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作品タイトル不明

最終章 エピローグ 下

最終章 エピローグ 下

サイド なし

『アダムの乱』より、100年。

かつて、クロステルマン帝国と呼ばれる国があった。

コーネリアス皇帝の死亡から激動の1年を経て、クリス皇帝の下帝国は纏まることに成功する。

周辺4カ国との戦いに勝利したという事実は、大陸を震撼させた。

同時に、それは帝国への恐怖と警戒心を大陸中の国々に植え付けることとなる。

帝国は周辺国を打ち破ったものの、オールダー王国以外は統治下におくことができなかった。結果、他の国々は比較的簡単にモルステッド王国、ホーロス王国、スネイル公国の領土を得ることができたのである。

無論、その過程に多くの問題はあったが。それでも、国を撃ち滅ぼす程の苦があるはずもない。

そうして新たに帝国と隣接した国々と、クリス皇帝は友好的に接しようとした。

しかし、彼らは帝国の力を、そして歴史を知っている。『彼』が差し出した手は払われ、周辺国はとある1カ国を除き、帝国へと剣を向けた。

4正面戦争を潜り抜けた帝国は、数年と経たずに再び3つの国と戦うことになったのである。

普通に考えれば、それは絶望的な戦いであった。勝機など、万に一つもない。

しかし、クリス皇帝は、帝国はその全てを返り討ちにしたのである。

周辺国で生き残ったのは、クリス皇帝が事前に『とある岩石』について交渉していた国のみ。それ以外の国々は、全て帝国に併合されることとなった。

これに、同じ大陸にある国々がより一層恐怖したのは言うまでもない。

ある王はクリス皇帝への恭順を宣言し、ある王はクロステルマン帝国との決戦を叫んだ。

決定的となったのは、クリス皇帝が聖都の制圧を実行したことだろう。

この時、勇者教は腐り果てていた。

肥えた神父が飢えた農民に説教をし、司祭や大司祭が金で免罪符を売りさばき、枢機卿どころか教皇までもが汚れた金で男や女、そして酒を買っている。

このことに激怒したクリス皇帝は、後の聖人にして、勇者教の敬虔な信徒。カール・フォン・ストラトスに聖都の『奪還』を命じた。

彼は見事に最小限の人的、及び物的被害で聖都の確保に成功したのである。

だが、この大陸の全ての王侯貴族は、統治の正統性を勇者教によって保証されて玉座についているのだ。

聖都の確保は、彼らにとって喉元に刃を突きつけられたに等しい。

クロステルマン帝国と、そうでない国々の戦いがおき───10年時を経て、帝国は勝利した。

その戦いを生き残った者達は、口々にこう言ったという。アレは、『蹂躙』であったと。

剣を掲げた騎士が勇猛果敢に馬を走らせ、煌びやかな魔法を使う。頑強な盾を手にした兵士達が、互いに身を寄せ合って防御を固め、矢の雨を潜り抜ける。

それが、この大陸の戦争であった。

しかし、クロステルマン帝国の放った鉛玉が騎士も平民も全て薙ぎ払ったのである。

どれだけ鎧を着こもうが、頑強な盾の後ろに隠れようが。音の速度を越えて迫る鉛の礫を防ぐことは出来ない。

帝国にて無煙火薬が完成し、それに伴い構想段階であった機関銃が実戦投入されたことが、決定打となった。

歯向かった国々は帝国に吸収され、恭順した国の王達も『貴族』として帝国の一部となった。

大陸は、クロステルマン帝国によって統一されたのである。

クリス皇帝は、様々な政策を推し進めた。その中でも特に有名なのは、教育改革である。

当時では考えられないことに、平民に教育を施すことを『彼』は決意したのだ。

コーネリアス皇帝の時代では1割にも満たなかった識字率が、100年後には9割にまで上昇したのはクリス皇帝の尽力がなければ不可能であった。

しかし、問題が出なかったわけではない。

知識層の増加に、産業の発展。これに伴い、貴族に匹敵、あるいは上回る財をもつ平民も増え始めた。

これに恐怖した一部の貴族がそういった平民を攻撃し始めるも、クリス皇帝はその一切を禁止したのである。

『我が法に従え』

貴族達の反発を、クリス皇帝はねじ伏せた。

そうして、クロステルマン帝国は終わりを迎えたのである。

『グレート・クロステルマン・ストラトス・グランドフリート帝国』が、誕生した。

皇帝が法を守り、法が皇帝を守る。その下で、高貴なる血筋の貴族院と、平民からなる衆議院が国家を運営するという形だ。

通称グレートクロステルマン帝国の躍進は、100年後も続いている。飛行機が空を飛び、保険制度が敷かれ、ラジオで遥か遠くの情報が誰の耳にも入るのだ。

いずれ、海に住まう大いなる魔物達を帝国が刈り取り、他の大陸に足を延ばせる日もくるだろう。あるいは、それより先に月へと足跡をつけるかもしれない。

この発展を語る上で……否。

グレートクロステルマン帝国を語る上で、外せない2つの貴族家がある。

1つは、グランドフリート家。

『狂乱のギルバート』の愚行により、一時は家名を落とした侯爵家。しかし、クリス皇帝の妻であるシャルロット皇妃殿下の活躍は目覚ましいものであった。

フラウ・フォン・ストラトスに並ぶ、女性の地位向上のシンボルとも言える彼女。シャルロット皇妃はクリス皇帝をよく支え、政治の舞台でも当時では珍しいことに、女性の身でその辣腕を振るったことで有名である。

そして、もう1つの家。

ストラトス公爵家。

聖騎士カール。学問の母フラウ。紳士の教本イーサン。

数々の有名人を排出するこの家だが、その中でも最も有名な人物。クロノ・フォン・ストラトス公爵。

彼は、軍事、内政、ともに話題に事欠かない。100年後の学生達が、『帝国で活躍した偉人に関する問題は、ストラトス公爵の名を書けば8割当たる』と笑う程だ。

グレートクロステルマン帝国の歴史の中で、『彼こそが真の皇帝では』という声が出なかった時はない。しかし、ストラトス公爵自身がその全てを否定したのである。

『私は、この一生をクリス皇帝の剣として生きる』

そう朗らかに笑う彼に、帝都の淑女達が黄色い声を上げペンを手に取ったのは言うまでもない。勇者教が正された今も、『真実の愛』は大陸中で大切にされている。むしろ、男性同士だけではなく女性同士の『真実の愛』も公的に認められるようになっていた。

クリス皇帝とストラトス公爵の関係は非常に良好であり、皇帝は皇妃殿下、そして側室である元親衛隊をつれ、旧アイオン伯爵領に1年の内数カ月滞在していたとされている。

しかし、これは両者の仲が良かっただけではないとする、専門家も存在した。

帝都は『アダムの乱』によって、大きな被害を被っている。また、領土の拡大で彼の地が流通の中心から外れつつあった。

それに対し、ストラトス領は公爵の力もあって、凄まじい速度で発展を遂げていたのである。彼の妻アナスタシアと、側室のグリンダ 女(・) 男(・) 爵(・) の影響も大きかった。

クリス皇帝は、ストラトス公爵家の発展を警戒し、睨みを利かせていたのではないか。この仮説の証拠として、皇帝が度々アナスタシア公爵夫人と口喧嘩をしている姿を目撃していることがあげられる。

ただ、その口喧嘩の内容は不明であり、皇妃殿下と公爵により毎回仲裁されているので、大きな問題はなかったのではないかというのが主流である。

現在最も可能性が高いとされているのは、『クリス皇帝がアナスタシア公爵夫人に嫉妬していたのではないか』という仮説だ。

しかし、どの説も真偽不明である。

唯一、真実なのは。

115歳となったクリス皇帝が、最期の地にストラトス公爵領を選んだ。それだけである。

* * *

ストラトス公爵領の一角。

大陸の中でも屈指の発展を遂げる公爵領の中で、その場所は清涼な空気の流れる穏やかな場所であった。

緑色の葉をたたえた木々が風に揺られ、清らかな湖面に小さな波紋が時折できる。

湖を見ることの出来る、3階建ての屋敷。その中の一室にて、『彼女』はいた。

皇帝という仮面を脱ぎ捨てた老婆が、豪奢なベッドに横たえられている。

その傍には、2人の男女がいた。

片方は、メイド服姿の初老の女性。歳の頃は、50代に見える。白髪の混じった栗色の髪に、黄金の瞳が印象的であった。

もう片方は、黒髪の男性。同じく、50代に見える彼は、そのがっしりとした体を貴族らしい衣服で包み込んでいた。

恐らく、この2人がベッドに横たわる老婆と同じく、100歳をとっくに過ぎていると信じる者は誰もいまい。

クロノ・フォン・ストラトスと、その側室グリンダ女男爵である。

自分をベッド脇から見つめる2人に、老婆は……クリスは、ゆっくりと口を開いた。

「クロノどの……リゼたちは、また何かやらかしていないかな……あの子たちは、ふだんはまじめなのに、時々、おバカになるから……」

「……クリス様。リゼさんは、5年前に亡くなっています。シャルロット様も、アナスタシア殿も。10年前に」

「そう……だったね……」

懐かしさと悲しさを覚え、クリスは小さく笑う。

「ボクも、ずいぶんと長生きしたね……でも、2人はまだまだ、若いままだ」

「いいえ。我らも、そう長くはないでしょう」

グリンダが、小さく首を横に振る。

それに対し、クリスは苦笑を浮かべた。

「同じこと……10年前にも言っていなかったっけ……?」

「……まあ。それでも200まで生きるなんてことはないでしょう」

クロノが、若干目を逸らしながら告げる。

どうだか、と。クリスは思いながら、彼に向かって手を伸ばした。

その手を、クロノは迷うことなく握る。細く、枯れ枝のようになった手。かつて感じた温もりはそこにはなく、春の木漏れ日とは真逆の冷たさをもつ彼女の指。

「……ボクたちの、孫は、ひ孫は、がんばって、いるかな」

「ええ。皆様、御立派に育ちました。特に現在皇位に就かれているひ孫様は、貴女に似て聡明ですよ」

「そうだと、うれしいな……。その先の子たちは、なか、いい?」

「はい。家同士で決まったこととは言え、あの子達は非常に仲が良いですよ。昨日も散歩……散歩と思しき様子で、外を走っていました」

「なに、それ……」

クスクスと、彼女は笑う。

グレートクロステルマン帝国の中でも屈指の力をもつストラトス公爵家だが、皇帝やグランドフリート家の血筋と『公的に』繋がったのは、国名がグレートクロステルマン帝国となってから暫く経ってからのことだった。

それがどういう事情だったのかを知る者は、今や随分と少ない。

「まあ、何と言いますか。今の皇女殿下は非常に元気な方ですので」

「うん。だいたい、わかった」

クリス皇帝の子孫の内、男児は少し気弱ながらも聡明な者が多い。逆に女児は活発で元気な者が多かった。

恐らく、女児はシャルロット皇妃が積極的に教育した結果だろう。その教育方針が、現在にも引き継がれているのだ。

血ではなく環境が人格を作るのだな、とクロノは思ったが、外では絶対に言えない。

しかし金髪縦ロールの、若い頃のクリスそっくりな少女が、若い頃のクロノそっくりの少年を連れまわして庭を爆走する光景に、彼とグリンダは思わず腹を抱えて笑ってしまったものである。

「……今日が、新しい首相のしゅうにん式だっけ」

「ええ。ゲーマウス伯爵家の縁者ではありますが、平民では初の首相就任です」

「……この国は、よくなっていっているのかな」

「恐らく。少なくとも、数字上は……いいえ」

クロノが、小さく笑う。

「民の笑顔が、街に溢れていますよ」

「そっか……」

クリスが彼の手を握りしめるが、その指にはほとんど力が入っていない。

「ねえ、クロノどの……」

「はい。クリス様」

「さいごに……さいごにね……?」

もはや、何も映さない彼女の碧眼は、しかし海のように綺麗だった。

「さいごに、ボクのもう1つの名前を……言って、ほしいな……」

「……はい」

きっと、この願いを叶えたら。その瞬間彼女は旅立ってしまう。

それを察しながら、クロノは頷いた。

「愛しております。クリスティナ様」

「……ふふ。うん。ボクも……」

クリスは、そう言って。

ゆっくりと、全身から力を抜いた。

閉じられた瞼と、穏やかな笑み。それは、まるで眠っているようであった。

そっと、クロノは彼女の手を胸の上に置く。グリンダが、反対側の手をそこに重ねた。

「……おやすみなさい。クリス様」

『うん。どうか、良い来世を』

日本語で発せられた言葉に、クロノは顔を上げる。

そこでは、グリンダが目に涙を浮かべていた。

『相変わらず、感情が昂ると日本語が出ますね。貴女は』

『……そこまで、クリス様に思い入れはないつもりだったんだけどな。私』

『……そうですね。たしかに、最初はそんな感じでした』

クロノが立ち上がり、グリンダの隣に座る。

そして、ベッド脇のスイッチを押した。最期の会話を聞かれない為に、使用人や看護師を遠ざけていたのもあって、彼らが来るのにあと数分はかかるだろう。

クロノは、日本語でグリンダへと揶揄うように問いかけた。

『でも、80年前辺りから、貴女もすっかりクリス様の虜でしたよ?』

『そうだった?自覚、なかったな』

『まあ、そういうものかもしれません。人間、自分のことはあんまりわからないものですから』

そっと、2人は肩を寄せ合う。

『そうだね……実際、私達って後どれぐらい生きるんだろう』

『さあ……老いているのは、間違いないのですがね』

クロノが己の掌を見下ろす。

全盛期とは程遠い、魔力が薄くなった肉体。それこそ、クリスと出会った頃とそう変わらない程に衰えている。

加齢により、魔力の生成量は低下するものだ。そして、それに伴い貴族の肉体は常人に近づいていく。

『20年前は、砲弾を片手で受け止められたのですが……』

『今は、避けるのが精一杯なんだっけ?』

『はい。まあ、今はもうそういう事態にはめったに遭遇しませんが』

『だといいねー』

ケラケラと、グリンダが笑う。

『クリス様には秘密だったけど、一昨年はホーロス王国の技術を復活させたマッドがやらかして、君まで駆り出されたからねー』

『言わないでくださいよ。結果的に、秘密裡に処理できたわけですし。それに、メインで頑張ったのは僕らの孫ですから』

『話題に事欠かないよねー、本当に。70年前なんて、私まで偶に巻き込まれて気づいたら女男爵なんて称号もらっていたし』

『……まあ。人生そんなもんですよ』

『そんなもんかなー?』

ふいっと、顔を逸らしたクロノに、グリンダはひとしきり笑った後。

彼の肩に、頭を預けた。

『……あと、どれぐらい時間が残っているのかはわからないけど』

『ええ』

クロノも。グリンダの手を握りしめる。

『最期まで、一緒にいようね』

『はい。この一生を、貴女と共に』