軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百二十九話 雨を降らせる日

第百二十九話 雨を降らせる日

帝都に到着してから3日。

復興作業はまだ終わりが見えないが、焼け出された者達が冬を越えることができる程度の、仮の宿は用意できた。

比較的無事だった石材を集めて積み上げ、ローマンコンクリートで補強。固まるのが遅いが、そこは石膏を混ぜることで加速させる。

皇領に工場を建設した時に、一緒に持って来た修理用の資材が役立つとは。世の中、何が起きるかわからないものである。

そんなこんなで、灰色の長屋みたいな物が帝都の一角に出来上がった。周囲との異物感が強く景観を損ねているが、流石にこんな状況では文句を言う者もいない。

元々、帝国は帝都に物を集めてから地方に運ぶという流れが主流なのも功を奏した。どうにか、国の首都で大量の凍死や餓死者が出るのを防げた。

……しかしそれは、物資が足りる程に人が減ったということでもある。

今日は、大規模な葬儀が行われた。

アダム様の軍が来たことで、多くの人命が奪われた。遺族は肉体の傷こそ癒えたものの、心の傷は深く刻まれたまま。

それが、少しでも和らぐことを祈る。結局何も失わずに済んだ自分からは、これ以上何も言えない。

帝城前の広場には仮説の葬儀場が作られ、そこに手の空いている民衆が集まっている。

遺体の大半は、既に帝都の外にある地面の下だ。たとえ冬場であったとしても、感染症の危険がある以上長くは置いておけない。

貴族の遺体だけは、秘密裡に縁者の屋敷の地下に保管されている。これが明るみになれば、民衆が不満を抱くのは明らかだった。誰だって、きちんとした墓の下に家族を弔ってやりたい。

それでもそういうことをしたのは……貴族だって、人間だからとしか、言いようがなかった。

仮説の葬儀場では、他所の街から呼ばれた司祭が死者達への祈りを捧げている。

彼は教会領の出身だが、20年以上故郷には帰っていない。近衛騎士による調査で、ジョン大司祭達とは関わりが薄い人物だ。悪い言い方をすれば、左遷された人物である。

帝国内にいる神官は、大半が教会領出身だ。葬儀をするには神官が不可欠である以上、せめて現在の教会領上層部とは無縁な人物が望ましい。

思わぬ大舞台……と言うには不謹慎過ぎるが、壇上の年老いた司祭は緊張した面持ちで祈りを捧げている。

皇帝陛下であるクリス様も、壇上にて死者達の冥福を祈っている。勇者教の聖書では、善人は良き来世を迎えられるとか。

自分も、祈るとしよう。彼ら彼女らが、望む形で平穏を得られるようにと。

葬儀は粛々と進み、そして終了した。

民衆はそれぞれ自宅や仮の住まい、職場へと戻っていく。自分は他の貴族達に挨拶をして回った後、親衛隊の元へと向かった。

「クリス様。シルベスタ卿」

「クロノ殿……」

11人の親衛隊と共に、当然ながらクリス様もいる。

彼女らの前で、腰を深く折り曲げた。

「この度は、お悔やみ申し上げます」

「うん……ありがとう、クロノ殿」

クリス様はどうにか笑みを浮かべるが、少しぎこちない。

普段騒がしい親衛隊の面々も、今日ばかりは皆沈痛な面持ちであった。

「貴殿が彼女らの冥福を祈ってくれるのなら、きっと……良い来世に向かうことができる。そう思えるよ」

「それは……いえ。自分も、そうであってほしいと思います」

自分が祈った所で、亡くなった者達の行き先が変わるとは思えない。

だが、それで彼女らの心が軽くなるのなら、十分すぎる。

「カティ。ニーナ。アグネス。ネーナ」

クリス様が、噛み締めるように亡くなった親衛隊の名前を告げる。

「皆、良い子だった。よく笑って、泣いて、偶に喧嘩して。アリシアと一緒に変なことをして、リゼに叱られていたりもした。その度に、ボクに抱き着きにきたよ……」

ぽつぽつと、彼女は語る。

その碧い瞳は、まるで夜の海を思わせた。

「もうあの子達はいないんだって、正直まだ信じられない。もう、顔を見せに来てくれないんだって。抱きしめることができないんだって。実感が、わかないんだ」

「クリス様……」

「申し訳、ありません……!」

血を吐くような、謝罪の言葉が聞こえてくる。

オリビア卿が、地面を見つめながら肩を震わせていた。

「私が、隊長や副隊長ぐらい強かったら……!留守を任せていただいたのに、何も、できなかった……!誰も、守れなかった……!」

「オリビア」

そんな彼女を、クリス様が抱きしめる。

華奢な体で、オリビア卿を包み込もうと精一杯腕を広げて。

「君のせいじゃない。誰も、悪くなんてない」

「でも……でも……!」

「オリビアは頑張ったよ。君が生きていて、嬉しかった」

「くりす、さまぁ……!」

地面に、ぽたぽたと雫が落ちていく。

それから、目を逸らして。空を見上げた。

憎らしい程に真っ青な空には、白い雲が散らばっている。それでもきっと、今日は帝都のあちこちで雨が降っているのだ。

葬儀の日なのだから、それで良い。今日は、雨が降って良い日なのだ。

「ごめ、なさい……ごめんなさい……!」

「謝らないで……大丈夫……大丈夫……」

シルベスタ卿とアリシアさん……シュヴァルツ卿を除いた親衛隊が集まり、亡き友に黙とうを奉げる。

親衛隊隊長と副隊長だけは、ピシリと背筋を伸ばし、周囲の警戒に勤めていた。それが己の役目だと、護衛対象ごと仲間達を守るように、一切の隙も油断もなく立っている。

それから、30秒程して。雨は止んだ。

「すみません……御見苦しい所を……」

「ううん。今は、それで良いんだよ。その為の、葬儀なんだから」

目元を少し赤くしたオリビア卿の頭を、クリス様が穏やかな笑みで撫でる。

そして、周囲をゆっくりと見回した。

親衛隊は皆、既に隊長達に倣って姿勢を正し、護衛対象を囲んでいる。

クリス様は彼女ら1人1人の顔を見た後、深く頷いた。

「皆。これからも……ボクと一緒に、頑張ってくれる?」

「────はっ」

一斉に、帝国式の敬礼をする親衛隊一同。それに一拍遅れて、自分も敬礼する。

「ありがとう。でも、絶対に敵討ちだなんて考えないで」

穏やかな笑みを崩すことなく、クリス様が続ける。

「守られる立場のボクが、言うことじゃないのはわかっているけど。それでも、君達に死んでほしくない。しわしわのお婆ちゃんになるまで、元気に過ごしてほしい」

小さく深呼吸をしてから、彼女は親衛隊に告げた。

「これは、命令だから。皆、長生きして。命令違反は、許さないから」

「はっ」

ある者は苦笑し、ある者は眉を『八』の字にしながら答える。

何とも、難しい命令だ。貴族は頑丈であり、近衛騎士団に選ばれる者はその中でも精鋭である。

それでも、人は簡単に死ぬ。特に、これから行う戦争では。

魔物と融合したガルデン将軍ですら、野戦砲を受ければ瀕死の重傷を負う。自分とて、たとえフル装備であったとしても同じように死にかけるだろう。

そんな攻撃が、敵味方の間を行き来するのだ。死の嵐が、戦場を覆い尽くす。

それでも死ぬなと言うのだから、酷い護衛対象もいたものだ。

つい、自分も苦笑してしまう。だからこそ、この人の下につきたいと思ったのだ。

我ながら単純な人間である。

「……ボクからは、以上。さ、仕事に戻ろう。やらなきゃいけないことは、山ほどあるんだから」

「はいっ!」

元気よく、親衛隊が返事をする。

シルベスタ卿の指示で何人かがすぐに駆けていき、その姿はいつも通りのものへと戻っていた。

この前も思ったが……やはり、逞しい。やるべきことがある内は、へこたれない。何とも、眩しい限りである。

「それでクロノ殿。その、挨拶にきてくれただけ?何か用事?」

こちらを見上げてくるクリス様に、姿勢を正す。

「はっ。実は、父上が先日クリス様の所へ行ったとのことなのですが……何か御無礼を働いたかもと心配で……」

「ううん。確かにカール殿はボクの所に来たけど、無礼なんてなかったよ」

「そうですか。安心しました」

皇帝陛下のことを『どこの馬の骨とも知れない奴』呼ばわりする親バカなので、本当に心配であった。

「でも、カール殿が突然『馬車数台と食料』を求めてきて、そのまま帝都から出て行ったんだけど……何かあったの?領地の方で何かあった?」

「あー……その。申し訳ありません。この場では言葉にできないので、こちらを読んでいただけると……」

懐から手紙を取り出し、隣にいるシルベスタ卿に差し出す。

彼女が毒針などないか確認した後、クリス様に渡した。

「別に、クロノ殿相手だしこんなチェックしなくても……」

「規則ですので」

「それに、僕が何か仕込まれたのを気づけずにお渡ししてしまう可能性もあるので」

「むぅ……」

少しだけ頬を膨らませて、クリス様が手紙を読み始める。

そしてすぐに、膨らんでいた頬が萎んだ。代わりに、口角が引きつる。

「え、えぇ……」

明らかにドン引きした様子に、さもありなんと頷いた。

本当に、うちの父上がすみません。

「その……カール殿は、えっと……き、奇策が上手い……ね?」

「貴族にあるまじき策だとは、思います。有効ではあるでしょうが」

「そう……だね。あんまりやってほしくはないけど、うん。今はそうも言っていられないもんね」

なお、アナスタシア殿はこの書状を読んだ後『やっぱりあいつゲスだな』と真顔で言っていた。

でも一瞬だけ『先を越された』って顔をしたのを、自分は見逃していない。

これを言うと両方から怒られそうだが、僕よりアナスタシア殿の方が父上の子供みたいな思考回路をしていると思う。

「うん。まあ、オリビアを助けてもらった恩もあるし、何かあったらボクの命令ってことにして良いからね?」

「流石にそこまでしていただくわけには……ただ、元老院で言及された際はお力添えの程をよろしくお願いいたします」

「わかった。でも、今の元老院でストラトス家を批判できる家はないと思うけど……」

まあ、帝国各地に貸しを作っているし、武力面でもかなり優位に立ってはいるが。

何よりクリス様派閥で双璧をなしていたギルバート侯爵が敵方についたので、この戦いでこちらが勝つとストラトス家の社会的な影響力がとんでもないことになる。

正直面倒くさい。こっちは領地の運営だけで精一杯なので、派閥争いとか調整役とかしたくないし。

シャルロット嬢は葬儀には参加せず城から死者達に祈りを捧げているが、彼女がどうにかクリス様派閥を纏めてくれることを祈ろう。

中央の政治に、関わりたく、ない。絶対に。

「カール殿のことは、わかったよ。これからも、何か困ったことがあったら何でも言ってね?クロノ殿にもストラトス家にも、もの凄くお世話になっているから」

「いえ。帝国貴族として、当然のことをしたまでです。今後とも、帝国の為に粉骨砕身していく所存です」

「……そこは、ボクの為って言ってくれないんだ」

「言いません。陛下は陛下ですので」

「だよね」

クスリと、彼女が笑う。

その笑顔につい胸がトキメクも、咄嗟に目を逸らした。

目の前に無表情の麗人がいて、ビクリと肩を跳ねさせながら距離をとる。

「し、シルベスタ卿?」

「……そこは、『ぐへへ。ここまでの恩を体で返してもらおうか』とクリス様に迫る所ではないのですか?」

「貴女の中で僕はどういう存在なのですか?」

「スケベ人竜」

「リー!ゼー!」

クリス様が顔を真っ赤にして、シルベスタ卿の肩をポコポコと叩く。皇族とは思えないパワーのなさである。

いや、魔力量的に全力を出せば常人が即死するぐらいの膂力は出るのだろうが。クリス様、魔力の運用がちょっと苦手っぽいので……。

「というか、あの。シルベスタ卿、クリス様の性別について『アダム様派の嘘』が流れている今、あまり周囲の誤解をまねくような発言は……」

「安心してほしいっす!あーしらが見張っているし、壁になっているんで!」

「うーん、このトンチキども」

無駄に良い笑顔でこちらに振り返る似非ギャル女騎士。

マジで大概にせぇよ、こいつら。しまいには本当に襲うぞ。

……葬儀していた直後にする話でもないし、考えることでもないな。これ。

こんなの、亡くなった親衛隊のメンバーも泣いて……泣いて……。

どうしよう。亡くなった隊員達が全力で『抱けぇ!』『ヘタレてんじゃねぇ!』『ケモノになれやスケベ人竜!』『脱げぇ!』って叫んでいる姿が浮かんだ。

自分は疲れているのかもしれない。今日はもう帰って、素直に書類仕事をしよう。

「それではクリス様、これで……」

「う、うん。ごめんね、うちの子達が変なことを……」

「きっと亡くなった者達も『いいからはよ抱き合えや』と言っていると思います」

「リゼ」

「はい」

「後でお説教」

「なんと」

いつもの漫才が始まったので、安心してその場を後にする。

そうして広場を離れようとしたのだが。

「……あっ」

「え?」

覚えのある顔を見つけて、思わず声を出す。

それに反応して、相手もこちらに体を向けた。

「貴方、あの時のカップルさんの……!」

「その節は、お世話になりました」

年老いたシスターが、心底驚いたという様子でこちらを見てくる。

グリンダとデートをした時に立ち寄った、小さな木製の教会を管理していた人物。その人と、思わぬ形で再会することとなった。