軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百四十九話 神代回帰

第百四十九話 神代回帰

優美とは程遠い、無骨なりし岩の城。

荒削りであるからこそ、荘厳と呼べる石柱の並ぶ大広間。よもや、平地での合戦でこのような舞台に立つこととなろうとは。

それも、敵の総大将と相対する形で。

「一応お聞きします。降伏なさる気は?」

「ない!」

剣を腰だめに構えるこちらに、アダム様は無邪気とさえとれる生き生きとした声が返ってくる。

「父、カールが本隊と合流しました。彼の指揮のもと、貴方の軍は殲滅されつつあります。ギルバート侯爵は死に、物資も焼けました。これ以上の戦闘継続は不可能でしょう」

「ほう、ギルバートが死んだか。面白い男だったが、つまらんことを気にする奴でもあった。仕方のないことだろう」

声音に、嘲りが混ざるのを感じた。罅だらけの兜の下で、彼が歪な笑みを浮かべていることが手に取るようにわかる。

「問題ない。物資も兵士も、クリスから玉座を奪い返せば手に入る。ストラトス家以外の家は、俺に従うだろうな。帝国とは、そういう国だ」

「国が荒れます。他国が黙っておりません」

「勘違いするなよ、クロノ。お前は『国』や『領地』の未来を考えているようだが、俺は俺という『個人』のことしか興味がない」

あまりにも皇帝に、為政者に相応しくない発言。

だが、驚きはなかった。彼は、アダム様の中に入っている人物は、そういう人格だと察している。

「俺が皇帝となったら……まあ、国内が荒れ、その後に他国が攻め込んでくるだろうな。帝国というパイを奪い合い、大陸全土を巻き込んだ戦争が起きるだろう。実に────魅力的だ」

「そうですか」

やはり、問答の通じる相手ではなかった。

もとより、期待はしていない。形式上、貴族として言うべきことを言ったに過ぎなかった。

であれば、と。重心を低くする。

応とも、と。彼もまた、剣を握り直した。

「貴方を殺します」

「そうだ、それで良い。お前に殺されるのなら、それも一興……!」

駆け出したのは、ほぼ同時であった。

瞬間、アダム様の右腕が閃く。その回数、三度。迫る不可視の斬撃全てを切り払う技量は、自分にはない。

ゆえに。

「■■■■■■■─────ッッ!!」

雄叫びを上げながら、全身から魔力を溢れさせた。

海の中で真水をインク代わりに絵を描くような、精緻な技巧から繰り出される魔力の刃。

だからこそ、強い『波』を起こせば形は崩れ、霧散する。

衝突の寸前で弾けた魔力の刃が四散し、石の床や柱を粉砕する。舞い上がる礫も煙も置き去りに、アダム様へと斬りかかった。

互いの魔剣がぶつかり合い、火花を散らす。轟音が響く中、間近に迫った兜のスリットから、喜悦に歪んだ瞳がこちらを見つめた。

「ははは!なんだ、その力技は!面白い奴!」

「ガ、ァアアアア!」

咆哮を上げ、強引に彼の刃を跳ね上げる。同時に横回転し、遠心力を加えた斬撃を叩き込んだ。

アダム様は刀身で衝撃を受け止めきり、両足で床を削りながらもバランスを崩すことはない。

それでも、攻める。間合いを開ければ、再び不可視の刃が放たれることは明白であった。

この防御術は魔力を使い過ぎる。薄く伸ばしただけの相手とは、消費魔力に大きな差があった。

袈裟懸けに斬りかかったこちらの斬撃が、横薙ぎの刃に弾かれる。そのまま二合、三合と剣がぶつかり、火花と共に衝撃波が散った。

周囲の石材を打ち砕きながら、互いに足を動かす。

「ハッ!」

笑い声と共に繰り出された彼の魔剣を受け止めれば、膂力に重量が釣り合わず強引に押し込まれ。

背中で幾つかの石柱を打ち砕いた所で、強引に剣を切り払う。間髪容れずに唐竹割りの斬撃を放つも、アダム様は半歩横にずれるだけで回避。反撃に繰り出された切っ先を鍔で弾き、彼の側面へと回り込もうとする。

それを妨害するように放たれた剣と鍔迫り合い、ギチギチと互いの刀身が軋みを上げた。

足裏で床を踏み砕いた直後、相手の膝蹴りがこちらの腹に直撃する。鎧越しに強い衝撃が内臓を襲い、吹き飛ばされた。

石柱を1本へし折り、2本目に衝突する寸前で体勢を立て直す。しかし、先程まで彼がいた場所には誰もいない。

耳に届いた音を頼りに、上を向く。建ち並ぶ石柱を足場として鋭角な軌道を描いて迫るアダム様。落下に合わせて振り下ろされた魔剣を受け止めれば、両手足に凄まじい負荷がかかる。

「ぐ、ぁぁああ!」

苦悶の声を雄叫びに変え、刀身を傾け受け流す。床を叩き割ったアダム様が返す刀で首を狙ってくるが、膝を大きく曲げることで刃の下を潜り抜けた。

勢いよく立ち上がった彼に対し、しゃがむような姿勢から逆袈裟の斬撃を浴びせる。上体を反らしながら飛び退かれ、避けられてしまった。

十数メートル離れた彼の胴鎧に、切れ込みが入る。同時に、こちらの額に指一本分の傷が横に走った。

勢いよく血が噴き出るも、顔を傾けていたおかげで目には入らない。左手の親指で拭い、彼を睨みつける。

「いい、いいぞ、クロノ!」

肩を揺らして笑ったかと思えば、猛烈な速度でこちらに駆けるアダム様。それに対し、自分も走り出す。

刀身がぶつかり合い、勢いのまますれ違った。直後に片足を軸にして振り向きざまに剣を振るえば、鏡写しのように同じ動きで魔剣が迫っていた。

金属同士がぶつかる甲高い音が響き、斬撃の衝撃波が近くの石柱を二本へし折る。それで今更お互い止まるわけもなく、何合も連続で切り結んだ。

「ぐ、■■■■■■■……ッ!」

「素晴らしい!ノリスやガルデンと戦った時以上だ!嗚呼、これだ!これを俺は求めていた!」

戦闘中に、随分とよく喋る。

こちらにそんな余裕はない。歯を食いしばり、全身に全霊の力を籠めた。

「■■■■■■──ッッ!!」

鍔迫り合う姿勢から、アダム様の剣を横へどかす。その勢いのまま柄頭を彼の胸にぶつければ、お返しとばかりに金色の籠手が脇腹を抉った。

衝撃に肺の空気が押し出されるも、床を踏みしめ剣を横薙ぎに振るう。だが、相手が密着してきたことで前腕が彼の肩で止められた。

死角に入るアダム様の魔剣。直感に従い左足を後ろに振り上げれば、鉄靴が刀身を下から弾く。

ラップショットを防いだのも束の間、彼の頭突きをくらい視界が揺れた。更に左の拳が側頭部を抉り、殴り飛ばされる。

石柱を砕き、床をぶち抜いて下の階へと落とされた。もうもうと粉塵が舞う中跳ね起きた自分に、魔力の刃が迫る。

視覚ではなく、魔力感知で把握。全身から魔力を放出し、不可視の斬撃を押しのけた。

周囲で岩の城が壊れる中、アダム様本人が斬りかかってくる。後ろへ跳んで回避した直後、彼は床を蹴りつけ間合いを即座に詰めてきた。

逆袈裟の刃をどうにか刀身で受け流し、相手の勢いを利用して肩からぶつかりにいく。

しかし、アダム様はぐるりと横回転して回避し、勢いのまま柄頭でこちらへ殴り掛かってきた。咄嗟に左前腕で相手の右前腕を受け止める。

かと思えば、彼の左腕がこちらの右腕と腕を組んできた。まずいと思った頃には、体が振り回される。

「ハハハッ!」

「づっ……!」

足払いと共に引っ張られ、横に並ぶような姿勢に。どうにか膝をつくのを堪えている自分に、アダム様が右腕を引き絞り、切っ先を繰り出す。

仰け反りながら左の籠手で受け為すも、装甲が切り裂かれ肉が抉られた。まだだ、骨は斬れていない。

そのまま剣を押しやり、こちらは右手の魔剣を手放す。勢いよく彼の拘束から腕を抜きながら、続けて繰り出された顔面狙いの刃を屈んで回避。

左手で剣を拾った直後に、金色の膝が額に迫る。

「■■■■■■────ッ!」

ならば、とこちらから踏み込んでタックルを仕掛ける。彼の膝が胸を打つも、耐えられない程ではない。

そのまま石柱に叩きつけ、数メートル進む。密着状態ゆえに、アダム様が腕を振り上げたのがわかった。

すぐさま踵で床を抉りながら彼から腕を離せば、タックルの慣性が残っており相手の体が先行していった。どうにか踏みとどまった自分の眼前を、アダム様の左腕が通り過ぎていく。

体を起こしたこちらと目が合った瞬間、互いに剣を振るっていた。火花が散り、大気が震える。まるで万雷の拍手でもしているように、戦闘の余波をあびた岩の城が音を立てて罅割れていった。

はたして何度目か。刀身をぶつけ合い、鍔迫り合う。ギチギチと軋みを上げる魔剣を挟んで、アダム様と睨み合った。

「あの時、俺はこれで終わっても良いと思った……!ノリス達のような強者との戦いで果てるのなら、と。だが、お前だ!お前が塗り替えてくれた!感謝するぞ、クロノ!今すぐベッドに連れ込みたい程に!」

「生憎と、好みではありませんので……!」

「塗り替えてやるさ!お前も!」

アダム様が刃を強引に振るい、弾き飛ばされる。

数秒だけ宙を舞い、足裏で床を抉りながら滑走。彼がこちらを追いかけ、疾走する。

「転生して良かった!永遠に楽しみたい!この、悦楽を!」

「■■■■■■……ッ!」

間合いに入った彼が、左右にぶれる。フェイント。振るおうとした剣を引き戻し、正中線を防御。直後に衝撃が走り、刀身が押し込まれ右肩の鎧が切り裂かれた。

装甲の隙間から鮮血が舞う。勢いのまますれ違ったアダム様を背に、自分は前方へ踏み出した。

「なにをっ」

彼の問いに答えず、罅の入った石柱を掴む。

そのまま、両足で床を踏みしめ背筋も使い引っこ抜いた。

ボコリと大きな音が響き、破片が舞う。左手で長さおよそ7メートルの柱を振り上げ、アダム様に殴り掛かった。

「■■■■■■────ッッ!!」

「無茶苦茶だな、お前!」

喜色を含んだ声をあげる彼の頭へ、思いっきり振り下ろす。

横へ飛び退いて回避されるが、床に先端がぶつかる前に切り返した。追撃する石柱を、アダム様は屈んで避ける。

空振りした柱が別の柱に衝突し、互いに砕けて半分の長さに。むしろ丁度いいと、続けて彼に振り降ろす。

横に回避され、床が弾け飛んだ。轟音と共に破片が舞う中、金色の鉄靴が石柱を踏みつける。

こちらの得物を足場に、アダム様が跳躍。首狙いの斬撃に上体を反らし、そのまま石柱を上へと振るった。

彼の背中に柱が衝突し、殴り飛ばす。十数メートル先の石柱に衝突したアダム様が、床へと叩きつけられた。

一息に間合いを詰め、石柱を片手槍のように突き出す。瞬間、縦に亀裂が走り石の柱は粉々に砕け散った。

立ち上がり様に切ったというのか。彼は頭上に掲げた剣を、こちらの頭蓋目掛けて振り下ろそうとする。

前へ踏み込んだ勢いで、左右への回避は不可能。防御も、間に合わな────。

「■、■■■■■■……ッ!」

まだ……!

止まれないのなら、更に前へ。懐へ跳び込み、鍔元の刃が左耳を切り落とすも、構わず接近。

左掌に残った拳大の石を、全力でアダム様の顔面に叩き込んだ。

手の中で石が砕けると共に、快音を金色の兜が上げる。吹き飛んでいく彼を追いかけ、跳躍。並ぶ石柱を足場に加速し、床と平行になったアダム様へと真上から斬りかかった。

渾身の斬撃。しかし、紅の刀身が受け止める。

床へと彼の背中が叩きつけられた瞬間、戦闘の影響で刻まれた罅が瞬く間に床を覆った。

轟音と共に、階下へと落ちていく。足場が消え去り重力に引かれる中、互いに体勢を整えた。

「ハハッ!」

「■■■!」

小型船程の石材の上で、衝突。勢いで押し込むも、受け流されて下に。次の石材に飛び移る間に、周囲を落下する瓦礫がまた下の階へと床に大穴を開けた。

加速度的に周囲の瓦礫が増える中、それらを足場に戦闘を続行する。次々と石くれを蹴りつけて勢いをつけ、アダム様へと斬りかかった。

刀身で受け流されるも、彼の乗る石材を踏み抜く。衝撃で足場の上下が反転する中、2人揃って別の瓦礫に。

空中で相手へと同時に斬りかかり、弾き、拳を放つも避けられてカウンターの肘を胸に受けた。

鎧が軋み、骨が折れる音がする。だが、肺には刺さっていない。

彼の肩を掴んで頭突きを叩き込み、兜の罅を広げる。直後に膝蹴りを腹に受け、喉にまで血の味が上ってきた。

密着状態からラップショットを放たれるも、相手の肩から手を放しそのまま鍔を殴りつけて防御。回し蹴りをアダム様に打ち込み、先に1階の床へと落下させた。

瓦礫の雨が降る中着地した彼に、真上から斬りかかる。半歩ずれて避けられるも、返す刀で首を狙った。

しかし、しゃがまれたことで空を切る。同時に繰り出された足払いを跳んで回避すれば、あちらも落下してきた瓦礫を避けて別方向に跳躍。

奇しくも、ここもホールのような空間だった。その中央に瓦礫の山が、轟音と共に出来上がっていく。

響き渡る振動に骨が軋み、負傷箇所が悲鳴を上げた。肩で息をしながら、両手で剣を構え直す。

10秒もしないうちに、床の崩落が止まった。

ホールに充満していた土煙が、アダム様の剣圧で押しのけられる。粉塵を吸い込むまいと口を閉じながら、飛ぶ斬撃に備えた。

だが、魔力の反応はない。視界が晴れれば、瓦礫の山を横に彼は立っていた。

兜が数々の衝撃に耐えかねたのか、砕け散る。アダム様は頭に巻いていた布を左手で取り去り、額から垂れた血をベロリと舐めた。

「素晴らしい……感動したよ。お前にも、この肉体にも……!股座がいきり勃つ……!」

「はぁ……はぁ……!」

未だ呼吸が乱れている自分を見ながら、彼は陶酔したような笑みを浮かべていた。

「……気持ち悪い」

「傷つくなぁ。酷い奴だ」

漏れ出た本音に、アダム様は苦笑した後。

見開かれた瞳でこちらを見つめ、口角を耳近くまで吊り上げた。

「さあ、まだ動けるな?力み過ぎるなよ?剣を握る手は優しくだ。しかし体幹にはガッチリと意識しろ。呼吸を整え、神経を研ぎ澄ませるのだ」

「……ふぅぅ……」

息を深く吐き、構えを正す。

それを見たアダム様は、大きく空気を吸い込んだ後。

「ぬんッ!」

魔力を一瞬だけ放出し、罅だらけの鎧を内側から粉砕した。

上半身は、血の滲んだ布の服のみ。腰から下だけに鎧を残し、彼は剣を構える。

「さあ……第二ラウンド、というやつだ。まだまだ遊ぼう……俺の、人竜」

「……これで、終わらせます」

貴様のものになった覚えなどない。その意思を籠めて、睨みつける。

それすらも快楽に変えているかのように、目を血走らせるアダム様。その、内側にいる存在。

床の崩壊も、剣戟の音も止み、岩の城に静寂が訪れる。

互いの呼吸音と、床を擦る鉄靴の音。鎧がぶつかる、金属音。それらが、妙に響いた。

だが、ここは未だ戦場。銃声と男達の怒声が、未だ外では轟いている。

遠くから、砲声が届き。

自分達は、共に床を蹴りつけた。