軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十三話 海だぁ!

第六十三話 海だぁ!

帝都から街道を進む事、約1時間。

本来ならもっとかかるのだが、グリンダが運転し自分が火夫を務めるハーフトラックにより、親衛隊の馬の飲み水や餌などを運ぶ事で予定より早く目的地に到着した。

───ざざぁん……ざざぁん……。

ハーフトラックから降りれば、波の音が聞こえてくる。そして視線を音のした方に向ければ、そこには美しい景色が広がっていた。

「夏の日差し……」

いつの間に取り出したのか、サングラスをかけたアリシアさんが馬から降りる。

「白い砂浜……」

また別の親衛隊が、同じくサングラスをかけて着地。

「青い海……!」

そしてこれまた別の……え、もしかして全員サングラス持っているの?

ニヒルに笑いながら、アリシアさんがサングラスをとる。あ、結局外すんだ。

親衛隊の少女達が、花が咲いたような笑みを浮かべて駆け出す。

「海だぁぁぁぁ……ああああ!?」

何という事だ!笑顔でジャンプしたアリシアさんの足がシルベスタ卿に捕まれ、そのままフルスイング!

哀れ。先頭集団が纏めて砂浜になぎ倒された。

「ぶはぁ!?何するんすか隊長!?」

「ぺっぺ!砂が口に入った……!」

「目がぁ!?目がぁぁぁ!?」

「あー、砂が目に入ったの。待ってな、今水を持ってきてあげるから」

「お前それ海水じゃろがい!?」

一斉にガバリと起きあがってコントを始める先頭集団。それに加わる残りの被害にあわなかった組。

そんな彼女らの前で、シルベスタ卿がいつもの無表情で仁王立ちする。

「海を楽しむのは結構。しかし、その前にやるべき事があります」

「やるべき事っすか?いや、誰がどのタイミングで警備に立つかは、昨日決めたっすよね?」

「あ、準備運動?」

「いや着替えっしょ」

「荷物置きに行かなきゃ!」

「日焼け止め持ってまーす!」

「聞きなさい」

「はい」

ビシリと整列する親衛隊。こういう所は、練度高いんだよな……。

「海で遊ぶのは、午後からです」

「え……?」

何かを察したのだろう。整列している親衛隊が、一斉に滝のような汗を流しはじめた。

「そ、そんな……隊長が作ってくれたこのしおりには、そんな事書いていなかったであります……」

「そうであります。それで自分達は、すぐに遊べるのだと……」

口調すら変わった状態で、アリシアさんが『海のしおり』と書かれた冊子を取り出す。表紙にはデフォルメされた猫の絵や、貝殻が描かれていた。

……え、あれシルベスタ卿が作ったの?

……いや、オフの時のあの人ならやるわ。

「シュヴァルツ卿。1ページ目を太陽にかざしてみなさい」

「……ま、まさか!?」

慌てて、親衛隊がしおりを開き太陽にかざす。

気になって、自分も隣まで行き覗き込んだ。光にかざした事で、隠れていた文字が読めるようになる。

『午前中:水練』

「ちぃくっしょおおおおお!」

号泣しながら、貴族令嬢である親衛隊の乙女達が崩れ落ちた。

重ねて言うが、彼女らは帝国でも有数の名家出身のお嬢様達である。

「親衛隊たるもの、この程度見抜きなさい」

「嘘だこんな事ぉおお!」

「裏切ったんだ!貴女は私達の気持ちを裏切ったんだ!」

「あ゛あ゛ぁんんんまぁりだぁああああ!」

「認めたくなぁああい!」

「聞きなさい」

「はい」

え、こわ。

スンってなりながら、一斉に立ち上がり姿勢を正す親衛隊。いや、もう新手のホラーだよ。

「私も鬼ではありません」

「え、じゃあ悪魔?」

「シュヴァルツ卿は重り追加……と」

「待って!?今なんか不穏な発言が!?」

「まあそれは兎も角」

「兎も角!?あーしの生死が兎も角!?」

「聞きなさい」

「うっす」

「午後は交代ですが遊んでよろしい。なにも1日訓練漬けではないのです。訓練場所もここから近くにある川なので、すぐに戻ってこられますよ」

「あのぉ、隊長。あーしらが全員ここを離れちゃうと、クリス様の護衛が……」

「ここにはクロノ殿とグリンダ殿がいますが……流石にあの2人に任せるのは申し訳ないので、きちんと親衛隊も2人残る予定です。昨日、くじ引きで午前中1番長い時間荷物番をする『不運な者達』を選んだでしょう?」

「……あ、あれかあああ!?」

「よっしゃあああ!!」

「助かったぁぁあ!!」

慟哭するアリシアさんをよそに、サイドテールの少女とボブカットの少女が拳を突き上げた。

「なにが不運な者達っすかぁ!ラッキーガールじゃないっすかぁ!」

「安心しなさい、シュヴァルツ卿。きちんと貴女達にもご褒美があります」

「なんすかぁ……!言っとくっすけど、生半可なご褒美じゃあーしらのやる気は引き出せないっすよ……!」

「水練に使うコースですが……それを私より先に突破した者には後で帝都の高級レストランを奢ります。コース料理です」

「やるぞお前らぁ!隊長の財布空にしてやんぞぉおお!」

「おおおおおおおお!」

「そして私はハンデとして、石の入った袋を背負って訓練します」

「っしゃおらぁ!隊長をビリにしてやろうぜぇ!」

「おおおおおおおお!」

「あと、シュヴァルツ卿は私と同じ量の石入りの袋を背負います」

「皆ぁ!あーしら仲間だよな!皆でゴール目指そうね!!」

「あ、お疲れ様です副隊長」

「頑張ってください副隊長」

「骨は拾いますんで副隊長」

「お前らぁああああああ!?」

仲良いなこいつら。

「さあ、既に訓練は始まっています。兜を被りなさい。シュヴァルツ卿はこの袋を。それではクリス様、海を先に楽しんでいてください。午後から我らも合流します」

「うん。皆、気を付けてね?」

「そしてクロノ殿、グリンダ殿。あなた方も、また後程」

「あ、はい」

「お疲れです」

「では。親衛隊、私に続け!」

「応っ!」

「待って、あーしマジでこれ死ぬやつじゃね!?」

全身鎧の乙女達が、揃った足音で走り出す。なんか最後尾で似非ギャルが騒いでいるが……幸運を祈ろう。

彼女らの背を見送っていると、グリンダがぼそりと呟いた。

「なんというか……女子高?」

「いえ、女子高はもっと華やかでしょう。あんな漫才集団ではなく」

「え?いや、前に女子高出の子に聞いたけど───」

「それ以上……言わないでください……!」

「……はい。若様」

違うんだ。絶対、女子高はこう……流石に『お姉さま』とかはないけど、それでもキャッキャウフフな空間なんだ。

決して、アホな男子高校生みたいなノリでド突き合ったりしない。いや、人間バットフルスイングする男子高校生は流石にいないと思いたいけども。

なんにせよ多少ギャグやるにしても、可愛らしさが先行するはず。

そう……信じさせてください……!

前世21世紀日本の、女子高。当然縁などこれっぽぉぉ……っちもなかったが、きっと華やかな場所だったに違いない。

こう、キ●ラコミックみたいな。いや、よく思い出すとキラ●って偶に闇が放出していたりするけども。

そんな事を話していると、クリス様が苦笑しながら近づいてくる。

「ごめん、2人とも。あの子達も普段はもっと落ち着いているんだけど、海だから」

「え?そう……なのですか?普段は」

自分の知る限り、親衛隊は基本的にあんな感じのイメージなのだが。

「いや……まあ……ちゃ、ちゃんとしなきゃいけない時は、凄く頼りになる子達だよ!」

こちらのリアクションに何か言い返そうとするも、言葉が出てこなかったらしい。

クリス様が、夏の暑さとは別の理由だろう汗を浮かべてサムズアップしてきた。

「フォローは不要ですよ、クリス様」

「そうそう。私達以外の親衛隊は、とんちき集団ですからね」

「あ、うん」

何やらドヤ顔で会話に加わってきた、親衛隊の2人。

まるで自分達は親衛隊のシリアス担当みたいな面をしているが、クリス様の反応で全てを察した。

こいつらもとんちき枠である。

というか、はて?このサイドテールとボブカット、どこかで見たような……いや、親衛隊とは基本的にどこかしらで行動を共にしているのだが。主に戦場で。

しかしこの2人は、その中でも妙に見覚えがあった。

こちらの視線に気づいたのか、その2人が姿勢を正す。

「改めまして、自己紹介をさせて頂きます。クロノ殿。私は『レジーナ・フォン・ブルース』」

「私は『オリビア・フォン・ドーヴェイン』と申します」

「戴冠式の際は、我らの代わりにクリス様を守って頂き、誠にありがとうございました」

「……あ。あの時の」

紫髪のサイドテールと、オレンジ色の髪のボブカット。

たしか、あの時カーラさんによって城から落とされた親衛隊である。なんなら、サイドテール……ブルース卿の方は、イーサンと共に参加した訓練にもいた。

「あの時の事でしたら、気にしないでください。僕は当然の事をしたまでです」

忘れていた事が気まずくなり、愛想笑いを浮かべて小さく首を横に振る。

「いいえ。それでも、感謝を述べさせてください」

「本来、私達が命を捨ててでもお守りするべきだったのに……おめおめと、生き残ってしまいました」

「オリビア。それにレジーナ」

悔し気に目を伏せる2人を、クリス様が困ったような笑みを浮かべて抱きしめる。

「あの時も言ったけど、ボクは君達にも死んでほしくない。生きていてくれて、すっごく嬉しい」

「クリス様……」

「しかし……!」

「それに、今日は休暇だよ?だから……ね?この話はここまで」

まるで母親が子供にするように、クリス様が彼女らの背中をぽんぽんと叩く。

「……失礼しました」

クリス様が離れ、2人は深呼吸を1回する。

そして、近衛騎士に相応しい凛とした笑みを浮かべた。

「謝罪と感謝は以上です!」

「我らは念のため、ロッジの中を確認してきます。暫しお待ちを」

「うん。お願い、2人とも」

「はっ!」

鎧を鳴らし、海から少し離れた位置にある建物へと駆けていく2人。

ここは皇帝のプライベートビーチで、限られた人間しか立ち入りを許可されていない。その為、帝都基準だと一軒家以上、屋敷未満の大きさをしたロッジに皇帝やお付きの者達が泊まるのだ。普段管理している者達が、今日の分の水や食料を用意してくれているはず。

もっとも、今回は泊まりではなく日帰りだが。

「それにしても、綺麗な海ですね」

話題を変えようと、視線を海に向ける。

太陽に照らされた白い砂浜。左右へ少し行った所には崖があり、蔦や苔に覆われた岩が見えている。

そして、コバルトブルーの海。白い波が穏やかに打ち寄せては引いていき、潮風にのって海鳥の鳴き声が遠くから聞こえてきた。

絵に描いたような海水浴日和。これに不満を抱くのは、波を欲するサーファーぐらいだろう。

こんな景色を、総勢たった18人で独占するのだから。本当に贅沢な話だ。まあ、親衛隊の内13人は川へ行ったのだが。

「そうだね。父上はあんまりここを訪れなかったらしいけど、お爺様はここへよく正妻と遊びにきていたそうなんだ」

クリス様が、風に揺られる髪を押さえてほほ笑む。

「突然海に行くってなったけど……もしかしなくとも、気を遣わせてしまっているよね。ごめん。クロノ殿。それにグリンダ殿も」

「いえ、そのような事は……」

「いいんだ。こうして申し訳なく思っているのは事実だけど……実は、皆と海に来られてすっごく嬉しい!」

夏の太陽にも負けない、綺麗な笑顔が花開く。

「今日は目いっぱい楽しもう!一生忘れられない思い出にしようね!」

いつもより少し砕けた口調で、そしてやや上ずった声音。彼女の浮かべるその表情は、紛れもなく───。

年相応の、少女らしい笑みであった。