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作品タイトル不明

第百三十六話 引き算しか知らないファッションセンス

第百三十六話 引き算しか知らないファッションセンス

「いやはや。見事なものだな」

室内にある姿見の前で、アナスタシア殿がしげしげと己の姿を眺めている。

少し長めの前髪が左目を僅かに隠しミステリアスな雰囲気を醸し出すのに対し、ハッキリと見えている右目がその意思の強さを示すイケメン。……に、変装した元女王陛下。

手足が長く、姿勢が良いこともあって革製のロングコートがよく似合う。それもあって、女性的な丸みはほぼ隠せていた。

マフラーも巻けば、遠目に女性だと見抜ける者はいまい。元の顔が良いので、場合によっては夢女子を量産しそうなビジュアルだ。

何なら、劇団が俳優としてスカウトに来そうな容姿である。いや、今の帝都でこういう格好をするのは貴族か騎士、あるいは大商人の子供ぐらいなので、遠慮するかもしれないが。

「パーフェクトだ、シュヴァルツ卿」

「光栄の極み」

不敵に笑うアナスタシア殿に、アリシアさんが恭しく一礼する。何とも絵になる、凛とした雰囲気の2人。

それとは真逆に、身を小さくしている者が1人。

アリシアさんを睨みつけながら、消え入りそうな声で呟いている。

「……誰か、親衛隊隊長殿を呼んでください」

ドロテアさんが、珍しく耳まで真っ赤になりながらプルプルと震えていた。

「親衛隊では、いったい隊員をどのように教育なさっているのですか……!?」

そして、そのお胸もプルプルと震えていた。

────端的に、結論から言おう。

メイドビキニである。

黒いビキニに白いフリルをつけた水着姿。頭部で輝く純白のホワイトブリム。袖はなく、独立して手首に巻かれたカフスと、足を覆うニーソックス。

ひらひらと揺れる小さなメイドエプロンとの、絶対領域が眩しい。こちらの視線に気づいてか、ドロテアさんがエプロンの端を指でつまんで押さえる。

そうすると、当然ながら彼女はやや前屈みとなり巨乳が強調された。左右から圧迫された乳肉が、柔らかくその形を変える。

「いやぁ……良い仕事をしたっす!」

ブラボー。ブラボーです、副隊長殿。アリシア・スケベ・シュヴァルツ副隊長殿。

引き算しか知らないファッションセンス。およそ常人とはかけ離れた思考回路。中世どころか21世紀でさえ法に触れそうな衣服の愛好者。ジークムント・フロイト博士が彼女を知れば、『これぞ人類』と言ったかもしれない。無意識、無自覚のドスケベモンスター。

僕は貴女に、敬意を表する……!

内心で敬礼をする。きっと、グリンダも同じはずだ。

表立って賛同するのは憚られる異常者であるが、それでも、心の内ではこう言わせてほしい。

ありがとう……眼福です……!

それにしてもあのビキニ、面積が小さい。マイクロビキニと言っても、過言ではない気がする。

フリルがついていなければ、少し動いただけで『見えてしまう』のではないか。その期待が、自分の目を釘付けにした。

「パーフェクトです、アリシア様……」

「光栄の極み……っす!」

やはり、視界の端ではうちのメイド兼騎士兼愛する人が、とても良い笑顔で親指を立てていた。

でも妊娠中なんだから、あまり興奮しないでね。いや本当に。

「くっくっく……いやはや。随分と大人しいじゃないか、ドロテア。いつもの騒がしさはどうした?」

悪魔かな?

違った。笑っていたのは、うちの婚約者である。およそ王家の生まれとは思えない、邪悪な顔をしている。まるでケネスやアレックスから聞く戦術を練っている時の父上みたいだ。

「お、お嬢様……!服を、私の服を返してください……!」

「今後、お前はその格好で働いた方が良いのではないか?その方がやらかしも減るだろう。私の黒歴史をふれ回ったり、身内とは言え貴族相手にメイドとは思えない発言をしたり、人の本棚に変な本を置いてその反応を楽しんだりと、落ち着きが欲しかったところだ」

「お戯れを……!ほ、本気ではないですよね?」

「安心しろ。半分冗談だ」

凄い。人ってあそこまで外道全開な笑顔になれるんだ……。

半分は本気だと察したのか、ドロテアさんの頬が盛大に引き攣る。何というか、ドンマイ。

「ちなみにっすね!このメイド水着は後ろにもオシャレポイントがあるんすよ!」

「やめましょう、シアっち……!私の心は限界です!」

「なぁに言っているんすか!オシャレは乙女の嗜み、っすよ!」

バチコーン!とアリシアさんがウインクする。

はたして、彼女の自信はどこからくるのだろうか……外宇宙とか?

何が酷いって、現在のアリシアさんの服装は縦セーターに厚手のズボンである。人を善意で痴女衣装にしておいて、自身はこれなのだからやはり思考回路が意味不明であった。

「これをオシャレと呼ぶ乙女はいません……!痴女です……!」

それはそう。

対して、アリシアさんはやれやれと首を横に振った。

「シアっちにはまだ早かったんすかね……この『ステージ』は」

「誰か、本当にシルベスタ卿を呼んでください。監督不行き届きです。管理ミスです!」

「ま、とりあえず後ろっすね」

「ちょ、まっ!?」

アリシアさんが笑顔で近づき、親衛隊副隊長に相応しい手さばきでドロテアさんに後ろを向かせた。

「おおっ……」

いかん。思わず声が出た。

フリルのついた肩紐と、細い背中の紐。肌面積の広さに、圧倒される。

滑らかな綺麗な背中に、プリッとした大きめのお尻。エプロンの腰紐がひらりと揺れ、それがより美しい曲線を描く尻肉を強調している気がした。

ニーソックスが僅かに食い込んだ太腿も、その柔らかさを主張している。白と黒のコントラストが、ここまでスケベ……もとい、芸術を生むとは。

きっと、前世でも最初にあのメイド服をデザインした人はスケベの天才だ。変態界のナポレオンである。

────パンパン!

グリンダ。二礼二拍手はやめなさい。こっちの世界とは宗教が違うから。お腹庇いながらするんじゃありません。

「フリルは前面に集中しちゃっているんすが、それをテアっち自身の肌の白さと、このエプロンの腰紐で補ってっるんすねぇ」

「い、いい加減にしてください!」

「そして忘れちゃいけない、見えない所のオシャレポイント!」

「見えちゃいけないの間違いです!」

ドロテアさんがツッコミに回るとは……恐るべし、親衛隊副隊長。

クリス様の胃壁が心配である。アレでまだまともよりの隊員という事実に、恐怖すら覚えた。

元老院は伏魔殿と呼ばれるが、親衛隊は別の意味で魑魅魍魎の巣なのではないか?あるいは、クリス様の天然はある種の自己防衛なのかもしれない……知らんけど。

再びドロテアさんを正面に向かせたかと思えば、メイドエプロンの裾を捲ろうとするアリシアさん。

しかし流石にそれはまずいと、ドロテアさんが全力で押さえつける。

「ちょ、それは!それはダメです!ダメですから!」

「落ち着いてほしいっすテアっち!あんまり暴れると本当に見えちゃダメな所が見えちゃうっす!」

「まず捲るのをやめてください!」

ギリギリと力比べをするが、現実というのは残酷だ。

彼我の膂力は、大人と子供と言える程に差がついている。技量に至っては、比較すらできない。

抵抗できたのは、たった数秒。ひらりと、小さなメイドエプロンがめくり上げられた。

ピッタリと閉じられた足。小さな黒い三角形が、辛うじて乙女の秘所を守っているだけの光景が、あらわとなる。

その黒い三角形も、上部が網目になっていた。つまり、肌が見えている。というかあの位置で肌が見えるということは、その……。

「そう!この部分の網目こそ、最後のオシャレポイントで────」

「う、うぅ……!」

「え、テアっち?」

「うおおおおおおおお!」

「のおおおおおおお!?」

ドロテアさん、まさかの逆襲!

恥じらいと共に、アリシアさんを投げ飛ばしたぁ!

バルンバルンと揺れるお胸。チラッと見えたピンク色の頂。ひらりと舞い上がったメイドエプロンの下で、黒い三角形も僅かにズレた気がした。

耳まで真っ赤になったドロテアさんはどうにかアリシアさんの拘束から逃れると、全速力で奥の寝室へと駆けこんでいく。もの凄い勢いで、扉が開け閉めされた。

その際に綺麗なお尻もまる見えだったが、もはや何も言うまい。

自分はただ、両手の指を組んで祈りを……この世界に合わせた、感謝を捧げるだけだった。グリンダも同じく、満面の笑みで指を組んでいる。

「……やっぱ、冬場に水着は酷だったっすかね?」

捨て身の背負い投げをされるも、受け身どころか普通に両足で着地したアリシアさんが背筋を伸ばす。

悪いことしたかなー、という顔で寝室を見る彼女の顔は、本当に何もわかっていないようだった。

なお、その斜め後ろではアナスタシア殿が笑い過ぎてお腹を押さえている。借りている部屋なので、ソファーの背もたれをあまり叩かないでほしい。

ガチャリ、と。閉じられていた扉が開く。

そこには。

「この恨み……はぁらぁさぁでぇ……おぉくぅべぇきぃかぁ……!」

シーツお化けがいた。扉の隙間から、凄まじい怒気を放っている。なんなら殺気まで混ざっていた。

いや……うん。

普段の行いがアレ過ぎるけど、乙女として本気で怒って良い案件ではある。普段の行いがアレ過ぎるけど。

後日、アナスタシア殿が昔書いた詩集がシャルロット嬢の所へ届いたり、アリシアさんがシルベスタ卿に追い回されたりしたが、仕方がないことだろう。

自分?自分は当主なので、お咎めなしです。権力万歳。グリンダはいつの間にかストラトス家のメイド達の頂点に立っていたので、ドロテアさん的には相性不利だし。

それはそれとして。

ドロテアさんの報復が行われる前。そして、自分と2人の結婚式が行われる、少し前でもある日のこと。

男装の麗人が、浅く雪が積もる帝都を颯爽と歩いていった。

自分がその道中を見守ることはできない。帝都にいる貴族達から警戒されているという意味では、彼女以上なのだから。

何より、野暮というものであろう。これ以上は、この身がとやかく言うことではない。

ただ、彼女が帰ってきた後、いつもより少しだけ機嫌良さそうにコーヒーを飲んでいた。それだけで、十分過ぎる結果報告であった。

……なお。

その日を境に帝都で『暴漢から街娘を颯爽と助けた革コートの貴公子』とか。『道に迷っていた少女を華麗にエスコートしてくれた無口な王子様』とか。

そういう噂が飛び交うようになり、何人かの女性が初恋を奪われたり性癖を破壊されたりしたようだが。

ストラトス伯爵家は一切関与していないし、万が一関わっていてもコラテラルダメージだったと宣言する所存である。

なんせ、やらかした本人が一切自覚ないので。

アナスタシア殿……恐ろしい人……!