軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 人竜のいない戦場 上

閑話 人竜のいない戦場 上

サイド なし

人の形をした竜が暴れる、神代に回帰したような戦場。

しかしその一角だけが異常なのであり、それ以外はむしろこの世界において『現在』と『未来』が交じり合った様な様相を呈していた。

急遽掘られたクリス派の塹壕から跳び出した兵士達が、ずりずりと地面を這いながら前進する。その頭上を弾丸が跳び越えていき、あるいは鉄兜を貫通して赤い花を咲かせた。

対するアダム派の兵士の頭上に砲弾が降り、原形をとどめない肉片となって四散する。時折迫撃砲から発射された榴弾が近くに落ちてきては、逃げ遅れた兵士が手足のいずれかを失っていた。

土が弾けるか、人が弾けるか。硝煙と土煙があちこちで上がり、怒号と悲鳴が木霊する。

狂ったように弾を撃つ兵士もいれば、塹壕に隠れて歯を打ち鳴らす兵士もいる戦場。

もしもこの場に人竜がいれば、近代……前世における、18世紀以降の戦争を思い浮かべたかもしれない。もっとも、彼自身それを直に経験したわけではないが。

しかし、そのようなこの世界基準で未来の戦争が起きている場所で、大陸のどこでも見られるような光景も広がっていた。

「進めぇ!勇気ある者に、鉛は届かない!」

剣を振り回す騎士に追い立てられ、アダム派の兵士が塹壕を跳び出し、敵軍へと走っていく。

足を緩める者にはクロスボウの矢が放たれ、彼らは木の板でできた盾を掲げながら突撃を行っていた。

彼らは、脱走を企てた兵達である。人竜が戦う一角が異常であるのは、アダム派の士気も含めてのことであった。

ギルバート侯爵は、地形から彼が突撃してきそうな位置を二択にまで絞っていたのである。その位置に、人竜の暴威を見ても耐えられそうな戦力を配置していた。

数が少ないはずのクリス派が突如攻めてきたことに、アダム派の兵達は浮足立っている。蛮性を目覚めさせられ、『戻る』のが難しくなった一部の者達を除き、大半の兵は『奪われる側』の恐怖を思い出してしまったのだ。

懲罰代わりに銃すら持たず、盾と剣だけ持たされて走らされる兵達。彼らに容赦をする余裕などないと、クリス派の兵達が弾丸を放つ。

次々と倒れる味方に足を止める者がいれば、その肩にクロスボウの矢が突き刺さった。進むことも戻ることもできなくなった者から、死んでいく。

だが、その倒れる位置は徐々にクリス派の塹壕に近づきつつあった。

露骨に無謀な突撃をしてくる部隊が、囮であることは明白である。そちらに注意を引いてから、他の場所から一気呵成に攻めるつもりだと、容易に想像ができた。

しかし、突撃してくる部隊を無視することもできない。塹壕の中に入られては、剣と盾という装備はライフルを凌ぎかねない。そこから戦線に穴を開けられる可能性を考え、指揮官達は苦虫を噛み潰した様な顔をする。

やはり、数が足りない。鉄砲の数でどうにか持ちこたえているが、あまりに兵数差があり過ぎる。

ストラトス家前当主、カールの活躍により、後方からの兵の移動が遅れている。それにより、この場にいるアダム派の兵は1万を超えるかどうかとなっていた。

それでも、頭数の差が多すぎる。攻め込んだはずのクリス派の軍が、いつの間にか防戦へと専念する羽目になっていた。

更に、指揮を執る将軍の元へ気球部隊から連絡がくる。

伝令曰く、ギルバート侯爵自ら塹壕を新たに掘り始めたというのだ。

魔法も使って急速に進み、弾丸の下を掻い潜ってこちらの塹壕に繋がる道を作ろうとしている。

本来なら砲撃で止めたいところだが、この報告がきたタイミングで敵の塹壕から一気に兵達が跳び出してきたのだ。

クリス派の歩兵だけでは対処しきれない。敵の進軍を防ごうと、アナスタシア率いる砲兵部隊はそちらの支援にかかりっきりとなる。

ゆえに、大地を掘り進める敵を止めるには、こちらも塹壕を伸ばす他ない。

「……シャルロット様に、ご連絡を」

将軍は、眉間に深い皺を作りながら伝令を出す。

己の孫ほどの歳の少女で、その上本来なら守るべき皇妃殿下を、前線に送り出さねばならない。しかも、祖父殺しをさせる為に。

「すまぬ……すまぬ……」

聞こえるはずのない謝罪を呟きながら。

彼は、拳を硬く握りながら指揮所で地図を睨みつけた。

* * *

「おーほっほっほっほ!出☆陣!ですわぁあああ!!」

当然そんな謝罪など届いていない、祖父殺しへと向かう可哀そうな皇妃殿下が、高笑いと共にスコップを猛烈な勢いで振るっていた。

「皇妃殿下!魔法で!せめて魔法で!」

「そぉれは貴女方がお使いなさいまし!ワタクシ、土魔法は不得意ですわぁああああ!」

「わかりましたから、下がってください!」

クリスから貸し出された親衛隊5名と、兵士30名。

彼ら彼女らの先頭に立つ皇妃殿下は、兜の隙から赤いドリルを覗かせ、両手で握ったスコップを豪快に動かしていく。

まるでブルドーザーのようなペースで、土が削られていた。

「うおおおおおお!今のワタクシは、人間重機ですわぁああああ!」

「失礼します」

「おごぉ!?」

鎧から覗く襟を掴まれ、後ろに引っ張られるシャルロット。彼女と入れ替わりに眼前の地面へと手をつけたのは、シルベスタ卿であった。

本日は彼女も全身を鎧で覆い、淡々と呪文を唱える。

すると、扇状に土が遠のいていった。シャルロットが掘る以上のスピードで、ハーフトラックが数台通れる程の道が出来上がる。

「おお……流石は親衛隊隊長ですわ……」

「オリビア卿。方角は?」

「こちらで良いそうです」

「わかりました。そのまま、気球からの指示を見逃さないように」

「はっ」

「親衛隊各員、警戒を怠らないように。ここからは、兵達が地面を掘りなさい。敵がこちらを避けて進む可能性を考慮し、広く掘るのです」

「承知!」

「へ、へい!」

「私も警戒しますが、詠唱も同時に行います。人竜伯爵程の魔力量はないので、貴方達を頼らせてもらいますよ」

慌ててスコップを手に掘り進める兵士達。それに加わろうとしたシャルロットの肩が、シルベスタ卿に捕まれる。

そして、有無を言わさず彼女の手からスコップを取りあげ、その辺に放り投げた。

「皇妃殿下。武器を握っていてください」

「もう、ですの?」

「これはあくまで、乙女の勘なのですが」

右手に長剣、左手にレバーアクションショットガンを握ったシルベスタ卿が、熱のこもっていない声音で告げる。

「貴女のお爺様が、お行儀よく土を掘るとは思えません」

「……乙女の勘とあれば、従う他ありませんわね」

ドスドスと足音をたて、後ろの方からウォーハンマーを持ってくるシャルロット。

彼女が戻ってきてから数分。シルベスタ卿が再び魔法を使い、大きな広場程の範囲を掘った。

その直後、オリビア卿が声を上げる。

気球に乗っている騎士が、内側に鏡や銀を張り付けて強引に目立つように改造したランタンの覆いをカシャカシャと動かし、その明滅で危機を知らせてきたのだ。

「気球から連絡!敵が近い模様!方角は……正面です!」

「全員下がりなさい!」

大声でそう告げたシルベスタ卿に従い、スコップを手に前へ出ようとしていた兵達が慌てて後退する。

直後、轟音を上げて地面が弾け飛んだ。

土がぼたぼたと降り注ぎ、煙が彼女らのいる塹壕に押し寄せる。

「……ふむ」

舞い上がる土煙の中を、大きな影が悠然と歩いて来た。

影が振るった戦槌の一閃で、視界が晴れる。現れたのは、銀色のフルプレートアーマーを纏った大男。

塗っていた炭を落とした鎧は、しかし左肘から先だけが黒いままだった……否。そこから先は、黒鉄の義手が剥き出しとなっているのだ。

片手で身の丈を越えるウォーハンマーを軽々と振るう、ギルバート侯爵。

彼の目が、ジロリとシルベスタ卿に向けられる。

「爆発で何人か巻き込めるかと思っていたが、読まれていたか?」

「お孫様を見て、中々に派手好きな方だと予想しておりました」

「……孫、か」

瞬間、ギルバート侯爵が走り出す。同時にシルベスタ卿が左手の銃を発砲し、続いて両軍の兵達が引き金を絞った。

鎧の曲線で弾丸を受け流した侯爵と、彼が片手で振るう鉄槌を剣で逸らすシルベスタ卿。

即座にレバーアクションで排莢と装填をする彼女に、義手の拳が迫る。

それを剣の鍔で受け、シルベスタ卿は至近距離で侯爵の腹部へと発砲。だが、彼は体を僅かに傾けることでまたも弾丸を鎧で受け流した。

勢いのまま、ギルバート侯爵は左肘で彼女を殴りつける。体格差があるとは言え、人間を何メートルも吹き飛ばすのは異常としか言えない。

受け身を取りながらゴロゴロと転がる隊長と入れ替わりに、皇妃殿下が鉄槌を振りかぶって前へ出た。

「お爺様!」

「ふんっ!」

両者の鉄槌が衝突し、轟音が鳴り響く。片手と両腕でありながら、互角。ギシギシと、魔剣と同じ素材で作られたウォーハンマーが軋みを上げた。

鍔迫り合いに似た体勢となった2人は、額を近づけて相手を睨みつける。

「お命、頂戴いたしますわぁ!」

「舐めるなよ、小娘……!」

声に憤怒を滲ませたギルバート侯爵が、一瞬鉄槌を引いた。僅かにバランスを崩しかけたシャルロットの額に、強烈な衝撃が走る。

侯爵が頭突きをしたのだ。仰け反った彼女の腹部に、義手による拳が突き刺さる。

「かっ……!?」

「喜ぶべきか?貴様の愚かさを……!」

「こ、のぉ!」

ガッシリと義手をシャルロットが掴むも、すぐさま鉄槌の石突が彼女の爪先を粉砕。痛みと衝撃で怯んだ瞬間、振りほどかれる。

「死ねぇい!」

直後、横薙ぎに鉄槌が振るわれた。風を切り、先端の速度は音を置き去りにする程の一撃。彼女の頭蓋を砕くのに十分な破壊力が籠められた鉄塊を、しかし3本の剣が受け止めた。

甲高くも腹に響く金属音。火花を散らして鋼同士が擦り合わされる中、少女の怒声が侯爵へと向けられる。

シャルロットとギルバート侯爵の間に割って入った、オリビア卿。他2人の親衛隊と共に、鉄槌を押し返そうと柄に力を籠めていた。

「ギルバートぉ!」

「様をつけんか、小娘ぇ!」

憤怒の声を上げるオリビアを、雄叫びと共に鉄槌で薙ぎ払うギルバート侯爵。共に剣を構えていた2人も吹き飛ばされ、シャルロットともつれるように地面へと転がる。

そこへ、シルベスタ卿がショットガンの弾を叩き込んだ。流石に受け流す余裕がなく、鎧でもろに受けた侯爵が、思わずたたらを踏んだ。

「ぐっ……!」

「敵討ちをする気はありませんが」

発砲と同時に駆け出していたシルベスタ卿が、袈裟懸けに剣を振るう。どうにか籠手でそれを弾いた彼だが、彼女の後ろから別の親衛隊隊員が発砲。ライフル弾が、侯爵の肩に命中する。

鎧を貫通こそしなかったものの、更に仰け反る侯爵。その腹部に、殴りつけるようにして銃口が押し付けられた。

いつも通りの淡々とした声で、親衛隊隊長は告げる。

「死んでください」

容赦なく絞られる引き金。ボディブローでも受けたように体を『く』の字にした侯爵の首へ、シルベスタ卿が剣を振るう。

だが、再びそれを義手が防いだ。

「敵討ちを、する気がない……?」

「っ!」

───ガチリ。

義手の外側。そこに鉤爪のようにつけられた突起が、彼女の剣に引っかかる。

ソードブレイカー。魚の背びれに似た義手の装飾が、十手のように刀身を捕らえていた。

「ほざくな、小娘どもがぁ!」

咄嗟に剣を手放すシルベスタ卿。侯爵は左腕を勢いよく捻り、横から刀身に負荷を加えようとした。

柄を誰も握っていなかったこともあって、剣が明後日の方向に飛んでいく。

シルベスタ卿は両手でショットガンを握り直し、すぐに発砲しようとした。だが、腕を振るった侯爵の脇を抜け、敵の騎士が斬りかかってくる。

その刃を銃身で捌くも、返す刀で振るわれる刃。ならばと、彼女はあえて踏み込んで銃床で鍔を受け止める。

侯爵家の精鋭騎士。人竜に大半を割いたが、こちらにも5人だけ割り振られていた。

ギルバート侯爵らの進む先を塞ぐ為に、塹壕の中とは思えない程に広く作られた空間。

そこへ、続々とアダム派の騎士や兵士が雪崩れ込む。あっという間に乱戦となる中、侯爵は肩で息をしながら冷静さを取り戻そうとする。

だがそんな彼の前に、鉄槌を担いだ少女が1人。進み出てくる。

「ごめんあそばせ。味方の塹壕に繋がらないよう、道を潰しておりましたの。お待たせしましたわ、お爺様」

「……まだ、儂をお爺様と呼ぶか」

右手で握る鉄槌に義手を添え、侯爵が唸る。

「ならば教えてやろう!貴様の本当の祖父が……『我が弟』がしたことを!そして、儂がやったことを!」

「うるせえええええ!」

侯爵へと、シャルロットが鉄槌で殴りかかる。

またも轟音が鳴り響き、両者の鉄槌が衝突。だが今度は即座に弾かれ、シャルロットは再び得物を振るう。狙う先は、祖父の右足。

地面を抉りながら放った一撃は、しかし彼に踏みつけられてしまう。その状態から、ギルバート侯爵の鉄拳がシャルロットの顔面を打ちぬいた。

だが、怯まない。彼女は両腕に力をこめ、強引に跳ね上げる。

「ですわあああああ!」

語尾を今更付け足しながら、シャルロットはその剛腕で塹壕の外に侯爵をはじき出した。

地面を転がり、すぐに体勢を立て直す侯爵。彼を追いかけて、彼女もまた両軍の弾丸が飛び交う大地に降り立つ。

「人の話を聞かぬか、この大バカ者がぁ!」

「敵の話を聞くなと、教わりましたわよ!」

怒声と共に鉄槌をぶつけ合い、その度に重い音が響く。

弾丸が飛び交い、砲弾が空高くを移動する中。鈍器を手にした2人は、相手を殺さんと武器を振り上げた。