軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13 朝食

ユリシスはまだ周囲を警戒していた。剣を握っていないはずなのに、その立ち姿はまるで戦場に立つ騎士そのものだ。

「驚かせてしまいましたわね。事前に申し上げなかったのは、わたくしの落ち度ですわ」

アメリアがそっと言うと、ユリシスは一拍だけ動きを止め、ゆっくりとこちらを見る。

「君が無事なら、それでいい」

短く返された言葉はぶっきらぼうにも聞こえたが、アメリアにはその奥にある気遣いが伝わってきた。

「鍛錬を中断させてしまい申し訳ありませんでした。皆様が鍛錬に励むお姿を、こっそり見てみたいと思いましたの」

アメリアは丁寧に頭を下げた。

自分の思いつきで行動し、結果的に訓練を止めさせてしまったことが気にかかっていた。

「い、いや、そんなことは……!」

アメリアがしゅんと肩を落とした姿を見るやいなや、なぜかユリシスの方が狼狽えている。

「そーっすよ奥様! むしろ助かったっす!!」

カイルが真っ先に手を挙げた。

「ええ、助かりました!」

「朝から鬼のような鍛錬でして……!」

「おかげで生き延びました!」

「奥様が救いの女神に見えました……!」

言葉を揃えるように、騎士たちが口々に訴え始める。悲壮感を漂わせながらも、どこか安堵の気配が滲む。

アメリアは瞬きをし、ほんの少しだけ肩をすくめた。

「ほんとに地獄だったんです……」

「奥様が現れた瞬間、天使が降りたのかと……」

早朝だというのに、騎士団の面々はぐったりとしている。反面、ユリシスはまだ余裕がありそうだ。

「ユリシス様、朝食はどうされているのですか?」

「鍛練の後に、自室で済ませている」

「よろしければ、ご一緒しませんか?」

アメリアが控えめに問いかけると、ユリシスはわずかに視線を揺らした。

「……朝食を、君と?」

「はい。お忙しければ、またの機会にでも」

これは王命による結婚だ。しかしだからといって、歩み寄る努力をしないとは言っていない。

(悪意のある方々に合わせても仕方ありませんものね)

ユリシスがどのような人物か分からなかったためどうするか考えた事もあったが、初対面からこの城に来るまで、彼の態度は誠実だった。

アメリアの言葉を無視したり邪険にしたりはしない。自然とそう思えた。

その言葉に、ユリシスの睫毛がかすかに震えた。

「……まだ、もう少し続けようと思っていたが――」

「嘘だろ」

「我々は大丈夫です、ユリシス様」

「朝食にしましょう! さあ!」

背後からヤイヤイと騎士たちの声がする。筆頭はもちろんカイルだ。ロザリーがじとっとした視線を向けている。

ユリシスは黙って騎士たちを見渡し、短く言う。

「……分かった。今日はここまでだ」

ほっと息がもれる。だが誰も大袈裟に喜ばず、淡々と礼をして片付けを始めた。

***

「……待たせた、だろうか」

低い声に振り向くと、ユリシスが食堂の戸口に立っていた。

鍛練後に一旦身支度を整えると言っていた。濡れた黒髪が首筋に貼りつき、いく筋かの雫が顎を伝って滴り落ちている。

「ユリシス様、御髪が濡れていますわ。ロザリー」

「はい、ただいま」

ロザリーが俊敏な動きでタオルを持って来て、アメリアはそれを受け取る。

そうしてユリシスの首元に流れる水滴を素早く拭き取ることにした。

「風邪を召してしまいますわ」

「……っ、ア、アメリア……!」

「じっとしてくださいませ」

エドマンドもよくこうやって濡れた髪でいたものだ。アメリアはそれを心配してわしゃわしゃと拭ってあげていた。

(ユリシス様は身長が大きいのですわね)

今更そんなことを思う。エドマンドなら簡単に頭にまで手は届いたが、ユリシスだとそうはいかない。苦戦していると、ユリシスがアメリアの手をパシリと掴んだ。

「もう大丈夫だ」

「あら、でもまだ湿っていますわ」

「食事をしているうちに乾く」

そう言われてしまえば、これ以上は不要なのだろう。アメリアは身を引いてタオルをロザリーに戻した。

ちょうど暖炉も温まっている。確かにそうだ。

「急いで来てくださったのですね。申し訳ありません。ですが、ありがとうございます」

「そ、んな、ことは……」

あるのだろう。アメリアを待たせていると思って、十分な身支度が出来なかったに違いない。

それでも、こうして来てくれた。

(素晴らしく思いやりのある方だと思いますが……どういうことなのでしょうね?)

ユリシスの左隣の席に腰を下ろしながら、アメリアはまた呪いについて思いを馳せる。

とても都合のいい呪いだ。得をする者が限られている。

そうしている内に、食事が運ばれてきた。

焼き立ての黒麦パン、琥珀色のスープ、山羊のチーズと燻製肉、そして紫がかった果実の蜜のようなものが並んだ。

とても美味しそうだ。アメリアは微笑み、視線を皿の上に戻す。

「これは……何の果実かしら? 見た目は葡萄のようだけれど、香りが違いますわね」

「雪葡萄というらしい。秋に収穫し、雪の下で凍らせて保存したあとに煮詰めると、甘みが強くなるそうだ」

「まぁ……凍らせた果実を煮詰めるなんて! なんて素敵な発想なのかしら」

スプーンで掬って口に含むと、ひんやりとした甘さが広がり、思わず頬がゆるんだ。

「おいしいですわ」

アメリアが嬉しそうに言うと、ユリシスは少し驚いたように目を瞬かせた。

「気に入ってくれてよかった」

「ええ、とても。素朴ですが味わい深いですね」

アメリアはパンを手に取りながら、他の皿にも興味津々の様子だ。

「このスープも不思議な風味ですわ。根菜でしょうか?」

「霜芋という。凍るほど甘くなる芋だ」

「まぁ……お芋まで凍るんですね。寒さと共に育つなんて、まるでこの土地の方々のようですわね」

アメリアがふっと笑うと、ユリシスの唇がわずかに緩んだ。

湖魚も気になっていたが、他にも楽しい食材がたくさんあるようだ。寒冷地ならではの保存方法や調理方法に胸が踊る。

「リュストアは本当に静かですわね。風の音と鳥の声だけ。王都のざわめきが嘘のようです」

「静かすぎて退屈かもしれない」

「いいえ、そんなことはありませんわ」

アメリアがにっこりと微笑む。

「わたくし、これから何をしようかとワクワクしていますわ」

「……それなら、よかった」

ユリシスの声は低く、けれどどこか柔らかかった。

「ご歓談中失礼いたします!」

そんなやり取りの最中、ロザリーが険しい表情で入ってきて、恭しく頭を下げた。

「旦那様、奥様。神官の方が王都よりお着きです。婚姻の証明を行うとのことで」

その言葉に、アメリアは少し目を見張った。

「まぁ、こんな朝早くに?」

「予定より早く到着されたようです」

ユリシスの方を見ると、表情の変化は乏しいながらも、やはりどこか驚いているように見えた。

婚姻の証明。

これが王命婚である以上は、アメリアが辺境に来たことと確かに婚姻の誓約を結んだことを報告する必要があるのだろう。

「食事が済んだら対応する」

「きっと神官さまも空腹でしょうから食事を差し上げて、温かく過ごせるように配慮してくれるかしら?」

「承知いたしました」

ユリシスとアメリアの指示に頷き、ロザリーはまた素早く下がっていく。

「では、わたくしたちもゆっくりいただきましょう」

「急がないのか?」

「食事はゆっくり摂るものですわ。来訪者に合わせる必要はありません。この城の主は貴方ですもの」

アメリアはゆったりと微笑むと、今度は雪葡萄をちぎったパンにつけてみたのだった。美味しい。