマリアーヌさんが、普通に受付をしているので俺は不思議に思うのだった。

順番が来て、席に座ると俺はマリアーヌさんに依頼の確認をする。

俺の事を知っているのか。

「迷宮討伐お疲れ様でした。それと、今回の受けて欲しい依頼はこのようになっています」

差し出された書類だが、普段よりも多かった。

俺の隣に座っているアリアが。

「ねぇ、普段よりも多いんだけど? まさか、これを全部受けるの?」

俺は書類の一枚を手に取りつつ、否定する。

「まさか。ここから受ける依頼を決めるんだ。移動距離が短いと、いくつか受けないといけない。ただ、遠すぎると時間がかかる。その辺は戻ってから相談でもしたいんだけど……今回は多いな」

マリアーヌさんは、肩を上下させた。大きな胸が揺れているように見えるのは、改造された制服のせいだろう。

視線を向けてしまうと、アリアが俺の足を踏みつけた。

「痛っ! なんだよ」

「失礼だから、注意してあげたのよ」

そういって視線を逸らすアリアを見ながら、俺は踏まれた足の甲の痛みを我慢して書類に目を向けた。

マリアーヌさんは、少し笑っている。

用意されたのは大まかな依頼のリストだが、それが五枚も提示された。いくつか横線が引かれ、もう依頼を受けたパーティーがいるのが理解出来た。

(条件が良いのから消されているな。当然といえば当然か)

リストを確認し、改めてマリアーヌさんに確認を取る。

「今までより多くありませんか?」

「迷宮討伐後で、お金に困らないパーティーも多いですからね。それに、成長を経験した仲間がいて、動くに動けないパーティーもいますから。それと、新しい開拓団が組織されることになって、そちらにも人手を割くので依頼がいつもより消化出来ないんです。本部でも色々とあって、職員がそちらに回っていますので私まで通常業務ですよ。あ……」

思い出しように、マリアーヌさんが俺にたずねた。

「エアハルト君たちはあれ以降絡んでいませんか? 無鉄砲ですが、根は良い子たちなんですけどね。どうしても、力で解決しようという意識が強くて心配しているんです」

隣に座っていたアリアが、エアハルトたちの名前を聞いて思い出したような顔をする。

「あの大剣を持ったタンクトップ野郎? そういえば、あれ以降は会ってないわね」

アリアは会っていないが、俺は何度かギルドで顔を見かけている。

顔を合わせると、不満そうな表情はするがすぐにどこかへ行ってしまうのだ。

「最近は特に。でも、嫌われているみたいです」

マリアーヌさんは、苦笑いをする。

「そうですか。ちゃんと注意はしているんですけどね。さて、どうします。ある程度の条件がいい依頼は取られますよ。書類を持って帰って検討しますか?」

俺は検討する事を伝え、書類を受け取ってカウンターから離れるのだった。

――ギルド本部。

集められたのは、各支部の地位ある職員たちだった。

スイーパーであるタニヤ……ターニャも、そんな職員たちの護衛として同行している。

本部の会議室は、支部とは比べものにならない広さだ。

本部の幹部職員が、集まった職員たちに会議の内容を伝える。

「改めて今回の問題を確認しますと、ザインとロルフィスの国境で既に小競り合いが始まっております。例年でも珍しくないのですが、タイミング悪く火種が舞い込んでしまいました」

全員の視線が、東支部の職員たちに向く。

アレット・バイエ――ロルフィスの騎士が手に入れたのは、希少金属であるミスリルだ。

それが、戦争の引き金になろうとしていた。

だが、ギルドは戦争そのものを重要視していない。

問題なのは、ギルドへの影響だった。

南支部の職員が、手を上げて発言をする。

「南支部では、既に動き始めている傭兵団も多い。武具に食糧、それに消耗品等の消費は増えるでしょうね」

北支部の女性職員が。

「この時期に戦争ですか。少し困りますね。予想していなかっただけに、予定の変更も大変だ。それで、本当に戦争は起きるんでしょうね?」

西支部の職員は、少し笑っていた。

「確かな情報です。どうやら、今代の聖女様も戦争がお好きなようだ。大神官共も賛成しているようですし」

ターニャの上司は、手元の資料を見て不満そうにしていた。

小声で。

「まったく、迷宮討伐で儲けたばかりでも、もう手に入った魔石を消費してしまう。それなのに、冒険者は戦争で忙しくなると、魔石が高騰するね」

周辺のギルドから、割高になっても魔石を購入しなければと愚痴をこぼしていた。

幹部職員が、ギルドの方針を伝える。

「これまで通り、ギルドはどちらの陣営にも協力します。依頼も引き受けますが、バランスというものがある。肩入れしすぎず、ギルドの損にならないように動いて貰いますよ」

ターニャは。

(それが難しいのよね。下手に国が潰れて貰っても困るし)

西支部の職員が、手を上げて幹部職員にたずねる。

「それで、ギルドはどの程度の規模になると予想しているので?」

規模。

国同士、国境の領主同士の小競り合いで、数千の規模なのか。

または、国が本気で民を動員して数万規模で戦うのか。

数百程度の兵士が戦う小競り合いなら、普段からギルドが対応しなくても普通に存在している。

または、数十人程度という小競り合いなら、把握しきれない。

国は、ザインやロルフィスだけではないのだ。

幹部職員は。

「ザインは代替わり、そして名声欲しさに数万の規模は動かすでしょうね。商人たちの話では、既にそれだけの物資を集めに入っています。対して、ロルフィスの動きは鈍い。元から国力で劣っていますからね。ロルフィスが戦場となるでしょう」

ロルフィスの防衛戦というところまで、ギルドは予想していた。

ターニャは、ロルフィスの国内が荒らされるだろうと予想する。

何度か受付でアレットとも話をしたことがあるが、悪い人間ではなかった。

(……アレットさん、急いで戻るんでしょうね)

一人の知り合いとして死んで欲しくはないが、アレットの母国を利用してギルドが儲けを考えている現実。

ターニャは、表情を崩さずに会議を見守るのだった――。