軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十一話 パレード

第五十一話 パレード

室内の空気は、何とも不思議なものだった。

ピリピリとした張り詰めた空気の帝国側に対し、王国はまるで親戚の家にでも来た様な雰囲気だったのである。

これが最初だけだったのならまだ『ジャブの一種』と納得できたが、ティキ国王やサーシャ王妃の態度は変わる事がなかった。

そんな中行われた会談なのだが……内容を一部抜粋するとこの様な形であった。

「家族として、とサーシャ王妃はおっしゃっているが、御身は既にホーロス王国の王妃。帝国とは無関係のはずですが」

「あら、水臭いじゃない。名字が変わっても、血の繋がりはなくならないわ。だから、婚姻による外交も同盟もあるのでしょう?」

「その同盟を、あなた方が切ったのでしょう。それも一方的に」

「なんの事かしら?私達、宣戦布告なんてしていないけど?」

「帝都に攻め込んできたでしょう!」

「ああ、それ?それなら、フリッツ兄上……逆賊フリッツに帝都が占拠されるのを、阻止する為よ。独自のルートでモルステッド王国が帝都の侵略に向かっていると知っていたの。ごめんなさいね?教えるのが遅れて。でもあの国にいる情報源の安全も考えると……大きな声では言えないでしょう?」

「あまりにも詭弁が過ぎる!その道中も、そして帰りも、帝国の村や街を焼いていたではないですか!」

「ただの補給でしょう?帝国貴族だって、軍の維持の為に他領の街や村から人や物を貰う事はやっているはずだわ」

「現地の帝国貴族を殺したという報告も来ています……!」

「それも、貴方達が普段やっている事でしょう?そうねー。私も詳しい年代は覚えていないけど、ざっと50は前例が浮かぶわ。そこの伯爵家とか、侯爵家が同じ国の仲間である貴族を殺して補給を行った事……あったわよね?ああそう言えば、お父様もやっていたっけ!」

精一杯真面目な顔をするクリス殿下に対し、サーシャ王妃は終始笑顔。

こちらの外務大臣の質問にはティキ国王が返答するのだが、こちらもまた笑顔で受け流してくる。

厄介な事に、彼女の言う事は事実らしい。指摘された貴族が、バツの悪そうな顔をしていた。

実際、自分もオールダー王国での撤退戦で『味方によって領地が滅ぶ』と警戒していたものである。帝国では、というか、この大陸では珍しい話ではない。

それでもクリス殿下や外務大臣が『過去の補給行為にはきちんとした理由があった。今回とは違う』と反論するも、『逆賊が帝都を占拠している状況を打開する以上に、重要な理由があるか』と返される。

更には、

「そもそも……オールダーとの戦で噂のストラトス家と殿をしていたクリスはともかく、他の大臣や将軍達は何をしていたの?貴方達がフリッツを討ってくれていたら、私達が強行軍で帝都の奪還に向かう必要はなかったのだけど……?」

と。心底不思議そうに問いかけられてしまった。

まさか、ただ捕まっていたとか、様子見していたとか、これ幸いと領地拡大に動いていたとか言えるわけもなく。

帝国側の貴族達は、揃って自己保身の言い訳を自信満々に並べ立てる時間に入ってしまった。

……ハッキリ言おう。

この国、やっぱダメかもしれん。

どうにかクリス殿下が『ホーロス王国の動きは、最初から攻め込むつもりでないと早すぎる』と反論するも、『それはさっき言った通り、独自のルートで知ったから。モルステッド王国にいる内通者の安全の為に、詳しくは言えないけど』と躱される。

まとも反論できない帝国に対し、サーシャ王妃やティキ国王は追撃をする事はなかった。

「ねえクリス、最近ちゃんと食べている?睡眠は?」

「クリス殿下。彼女も私も、君の健康が心配なのさ。あ、そう言えばチョコと焼き菓子なら、どっちが好き?」

「婚約者は、たしかグランドフリート侯爵家の令嬢だったかしら?皇帝になるんだもの。侯爵に飲み込まれない様にね?あの人、良い人だけど貴方の命を優先してはくれないでしょうから。上に立つ者らしい振る舞いを心がけなさい」

「はっはっは!私もあまり王として相応しい振る舞いが出来ないからなぁ。その辺りはアドバイス出来そうにないや。でも、愚痴なら聞いてあげられるよ」

などと、親戚としての質問ばかり。あまり帝城奪還までの事を指摘されたくない帝国貴族達は、これを止める事ができなかった。

結果、クリス殿下が硬い表情でひたすらに事務的な返事を繰り返す事になる。

彼女も頑張っているが、それでも根が情に深い人だ。これが、どれほど後に響くかわからない。

そうして会談は続き、結局……。

「じゃあ、戴冠式には私達も参加するわ。本当はパレードにも出たかったけど……」

「仕方がないさ。私達を『誤解』している帝都の民も多いからね!」

戴冠式の出席を、押し切られてしまった。

それでも一応、『クリス殿下に万一があったとしても、サーシャ様やその子供に帝位の継承権がいく事はない』と公式の書類に判を押させたのは……クリス殿下と外務大臣の成果と言って良いだろう。

もう、それぐらいしか褒める所がない。

唯一の救いは、帝国の包囲網に穴が出来た事だろう。今回の会談により、東側へ回す予定だった戦力を他の3方向に向ける事が出来るのだ。

……もっとも。

「ああ、楽しみね……クリスの晴れ舞台」

「うん。本当に楽しみだ。今から待ち遠しいよ!」

自分には、この夫妻を見ていてとても『味方』だと思えなかったが。

目の前にいるのに、目の前にいない様な感覚。まるで陽炎が喋っている様にさえ思える。

だが、サーシャ王妃が一瞬。ほんの一瞬だけ、『そこにいる』と思える瞬間があった。

それは、戴冠式で殿下に聖油をかける役が誰かを聞いた時だった。

「聖油をかけてくださるのは、アンジェロ枢機卿です。彼は教皇聖下からも新任厚く、その職務を一部代行可能な権限があります。また、この情勢では教皇聖下にお越しいただくのも難しいので」

「そう……アンジェロ枢機卿が」

ずっと笑顔だった王妃の顔から、ストンと、感情が抜け落ちて。

「まだ生きていたのね、あのお爺ちゃん」

無機質な声で、呟く様にそう言ったのだ。

* * *

突然のホーロス王国の訪問。それに対し、非常にぐだぐだな対応となった帝国だが、パレードや戴冠式の予定をずらす事は出来ない。

今はモルステッド王国、オールダー王国、スネイル公国の3カ国との戦争中。一刻も早く、空位となっている皇帝の椅子に誰かが座らねばならないのだ。

それに、集まっている貴族にもそれぞれの領地で仕事がある。自分とて、本音を言えばストラトス領が心配なのだ。

いくら父上がいらっしゃるとは言え、自分とグリンダという戦力が同時に抜けるのは不安がある。

彼を信用していないわけではないが、ストラトス子爵家は現在、4つの家を吸収したばかり。ただでさえ人手不足なのに、この状況では猫の手も借りたい有り様である。

帰る前に、帝都で使えそうな人材を確保できたら良いのだが……。

閑話休題。あの会談から数日。今日は、クリス殿下の戴冠式である。

お互い忙しかったのと、サーシャ王妃が何かと殿下の傍にいたのでお話しする事は出来なかった。

まあ、身分を考えるとそもそも自分が気軽に話しかけて良い相手ではないのだが。これを機に、距離感を見つめ直した方が良いかもしれない。あくまでビジネスパートナーの位置にいるとしよう。

なんにせよ、今日は殿下の晴れ舞台。ミスがあってはいけない。

自分達は現在、帝都の外にいる。正門から近衛騎士の一団が入り、殿下が続くのだ。自分達は、諸事情により最後尾近くである。

「全員、支度は済んだな。帝都のもやし共に、ストラトス家が舐められる事があっては末代までの恥だぞ」

「はっ」

ケネスの言葉に、うちの騎士や兵士達が硬い声で返す。

それに対し苦笑しながら、自分も服に変な所がないかもう1度確認した。

「……しかし、若様の鎧と剣は間に合いませんでしたね」

グリンダが、外行き用の言葉遣いで心配そうにこちらを見てくる。

「仕方がないですよ。そもそも、ああいった物は下手すると数カ月ぐらい用意するのに時間がかかりますから」

「ぬぅ。いっそ、あの職人達をストラトス領に連れて帰れたら良いのですがな」

眉間に皺を作るケネスに、無茶を言うなと苦笑する。

帝都の一等地に店を構える工房だ。自分達以外にも、貴族の客を抱えているだろう。無理矢理引っこ抜こうものなら、顰蹙を買うのは間違いない。

だが、後で弟子達を引き込めないか交渉するのはありだろう。後日、菓子折りでも持って聞きに行くか。

と、そんな会話をしているうちに、ラッパの音が聞こえてきた。パレードの始まりである。

遠くから音楽隊の音色と、帝都の民の歓声が聞こえてくる。今更ながら、緊張してきた。

「……やっぱり、僕も『ハーフトラック』の中にいちゃ駄目ですかね」

「何を言っているんですか、若様」

「むしろ若様こそ主役なんですぞ!?」

「いや、主役は殿下……」

家臣達の猛反対を受け、しぶしぶながらこの日の為に作った『トレーラーの上』に乗る。

そうして暫く待っていると、自分達の番が来たらしい。パレードを整理している兵士から合図がきた。

「前進」

ハーフトラックが唸りをあげ、車輪を動かす。鋼のタイヤと履帯が、地面を削り城門を通り過ぎ石畳に乗り上げた。

重量により足場を壊してしまうが、それでも構わないと元老院から許可が出ている。それだけ、このパレードでは重要な役割があるのだ。

ハーフトラックのお披露目、だけではない。

帝都市民の声が聞こえてくる。

「おおお!アレが噂の馬のない鉄の馬車!」

「なあ、煙が出てないか?火事なんじゃねぇの?」

「ばっか、お前知らないのか!?アレはああいう物らしいぞ!」

「うーん、ちょっとうるさいわね、あの自動車とか言うの」

「なんでも、聖書にも出てくる聖なる乗り物らしいわよ!」

最初は、ハーフトラックへの感想が出てくる。

しかし、それはすぐに別の衝撃で塗りつぶされた。

「なっ……!」

「で、でけぇ……!」

竜の死体である。

ハーフトラック3両で牽く、トレーラー。大量の丸太を組み合わせ、そこに車輪をつけた物に、帝城奪還時に倒した双頭の竜の死体が載せられていた。

切り落とされた右の上顎は鉄線で縫い付けられ、表面が焼き潰れていた左の頭は白い布が被せられている。

この剣と魔法の世界でも、滅多に見る事がない実物の竜。死してなお人の手では再現できない存在感を放つ怪物の姿に、数瞬帝都の民は黙り込んだ。

だが、すぐの彼らの感情が爆発する。

「す、すげぇえええええ!?」

「なんだよあれ!?なんなんだよあれは!?」

「嘘だろ、あの化け物を本当に人間が倒したってのか……」

「やっぱり帝国軍は世界最強なんだ!ドラゴンだって倒せる、無敵の軍隊なんだ!」

「うおおおお!クロステルマン帝国万歳!クリス皇太子殿下万歳!」

これだ。これが、欲しかった。

無論、幾らかサクラも混じっているだろうが……帝都の民は熱狂に包まれている。

誰もが、言葉には出さずとも不安だったのだ。オールダー王国との戦は引き分けと公式に発表されているが、事実上の敗戦。そして、周辺国から一斉に攻め込まれた。

各地では反乱が起き、帝都近くにてモルステッド王国軍とホーロス王国軍が衝突。その後、フリッツ皇子によって帝都は封鎖されたのである。

これで、自分達の未来に何の不安もないと言える程、彼らもお花畑な頭をしていない。

その不安を、不満を、竜の死体によって吹き飛ばす。

しかも、その死体を牽いて動くのは未知の絡繰り。馬を必要としない鉄の馬車という、神話に出てくる乗り物だ。

この衝撃は、じきに帝都の外にも広がるだろう。商人達のキャラバンに同行する吟遊詩人達が、各地で詩として語るのだ。

帝国は負けていない。これからもやっていける。

国全体に対するカンフル剤。士気を無理矢理にでも上げる事で、生産力や経済の回復を目指そうというわけだ。

負け戦をしている国というのは、商人達がどんどん逃げていく。ストラトス家は銀行……まあ、ただの貯金箱みたいなものだが。それによりどうにか引き留めている。だが、帝国自体はそうもいかない。

しかし、『勝ち戦』だと民が思えば、それを防げるだろう。そう、元老院は考えこちらに竜の運搬を依頼したのだ。

自分も同意見である。やる気を上げると言えば、ただの精神論に聞こえるが、士気というのは馬鹿にならない。

「というか、なあ。あの竜の死体の傍にいるのって……」

「まさか、アレが噂の……?」

竜の死体が載っているトレーラーには、台座が取り付けられている。その上に、自分が立っていた。

手すりに片手を乗せ、もう片方の手で民衆に軽く手を振る。事前にグランドフリート侯爵から、耳にタコが出来る程『愛想よく、そして堂々としていろ』と言われていたので。

「オールダー王国だっけ?あの国の王様を倒したとか」

「ああ、そんな名前の国だっけ。でもそれより、あのドラゴンを倒したって言うじゃないか」

「クロノ・フォン・ストラトスってんだろ?ストラトス家なんて、聞いた事がねぇけど……どこにあるんだ?」

「何でも、オールダー王国では『血濡れの銀竜』って呼ばれているんですって!かっこいー!」

「いや、銀竜って……銀色要素、どこ?それならクリス殿下のお傍にいる、シルベスタ卿の方が当てはまらない?」

「ドラゴンをたった1人で倒したって言うけど……本当かね?あの自動車って言うので、なんかしたのか?」

「お前ら見ていないのかよ!この前すげぇ速さで街の中走っていただろ!?」

「アレがそうなのか?でも、帝都守備隊の人らも同じ事できるんじゃね?」

「クリス殿下とクロノ様は、真実の愛で結ばれているんですって!よく夜に密会して、同じベッドで……きゃー!」

「ねえ、もしかしてオールダーの王様を倒したのも、ドラゴンを倒したのも別の人なんじゃない?」

「ありえる。クリス殿下が、お気に入りの為にそういう事にしたのかも……」

「コーネリアス皇帝の息子だからなぁ。噂じゃ、親衛隊も自分の愛人で固めているんだろ?」

「可愛い顔して、お盛んなこって。血は争えねぇなぁ」

「なんでもいいさ!帝国ばんざーい!」

……まあ、うん。

歓声の中から、そう言った声が聞こえてくる。幸い、ケネスの耳にはハーフトラックの音で届いていない様だし、彼以外の騎士は車内で火夫と運転手をしていた。

民衆が疑うのもわかる。貴族として舐められたら殺すのが基本だが、今はパレード中だ。それに、面と向かって言われたのでもなければ、聞こえなかったふりをするのが吉だろう。

営業スマイルを維持して、民衆に手を振り続ける。

腹が立たないわけではないが、こんな事で目くじらを立てる程狭量でもないつもりだ。

それに、侮られるのは前世で慣れている。言わせたい者には、言わせておけば良い。無論、家名が傷つかない範囲まで、だが。

どちらかと言うと、ノリス国王の名前が出てこない事の方がショックだった。あれ程の英雄が、この扱いとは……。

───自分の名が売れたら、彼への評価も改められるのだろうか?

そんな考えが浮かぶも、帝都の民が自分の戦う姿なんて見る機会はないだろう。徴兵された者は、別だろうが。

まさか、帝都のど真ん中でこの身が全力戦闘などするはずがない。

今後この街で何かあっても、対応するのは帝都守備隊の仕事だ。今後は、彼らを縛る政治的なアレコレもないのだし。

ノリス国王や、竜を相手に轡を並べた8人の騎士の事を思い出しながら、愛想の良く笑顔を浮かべ続ける。

……それはそうと、列の進みがかなりゆっくりなのだが。

あとどれぐらい、自分は営業スマイルを維持しないといけないのだろう。竜と同じ場所にいるせいで、民衆の視線がなくなる瞬間がない。引きつった顔になるわけにはいかないので、全力で綺麗な笑顔を維持する必要があった。

帝城につく頃には、顔面の筋肉が大変な事になっていたのは言うまでもない。

もうパレードなんて懲り懲りだ……!