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作品タイトル不明

第七話 12歳から13歳。期待

第七話 12歳から13歳。期待

姉上の家出により、父上が修羅と化して領内にて捜索にあたっている間、一部の執務は自分が行う事になった。

元々、簡単な書類の確認や決裁なら出来る様に仕込まれている。父上はクソのつく親バカだが、それ以外は有能な貴族家当主だ。その辺りの教育も、自分に何かあった時の為に備えている。

その何かあった時が、姉上の家出だとは思わなかったが。

まあ、いざとなったら父上に泣きつけて、ミスをしても『まだ12歳だから』と家臣達からの信用を損ねない環境で経験を積めるのは良い事だと、ポジティブに思っておこう。

代官達の書類を見ていくと、どうやらガラスや磁器の売れ行きは良いらしい。やはり、港と水路が出来たのが大きいか。

しかし、いつまでもうちがこの辺りで1人勝ちみたいな事は出来ないだろう。帝都近郊の都市にはガラス製品の工房が多くあるらしいし、こっちの地方にも流れてくるかもしれない。

そうなったら、大してノウハウの蓄積がないストラトス家のガラスは追いやられるだろう。クリスタルガラスの技術だって、既に漏れている可能性があるのだ。

いや、そもそも漏れる以前に他の所でも開発しているかもしれない。自分達だけ、なんて考えは危険か。他にも転生者がいる可能性もあるし。

だがそれでも、農業の発展は素晴らしいの一言に尽きる。

肥料と用水路のおかげで、収穫量が格段に増えた。そして、呼び込んだ商人達により農家が『儲ける』事を覚え始めている。

やる気というのは重要だ。畑を広げ、より多く作ろうという者も増えている。目端の利く者達が個人的に奴隷を買い、自分の農地で働かせているという報告もあった。

未だに奴隷という単語に嫌悪感というか、忌避感はある。もっとも、我が領では『奴隷には自分を買い戻せる権利』があると触れを出してあるので、そのうち奴隷ではなく農民になってほしいものだ。

なお、この決まりを破るとぶちギレた父上が馬に乗って突撃するとも各地で騎士達が領民達に伝えているので、今の所違反しようという者はいない。

ちょうど人の限界まで崩壊した顔面で唸り声を上げながら領内を父上が走り回っているので、良い感じに威圧できている。……はず。

もっとも。農地を広げようにも開拓作業はまだまだゆっくりだが。魔物への警戒がある以上仕方がない。

貴族によっては、平民や奴隷の命なんて考えず森や山を切り開いて、村が1つ2つ消えるなんて事も仕出かしているそうだが。そんな事、人道的にも、何より効率を考えてもナンセンスだ。

なんて、我ながら賢しげに考えながら書類を眺めているわけだが、これらの書類がきちんと正しいものかも考えないといけない。

この世界、貴族の権力が強い分余計に『上によく思われる為に、景気の良い事だけ報告しよう』って考えが強いのだ。父上が頻繁に領内を回っているのは、そういった事の抑止でもある。

何回か父上やケネスに連れられて領内を回った事はあるけど、自分はどうにも馬には慣れない。馬車もそうだが、乗り心地が……。

正直、このやたら頑丈な今生の体なら徒歩の方が楽かも……なんて考えてしまう。そんなはずないのに。

書類にサインをし、領主代理の印を押す。それをアレックスに預けると、次の書類ではなく紅茶の入ったティーカップが返ってきた。

「お疲れ様です、若様。本日の書類は先ほどの物が以上でございます」

「え、もう?」

ガラス窓から外を見るが、まだ太陽は高い。執務室に入って、だいたい1時間かそこら程度しか経っていなかった。

疑問符を浮かべていると、アレックスが苦笑する。

「若様が素早く、的確に判断なさるからこそです。まず、きちんと字が読め計算が出来る貴族の方はそれほど多くありませんので」

「そうなんですか?父上も姉上も普通に読み書き計算が出来ますし、そもそも紙がこれだけ流通しているのだから、識字率は高そうですが」

「ストラトス家は、初代シャルル様の代から厳しい教育が受け継がれておりますので。それに、貴族の方々が紙を使うのはどちらかと言うと絵画等の趣味に対してです。帝都ですと、流行りの劇俳優の肖像画が流行っていますな」

「へー……」

……あれ。つまりそれって、小説とかの娯楽も大してないという事?

これまでの12年間。父上の書斎を見て、『高いんだろうけど、帝都に行けば色んな娯楽小説があるんだろうなー』と思っていたのに。

前世の自分は読書家ではなかったが、ネットもテレビもない世界では貴重な娯楽だと思っていた。

それすら碌にないって、何を楽しみにしろと……。

こちらの表情を察してか、アレックスが言葉を続ける。

「若様も絵画を習ってみますかな?今のストラトス家なら、教師を呼ぶ事も可能です」

「あー、いえ。いいです」

エロほ……春画とかには興味あるが、自分で風景とかを描く気にもなれない。

それに、これまで魔法の練習や、知識チートがどれだけ活かせるかの試行錯誤を娯楽代わりにしていたのだ。今後も、そういった事に励もう。

「あっ」

「あ?」

突然アレックスが少し大きめの声を上げたので、どうしたのかと首を傾げる。

「いえ……いえ。若様も12歳。グリンダもいる事ですし、一応、お伝えを……」

「……?何を?」

アレックスが、そのダンディな顔に真剣な表情を浮かべる。

「貴族の方々の趣味ですが───他には、『真実の愛』もよく言われております」

「真実の愛って……」

どういう事かと首を傾げる自分に、アレックスは一瞬だけ言葉を選ぶように視線を彷徨わせ。

「……男女間の性欲からくる愛ではなく、同性による心からの愛……と、言いますか」

「あー……」

つまり、衆道。

前世でも古代ギリシャだったか、ローマだったかで流行ったのだったか。あとは戦国時代とか江戸時代とか。

「勇者教においても、真実の愛について説かれています。貴族たるもの、真実の愛を知っておかねばならないとも、言いますな」

「おぉう」

それたぶん、後付けで書き足されたか、勇者アーサーが自分以外の男が美女に手を出さない様にするためについた方便だと思う。

だが、アレックスの様子からしてそれにドハマりしてしまう貴族も少なくないらしい。

「……これは決して教会批判ではないのですが、私は貴族たるもの子供を残す事こそ重要だと考えております」

「はあ」

「ですので。若様にはまず男女の愛を知っていただいてから、同性の愛を考えていただく方がよろしいかと。何より、愛とは本来自由なもの。決して真実の愛については無理にしようとせず、お家を次代に繋げる事の方に……」

「いや、大丈夫です。同性にそういった意味での興味はないので」

「つまり、異性にはそういう意味で興味があると?」

キラン、と。アレックスの瞳が輝く。

「ほっほっほ。これは良い事を聞けました。ストラトス家は今後も安泰の様ですな!」

「色々と気が早くないですか……」

「まあまあ。若様もグリンダと仲がよろしい様ですし……おっと。爺が若者の色恋に口をはさむのは野暮ですな!」

……グリンダと自分の場合、真実の愛なのか否か微妙な気もするが。

その辺りは説明が面倒なので、曖昧に笑っておく。

「アレックス。僕は気にしませんけど、年頃の子はそういう発言を変に意識して、拗らせる場合もありますよ?」

「はっ!?も、申し訳ございません。些か浮かれておりました……!」

こちらの言葉に、老執事が目に見えて慌てる。

「わ、若様。決して、決して女体に興味をもつ事は悪ではありません。お年を考えれば、男女間で互いの肉体の成長が違う事に疑問や関心を抱くのは当然の事。ですので」

「いや、だから大丈夫ですから」

必死である。いや、お家の事を考えたらそうもなるだろうが。

グリンダと結婚したり子供を作ったりするかは別として、自分だって今生こそ素敵なお嫁さんをもらいたい。というか童貞卒業したい。

何なら、こう……貴族なのだし、『度胸をつける』的な目的で高級娼婦なる存在と関係をもつのも、ある意味教育の一環ではなかろうか。

そう思うも、ちょっと自分から言うには勇気が足りない。何より、父上が聞いたら『うちの子にどこの馬の骨とも知らん奴を近づけてなるものか!』とぶちギレそうである。

「愛、と言えば。姉上はどうしていますか?騎士達の家を回り、お見合いをしているそうですが」

話題を変えようと、紅茶で唇を濡らしてからアレックスに問いかける。

「世間一般の価値観ではやや結婚が遅いですが、それでも22歳。個人的には、むしろ家族をもつのに相応しい年頃に思えます。詳しくは知りませんが、お見合いは上手く……アレックス?」

黙り込む老執事に視線を向ければ、彼は何とも言えない顔をしていた。

……あ、嫌な予感。

一瞬、胃がギシ、と痛んだ気がした。健康優良児なこの肉体で、そんなはずはないのだが。それでも背筋に嫌な汗が浮かぶ。

「まさか」

自分の言葉を遮る様に、ノックの音が響いた。

「あ、どうぞ」

反射的に答えると、扉が開かれて。

「帰ったわ。弟」

「……お帰りなさい、姉上」

「ええ。ただいま」

長い金髪を優雅に掻き上げる、フラウこと今生の姉がそこにいた。

彼女は相変わらずの無表情で部屋に入ってくると、片付けられた書類を一瞥する。

「それは貴方が処理したの?」

「ええ。アレックス達、家臣の手を借りてですが」

「そう。迷惑をかけたわね」

「いえいえ。姉上のお相手探しも、ストラトス家にとって重要です。その……首尾は?」

婚活にこういった言い回しも変かもしれないが、猛烈に感じている嫌な予感に冷静ではいられない。

こちらの問いかけに、姉上は小さく首を横に振る。

「駄目ね。合う人はいなかったわ」

「そ、そうですか」

あっさりとした答えに、どうにか笑顔をたもつ。

「ちなみに、どう合わなかったのですか?うちの騎士達に何か不満が……」

「そうね。どの人も誠実そうだったのだけれど……まず『顔』ね」

「顔、ですか」

「ええ。どの騎士も不細工ではないけれど、合格とまではいかなかったわ」

───恐れていた事が、現実となった。

「別に高望みするわけではないけれど、最低でも父上並はあってほしいわね」

姉上。父上はかなりの上澄みです。

「それと、『武芸』。ある程度家を守れる力がほしいわ。父上とは言わずとも、クロノぐらいはあってほしいわね。まだ12歳なんだし、大人の騎士なら超えてほしいわ」

姉上。既に僕は、父上からそこらの武闘派貴族より強いって太鼓判押されています。

「あとは『教養』。私の話についてこられるだけの頭が欲しいわ」

もしかしなくてもその教養、父上クラス求めていないですよね?あの人、21世紀の知識を拙い説明だけで『だいたいわかった』できる人ですよ?

ぶっちゃけ、あの人クソのつく親バカな事以外はマジで欠点がない完璧超人ですからね?

笑顔をどうにか維持しつつ、アレックスに顔を向ける。

彼は、沈痛な面持ちで目を伏せていた。そっかー……ガチかー……。

「ま、まあ。積もる話もあるでしょうが、今は部屋でゆっくりと休んでください。久々の我が家なんですし」

「そうね。そうするわ。愛読している小説の主人公ほどとは言わずとも、どこかで素敵な殿方に会えると良いのだけれど……」

ぶつぶつと言いながら、姉上が退出する。

それを笑顔で見送った後、

「なんてこったい……!」

机に突っ伏した。

最悪だ……最悪の展開だ……!

* * *

『姉上は、父上を近くで浴びすぎた……!』

『そんな放射能みたいな』

いつもの部屋で、グリンダ相手に愚痴をこぼす。

『父上は、親バカすぎる事以外は欠点がまるでありません』

『そう?私は陰険な人というか、小言が多い人って印象だけど』

『それは単に貴女が嫌われているからとしか……その、僕の件で』

『あー。そういう』

前にグリンダが掃除した所を指でつー、ってして。『お前はこれで掃除したつもりなのか?』と真顔で説教していた姿には、テンプレ過ぎて思わず二度見してしまったものである。

なお、貴族が騎士の養女とは言え平民に対する言動としては、かなり優しい方なのでこの世界の価値観って怖い。

『父上にはまた今度言っておくとして……父上の影響以外でも、姉上は少し夢見がちになってしまったというか』

『この世界では珍しい、恋愛小説の愛読者なんだって?』

『はい』

恋愛小説と言っても、勇者アーサーが残した聖書の一部を教会が編集したものである。

妻の1人の視点から彼の伝説の話であり、ちらっと見た感じアーサーやその弟子達がとんでもないスパダリっぷりを披露していた。

裏切り者の弟子だけ描写がほとんどなかったが、それ以外の男性陣はどの人物も立てば大地に花が咲き誇り、座れば月が頬を染め、歩くだけで雷鳴が喝采へと変わる……。

そんなイケメン集団として書かれているのだ。

……21世紀を知る者としては、ギャグかな?としか思えないが。

それでも、この娯楽に飢えた世界では若い女性に大ヒットしているらしい。その影響か、都会では『男より女の方が字を読める』なんて言われているとアレックスから聞いた。

『随分と理想が高くなってしまったんだね。君のお姉さんは』

『こうなったらどうしようと、正直不安には思っていましたよ、ええ』

前世では、『草食系ではなく美食家になった』なんて話をテレビで聞いた事がある。

異性にがっついていないのは、単に俳優さんやアニメのキャラクターによって目が肥えたから。故に、普通の相手では満足できなくなった人を指してそう表現していたっけ。

今の姉上は、まさにそれである。

父上という、男の基準にするにはあまりにもハイスペックな化け物を間近で見過ぎた。しかも親バカのせいで同年代の男と接した経験も少ないので、基準の更新がされなかったのである。

そして、姉上の知る男と言えば、あとは小説の中の勇者アーサーとその弟子達ぐらい。あとは自分やアレックスも、か。

『あっはっは。まあ、どうせ結婚するなら美人で話の合う人が良いっていうのはわかるよ。私もそうだし』

『そりゃあ、僕もですが……』

『普通の貴族の家だったら、そんな好みなんて関係なく結婚させられるんだろうけど。そういう意味では、君達のお父さんが親バカで良かったんじゃない?』

『……まあ、20も上の相手と結婚なんて話もあるぐらいですから』

『そうそう。ま、ストラトス家家臣は現状、君に全賭けしているんだ。クロノが子だくさんパパになれば、全て解決だよ』

『気楽に言ってくれますね』

『だって他人事だし』

『いや、家臣達的には貴女も当事者ですからね?第一候補第一候補』

『えー、辞退しまーす』

手を軽くあげて肩をすくめ、首を横に振るグリンダ。

その様子に小さくため息を吐き、天井を見上げる。

『当主になった時のプレッシャーが、今から不安ですよ……』

『がんばれ。これも貴族の家に産まれた者の宿命だよ。大丈夫。絶対そこらの農村に産まれるよりはイージーだから。元奴隷の私が保証する』

『くっ、ツッコミづらい事を』

そんな風に、毒にも薬にもならない会話をグリンダと楽しむ。

はたして、姉上のお眼鏡に適う相手は現れるのか……。

* * *

なんて、出来事があってから数か月後。年もめぐり、自分も13歳となった。

姉上の『妥協できる相手』とやらも当然まだ現れておらず、父上も上機嫌である。

帰って来た姉上に抱き着こうとして鳩尾に良いのをくらうも、ノーダメだった彼が彼女の理想の男性像を聞き、更に機嫌を良くしたのは言うまでもない。

そりゃあ『どこを探したらいるんだよ、そんな男』ってなるよ。騎士達が崩れ落ちる横で、父上だけ満面の笑顔で拳を天に突き上げたものである。

何やら自分に向けられる家臣達からの期待の目が更に増えた事に、ちょっとだけ胃がキリキリするのを感じながらも、日々を過ごしていると。

「……クロノも13歳だ。そろそろ知っておくべきだろう」

いつになく神妙な面持ちの父上に裏庭へと呼び出され、首を傾げながら向かった結果。

「クロノ。この罪人を、処刑できるか?」

「───」

『人殺しを覚えろ』と、そう言われたのだった。

どうやら自分はまだ、この世界の事を甘く見ていたらしい。

伝聞だけで知った気になっていた、血生臭い光景。それをこれから、この手で作るのだと。そう、言われて。

頭に布を被せられ、縄で縛られ押さえつけられる罪人のうめき声が、鼓膜にびちゃりとこびりつく。

普段素振りに使う剣よりも細く綺麗な刃が、どうしようもなく、重かった。

「どうする、クロノ?」

父上の優しい声と、罪人のうめき声が。

脳にじわりと、広がっていった。