軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七十六話 どちらかが、倒れるまで

第七十六話 どちらかが、倒れるまで

「アハハハハハハハハ!」

「■■■■■───ッ!」

城内の広い通路を満たす、異形の群れ。大河のごとく迫るそれに、逃げ場などない。

大剣の一振りで飛びかかってきた3体を切り伏せれば、宙を舞う血肉を掻き分け次の怪人どもが腕を伸ばす。

顔面へ迫る虎の爪を柄頭で殴りつけ、刃を翻し脇腹狙いの腕を切り落とし、噛み付きにきた狼面の鼻へと左の鉄拳を叩き込んだ。

肉が爆ぜ、骨が血潮と共に散弾となって後続に浴びせられる。

止まるな。前へ。ただ前へ。

袈裟懸けに大剣を振るい眼前の怪人を斬り捨て、切っ先を翻しもう一回転。西洋剣術の1つ、『風車斬り』にてもう1体を両断。

その斜め後ろの個体が殴り掛かってくるのを、『蛇行斬り』で迎撃。続けて腰にタックルしてきた怪人の頭に柄頭を叩き込む。

瞬く間に仲間が減ったにも関わらず、敵の戦意は衰えない。むしろ歓喜するかのように、こちらへ爪を、牙を、腕を伸ばす。

咄嗟に後ろへ跳躍して距離をとれば、奴らは我先にと追いかけてきた。それに対し、右斜め前へと跳ぶ。

金色の燭台や誰かの肖像画の飾られた壁に、足をめり込ませて疾走する。

数歩にて20メートル程前進し、床に向かって飛び降りながら体を捻った。ぐるり、と腰の力を使い、大剣を振り回す。

血風の中床を踏みしめ、更に刃を横一線。眼前の怪人どもの胴を泣き別れさせた。

四方皆敵。上等である。単騎で敵陣に踏み込むとは、そういうことだ。

「アハハッ!」

「■■■■ッ!」

組み付きにきた怪人の、カエル頭を左の拳で粉砕。嫌な感触が鎧越しに伝わるが、無視する。

続けてその隣の怪人が迫るも、左手を跳ねるように動かし奴の腕を払いのけた。同時に、片手で振るった大剣で逆袈裟に斬り捨てる。

返す刀で背後の敵も切り伏せ、背後へと跳んだ。今度は高さをつけず、ただ真っ直ぐ後ろに。

背後から首筋に噛み付こうとしていた虎頭ごと、後ろの部屋へと侵入。転倒したそいつの腹を踏み潰し、追いかけてきた者の鼻先に切っ先を置いた。

そのまま突き進んだその怪人の顔面が大剣によって割れ、柄を下に振るい股まで引き裂く。

後続が室内に雪崩れ込もうとするも、入り口が狭く一瞬詰まった。

その隙に部屋の端にあったベッドを左手で持ち上げる。

「ふんっ!」

入口へと投げつけたベッドが盛大な音をたてて砕け、怪人どもが数体纏めて壁とサンドイッチされる。

後続が侵入するより先に、壁に向かって肩から突っ込んだ。

石造りの壁を打ち砕き、その向こうにあったらしい本棚をなぎ倒す。足を止めずに本棚と石材を踏み越え、扉を蹴破り通路に。

扉の残骸を受けて怯んだ怪人どもへ、容赦なく剣を振るう。

「■■■■■■■■───ッ!」

帝都の者達から『この呼び方』をされるのはあまり好きではないが……あの王様から言われた以上、あえて自分から名乗らせてもらおう。

「人竜を、舐めるなッ!」

感覚が研ぎ澄まされていく。嫌でも思い出される、人類の限界点とさえ思える槍の冴えと人馬一体の動き。

彼より速い者も、早い者も、強い者もいた。だが、彼より恐ろしい男はいなかった。

あの時の死闘と比べれば、ただ腕力のあるだけの怪人どもなど、ものの数ではない。

自分を止めたければ、『英雄』か『怪物』を連れてこい!

袈裟懸け、逆袈裟、横薙ぎにて続けざまに3体を斬り捨て、背後からの爪をダンスのステップめいた足捌きで回避。ほぼ同時にカウンターにて、首を刎ねる。

刀身にこびり付いた血が吹き飛び、壁にピシャリと散った。両手で柄を握り直し、肩に担ぐように構える。

自分でも驚く程に、体が軽い。重くなったはずの鎧だが、それでなおこの身を縛るには軽すぎる。

頭は極力冷静に。剣の冴えは好調を維持し。それでいて、沸き立つ血潮のまま四肢を振るった。

「■■■■■■■■───ッッ!!」

己の雄叫びに通路がビリビリと揺れ、石造りの壁や天井に細かなヒビが入る。

それでなお止まらない怪人どもへと、吶喊。袈裟懸けの斬撃で数体纏めて斬り捨て、返す刀で横薙ぎの一撃を放ちながら直進。

仲間の死体を跳び越える異形の化け物の顔面を左手の五指で抉り飛ばし、直後に横回転で胴を薙いだ。

白銀であった鎧が、あっという間に赤く染まっていく。青い装飾も飾り布も、金色の縁取りも。何もかもが血と臓物で穢れていく。

なるほど。地獄の饗宴とはよく言ったものだ。たしかにこれは、それに相応しい装いである。

「ガハハハハハハハハ!」

城内に響く哄笑を突き破り、また別の笑い声が聞こえてきた。

それと並んで轟く破砕音。眼前の怪人どもが撥ね飛ばされていき、すぐに何が起きているのかを把握する。

でかい。兎に角でかい怪人が、こちらに向かってきている。

全身を灰色に染め上げ、頭は猪、腰から下は馬、胴体と両腕はゴリラという、随分と頭の悪い組み合わせだ。

馬の脚だけではなく極限まで前傾となって、ゴリラの両腕まで使っての疾走。人の腕程も太く長い牙が、燭台の明かりに照らされてギラリと輝く。

並み居る怪人どもがまるで木の葉のように蹴散らされ、こちらへと突進する猪頭。

それに対し、左足を脛の半ばまで床にめり込ませる。

跳び散る石材と轟音。半身となって待ち構える自分に、猪頭は突撃する。

その頭蓋を───掴んで、止めた。

ずん、と。全身に響く衝撃。手足の関節が悲鳴を上げ、左腕からはミシミシと異音がなった。

両足が僅かに後退し、石造りの床が削られて線が引かれる。

だが、そこまでだ。

「ガハハ!ガハハハッ!」

「■■■■■■■■───ッ!」

左の五指を猪頭にめり込ませ、頭蓋骨の先まで指先を押し込んだ。

なおも両腕でこちらの左腕を掴む怪人の体を持ち上げ、一閃。片手で振るった刃で、胴体ごと馬の下半身も叩き斬る。

「ふぅぅ……!」

兜の隙間から漏れた自分の息が、まるで冬の朝のように白い。室温がむしろ高いはずだが、この身が随分と火照っているようだ。

どこから集めたのか、猪頭が同士討ちをしたというのに、まだまだ怪人どもがわらわらとやってくる。

前方も後方も、何ならそこらの部屋からも続々と。

まったくもって嫌になる。

「すぅ……■■■■■■■ッッ!!」

ならば、敵が尽きるまで暴れながら進むしかない。

鉄拳で怪人の顔面を砕き、脳を散らし、縋りつく腕を踏み潰しながら。

前へ、そして上へ。

サーシャ王妃とティキ国王の婚姻に際し、ギルバート侯爵を始めとした帝国貴族達は、王都に来た事がある。城の内部も、ある程度だが把握していた。

流石に秘密の隠し通路などは不明だが、政治的に重要な建物である分、内部構造を大きく変えることはできない。彼らの記憶から書き出した地図を頭に浮かべ、王妃のいる場所を目指す。

───彼女がいる場所が、何となくわかっていた。

サーシャ王妃のことを自分は良く知らないが、あの狂人は根が真面目なのだと思う。

いざ何かするとなれば、徹底的に。そして享楽的で突発的な行動が多いように見えて、その場その場でかもしれないが、考えて行動している節がある。

だから、恐らく……。

通路を、階段を血で濡らしながら、城を上っていく。

いつしか怪人どもも品切れなのか、鎧を鳴らして走ろうとも道を阻む者はいなくなっていた。

手が空いたので、今更かもしれないが近くのカーテンを引き千切って血文字を書く。鎧に付着したものが、まだ固まっていない。

そこに城内の怪人どもの息に、毒があることを記す。燭台の1つをもぎ取って、ロウソクの火を消した後伝言を書いた布を巻きつけた。

通路の窓からそれを外に放り投げ、再び足を動かす。

駆け足で移動しているが、本来なら観光地としても十分楽しめそうな城だ。

かつては芸術の都と言われただけあって、芸術に疎い自分でもわかる名画や彫像が通路のあちこちに飾られている。

描かれているのは、主に歴代の国王に関してらしい。ホーロス王国の歴史と言っても過言ではないそれらを横目に、記憶を頼りに足を動かした。

そうして、突入から約20分後。謁見の間へと、到達する。

見上げる程に大きく、豪奢な装飾が施された扉。赤地に銀色の紋様が描かれたそれを、蹴破って中へと侵入する。

剣を構えながら入った謁見の間。全体的に帝城の物とそっくりで、中央に赤い縦断が敷かれ左右に白い柱が何本も並んでいる。

煌びやかな玉座にティキ国王の姿も、サーシャ王妃の姿もない。一見して、無人の一室。

しかし、『人』はおらずとも『化生の類』はそこにいた。

部屋の中央。赤い絨毯の上に、灰色のブヨブヨとした巨大な肉塊が置かれている。

老人の肌のような印象を受け、それでいて浮き上がった血管が不気味に脈打っていた。

自分の侵入に気づいてか、その灰色の肉塊が起き上がる。まるで天井から糸で引っ張られているかのような、生物として有り得ない挙動であった。

近づくことを本能が拒否する、謎の物体。それに対し、理性を総動員して斬りかかる。

アレが起き上がる前に、殺す。

その一心のもと、吶喊。腰だめに剣を構えた姿勢で駆け、横薙ぎの斬撃を放った。

どこが急所かもわからない見た目だが、兎に角両断する。竜の革と骨で作られた柄を握り、渾身の力で刃を振り抜いて───。

ギィィィン……!

硬質な音と共に、止められる。

『あら』

肉塊から発せられる、むせるような色香を纏った女性の声。

いつの間に伸びたのか。肉塊が突き出た筋骨隆々とした腕が、指先を覆うような奇妙な爪で刀身を受け止めている。

衝撃で床どころか柱にまでヒビが入っているというのに、大剣はそれ以上進む様子はなかった。

『何も言わず斬りかかるだなんて、騎士様らしくないわね』

「……あいにくと、騎士になった覚えはないので」

これは、サーシャ王妃なのか……?

魔力すら異質なものとなっているが、この気配は恐らく彼女だろう。ホーロス王国は、いったいどれだけ悍ましい実験を繰り返していたのやら。

ギリギリと刀身と爪が押し合うも、拮抗。しかし、こちらは両腕なのに対し、相手は『腕1本』で受け止めていた。

兜の下で冷や汗を流しながら、一瞬だけ刀身を引く。直後に回転切りで強引にサーシャ王妃を弾き飛ばせば、彼女はふわりと玉座の前へと着地した。

一連の動きが嘘のように、今の王妃は巨体へと変貌している。

3メートル近い身長。灰色に染まった肉体は、カーラさんやガルデン将軍を彷彿とさせる程に筋肉の鎧に包まれていた。性器の類は見当たらず、まるで人形のようである。

全体的に無骨な筋肉のつき方をしているのだが、腹部のみが妊婦のように膨らんでいた。

だがそこに新たな命がないことは明白であった。本来ならヘソがある位置が横一文字に裂けており、そこからずらりと牙が生え、奥には赤黒い口腔が覗いていた。

不敵に弧を描く腹部の口とは裏腹に、彼女の顔面に表情はない。

いいや、訂正しよう。そもそも、目も、鼻も、口もない。

無貌。まるで顔の肉を根こそぎ剥ぎ取られたかのように、のっぺりとした灰色の皮膚だけがそこにあった。

「……随分と変わったドレスですね。どこで買ったのですか?」

『特注品よぉ。脱ぎ方を忘れてしまったから、貴方にもクリスにも着せて上げられないけど』

彼女が、まるでネイルの様子でも見るように右手の爪を顔の前に持ってくる。

カチカチと鳴る五指の爪は、墨汁のように黒く染まっていた。指の第一関節から先が、丸ごと爪と融合している。長さは指全体と変わらない程もあり、ナイフのように鋭く尖っていた。

無貌にして無性の、異形の怪物。サーシャ王妃は新たその肉体を誇示するかのように、ゆったりと両腕を広げる。

瞬間、体の各所に赤い線が走った。傷口のように見えるそこから、深紅のヒダが伸びてくる。

『さあ、始めましょう。私の最期のパーティーを』

それらはまるで絹のような艶をしており、異形の肉体を彩った。遠目に見れば、ドレスと言える外見である。

風もないのに揺れるそのヒダからは、異様な気配を感じ取った。この臭い……間違いない、毒だ。

『黒蛆』の使う物に似ている。余程近づかなければ効果はないだろうが、それでも同じ部屋にいては、並の貴族では瞬く間に死に至るだろう。

『ねえ、貴方。クリスには悪いけど……一曲、付き合ってくださらない?』

異形の身となってなお、艶めかしく腕をこちらに伸ばすサーシャ王妃。

その問いかけに、大剣の切っ先を向けた。

「一曲と言わず、貴女が満足するまでお付き合いしましょう。どちらかが、倒れるまで……」

『あら、情熱的ね』

精神だけでなく、肉体まで怪物に成り果てた王妃。

この人の過去には、同情する。クリス様が言うには、壊れてしまう前の彼女は勤勉で心優しい、誰からも将来を期待される人物だったという。

しかし。

『得意なダンスはあるかしら?』

「殺し合いなら、多少の心得がありますよ。ミセス」

ここで殺す。絶対に。