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作品タイトル不明

第二話 5歳の出来事。クロノの日常

第二話 5歳の出来事。クロノの日常

毎朝賑やかな朝食後の時間を終え、自室に戻り少し経った後。

比較的動きやすい……と言っても、体操着やジャージではなく装飾の少ないシャツとズボンに着替えて裏庭に向かう。

「おはようございます、若様。本日もよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

綺麗なお辞儀をする老騎士に、こちらも小さく頭を下げる。同じだけ頭を下げると、逆に怒られるので。

なんなら『貴族の嫡男としての自覚が』と、こうして反射的に頭を下げ返す癖自体あまり良い顔をされない。

まあ、今はその事から目を逸らすとして。眼前の人物、『ケネス』へと視線を戻す。

アレックスさんが『お洒落な喫茶店を開いていそうなダンディ』だとすると、この人は『軍隊の頼れる上官って感じのダンディ』な人だ。どちらも、良い年の取り方をしたものである。

そんな彼とこれから何をするかと言えば、

「では、『魔法』の練習を始めましょうか」

「はい!」

そう。異世界の定番、魔法である。興奮し、思わず少し大きめの声が出てしまった。

だがケネスさんはそれを咎める事はなく、微笑ましそうに笑っていた。

「わかりますぞ、若様。男たるもの、魔法と武器に関しては心が躍るもの。しかし、何度も繰り返しお伝えしている事ですが……」

「命を奪う手段である以上、戯れに使ってはならない。ですね」

「その通りでございます」

彼は満足気に頷いた後、地面に打ち込まれている丸太を指さす。

サッカーコートの半分ほどの広さをした裏庭の端っこ。屋敷を囲うレンガの土台と石を積み上げた壁を背にし、何本もの丸太が地面から生える様に設置されていた。

「では早速、昨日のおさらいです。あれらの的を狙い、攻撃魔法をお使いください」

「はい」

ケネスさんに頷き、数歩分彼から離れる。

そして両手を前に突き出し、狙いを定めた。腕の先には、万が一外しても壁に当たる端っこの的。

深呼吸を挟み、体内の魔力を喉と腕へと回す。

「宵闇を照らせ。かがり火であり、火矢であり、敵を薪へと変える息吹となれ。『炎弾』」

詠唱と共に、突き出された両手の前に火の玉が出現。徐々に大きくなり、最終的に人の頭ほどのサイズになって射出された。

速度は甲子園球児の球と同じぐらいだろう。真っすぐに飛んでいき、丸太に命中。火炎瓶でも投げつけたかの様に激しく炎上した。朝だというのに、少し眩しい。

かなりの高温らしく、十数秒ほどで火が消えた後丸太は真っ黒こげになっていた。

「素晴らしい。では、次の的へ」

「はい」

手を叩き称賛してくれるケネスさんに頷き、横に2歩移動して別の丸太へと腕を向けた。

「万象の源。水から生まれ、水に生かされ、水にて死ぬも定めなり。『水弾』」

大きさ、速度共に先ほどの火球とほぼ同じの水の玉が出現。的へと飛んでいった。

ばしゃぁん!、と。大きな音をたててぶつかり、丸太の表面が弾ける。ハンマーで叩かれたかの様な跡ができ、散らばった水が地面を黒くした。

濡れた丸太を見て、ケネスさんが再び頷く。

「お見事!火の次に使った事を含めて、良い魔法でした。若様」

「ありがとうございます」

火弾を当てた丸太の近くには、今水弾を撃った丸太しかない。可能性は低いが、もしも火事になったら困るので。気休めかもしれないがこの順番にした。

そして次の的へ。

「風は全てを運ぶ。それは命であり、それは力であり、それは死である。『風弾』」

不可視の一撃が、丸太の表面を弾けさせた。パラパラと木片が散らばる。弾速は、先の2つより僅かに速く思えた。

「良い攻撃ですな。速度、狙いともに完璧です」

「どうも」

そして、4つめの的へと狙いを移す。

「土に還るは世の定め。槌となりて飛翔し、敵を穿ち、粉砕せよ。『石弾』」

ここまでと違い、ぼこりと音をたてて足元の地面から拳大の石が浮かび上がってくる。その数、3つ。

それらが一斉に的へと飛んでいき、全弾命中した。2つは端を多少削るだけだったが、1つは深々とめり込む。丸太に大きな罅が入った。

「流石です、若様。もはや基礎に関して私がお教えできる事はありません」

「そう……なんですか?」

「ええ」

ニッコリとケネスさんが笑う。

「普通は10歳で習い始め、13の時にようやくまともに使える様になるもの。それを若様は4歳から学び、5歳で一流の騎士……いいえ。貴族として十分な魔法を使える様になられた。天才としか言い様がありません。流石はカール様のご子息です」

「恐縮です」

「はっはっは!私を相手にその様な言葉はお使いになられないでください。子爵家の威厳を損ねてしまいます。それと、時折私やアレックス殿に敬称をつけて呼んでくださるのも、なるべく控えていただきたい」

「……善処します」

「よろしくお願いします」

深々と頭を下げてくるケネスさ……ケネスに、居心地が悪くなり目を逸らす。

どうにも慣れない。見た目からして威厳のある年上を、呼び捨てにするのはどうにも……。

こういう所は、前世の価値観が足を引っ張っている。総合的に見れば、それらの記憶はかなりのプラスなのだが。

「騎士の力は平民の兵士30人に匹敵するとされています。そんな騎士を3人同時に相手どれるのが、貴族というもの。その事をどうか、しっかりと意識してくださいませ」

「はい」

この世界には、魔法がある。そして、その威力や発射回数は魔力に依存する。

であれば、『掛け合わせる』のは当然の事と言えた。より速い馬を産ませる為に、速い馬同士を交配させる様に。

魔力はこの世全ての命に宿っているが、強弱はある。強い者同士が子を作り、やがて貴族となった……と、いう説もあると前に本で読んだ。

それ以外にも神様が気高い魂と才能に溢れた者達に恩寵を与え、それが貴族になったという話もあるし、勇者教を開いた人物。『勇者アーサー』とやらの弟子達が貴族の先祖だからというのも聞いた事がある。

どれもこれといった証拠はないが、貴族達に人気の説は3番目のものだ。次に2番目の説。

この魔力というのは魔法だけでなく、肉体に常時影響する。

普段外に放出しない魔力が体内に染み込んでいき、骨を頑強し、肉をしなやかにし、心肺の機能を高めるのだ。

歳を重ねるほど、魔力持ちと呼ばれる者達の身体能力は高くなる。見た目は運動が苦手そうな貴族でも、ヒグマ並のパワーがあったりするのだ。

ただし加齢によって魔力が減少すれば身体能力もだんだんと見た目相応になっていくので、お爺さんになる頃には大半の貴族が見た目通りの力や頑丈さになる。その為、戦士としての全盛期は20歳から30前半ぐらいらしい。

「では、ここからは応用ですな!動きながら的を狙うのです!お館様……カール様も、『魔法騎兵』として幾つもの手柄をたてたお方です。きっと、若様も同じ。いいや、それ以上の魔法使いになれますとも!」

「はい。よろしくお願いします」

『魔法騎兵』。その名の通り、魔法を使う騎兵である。この世界にとって、陸戦最強の存在だ。……人類では、と枕詞がつくが。

しかし、実際その強さは圧倒的である。軍馬の機動力で、人型の迫撃砲を運ぶようなもの。有効射程は50メートル程度で、きちんと相手を狙うのなら10メートルぐらいまで近づく必要があるが……槍と弓がメインの戦場では、圧倒的である。

父上は我が国、クロステルマン帝国でも指折りの実力者だとケネスさ、ケネス達は言っていた。

元より、ストラトス家は武門の家。初代様が戦功で成り上り、一介の騎士から子爵にまでなったと言われている。

実際、父上はかなり凄い人だ。前に手本として魔法を見せてもらったのだが、1撃で丸太数本が丸焦げになった。まるで焼夷弾である。

ケネスの話や本で得た知識から考えて、父上は貴族の中でも指折りの魔法使いだ。剣や槍を扱っても一流で、指で弾いたコインを穂先で弾いて見せてくれた事もある。

まさに達人。ケネスを始め、家に仕える騎士達が崇拝に近い尊敬を父上に抱くのも無理はない。まだ見た事はないが、馬の扱いにも長けているのだとか。

戦争で勝てる当主こそ、最良の当主である。この血生臭い話をちょくちょく聞く世界では、特に。

「ですから若様……ストラトス家をお願いいたしますぞ……!」

「……はい」

これで、子供の縁談破壊さえなければなぁ。

恐らく、家臣一同その思いは一緒であった。

* * *

2時間ほど魔法の練習をした後は自由時間を挟み、昼食をとる。

父上は領内の見回りや賊の討伐。平民では狩れない『魔物』への対処で、外出している事も多い。

そう、魔物である。この世界、魔法使いがいるのは人間だけではない。

魔力を多く保有する動物が、通常より大きく頑丈になり、人里を襲う事もあるのだ。基本的にあまり数はいないが、放置し過ぎると群れをつくる事もある。

そこで、父上は領内の見回りついでに魔物の目撃情報を集めたり、発見した場合は即座に駆除しているのだとか。

屋敷のロビーに飾ってある魔物化したクマの毛皮からして、5メートルは超える巨体の怪物さえ、魔法と槍で討ち取ってしまうのである。

その上見回り中に聞いた領民の話もしっかりと覚えており、治水などにも力を入れているのだとか。本人からはあまりそういう話は聞かないが、ケネスやアレックスさ……アレックスからも、同じ話を聞いている。

本当に……親バカすぎる所さえなければ……。

閑話休題。昼食を終え少しした後は、座学である。

「では、お勉強にいたしましょうか。若様」

「はい。よろしくお願いします」

教本を手に部屋までやってきたアレックス。本来貴族の嫡男ならば家庭教師を招くのだが、あいにくとうちはかなりの田舎だ。

隣国との国境線近くにあり、周囲は山と森ばかり。そして海とも面しているが、岩と荒波で船をつけられないほど。それに貴族としてはそれほど裕福な方ではないのもあって、他所から家庭教師なんて呼べないのである。

あと、隣国や別の領からしょっちゅう賊堕ちした傭兵とかが流れてくるし……。父上が前に笑顔で『いっそ賊は全員串刺しにして、街道に飾ってやろうか』と静かにぶちギレしていたのを見た事がある。

それはそうと、本日は帝国の成り立ちについてだ。

クロステルマン 帝(・) 国(・) は、300年前までクロステルマン 王(・) 国(・) であった。しかし当時の陛下が隣国との戦争に勝利。そのまま領土を拡大し、幾つもの国を吸収して帝国になったのである。

占領地から得た富と土地で王国は帝国になり、大陸有数の大国になったのだ。今も帝国軍は連戦連勝であり、領土を広げている。まさに神が帝国の正義をお認めになったかのよう……と、教わった。

前世の価値観だと正直ひくが、それは飲み込むとして。

これ……いつ反乱が起きてもおかしくなくない?

魔物の存在もあり、領地の統治は前世よりも大変である。大抵の魔物は貴族より弱いし、多少群れても簡単に負ける事はない。だが、領民にとっては恐ろしい怪物である。田畑どころか、人間すら食い荒らされるのだ。

平民とて、理由があれば一揆を起こすのはこの世界でも同じ事。そして魔物より数が多く道具も作戦も使う平民の大軍が押し寄せれば、貴族とて死ぬ。従軍経験のある村人も、帝国には多い。

そして、元王国だった既存の貴族や領地と、侵略されて帝国になった土地で貧富の差も激しそうだ。詳しい情報はわからないが、間違いなく不平不満は溜まっている。

統治の為に侵略した国の貴族にそのまま土地の管理をさせるにしても、上前は跳ねないと帝国の貴族が納得しない。そうすれば、侵略された貴族も当然叛意を抱くだろう。

その辺り、どうしているのだろうか……。アレックスに聞いても、

『わかりませんが帝国には強力な軍隊と、叡智のつまった参謀と何より神様に認められた皇帝陛下がいるので問題ありません。そもそも、万一反乱が起きてもストラトス家には大して関係ありませんので』

としか返ってこない。何と言うか、この辺の考え方も中世の貴族っぽいと思ってしまう。正しいのは彼の方で、間違っているのは自分なのだろうが。

まあ、生まれて5年の者でもパッと思いつく事だ。帝都の方でも、問題視され対策が練られているに違いない。

───などと。楽観視し過ぎて死ぬのはごめんである。

このストラトス家は隣国と近いのだ。帝国が乱れれば、そこに付け入って周辺国が一斉に侵攻してくるかもしれない。溺れた犬は棒で叩くのが、この世界の国家間では常識である。

何より、各地に侵略戦争ばっかりしている帝国が恨まれていないはずがない。これ幸いと攻め込んでくるかもしれないのだ。

帝国化して300年。いつ崩壊しても、おかしくない。

考えれば考えるほど、血の気がひく話である。授業が終わった後、鍵付きの引き出しから1冊のノートを取り出した。

この世界、中世っぽいのに魔法のせいか『製紙技術』と『製鉄技術』が妙に進んでいる。それでも近代と呼べる程ではないが、明らかに中世の時代を超えている部分もちらほらあった。

おかげで、少しごわごわとしているけどノートと呼べる紙束を手に入れられたのはありがたい。

開かれたページには、日本語で自分が覚えている範囲の『使えそうな前世の知識』が書きなぐられている。

何を隠そう、前世の自分はオタクだった。特に異世界ものの小説をよく読んでいたのである。

そしてよく、もしも自分が転生したらと妄想していたものだ。まさか実際にする事になるとは思わなかったし、したくはなかったが。

とにかく、そうした妄想を具体的にする為にネットで色んな知識を集めた事がある。

にわか知識としか言いようがないが、現状では自分にとって非常に大きな武器だ。今でもこのノートを眺めて、思い出した事を書き加えている。

それらをめくりながら、現在の領地で出来そうな事。そしてやった方が良い事をピックアップしていった。

ローマンコンクリート……黒色火薬……蒸気機関……3つ目は、流石に厳しいな。自分の知識がうろ覚え過ぎる。

他にも肥料について思い出そうとしながらノートをめくっていると、ノックもなしに部屋の扉が開かれた。

───しまった。

「クロノー!パパ、今日は早めに帰れたぞー!一緒に遊ぼう!!」

満面の笑みで、勢いよく部屋に入って来てこちらに近づいてきた父上。

楽観視していた。先ほど決め顔で『楽観視し過ぎて~』などと考えていたくせに、迂闊であったと言わざるを得ない。

この父に、朝勝手にベッドへ入ってくる父に───『子供の部屋にノックしてから入る』などというデリカシーなんて存在しない事を、失念していた……!

咄嗟にノートを隠そうとするが、間に合わない。日本語で、この世界では使われていない言語で書かれた文章が見られる。

瞬間、満面の笑みだった父上が真顔になった。

「クロノ、それ」

「あ、その、これは」

「……なるほど」

何やら納得した様子で父上は頷いた後。

「クロノ、もしかしてお前は転生者というやつか?」

あっさりと、真実を言い当ててきた。

「元々、もしやとは思っていた。他の子供と比べてあまりに利発過ぎるし、冷静過ぎる。何より眠っている時に謎の言語でうめいている事もあった」

何度も頷きながら、父上が続ける。

「それに、試しに筆を握らせてみたらわざとらしく遠近感を無視した絵を描く。普段の生活ではきちんと把握した言動をしていたのにと、不思議に思ったものだ」

背中に冷たい汗が流れる。

どうする、どうすれば良い。弁明は、恐らく無理だ。これはもはや疑いではない。確信に変わっている。

逃げる?無理だ。父上相手に、そんな事ができるわけがない。実力差があり過ぎる。

「何より今閉じたノート。それに書かれていた図は、子供が書けるものではない。普段はわざと出来ないふりをしていたと、考えて良いだろう」

抵抗は……なおさら無理だ。

どうする。どうなる。愛する息子に『実は他人の魂が入っていた』時、父上───カール・フォン・ストラトスはどういう反応をする。

酸っぱいものが喉に上がってくるのを感じながら、必死に脳みそを回転させ続けた。

しかし、まだ未成熟な体はそれだけで思考がぼやけてくる。集中が続かない。あるいは、ここまで隙だらけだったのも脳が成長途中な可能性も……だめだ。早速思考が逸れている。

そうこうしているうちに、するり、と。カールの腕がこちらの両脇を押さえていた。

目の前にいるのに、動きの『起こり』がわからない体捌き。やはり勝ち目なんてない。

だが死にたくない。死んでたまるか。こうなったら、とにかく謝罪して慈悲を乞うしか───。

「流石俺の息子だ!」

「ごめ……はい?」

たかいたかいの状態で、何やら褒められた。

え、どういう事?これから『他界他界』されるんじゃないの?

「まさか『勇者アーサー』と同じだなんて!信じられん!奇跡だ!」

そう、満面の笑顔を自分に向けてくるカール……父上。その目は、キラキラと輝いている。

どうやら、いつもの親バカからの受け入れではなく……『宗教』も、絡んでいるらしい。

何が何やらわからないが、殺される事はなさそうだ。

「おぅ……」

「ん?クロノ?く、クロノぉおおお!」

安堵からか、体からプツリと糸が切れた様な感覚がする。耳元で響いた父上の雄叫びがとどめとなり、意識が遠のいていった。