軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十四話 人中の竜

第五十四話 人中の竜

深呼吸を、1回。

深く吸って、長く吐く。

「シャルロット様」

視線は前に向けたまま、背後へと声をかけた。

「合図をしたら、クリス様を抱えて全力で走ってください」

「しかし、それではクロノ殿が」

「大丈夫です」

弧を描く様な軌道で、自分を避けて彼女らへと飛ぶ短剣。それを、柄の端を片手で握り振り返らずに阻む。

刀身に僅かな衝撃。やはり、相手の得物は妙に軽い。枢機卿の様子からもしやと思ったが、刃に溝でも彫っているのか。

「走れ!」

「っ!」

「待って、クロ───」

何か言おうとしたクリス様を無視し、シャルロット嬢が彼女を抱えて走り出す。

それに合わせて、敵も包囲の形を変えてきた。

半円を描く陣形から、跳躍し柱や壁を足場に三次元的な軌道をとる。

文字通り、四方八方から飛来する短剣。それら全てを視覚で捉える事はできない。

「おおおっ!」

ならば、勘で迎撃するのみ。

数本の短剣を袈裟懸けの刃で叩き落し、加速してクリス様達を追い抜き正面から迫る短剣を打ち払う。

そのまま跳躍して上から降ってくる短剣を弾き、空中で体を捻って彼女らの背を狙う短剣の軌道上に刀身を伸ばした。

爪先が床についた瞬間、再度跳躍。地面と平行になる程体を傾け、投擲された黒い刃を薙ぎ払う。

───剣だけでは、間に合わない。

左からの短剣を剣で弾き飛ばし、後方からの刃を背中で受ける。

頭上から攻撃は刀身で防ぎ、右からの投擲は左手を盾代わりに。

正面から迫る3本の短剣に、腕を交差させて自分から跳びこむ。

「がああああああっ!」

自身にぶつかる短剣の内、大半が皮膚を貫けども筋肉に弾かれる。だが、数本はそのまま骨近くまで食い破ってきた。

激痛で思考が鈍る。物理的に遮断された筋肉と神経により、斬撃が間に合わない状況が増えだした。

手足を全力で動かし、ひたすらにクリス様達への攻撃を防ぐ。

誰かの、悲鳴が聞こえた気がした。誰かが、歯を食いしばった気がした。

それでも、彼女らは無事だ。

「───それが、恋慕か忠誠かは知らないけど」

するり、と。

黒い刃の渦に紛れて、筋骨隆々とした巨体が滑る様に間合いをつめてくる。

ほとんど反射で、その首目掛けて剣を振るった。

「感服するわ、本当に」

だが、白刃が日焼けした太い首に届く前に。

甲高い音をたて、刀身がへし折れる。半瞬遅れて、カーラが上下から両の掌を僅かにずれる形で剣腹に打ち付けたのだと理解した。

魔剣には及ばないまでも名剣と呼べる業物が、容易く素手で破壊されたのだ。

「でもね」

ほぼ同時に、脇腹に信じられない衝撃が襲う。

吹き飛ばされそうになる体を、それでは盾になれないと床を踏み砕いてどうにか固定。

結果、

「アタシ、仕事は真面目にやるタイプなの」

「がっ……!?」

全ての衝撃が、 臓腑(ぞうふ) を襲う。

丸太の様な足から繰り出された膝蹴りが脇腹にめり込み、その破壊が表面ではなく内側へと浸透していった。

骨が軋み、胃も肺もひっくり返ったかと思う程の激痛。心臓の鼓動が、自覚できる程に乱れる。

「お、ぉおおおおおお!」

血の混じった雄叫びを上げ、折れた剣を振るう。カーラは追撃をせずに後ろへ跳んで回避。

それと入れ替わる様に、十数本の短剣が自分を襲う。

回避も防御も不可能なタイミング。見事としか言えない連携で、黒い刃がこの身を抉った。

「っ……!」

それでも、どうにか脇を抜けていこうとした短剣を左掌で止めた。

直後、1度距離をとったはずのカーラが音もなく再接近。その剛腕を既に振りかぶっている。

「お眠りっ!」

「まだ、だぁ!」

右の前腕で、相手が振り下ろしてきた左前腕を受け止める。その拳が、こちらの頭蓋に届く事は防いだ。

しかし。

「悪いわね」

右の視界が、消える。

「真っ当な拳士じゃないのよ、アタシ」

逆手に握られていた短剣が、右の眼球を貫いたのだ。

「が、ああああああ!?」

激痛に絶叫をあげ、無茶苦茶に両腕を振り回す。またもカーラは軽やかな動きで間合いの外へと逃れた。

視界が、痛みからなのか赤く染まる。それでも残された左目をぎょろりと動かし、周囲を確認した。

……ああ。

「まさか、あのお坊ちゃんとお嬢ちゃんをホールの外に逃がしちゃうとはねぇ」

クリス様達は、ここを逃れたらしい。

彼女らが出ていった扉を背に、黒蛆の者どもを睨みつける。

彼らは全員が剣の間合いより、5倍は離れた位置に立っていた。足元に血だまりを作る自分に、何を警戒しているのやら。

「……2つ、質問して良いですか」

右目があった場所を左腕で庇いながら、右手の折れた剣を構える。

「マジ?本当に頑丈ねぇ……いいわよ?答えられる事なら答えてあげる。でも」

短剣が飛来し、右脇腹と左腿に突き刺さった。左目狙いの物だけ、鍔で弾く。

「アタシら、攻撃やめないけど」

「……構いませんが、陛下達を追わなくていいので?」

この場にいる人数は減っていない。自分が気づかぬ間に、追撃へ動いたわけではない様だ。

会談の場にいた者達や、パーティーに出席していた者達は歩き方からして、恐らく非戦闘員。となれば、まともに戦えるのは後5人から6人だろう。

帝都で起きている混乱を考えれば、流石にそのメンバーは街に向かっているはずだ。であれば、他に敵戦力となるのはサーシャ王妃ぐらいだろう。

「やーよ。アタシも秘密通路を全て知っているわけじゃないし、かと言って貴方の傍を通るのは危ないじゃない。手負いの獣に近づくつもりはないわぁ」

短剣が、右の腿にも突き刺さる。額に迫る物だけ、柄で叩き落した。

「では、次の質問です」

「なぁに?てか、貴方ってば痛覚とかないの……?」

「あります。それより、貴方は『彼』と呼称すべきですか?それとも『彼女』と呼称すべきですか?死ぬ前に、聞いておきたい」

「……は?」

心底何を言われたのかわからないという顔で、カーラが固まる。

頭領の動揺が伝播したとでも言うのか、床に落ちたまだ使えそうな短剣を集めていた者も、こちらの様子を窺っていた者も、得物を振りかぶっていた者まで揃って動きを止めた。

「……そうねぇ」

気まずそうに頬を掻きながら、カーラが口を開く。

「恋愛対象は男の子一択だけど、別に性自認が女ってわけじゃぁないのよ。化粧は好きだからしているだけ。口調はこの方が喋りやすいってだけだし……だからまあ、『彼』って言ってくれて、構わないわ」

「承知しました。質問に答えて頂き感謝します」

彼に対し、小さく目礼する。

それに対し、珍獣でも見る様な目が返ってきた。

「……毒で脳みそおかしくなってんの?」

「失礼ですね。万全な状態かと言われると、否定しきれませんが」

「……やーね、本当に。貴方もアンジェロ枢機卿ぐらい下種だったら殺しやすかったのに」

カーラは小さく首を横に振った後、腰の後ろから短剣を抜く。

「でも、手加減はしない。出血か毒で死ぬまで待つつもりだったけど───ひと思いに、殺してあげる」

彼の言葉に、黒蛆の者達が一斉に投擲の構えをとった。

顔に巻かれた布のせいで表情はわからないが、彼らの瞳に僅かながら敬意を感じる。

どうも、なにか琴線に触れる発言をしたらしい。

だとしたら、少し 罪(・) 悪(・) 感(・) を抱いてしまいそうだ。

なにせ。

「死になさい。クロノ・フォン・ストラトス。忠義と愛に生きた、人中の竜よ」

一斉に放たれる、黒い刃の群れ。こうして正面から直視して、その刀身に細い溝が彫り込まれている事が見て取れる。

なるほど、あれが原因で短剣が刺さったままでも大量に血が流れ出るのか。

内心で感心しつつ、大きく息を吸い込み。

「■゛■゛■゛■゛■゛■゛──────ッッ!!」

雄叫びを、上げる。

発生する衝撃波により、飛来する短剣が弾き飛ばされた。同時に、この身に刺さっていた刃が抜けていく。

否、衝撃だけが理由ではない。

内側から押し出していくのだ。止血を済ませるだけではない。断ち切られた筋肉を繋げ、神経を修復していく。

右目に刺さっていた物も抜け落ち、床を転がった。

驚愕に顔を歪めるカーラを、『両目』で捉える。

「会話に付き合って頂き、ありがとうございました」

あのまま接近戦を仕掛けられていては、突破されていたかもしれない。再生までの時間稼ぎが必要だったが、彼らがリスクを避けてくれたおかげで助かった。

ずっと後手に回っていたが、ようやく手番が回ってくる。

「暴れさせてもらいます。遺言があれば、今のうちにどうぞ。ですが」

折れた剣を、少し後ろの天井に投擲。全力で腕を振った事もあり、石材が崩れ扉を塞ぐ。

そして、膝を折り畳んだ。

「攻撃は、行いますが」

「このっ……!」

吶喊。

「■■■■■■───ッ!」

この防御方法は、下手すると陛下殺しの名を背負う事になるので、ここまで使えなかった。

だが、今は違う。

細工を施した細長い短剣なら、咆哮だけで蹴散らせる。喉を震わせながら駆け、右手を振りかぶった。

狙うはカーラ。敵の頭領。

絵にかいた様なテレフォンパンチ。否、拳すら握っていないただ腕を振り回すだけの攻撃。

我武者羅に掴みかかるような動きに、彼は正確に軌道を読んで手首を掴んできた。

だが、止まらない。

「っ!?」

そのまま腕を振り抜き、カーラの鎖骨から脇腹にかけて指先で『引き裂く』。

やはり、脆いのは短剣だけではない。彼らもだ。

大量の出血をしながらも、彼は雄叫びを上げてこちらの腹を蹴り飛ばす。腰の入っていない蹴りでは小動もしないが、反動でカーラ自身が間合いから逃れた。

飛来する短剣を吠えて散らし、接近戦をしかけてきた黒蛆の者の頭を掴む。

そのまま、握りつぶした。

彼らの魔力量は、決して多くない。だというのに全員が並の騎士を上回る俊敏さと膂力を持っている。

カーラも騎士級の魔力ながら、その身体能力はノリス国王と比べ僅かに劣る程度だ。これは、おかしい。

となれば、彼らは意図してリミッターを外している。

何を思って寿命を削る選択をしたのかは知らないが、自分には関係ない。

「■■■■■■───ッ!」

蹂躙するのみ。

毒は既に分解した。傷も治しながら手足を振り回す。

こちらの接近に散開する黒蛆の者ども。その内の1人の脇腹に小指の先が引っかかり、腸を床に散らせた。

どこに隠し持っていたのか、鎖分銅が投擲され手足に巻き付く。だからどうしたと、腕を振るい平然と駆けた。

自分を止めたければ、近衛騎士並の膂力を用意しろ。

それでもほんの僅かに動きが鈍った所へ、ほぼ真上から突き殺しにくる黒蛆の者。彼は短剣を逆手に握り、振り下ろしてくる。

「やめなさい!」

カーラの声が響くも、もう遅い。

繰り出された短剣に対し、口を開く。首を傾けて刃を避けて、相手の手首を噛みちぎった。

「ぎぃ……!?」

小さな悲鳴を上げる黒ずくめの男の頭を、平手で粉砕する。

口の中に残った肉を吐き捨てながら、視線をホール内に巡らせた。一切の油断は出来ない。彼らがクリス様達を追いかけ、追い付こうものなら、この国は終わりだ。

そうなればストラトス家も、自分の今生での故郷も滅ぶ。であれば、死力を尽くせ。

それが、この世に貴族として生まれた者の務めである。

「あんた達!ごめん!」

カーラが全力でこちらと距離をとり、懐から何かを取り出した。

あれは……注射器?

前世で見覚えのあるソレとは違い、全体的に無骨な金属製のそれ。太い針が、躊躇なく彼の首筋に突き刺さる。

「10秒、命捨てなさい!」

「応っ!」

一斉に返事をし、こちらへ躍りかかる黒蛆の者ども。

何かはわからないが、アレはまずい。自分の勘が、再び警鐘を鳴らす。

それこそ───初めてガルデン将軍を見た時と、同じぐらいに。

「どけえええええ!」

放たれた短剣が多少皮膚を裂こうが、無視。雄叫びを上げる暇も惜しいと、突っ込む。

体ごと短剣を突き立てにきた者の頭蓋を肘鉄で砕き、側面から組み付きにきた者の胴を裏拳で薙いだ。

腰にタックルしてきた者を文字通り蹴散らし、首にしがみついてきた腕を噛みちぎる。口に含んだ肉と骨を、眼前に立ちふさがった者の顔面に吐き掛けた。

視界を奪った後、体当たりで轢き殺す。

鎧袖一触。そのはずだ。彼らは自分に触れるか、触れた直後に散っている。

だというのに、死んだ後もその手がこちらの手足に絡みついた。血や臓腑までもが、追い縋ってくる様にさえ思える。

忠誠と言うのならば、自分よりも彼らにこそ相応しい言葉ではないか。

カーラを守る為に、死してなお道を塞ごうとする暗殺者達。それに敬意を抱きつつ、だからこそ自分も全力を尽くす。

「■■■■■■───ッ!」

雄叫びを上げ巻き付く腕も腸も吹き飛ばし、突撃。

カーラが注射器を自身に刺してから、約7秒。彼の宣言した時間より早く、到達した。

とにかく攻撃を当てねばと、コンパクトに放った拳。徒手空拳は得手ではないが、ある程度は習っている。

それが。

───ズン……!

衝撃波が城を揺らし、ぶつかりあった『拳』が軋みをあげた。

……狸め。10秒と大声で言ったのは、ブラフか。

そのタイミングで、シャルロット嬢が壊した方の扉からどたどたと足音が響く。

「援軍に来たっす!」

「若様!」

「ちょ、俺らより前に出ないでほしいんですが……!」

「おのれ、よくも暗殺など舐めた事を!」

入って来たのは、アリシアさんとケネス達うちの兵士達。そして、声からしてジェラルド卿とコープランド卿。

彼らの姿を見るや否や、まだ動ける黒蛆の者どもが短剣を放つ。しかし、それらは全身鎧を纏う帝都守備隊の2人が前に出て防ぎ切った。

反撃にライフルを撃つうちの兵士達に、拳へと力を籠めながら声をかける。

「ちょうど良い所に来てくれました。皆さん、彼らへの対処を。陛下は石材で塞がれた扉の向こうです」

ミシミシと、足元の床から音がする。

「僕は」

灰色に変色した拳の主を、真っ直ぐ睨みつけた。

「彼の相手だけで、精一杯だと思うので」

「あら」

先程までと変わらない、野太い声。

カーラもまた、白目と黒目が反転した瞳でこちらを捉えている。違うのは、相手の顔に不敵な笑みが浮かんでいる事ぐらいか。

「デートのお誘いかしら、色男」

「ご冗談を。これは───」

お互い、ぶつけ合った方とは反対の腕を振りかぶった。

「 死合(しあ) いの、申し出です……!」

「喜んで♡」

再び、帝城が揺れる。

───戴冠式の終りは、まだ遠い。