軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

*閑話・王宮のざわめき*

アメリア・グランディール侯爵令嬢がリュストアに発った。

その情報は、すぐに王宮へと届けられた。

王宮の白いテラスでは王妃とクラリッサが並んで座り、紅茶を飲みながら笑っている。ふたりの笑顔は、どこか勝ち誇ったようにしている。

「王妃様。ようやく、あのご令嬢の顔を見ずに済みますわね」

「ええ本当に。ずっと目障りでしたのよ、あの澄ました態度が」

「あの方には、この国を支えている王妃様への尊敬の念が足りていませんわ」

「さすがクラリッサ嬢はよく分かっているわね。おほほほ」

「……」

二人の笑い声が響くたびに、給仕のメイドたちは息を潜める。

その場に同席しているフレデリックは、黙ってカップを持ち上げると口に含んだ。

けれど紅茶の味は、なぜか全くしなかった。

「フレデリック。難しい顔をしていないで、婚約者のクラリッサ嬢と庭園を歩いてらっしゃいな」

王妃が穏やかに言う。

「まあ、光栄ですわ!」

クラリッサがぱっと立ち上がり、フレデリックの腕にぴたりと絡みつく。

その動きはまるで計算されていたかのように滑らかで、フレデリックは思わず目を瞬かせた。

鼻先に、甘く濃厚な香水の香りがふわりと漂う。

まるで花園に押し込まれたような強い匂いに、思わず肩がこわばる。

(……強いな)

どぎつい香りにわずかに顔を背けながら、フレデリックは曖昧な笑みを浮かべた。

その表情には、どこか遠い記憶を探すような影が差している。

庭園に出ても、クラリッサの香りに花の香りが打ち消される。

噴水の横を通ると、その音で少しだけ気が紛れた。

「殿下。あの方のことなど、もうお忘れになってくださいませね?」

身体を擦り寄せながら、クラリッサが甘い声でささやく。

肩にもたれかかるその重みが、なぜか息苦しい。

(アメリアなら、こんなふうに寄りかかることはなかったな)

ふと、静かな笑みを浮かべて歩く彼女の姿が頭をよぎる。凛として、距離を保ちながら、それでもいつも隣にいた。

その誇り高さが、なぜだか今になって懐かしい。

(いや、もう関係のないことだ)

侯爵家が財政難に陥った時、王妃がすぐに婚約解消を王に進言し、父も受け入れた。

アメリアはフレデリックと出会った頃から変わらず、完璧な令嬢だった。

どんな場でも動じず、誰に何を言われても、静かに受け流す。

それが優雅だと皆は褒め称えたが、フレデリックにはどうしても鼻についた。

――だから、公衆の面前であの婚約破棄を言い渡した。

皆の前で言いつけることで、あの澄ました笑顔を歪ませてみたかったのだ。

だが彼女は最後まで、あの整った微笑を崩さなかった。

落ちぶれてしまったアメリアを可哀想に思ってせっかく愛妾に誘ったのに、それを断ってまで、呪われた異母弟の元に嫁ぐと決めたのは彼女だ。

あの時、ほんの一言でも縋ってくれれば、父に頼んで王命を覆すことなど容易かったのに。

「フレデリック殿下ぁ、そんなに難しいお顔をなさらないでくださいませ……」

クラリッサが一層しなだれかかってくる。豊かな金の髪が揺れるとともに、柔らかなものがフレデリックの腕に触れた。

「お優しい殿下があの方のことでお悩みになる必要など、もうございませんわ。すべては過去のこと。今は、わたくしたちの未来を考えるべき時ですのに」

その声音は甘く、媚びるように揺れている。

フレデリックは、ゆっくりとその言葉を聞きながら視線を落とした。

「……そうだな」

唇の端に、尊大な笑みが浮かぶ。

アメリアの完璧な微笑の裏にある冷静な瞳――あれが腹立たしかった。

だが今ごろは、呪われた男の傍で青ざめた顔をしているに違いない。

(辺境で苦労してくればいい。リュストアなど、誰も助けには行かない)

王都に出戻ってきたら、その時は――自分の前に跪かせ、完全に自分のものにしてやろう。

想像した瞬間、フレデリックの背筋を甘い快感が駆け抜ける。

クラリッサの笑い声とともに、王宮の庭園には毒のように甘い香りが満ちていった。

***

テラスでは、まだ紅茶の香りが残っていた。

フレデリックとクラリッサが去ったあと、王妃はゆるやかにカップを置く。

その仕草には、まるで何もかも自分の思いどおりだと言わんばかりの余裕があった。

そこに、もう一つの影が現れる。

恰幅のいい中年の男――財務院副大臣、ベルトラン伯爵である。

王妃の呼び出しとあれば、拒むことなどできない。

「お呼びでしょうか、王妃殿下」

「ええ。今日は気持ちのいい日ですもの。少しお茶でもどうかしら?」

王妃が指先を軽く動かすと、侍女がすぐに新しいカップを差し出す。

ベルトランは緊張した面持ちで腰を下ろし、香り高い紅茶を一口すすった。だが、喉は渇いたままだ。

「殿下とクラリッサ嬢のご様子はいかがでしたか?」

「ええ、順調ですわ。――王太子の婚儀は、盛大にしなくてはね」

王妃の微笑は氷のように冷たい。

ベルトランは、その奥に何かを感じ取りながらも、言葉を選んだ。

「……しかし、最近は王立財庫の余剰金も減少しておりまして。あまりに大規模となると、他の部門への影響が――」

「あら、お金ならあるでしょう?」

ふと、王妃の声が低く落ちた。

まるで獲物を追い詰める猫のように、彼女の瞳が細められる。

「あなたのところ……ベルトラム家は、随分と手広く資産運用をなさっているではありませんの」

「し、しかしそれはあまり公には……」

ベルトランの背筋がびくりと跳ねる。

額の汗が一筋、こめかみを伝った。

「あら、脅しているわけではございませんわ。むしろ感謝していますの。おかげでグランディール家の令嬢が、王家から離れる口実になりましたもの」

王妃はそっと唇を弧に描く。

それは笑みというより、冷たい刃のようだった。

「フレデリックの婚儀が成功すれば、あなたの働きも正式に報われるでしょう。そのための資金を少しくらい融通できるわね?」

ベルトランは膝の上で拳を握りしめた。

逆らえば終わる――そう悟っている顔だった。

「……もちろんでございます、王妃殿下」

「よろしいわ」

王妃は立ち上がり、光にきらめく庭園を眺める。

まるで世界のすべてが彼女の掌の上にあるかのように。

「王太子の婚儀は歴代のものよりもずっと盛大に。民が王家の繁栄を疑うことのないようにしなさい。呪われた血など、王都には必要ありませんものね」

風が紅茶の香りをさらっていく。

ベルトランは深く頭を垂れ、王妃の背に従うしかなかった。