作品タイトル不明
第五章 プロローグ
第五章 プロローグ
『アイオン伯爵殺人事件』
ホーロス王国との戦争を終えた直後の、熱気に包まれた帝都。
そのニュースに関心を抱く者は少ない。だが、確実に広まっていた。
そして、その犯人とされているのが。
「アイオン伯爵家の執事長が、長年の恨みから……ですか」
執務室代わりに借りている部屋で、小さくため息をつく。
「証拠として、クロノっちの御父上から件の執事長の日記と、アイオン伯爵からストラトス家に送られた救援要請の手紙が、元老院に提出されたらしいっす」
そう、宿にまで来てくれたアリシアさんが教えてくれた。
「ただ、アイオン伯爵からストラトス家の陞爵について抗議の手紙が死亡報告の少し前に届いており、近日中に元老院で議題として語りたいと申請があったんで……状況証拠的に……ねぇ」
アリシアさんが、お茶菓子を紅茶で流し込みながらこちらを探るような目で見てくる。
それに対し、曖昧な笑みを返した。
「『クリス様の為』……ひいては、帝国の為に戦場で戦っていた自分には、一切事情がわからないですね。申し訳ありません」
「いやいや!クロノっちが謝ることなんてぜぇんぜんないっすよぉ!あーしも、クリス様も、ストラトス家を疑ってなんていないっすから!」
引きつった笑顔で首をぶんぶんと横に振るアリシアさん。わかってもらえて何よりだ。
ここでストラトス家に何かあれば、クリス様の地盤はボロボロになる。最悪、我が家が敵に回るかもしれないのだ。
非常に申し訳ないが、自分はストラトス家とクリス様なら前者を選ぶ。どうにか、彼女や親衛隊は殺さないように努めるが……。
その考えを察してか、アリシアさんが大量に汗を掻きながら分かりやすくゴマを擦りだした。
より正確に言うと、ゴマを擦るジェスチャーをしながら話しかけてきた。
「へっへっへ、クロノっちぃ……あーしら戦友じゃないっすかぁ。ズッ友っすよぉ、ズッ友。クリス様とクロノっちの絆はぁ!誰にも断ち切れない!っす!」
「はっはっは。その通りですね、アリシアさん!クリス様にもよろしくお伝えください」
「いや、クロノっちがお城に来てほしいんすけど。クリス様、軍隊で行動している間クロノっちとあんまりお喋りできなくって、テンションだだ下がりっすよ~?」
「それは……わかりました。領地へ帰る前に、どうにか時間を作ります」
「よろ~!っす!」
そんなこんなで、帰っていったアリシアさん。ついでに、シルベスタ卿へのお土産としてインスタント麵を持たせておいた。
……いっそ、菓子とインスタント麵を合体させてみようかな。でも、前世と違い駄菓子として売り出すにはコストが高くなり過ぎるし……。
そんな現実逃避をしかけるも、気合で理性を取り戻す。
バタンと扉が閉まって、30秒後。アリシアさんが完全に去ったのを確認し、隣に立っているケネスへと視線を向けた。
「どう思います?」
「あの手紙が、全てかと……」
「ですよねー」
殺っちゃたようだ、父上が。
「おおかた、アイオン伯爵を殺した後に家探しして、偶然執事長の日記を見つけたんだと思います。それで適当な理由をでっち上げようと考え、アイオン伯爵家の者に彼の救援要請を偽造させたんでしょう」
「一般的な貴族は、書状を家臣に代筆させるのが普通ですからな。アイオン伯爵家から以前送られていた年末年始の手紙も、たしかそのようなものだったと思います」
「ただ……疑問なのは動機ですね」
「動機、ですか?」
ケネスの反対側に立っていたグリンダが、不思議そうに首を傾げる。
「それなら、ご実家から帝都への手紙が不自然なほど来ないと若様がおっしゃっていたではありませんか。アイオン伯爵家が、何かしていたのでは?」
「このケネス、一生の不覚です……!若様は気づいておられたのに、我々が『いつものことだ』と言わなければ……!」
「いや、ケネスの考えは仕方ないですよ。ハーフトラック抜きなら、普通のことですし。それと、グリンダ。僕もそれは動機になり得ると思うんだけど、だとすると妙なんですよ」
「と、言いますと?」
「隠蔽が、雑過ぎる」
きっぱりと、そう断言する。
「あの家族以外には人格がアレで、なおかつ頭の回る父上が、こんな分かりやすい状況で実行するとは思えません。計画的にやったのなら、もっと上手くやるはずです」
「……お館様への信頼と、受け取っておきます」
そっと、グリンダが目を逸らした。
うん。自分でも親に対する評価ではないと思うが、事実なのである。
もしも父上が計画を立てて貴族を殺すのなら、もっと悪辣かつ狡猾なアリバイ工作をするはずだ。間違いない。
この世界には、DNA鑑定どころか指紋鑑定すらないのである。だからこそ、状況証拠が重視されるのだ。
「あるいは、アイオン伯爵の帝都、ストラトス家間での妨害行為を前面に出して、堂々と『帝国の敵を討った』と喧伝すると思うけど……」
「恐れながら、若様。それだけでは伯爵家の当主を……しかも、跡継ぎまで含めて殺害するには理由として不足しています」
「ですよね……」
ケネスの言葉に、深く頷く。
人権という単語がまだ出てきていない世界だが、貴族の命に関しては別だ。それも伯爵ともなると、その生命は非常に尊重される。
しかも地方でのことなので、通常なら元老院で議題になっても『適当な賠償金で良くない?良いよね!閉廷!』で終わる話だ。
それを当主本人どころか、一族郎党皆殺しである。伯爵の孫も、比較的血筋の近い騎士も亡くなっているそうだ。
源氏と平家のことを考えると、やるならば徹底的にというのは正しいのだが……人の心とかないのかと、言いたくなる。
「ただ、一応ストラトス家は対オールダーとの戦いで重要な役目なので、相手を国家反逆罪扱いできる可能性もなくはないですから」
「それは……かなり厳しくないですかな?」
「それでも、父上ならそう言えるだけの証拠をでっちあげ……揃えられると思います」
「確かに。お館様の悪知……智謀ならば」
「……ノーコメントでお願いします」
カール・フォン・ストラトスを舐めるな。『人の嫌がることを率先してやりましょう』を、常に意識して生きている男だぞ。
領民や家臣に対しては慈悲深く、善政を敷いているが、それ以外には外道全開な人物だ。それでいて、猫を被ることもできるある意味理想的な領主なのである。
人格がアレなだけで!
「まあ、ここでアレコレ考えても仕方ありません。父上は元老院から事情を聞く為に出頭を要求されています。近い内に会えると思うので、その時に聞きましょう。アレックスから、領地の方は問題ないと手紙が来ていますし。イーサン達も、無事についたようですね」
「幸い、まだオールダー・スネイル連合との停戦期間中。その間にケリがつけば良いのですが」
「僕も、早めに領地へ帰らないといけませんね」
オールダー王国とスネイル公国は、アナスタシア女王をトップとして1つになった。
呉越同舟なんて簡単にできる話ではないものの、帝国としては最悪を想定すべきである。それこそ、彼女が両軍を完全に掌握したという、可能性を。
詳しい情報は入ってきていないが、この2カ国との停戦協定が締結されるまでの間に父上が色々とやっていたらしいので、それに関する引継ぎも受けなければ。
「クリス様の所へ会いに行くよう言われましたが、その時に帝都を離れる旨も伝えるとしましょう」
「いやぁ、遂にクリス様と若様の間に、別離の時がやってきましたな!」
それはもう嬉しそうな顔で、ケネスがそう言う。
「別離って……一応言いますが、オールダー・スネイル連合への対策として、近い内にクリス様もストラトスへいらっしゃると思いますよ?」
「…………」
ケネスが、誰かに見られたら一発で不敬罪に問われそうな顔になった。
「安心してください、お義父様」
そう言って、グリンダがこちらの肩に手をのせる。
彼女の爆乳が顔の横にやってきて、つい視線がそちらに吸い寄せられた。
「若様とは昨夜も『お楽しみ』でしたので。『真実の愛』に溺れる可能性は低いかと」
「グリンダ……!お前がストラトス家の光だ……!」
「そういう話、やめてもらえません?本当にやめてもらえません?」
あんたらそれ、下手するとトラウマになるからね?繊細な男心をわかってほしい。普通の15歳なら泣くぞ。マジで。
……もしかして、騎士達がこういう会話を普通にするから、貴族を中心に『真実の愛』が流行っているのでは……?
そんなことを話していると、ドタドタと慌ただしい足音が聞こえてきた。
「レオでしょうか?今度は何が……」
「いえ、これはレオの足音ではありません!」
ケネスが即座に警戒態勢に入り、半瞬遅れて自分も接近する高濃度の魔力に気づいた。
だが、覚えのある魔力だ。これは───。
「大変だ、クロノ殿!」
盛大な音をたてて、部屋の扉が開かれる。
そこにいたのは、年齢を感じさせない筋骨隆々とした肉体と、経験を皺として刻みつけた顔立ちの老将。
「ギルバート侯爵!?」
クリス様派閥筆頭貴族にして、『鉄血』の2つ名を持つ人物が、単身でやってきたのだ。
あまりのことに驚きながら、慌てて立ち上がる。
「突然どうなさったのですか?いえ、もしやアイオン伯爵の件で……」
「そのような木っ端はどうでも良い!」
「こっぱぁ……」
仮にも伯爵を木っ端って貴方。
とんでもない爆弾発言なのだが、ギルバート侯爵はそれを気にする余裕もないと、大量の汗を掻きながらこちらにずんずんと近づき。
「貴殿に、『悪魔契約』の容疑がかけられた!」
がっしりと、僕の肩を掴んできた。
「……え?」
「鉄砲は悪魔の知恵で作られた物だと、訴えがあったのだ!教会は、勇者教は……100年ぶりに魔女裁判をすると言っている。それも、クロノ殿を悪魔と契約した犯人として、だ!」
あまりのことに、思考がついていかない。
悪魔契約?魔女裁判?……僕が?
「すぐに帝城へ来てくれ。情報の整理と、対策を練る。ことは一刻を争うぞ……!」
ギルバート侯爵が、眉間に深い皺を作り、吐き捨てるようにこう言った。
「オールダー、スネイル、そしてモルステッドの3カ国が、聖都を動かしよった……!」
彼の発言は、つまり───。
この大陸における最大宗教が、自分を殺しにくるということだった。