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作品タイトル不明

第五十二話 血染めの戴冠式

第五十二話 血染めの戴冠式

───時は僅かに遡る。

戴冠式のメイン部分も終わり、後はクリス殿下……いや、クリス陛下が玉座に座るのを待つだけとなった。

彼女が着替えている間、貴族達は城のホールに集まり、表面上は和やかに笑い合いながら軽い立食パーティーをしている。

しかし、実際は派閥の牽制やマウント合戦、味方に対しても踏み絵的な発言をしたりと、お世辞にも『帝国貴族』として一致団結しているとは言えない有り様だ。

誰もが己の領地と家が第一だし、それは自分も同じなのだが……流石に、どうなのだ。これは。

「お疲れの様子だね、クロノ殿」

「グランドフリート侯爵」

慌てて背筋を伸ばし、表情を引き締める。

「いえ。今後も陛下の為、帝国の為に働いていく上での緊張が顔に出てしまっただけで」

「ははは。いい、いい。もっと自然にしていなさい」

苦笑を浮かべ、老将は手をひらひらと振る。

「君の様な若者が帝都のこういう光景を見た結果、げんなりとした顔で、背を丸めてしまうのはよくある事だ。地方で無駄に鼻を高くしている跡継ぎ達より、よほど良い」

「ですが……」

「皆まで言うな。貴殿の考えている通り、建前が大事なのも事実。貴族同士の協力もな。だが……こういった派閥のやり取りも、必要なのだ。今の帝国には」

彼は小さく肩をすくめ、笑顔で言葉のナイフを刺し合う貴族達を眺める。

「こんな事は必要ないのが理想だが、そうしなければ上手く回らない事もある。綺麗過ぎる水には、魚が住めんのだよ」

「はい……おっしゃる通りです」

しかし、この戦場で味わうとは別種のプレッシャーの中で自分はやっていけるのだろうか?

勘は良い方だが、それだけでやっていける世界ではないだろう。

前世では政治なんてろくに関わりのなかった身だ。投票には毎回行っていたが、口が裂けても『政に詳しい』なんて言えない。

父上なら、ちょっとアレな人間性もあって上手くやれそうなんだが……。

喉元まで出かかったため息を、グラスに入っているジュースと一緒に飲み込んだ。

「まあ、ワタクシもこういった政治の駆け引きは苦手なのですけどね!」

「おや、シャルロット様」

侯爵の後ろから、赤いドリル令嬢が姿を現す。

「シャルロット。貴族の夫人達も、家同士の付き合いで色々と情報共有や騙し合いがあるのだぞ?そういう事は、もっと小声で言いなさい」

「わかっていますわ、お爺様。ワタクシもクリス様の妻として、恥ずかしくない振る舞いを心がけるつもりでしてよ……きゃー!妻だなんてまだ早いですわー!」

「んもー。シャルロットは可愛いなー」

両手で頬を押さえ、頭をブンブンと振るシャルロット嬢。それを微笑ましそうに見ている侯爵。

うん。相変わらずである。ちょっと頭を振る速度が速過ぎて、残像出来ている事含めて。

「で、でも、公式に妻となるのももうすぐですわよね……!本当は今日も、クリス様とお揃いの白いドレスにしようかと思いましたが……!」

そう呟く彼女の服装は、赤と黒のドレスである。

手足の露出は全くないのに対し、首筋から胸元にかけてはガッツリ開いていた。それにより、形の良い鎖骨も柔らかそうな上乳も丸見えである。

本人の顔が良いのもあって、かなり目に毒だ。

どうして貴族令嬢やご婦人達のドレスってこう……露出多めなのばかりなのだろう。目のやり場に困る。

シャルロット嬢は美人な上に爆乳なので、余計に。

「流石に白いドレスはいかんぞ。結婚式までお預けだ。それに、コーネリアス陛下の事もあるしなぁ……」

「その通り」

突然会話に加わってきて誰かと思ったら、そこにはアンジェロ枢機卿がいた。

そう言えば彼は教会領のトップ。書類上はともかく、実質クロステルマンの貴族みたいなものである。

「失礼。つい口を挟んでしまいました。コーネリアス様の事となると、つい冷静さを欠いてしまって……」

恥ずかしそうに頬を染めるご老人。

それに対し、頬が引きつりそうになるのを全力で堪える。

「構わんよ、アンジェロ枢機卿。そう言えば、貴殿とコーネリアス陛下は仲が良かったな」

「まあ、そうでしたの!?も、申し訳ありません。ワタクシったら、そうとも知らずはしゃいでしまって……」

「どうか気にしないでください、シャルロット様。大切な友人として、彼の事を思うと胸が痛みますが……それでも、今日はめでたい日。若者は未来だけを見て、笑顔を浮かべていてください」

聖職者らしい柔らかい笑顔を浮かべるアンジェロ枢機卿。

この人と前皇帝の間にあるのが、ただの友情なら自分も素直に頷けるのだが……。

そういった『関係』を批判する気はないけど、国の予算までつぎ込んでアレコレしていた事を知っている身からすると、ちょっと口が滑りそうになる。

話題を変えようと、視線をグランドフリート侯爵に向けた。

「そう言えばグランドフリート侯爵。ホーロス王国の使者達ですが……」

「うむ。彼らならあっちにいるぞ。それと、私の事はギルバート殿と呼んでくれ……ギル爺さんでも良いぞ?」

「恐縮です。では、その、ギルバート殿と。今後はお呼びさせて頂きます」

苦笑を返しながら、視線をホーロス王国の使者達に向ける。

他の貴族達と笑顔で接する彼らに、不審な様子はない。しかし、この場にいるのはティキ国王を含めてたった5人だ。

現在ホールで行われている立食パーティーは貴族のみが参加で、各貴族が連れてきた騎士や使用人達がいないのは当然だが……あの、どこにいても目立ちそうな赤い女性がいない。

「サーシャ王妃はどこに……?」

「あの方なら、化粧直しに出て行ったぞ」

「クリス様が聖油をあびる姿を見て、涙を流しておられましたわ!美しい兄妹愛ですわね!」

「……そうですか」

嘘くさい。あの人が、そんな普通の理由で席を外すか?

「疑念はわかるぞ、クロノ殿。しかし、いくら彼らが予測不能の行動をするとは言え、限度があるだろう」

こちらの肩を、ギルバート殿が軽く叩く。

「もしも同盟国として戴冠式に出席しておきながら問題を起こせば、ホーロス王国は大陸中から信用をなくす。我が国と敵対している国家からすら、まともに対応されなくなるだろう」

「その通りです。外交だけではありません。商人や教会関係者からも、王国は避けて通られる事になりますからな」

アンジェロ枢機卿も加わり、説明してくれる。

彼らの言う通りだ。戴冠式を味方の立場でぶち壊しにするなど、本来なら有り得ない。

の、だが……自分の勘は警鐘を鳴らしている。

「すみません、少しお手洗いに行ってきます」

グラスを空にした後、城勤めの使用人に渡す。

「クロノ殿。分かり易い嘘はよせ。下手をすると両国の関係に──」

「なんだ、アレは!」

ギルバート殿の声が、別の貴族が上げた大声でかき消される。

声がした方に視線を向けると、何人かの貴族や使用人が窓の外を見ていた。妙な胸騒ぎがして、早足で彼らに近づく。

人だかりが出来る中、窓の外に視線をやった。そこには。

「これは……」

真っ青な空に、黒煙が上がっている。それも1つや2つではない。帝都で両手の指では足りない数の火の手が上がっているのだ。

明らかな異常事態。それに、貴族達がパニックを起こす。

「まさか、ホーロス王国か!?」

「待て!それは早計過ぎる!」

「はっ、もしやクリス様も危ない!?うおおおおおおお!クリス様ぁあああ!」

「いかん……!今クリス様に何かあっては、陛下の遺体を取り返す話が……!」

「おい、城の衛兵を呼べ!説明させろ!」

「その前にここは大丈夫なのか!?帝都守備隊は何をしている!」

「落ち着け、どうせただのボヤだろう。我らが大騒ぎする様な事ではない。これだから剣無し貴族は……」

「ふざけるな!帝都の何たるかも知らん、田舎者め!泥でも飲んでいろ、この馬鹿舌!」

「貴様ぁ!」

「落ち着け、各々方!まずは状況の確認を……ん?シャルロット?」

貴族達が騒ぎ出す中、ティキ国王を視線で探す。だが、ホールの中は大混乱でどこにも姿が見えなかった。

仕方がない。下の階で騎士達用のパーティーをやっているので、一旦ケネスやグリンダと合流すべきか。

そう考えていると、視界の端で何かを捉える。

銀色の何かが、窓の外を落ちていった様な……!?

「まさか!」

「クロノ殿!?」

窓を全開にし、外へ飛び出す。現在地は5階だが、この程度なら問題ない。

落下しながら、地面に横たわる人物を捕捉。壁を叩いて軌道修正し、『彼女』の傍へと降り立つ。

「シルベスタ卿!」

「う……ぐぅ……!」

小さくうめき声を漏らす、銀髪の麗人。首から下を覆う白銀の鎧には幾つもの穴が開き、そこから血が出ていた。

だが、一番注目すべきは腹部。その個所の鎧が砕けている。周囲に散らばる石材から、腹に強烈な攻撃を受けて外に放り出されたと見るべきか。

落下の衝撃で、頭部からも出血している。放置すれば後遺症が残るかもしれない。

「白き光の加護をここに……!癒しの風、慈愛の息吹、救いの抱擁よきたれ……!」

両手をシルベスタ卿にかざし、ゆっくりと確実に詠唱を行う。

焦るな……!近衛騎士の頑丈さはよく知っている。この程度では死なない。とにかく、魔法の不発だけは避けるのだ……!

「『治癒』……!」

噛み締める様な詠唱の末、魔法を発動。白い光が一瞬だけ彼女の全身を包みこむ。

その光が消えた直後、シルベスタ卿がガバリと体を起こした。

「治療ありがとうございます、クロノ殿。早速ですがクリス様が危ない。隠し通路から謎の筋肉だるまが襲い掛かってきました。あの通路を知るのは近衛騎士か皇族だけです」

いつもの無表情で、早口にまくし立てるシルベスタ卿。

治しておいてなんだが、マジかこの人。頑丈なのは知っていたが、彼女は近衛騎士の中でも頭1つ抜けているらしい。

そんな事を考えていると、また上から誰かが降ってくる。

ストン、という着地音と共に、グリンダが石畳の上に降り立った。どうやら、彼女もシルベスタ卿が落下したのを目撃したらしい。

「くろ……若様!突然飛び降りてどうしたのですか!?」

違った。落下するシルベスタ卿ではなく、自分の方を目撃したらしい。

「敵襲。帝都に火がつけられ、クリス様も襲われています。僕はクリス様を助けに行くので、グリンダは街の方をどうにかしてください」

「は?ちょ、もう少し詳しく」

「クロノ殿。これを持って行ってください」

シルベスタ卿が、手に持っていた剣をこちらに差し出す。

「お借りします」

「……クリス様を頼みます」

眉間に深い皺を刻み、歯を食いしばるシルベスタ卿。彼女の中で、近衛としてのプライドが悲鳴を上げたのがわかる。

しかし、それでも託してくれたのだ。答えないわけにはいかない。

「全力で助けます」

そう返して、剣を片手に壁を駆け上がる。石造り故の僅かな凹凸に爪先をかけ、上を目指した。

途中、シルベスタ卿が落とされたのだろう大穴から2人の近衛騎士がぼろ雑巾の様に放り出されるのを見た。彼女らの救助は、グリンダかシルベスタ卿がどうにかするだろう。

何より、親衛隊なら『クリス様の所へ』と自分に言うはずだ。足を止める事はしない。

あの壁に穴が開いた部屋……いや、恐らくその隣の部屋。

魔力の流れを読み、軌道修正。斜め上を目指し駆け上がり、窓ガラスを突き破って内部に侵入する。

視界に飛び込んできたのは、クリス陛下に伸びる深紅の爪。すぐさまそれを切り払いながら、床に着地する。

どうやら、あの爪はサーシャ王妃のものらしい。なんだ、この魔法……聞いた事もないぞ。

疑問はあるが、先にクリス様のご様子を確認する。胸元を庇っている辺り、どうやら服を引き裂かれたらしい。

とりあえず式典だからと肩にかけていた自分のマントを、左手で彼女に羽織らせる。ないよりはマシなはずだ。

右手の剣をサーシャ王妃に向けたまま、クリス様を安心させる為に声をかける。

「お守りします。絶対に」

背後の少女にかけた言葉だったのだが、過敏に反応したのはサーシャ王妃であった。

感情が抜け落ちた様な無表情だった彼女の瞳に、憤怒の色が宿る。

「……そう。やっぱり」

右手全ての指が、こちらに向けられる。

「何もかも違うのね。クリス」

高速で伸びてくる、5つの爪。

詠唱もなしに!?

「くっ」

先ほど切り払った感触からして、重さはそれ程じゃない。だが、速度と鋭さが異常である。

魔剣以外では、下手に受けると剣ごと斬られかねない。ならばと、迫りくる爪の側面に刀身を叩き込む。

軌道を逸らした深紅の爪は、まるで光線の様であった。石造りの壁を軽々と突き破り、勢い余って引き裂いていく。

単純な鋭さと速度だけなら、ノリス国王の槍よりも恐ろしい。

だが、彼の攻撃より読みやすい。これなら攻撃を掻い潜って懐に跳び込む事も可能だろう。

そう考えた直後、サーシャ王妃は爪を素早く引き戻しながら勢いよく息を吐いた。

「ふぅぅ……!」

真っ赤な唇から出てきたのは、桃色の息。比喩ではない。本当に桃色をしている。

まさか、毒ガス!?

近くに合った机を蹴り上げる。かけてあった白い布が舞い上がり、十数人がかけられるサイズの机は即席の壁となった。

クリス様を脇に抱え、部屋の外に向かう。屋外はダメだ。恐らく、落下してきた親衛隊に城の衛兵達が集まっている。

新皇帝が実は女性だったとなれば、大混乱だ。アダム様を担ぎ出そうとする貴族が、絶対に現れる。

それだけのトップシークレット。出来ればサーシャ王妃の口も塞いでおきたいが……。

通路に飛び出してから視線と剣を王妃がいた方向に向けるも、既に気配はない。親衛隊を襲った筋肉だるまなる人物の魔力と一緒に、遠ざかっていく。

……まずは陛下の身が最優先か。

「クリス様、お怪我は?」

「うん……大丈夫……」

そう返事をするクリス陛下だが、彼女の顔は真っ青になっていた。

「しかし……」

「本当に大丈夫だから……これは、ボクの心の問題だ」

確かに外傷は見えない。自分が来る前に毒をくらった可能性もあるが、体内の魔力に乱れはなさそうだ。

和解したと思っていた姉に命を狙われ、本当の性別もバレてしまった事が、ショックだったのだろう。

「……わかりました。今は何も聞きません。とにかく、御身の安全を最優先させて頂きます」

「ありがとう、クロノ殿……」

力なく笑う彼女に頷いて返し、視線を巡らせる。

今のクリス様を、親衛隊やグリンダ以外の者に見せるわけにはいかない。

「何か、体型を誤魔化せる物を探さないと……」

「それなら、この通路を曲がった先に鎧が飾ってあるから。それで……」

「承知しました」

マントで胸元を隠す彼女の背を支えながら移動すると、確かに鎧が飾られている。

展示用だからか刃引きしてある剣を捨てさせ、兜や籠手などを毟り取り胴鎧だけ回収した。

「クリス様、これを」

「うん。悪いけど、手伝って……」

力なくそう言って、周囲を確認した後にマントを胸元から離し両手を左右に広げるクリス様。

あらわになった白い肌や、深い谷間。視線を下げれば、綺麗なおへそも見える。

「ちょ、殿下!?」

「今は陛下と呼んでくれ。時間がない。急いで」

「は、はい!で、ですが、素肌に鎧はいけません。マントで胸元や腹部を覆う様に巻き付けてからの方が良いかと」

「それもそうだね」

あっさりと頷き、マントをバスタオルみたいに巻き付けるクリス様。

この方、普段から着替えは親衛隊が手伝っているからか、本当の性別を知っている相手にだと肌を隠すとか考えていなさそうだな……。

心臓に悪いと思いながら、胴鎧の装着を手伝う。

「兜は、どうしようか……」

「いえ。直接被っては視界を狭くするだけで、衝撃の吸収も見込めません。胴鎧のみにしましょう」

「わかった」

「では、下の階を目指しましょう。ある程度下りれば、窓からの脱出も可能です」

よくよく考えれば、陛下の頑丈さだとこの高さでは死にかねない。

アリシアさんぐらい頑丈なら多少雑に扱っても問題ないのだが……流石に、近衛騎士と比べるのは酷である。シルベスタ卿が落下した高さも、並の貴族なら即死も有り得るものだったのに意識を保っていた。彼女らは鍛え方からして違う。

今は、素直に階段を使うとしよう。

「陛下。くれぐれも、僕から離れないでください」

「ああ……ずっと傍にいる……」

こちらの裾を力なくつまむクリス様に、それ程ショックだったのかと心配になる。

無理もない。戦友として、支えなければ。

「大丈夫です、貴女を、こんな所で死なせたりはしません」

「……うん」

彼女の歩調に合わせて、ゆっくりと歩くわけにはいかない。歩幅の違いに気を付けながら、少し早足で通路を進む。

隠し通路は使えない。サーシャ王妃が毒ガスを撒いている可能性がある。通気性の悪い場所でアレをくらえば、クリス様が危ない。

慎重に、しかし出来るだけ急いで、地上を目指した。