軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 被害者達は、加害者として舞台に立つ

閑話 被害者達は、加害者として舞台に立つ

サイド なし

「地獄に堕ちるはずが、地獄の方がこっちに来ちゃったわねぇ……」

───ドォォン……!

轟音が響き渡る、ホーロス王国王都。

王城と城門を繋ぐ長く巨大な階段の中腹に、カーラは腰かけていた。

『これより半刻後に、我々は貴様らの街を瓦礫の山へと変える!戦う意思のない者は街の外へ出よ!それができないのであれば、街の南に!城門と王城から離れた位置にて隠れていろ!』

そのような警告を、帝都軍が拡声魔法により城壁前で叫んでから、ちょうど半刻。

残念なことに、もはや王都に人間の言葉を理解できる一般市民はいなかった。

理性はなく、狂笑を浮かべて街を彷徨い歩いていた住民達は、空から降ってきた砲弾によってただの肉片となっていく。

かつては芸術の都と呼ばれた、ホーロス王国の王都。そこは今、街の半分を爆炎と黒煙によって汚されつくしていた。

「やー、派手だねー」

少女とも少年ともつかない声が、彼の後ろからかけられる。

当然のように背後から近づく存在にカーラは気づいており、座ったまま首だけ背後に振り返った。

「本当よねー。おかげで、街中に仕掛けた罠も木っ端微塵。アタシ達の苦労が水の泡よぉ。んもー、腹立つわー」

「んー?」

一国の王を相手にしているとは思えない口調のカーラに、気にした様子もなくティキ国王は視線を階段の下へと向ける。

「街もそうだけど、私としてはアレの方に言ったんだけどなー」

「ああ、あっちね」

カーラも視線を階段の下に向ける。

純白の階段には、幾つもの赤色が散っていた。そして、黒いローブ姿の男達の死体がそこかしこに転がっている。

その光景を見下ろしながら、カーラはつまらなそうに左手の注射器を指で弄んだ。

彼もまた、階段の脇や下に転がる死体と同じく、黒いローブを纏っている。スリットから出ている左腕以外、首から下はローブにすっぽりと覆われていた。

「戴冠式から帰ってきた後、アタシのことを最高傑作だの奇跡だの言っていたのに、何も言わずにお別れしようとしていたからねー。餞別として同じ薬を打ってあげたわ。ま、『適合』はしなかったようだけど」

転がっている死体の顔は灰色に変色し、口元には歪な笑みを浮かべている。

それらを見下ろしていたティキ国王だが、すぐに興味を失って視線を砲弾が降り注ぐ街の方に向けた。

「ふーん。あ、話は変わるけど、あの爆発って、例の鉄砲とか言うのに由来するのかな?」

「じゃなーい?うちの子達から、火薬とか言う変な粉が炸裂すると鉛の礫が見えない速度で飛んでくる……って聞いたわー。あと、爆弾とかいう似た武器もあるらしいわよ」

「じゃあ、鉄砲を大きくして、弾丸?とやらを爆弾?に変えて、撃ちだしたのかな?」

「たぶんね。アタシはそういうことサッパリだけど」

「んー……でも、ただ地上で爆発するやつばっかりだなー。油を撒くやつとか、もっと小さい粒を周りにばら撒くやつの方が効率的だと思うけど、そういうのはないんだ?……あ、本当はお城とかに使う予定だったのか!作っていないか、持ってきていないんだねー」

彼が納得したようにその白く細い手を叩いた直後、王城に1発の砲弾が着弾した。

盛大な爆音と共に城の一角が崩れ落ち、粉塵が舞い上がる。

「ね?建物相手だと、凄い破壊力だ」

自分の城が一撃で3割方壊されたというのに、彼は笑顔だった。

「……ティキきゅんって、地頭は良いわよねー」

「そんなことないよ。私は、ホーロス王国史上最も頭の悪い王様だからね」

「……そうかしらねぇ」

何故か胸を張って言うティキ国王に、カーラはただ肩をすくめる。

───先代や先々代の方が、余程愚かだと思うけどぉ。

そう、内心で彼は呟く。

『野心』とは、薬である。

苦境にあっては心の支えとなり、何かを成す為の原動力になるなど、良薬となる時もあれば。

常ならば仕出かさないような罪や失敗を犯す、毒薬ともなる。

このティキ国王は、ホーロス王家の野望から作り出された存在であった。

先代の王や、先々代の王は、野心を抱いていた。この大陸をホーロス王国の、ひいては自分の物にしようと考えたのである。

その最大の障害となる、クロステルマン帝国。ハッキリ言って、まともに戦っても王国に勝ち目はない。だが、逆にその力を手にすれば一気に道は開けると彼らは考えた。

ではどうするか?彼らは、歴代の皇帝達が『真実の愛』に狂いやすいことに目を付けた。

ならば、そこを突けばいい。

そうして、最も皇帝の寵愛を受けやすい『個体』を作ろうとしたのである。

三男以降の王子達は全て実験台となり、幾つもの改造を受けた。

睾丸を摘出し、男として成長することのない肉体を。そして、数々の投薬により発育を阻害し、より中性的な容姿を目指した。

更に、改造手術により体液の一部を薬物の生成器官に置き換え、歩くドラッグ工場としたのである。

最悪なことに、以前から毒物と暗殺に熱心だった王国にはある程度のノウハウがあった。彼らの技術力なら、魔物の体を切り分け、人間に移植することさえ可能である。

それでも無茶な実験ではあったので、幾人もの王子達が死んだ。だが、ティキだけは生き残った。その容姿もまた、実験を主導した者達にとって理想的なものだったのは、ある意味で運命と言えるだろう。

彼らはティキに男娼としての技術を与え続けた。ゆくゆくは帝国への服従の証として、皇帝の侍従……事実上の愛人の地位として送りつける為に。

帝国の中枢に毒を忍び込ませ、内側から侵略していく。それにより、最大の敵を最強の味方に変えようとしたのだ。

しかし───彼らは、魔がさしてしまった。

『最高傑作の男娼を、味わってみたい』

当時の王達が持てる伝手全てを使って育て上げた最高傑作は、ただそこにいるだけで彼らを狂わせるに十分だったのだ。

結果、先々代の王は閨にて腹上死。その後を継いだ先代の王は薬物中毒により死亡。

続いて第一王子や第二王子。更には姫達や高位貴族など、ホーロス王国の中枢は次々にティキの魅了によって破滅していったのである。

その過程に、彼の悪意や野望、願いなどはない。

ティキは、求められるままにその技術を使った。その身から出る薬を与えた。その知識と経験を用いて、彼らの欲望を満たした。

何故なら、彼は他人の欲望を満たす為に作られたのだから。

悪いことは続くもので、計画の責任者達がそんな有り様だからか、どこぞの下っ端が薬物を持ちだしてしまったのである。

その結果、国中に薬物が蔓延。あっという間に、そこら中が中毒者だらけとなった。老若男女問わず、国の大半が薬に溺れている。

もしもこの戦争が起きなくとも、ホーロス王国は後10年もすれば自滅していただろう。その間に、大陸の2割程を道連れにしていただろうが。

閑話休題。

まだ残っていた高位貴族達は、唯一まともに会話可能な王族であるティキを国王に据えた。

そして、このままでは帝国を乗っ取るどころではないと、かの国から姫を王家に迎え入れることにしたのである。

子を成せないティキ国王では、この婚姻同盟は時間稼ぎにしかならない。それをわかっていたが、彼らに他の選択肢などなかった。

その結果やってきたサーシャ皇女……現在は王妃である彼女に、彼らは自棄になって自分達が種を仕込み、次の国王の親となろうとしたのだが……サーシャ王妃の話術で同士討ちさせられて全滅したのだから、救えない。

そんな愚物しか、この国には残っていなかったのだ。

ホーロス王国は、王達の野心によってとっくに詰んでいた。

「……ま、ティキきゅんがそれで良いのなら、良いけどね」

「うん?うん!そうだね!」

カーラの呟きに、ティキ国王が元気よく頷く。

「さ、ここにいちゃ危ないから、城の中に入っていなさい。お望みなら、地下通路から逃がしてあげるわよ?お相手、そうとう急いで来たはずだし、王都の地形はともかく抜け道までは把握できていないでしょ」

「秘密の抜け道で逃げるっていうのは、無理じゃないかなぁ?この降ってくる爆弾のせいで、地下の通路はどれも潰れていると思うよ?」

「そうだったわね……」

「落ち込まないで、カーラ」

舌打ちしそうな友人の肩を、ティキ国王が撫でる。

その白魚のような指が通り過ぎただけで、脳が痺れたような快感がカーラを襲った。

もはや暴力的な快楽。それは薬物ではなく、ティキ国王の技術によってなされたものである。

「……落ち込んでなんかいないわ。気にしないで」

「そう?なら良かった」

ティキ国王に、深い考えはない。目の前の人物が落ち込んでいる気がしたから、ただ励まそうとしただけ。

だからこそ、カーラはこの友人に対し憐れむでも恐れるでもなく、ため息1つで今の快楽を霧散させた。

「ほーら。行った行った。ここでこうしているより、城の中の方がマシでしょ」

「そうだね。じゃあ、サーシャの所に行くよ」

くるりと、ティキ国王が踵を返し階段を上っていく。

だが、少し行った所で振り返った。

「そうだった。サーシャから伝言。『貴方は好きにしなさい。こっそり用意していた お(・) 土(・) 産(・) も、自由に使えば良いわぁ』だって」

「……あっそ。っとに、不器用ねぇ」

カーラが、そっと己の胸ポケットにしまった物に触れる。

「……余計なお世話よ、親友。って、伝えておいて」

「わかった。 じ(・) ゃ(・) あ(・) ね(・) 、カーラ」

「ええ。 じ(・) ゃ(・) あ(・) ね(・) 、ティキ。そしてサーシャ」

今度こそ去っていった、ティキ国王。カーラは、再びため息をついた。

「ねえ、あんたら。空気を読んでくれるのは良いけど、もう少し気配消しなさいよ。気になってしょうがないわ」

彼の言葉に、どこからともなく黒ずくめの男達が姿を現す。

『黒蛆』と、戴冠式の日にカーラが適当に名付けた集団であった。

「なぁんで全員まだいるのよぉ。地下の抜け穴使わなくっても、あんたらだけなら脱出できるでしょ?逃げたい奴は逃げなさいって、アタシ言わなかったっけ?」

「逃げたい奴が、いなかったので」

彼の言葉に、『黒蛆』の1人が苦笑交じりにそう返す。

「最期まで、お供します」

「我らの居場所は、貴方の影だけだ」

「今まで散々悪いことしましたからね。今更ですよ、今更」

「どうせ皆地獄に行くんだ。だったら、頭領を1人にはできんでしょう」

「……あっそ」

砲弾が、城門に直撃する。

いつの間にか王都を守る門は壊され、そして今最後の守りは粉砕された。

街道から城まで、もはや何の障害もない。

「なら、貴方達」

ゆっくりと、カーラが立ち上がる。

爆炎と黒煙によって薄汚れた、かつては芸術の街と呼ばれ、その実はおぞましい魔都だった場所。

随分と風通しがよくなった王都を見下ろし、暗殺者達は笑う。

「最期まで、踊るとしましょうか」

* * *

王城、謁見の間。

本来国王が座るはずの玉座に、裸の美女が座っている。

赤みがかった金髪に、雪のように白い肌。瞼を閉じたその顔は、名工が作りし人形のようであった。

華奢な肩や細い腰に反して、大きく前に突き出たもっちりとした乳房。ほんの少し色素の濃いの頂。豊かなその乳房は呼吸に合わせて微かに揺れ、その柔らかさと張りを示している。

きめ細かな美しい肌。芸術品とも言える裸体の中で、しかし下腹部にある痛々しい手術痕だけが妙に目立っていた。

一糸まとわぬ姿で、長い足を組み眠る彼女。その脳裏には、まだ世界が綺麗に思えていた頃の記憶が流れている。

美しい庭園。麗しき弟妹。頼りになる兄姉。己の未来は輝かしいものだと信じて疑わず、勉学に励み周囲に優しさを振り撒いていた。

努力家で、敬虔で、純粋で。性善説を心の底から信じていた少女時代。

いずれはどこかの貴族か、他国の王族に嫁ぐのだろう。どんな旦那様と結婚するにしても、絶対に幸せになってみせると、彼女は努力し続け───。

『おい、お前。ちょうど良いから服を脱げ』

凌辱され尽くした。

娘の名前すら憶えていない実の父親によって、彼女の純潔は散らされ、そして、余興の一環として壊されたのだ。その後は、皇帝とその愛人達が悦楽を得るのに都合のいい『穴』として使われた。

サーシャにとって、帝国は肥溜めに等しい。そう、認識を改めることとなった。

だからこそ、外に希望を求めていた時期がある。子を産めぬ体にされた身で、他国に嫁いだとしても幸せな未来はないかもしれない。それでも、一刻も早く帝国の外へと行きたかった。

そして、彼女の焦がれていた外は───帝国と同じだったと、知る。

恐らく、コーネリアス皇帝は知っていた。ホーロス王国で起きていたことの大半を。だから、もう政略結婚には使えないはずの娘を送ることにしたのだろう。

結婚式でサーシャを送り出した皇帝の顔には、楽し気な笑みが浮かんでいた。まるで、道化の踊りでも見ているかのように。

外に憧れた籠の鳥が、絶望に向かって飛んでいく様を。ただのショーとして楽しんでいた。

もはや怒りすらない。絶望もない。憎しみすらもない。

希望もない。喜びもない。悦楽すらもない。

だが、それでも友達はできた。

サーシャ王妃にとって、好きになれる相手というのは限られている。

自分と同じように、滅茶苦茶にされた存在。例えば、ティキ国王。例えば、カーラ。例えば───。

好きになれた相手の姿が次々と浮かんでいた彼女だが、城に響いた轟音により目を覚ます。

深紅の瞳を数度まばたきさせた後、サーシャ王妃は視線を謁見の間中央にある『モノ』に向けた。

つまらなそうな顔でそれを見下ろしていた彼女は、扉が開かれる音に顔を上げる。

「あ、起きていたんだね。サーシャ」

「ティキ……」

夫であり、本来玉座に座るべき人間。

それが入室してきたというのに、サーシャ王妃は立ち上がらないし、ティキ国王も気にした様子はなかった。

トテトテと、彼が玉座の傍に近寄る。

「たぶん、城門が壊されたみたい。この大きな鉄砲の攻撃が止んだら、王都に帝国軍が雪崩れ込んでくるんじゃないかな?」

「でしょうね……でも、 ド(・) レ(・) ス(・) の用意は間に合いそうだわ」

サーシャ王妃が、再び玉座の間中央にある『モノ』を一瞥する。

薬液が入ったガラス管が幾つも突き刺さった肉塊が、砲撃の音に合わせるように脈打っていた。

「そっか。良かったね」

やはりというか、ティキ国王は興味なさげにそう言った後。

「ねぇ、サーシャ」

その声音が、ほんの少しだけ落ち着いたものになる。

「………」

「なぁに?どうしたのかしら、我が愛しの旦那様」

かと思えば沈黙したティキ国王に、サーシャ王妃が退廃的な笑みを向けた。

彼女の瞳を数秒だけ見つめた後、彼はいつもの気の抜けた笑みを浮かべる。

「───最期まで、楽しもうね」

「ええ。楽しいパーティーにしましょう」

楽しみなど、人生に見いだせない被害者達は。

自ら望み、加害者として最期の舞台に立つ。