軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百二十六話 クリス皇帝

第百二十六話 クリス皇帝

当主として相応しい程度に身だしなみを整え、クリス様の所へ向かう。

城内部はまだ清掃や修理作業が終わっておらず、何よりギルバート侯爵によって何らかの罠が設置されていてもおかしくない。

その為、彼女は敷地内にある礼拝堂を仮の住まいとしている。こちらは城程大きくはない上に破損も少なかった為、親衛隊によるチェックが手早く終わったのだとか。

礼拝堂と言っても、屋敷と呼べる程に大きい。そこに近づいた瞬間、シルベスタ卿がこちらに近づいてきた。

「お久しぶりです、クロノ殿。モルステッドにおける戦いでも、随分ご活躍なされたと聞いております」

「ありがとうございます。この戦果は、クリス陛下が送っていただいたシュヴァルツ卿とジェラルド卿の助けと、ゲーマウス伯爵達の献身あってこそです」

「相変わらず謙虚でいらっしゃる。ですが、それが貴方の美点ですね。クリス様も、貴方の活躍にお喜びでした」

「恐縮です」

相変わらずの無表情で語るシルベスタ卿に、ビジネススマイルを送る。

同時に、いつでも迎撃できるように神経を尖らせた。

シルベスタ卿が、そうであるように。見張りに立っていると思しき他の親衛隊も、こちらに警戒の視線を向けている。

上手く隠れているようだが、礼拝堂の3階にスナイパーが2人。正面の入り口に2人。壁に隠れて様子を見ている者が1人……魔力反応からして、その奥にもう2人。

特に顔を半分出してこちらを見ている、銃剣を装着したショットガンを持つ親衛隊。彼女はたしか、アナスタシア殿が奇襲した時に影武者をしていた隊員のはず。即死でなければ倒れない、タフさならシルベスタ卿に匹敵するとか。

そして、眼前に立つのはシルベスタ卿本人。彼女らは本気だ。何かあれば、本気で自分を制圧しにくる。

ただ同時に、シルベスタ卿以外の面々からはまるで祈るような、期待するような視線を向けられている気がした。

唯一感情が読み取れない無表情を維持する銀髪の麗人が、淡々とこちらに問いかけてくる。

「……腹芸は苦手ですので、単刀直入にお伺いいたします。クロノ・フォン・ストラトス伯爵」

「はい。僕に答えられることでしたら、何なりと」

「貴方は、クリス様の味方ですか?」

「はい」

キッパリとそう断言した瞬間、何人かの親衛隊がへたりこみそうになって、ライフルやショットガンを杖代わりにしつつ脱力した。

どうやら、自分が敵対するかもと警戒していたらしい。

だがシルベスタ卿だけはそういった様子がなく、相変わらず鉄面皮である。

「それはアダム様の敵という意味ですか?」

「そうとも言えます。クリス様の旗の下で、彼と戦いましょう」

「クリス様が皇帝の座についていることに、何か思う所は?」

「ありません。……いえ。茨の道を歩いていらっしゃるとは、思っていますが」

営業スマイルをやめ、本心からほほ笑む。

「それでも、僕が背中を押して、あの方が踏み出した道です。クリス様の歩みを、応援したい」

「……そうですか」

本音で答えていくと、シルベスタ卿は無表情のまま小さく頷いた。

「安心しました。『クリス様の為に』とストラトス領に拉致監禁するかもと、警戒しておりましたので」

「……それは、ストラトス家がクリス様を神輿として誘拐するとお疑いで?」

「いえ。愛と性欲からやるかな、と」

「シンプルに失礼」

警戒の理由が斜め上だった。

他の親衛隊も『マジかこいつ』という視線をシルベスタ卿に送っている。良かった。まだ彼女らの中にも常識人は残っていたらしい。

……『クリス様にバブみを感じてオギャリ隊』とかいう、変なのもいるけども。

「では、どうぞこちらに。ボディチェックは必要ありません」

「は、はあ……」

シルベスタ卿に案内され、礼拝堂の中に入る。

さぞや落ち込んでいるのではないか、と。クリス様を心配していたのだが……。

それは杞憂であったと、すぐに理解する。

「レジーナ。この書状を3区のジョシュアという大工さんに届けて」

「はっ」

「オリビア。そこのインク壺をとって。その後、この書類を財務大臣に。ごねたら『貴族街の5番通り』って言ってあげて。それで意味がわかるはずだから」

「了解!」

礼拝堂の、多くの人が集まって祈る場所である礼拝室。クリス様が聖油を受けた場所でもあるそこは、長椅子が全て脇にどけられ広いスペースが確保されていた。

そうして空けられた場所には持ち込まれた幾つもの机と椅子が並び、大量の書類が詰まれている。

彼女は中央奥の席につき、勇者教のシンボルである聖剣を背にして凄まじい速さでペンを走らせていた。

その手が止まり、視線がこちらに固定される。

「クロノ殿!ご苦労様!よく無事で帰ってきてくれたね!」

大輪の華が咲いたように笑う彼女に、思わず目を瞬かせる。

「は、はぁ。おかげさまで……」

「貴殿のことを信じていたよ。絶対にやり遂げてくれる。そして……この状況でも、ボクの味方でいてくれるって」

「……はい」

朗らかに笑うクリス様に、小さく肩をすくめた。

どうやら、自分で思っていた以上に彼女は強く、そしてこの身を信じてくれていたらしい。

「クロノ殿の働きに、完全に報いることは現状難しい。その……いったん、待ってもらっていいかな?代わりと言っては何だけど、兵士や騎士達の報酬は金銭としてすぐに渡すから」

「はっ。問題ありません。ありがとうございます。ただ、後日でも構いませんので、ゲーマウス伯爵家の活躍について元老院や北方の貴族達に話を通して頂けると……」

「勿論。ゲーマウス伯爵家と、周辺の家々にはアリシアから話を聞いてすぐに先程手紙を送ったよ。彼らの名誉は、ボクの名の元に全力で保障する。ただ、クロノ殿個人への報酬は少し待ってもらうことになるんだけど……」

「いえ。その辺りは、後日例の『燃える沼地』や『山火事になると危ない泥』について、色々と上乗せして頂ければ十分です」

「それはそれで怖いけど、断れないなー」

苦笑を浮かべ、彼女は一筆書いたメモをシルベスタ卿に手渡す。

「リゼ。宝物庫から、書いてある金額を出してきて。それをそのまま、ストラトス家の天幕に届けてほしい。あと、後日ボクの名が入ったメダルを授与するとも伝えておいてね」

「はっ。クロノ殿、届ける際、誰に渡してほしいなどはありますか?」

「父上がいるはずですので、彼に。不在の場合は、アナスタシア殿にお願いします。2人同時に天幕を離れていることはないと思うので」

「承知しました」

「アナスタシア殿……かぁ……」

少しだけ、クリス様が唇を尖らせる。それを横目に、シルベスタ卿がこちらへと顔を向け。

「ふぅぅ……責任をお取りください、スケベ人竜。貴方のせいですよ」

「まったく身に覚えがございません……!」

本当に、本当に、クリス様を『そういう意味』で口説いた覚えは一切ない……!

確かに魅力的な人物とは思っているが、互いに立場があるのだ。ストラトス家の長男、いや今は当主として、そんな恋愛脳なことはできない。皇帝への道に、口説いた覚えはあるけども!

「このヘタレ鈍感スケベ人竜め。ラーメン開発の片翼でなければ、今すぐズボンを切り刻んでクリス様諸共ベッドへ放り投げていたものを……」

「リーゼー」

「はっ。行ってまいります」

とんでもないことを言い出した親衛隊隊長を送り出し、クリス様が小さくため息をつく。

「もう。本当に、普段はしっかりしている子なのに……」

「は、はぁ……」

「……今はそれより、話さないといけないことがあるよね」

「はっ」

優しそうな顔を精一杯キリっとさせたクリス様に、こちらも背筋を伸ばす。

「アダム殿の起こしたこの謀反について、ボクは立場を譲る気はないよ。既にカール殿から、大まかな話を聞いている。彼を帝位につかせるわけにはいかない」

「微力ながら、協力させていただきます。陛下」

「クロノ殿とストラトス家が微力だったら、この大陸に頼れる存在なんていなくなってしまうよ。でも、正直疑問なことがあるんだ」

「自分にお答えできることでしたら」

「ありがとう。その……カール殿のことを疑うわけじゃないけど、本当に父上が蘇生……いや、転生したの?」

眉を『八』の字にして、クリス様がこちらに問いかける。

「内臓や骨を入れ替えたって、つまりそれは父上の体……だよね?じゃあ、死にかけの状態に変わりないんじゃ……?」

「クリス様。恐らくここで重要なのは、『魂の研磨』です」

『魂の研磨』

それは、自分やグリンダのような、元はただの一般人だった者が英雄達の列に加われた原因。

5歳の頃、父上から『自分は元々いた赤子の魂を食らって生まれた、殺人鬼ではない』と教えてもらった。

だがそれでも、不安というのは残るもの。

それ故に、少しずつだが『魂』について。そして転生について調べていたことがある。その内容は父上も知っている上に、自分の書斎を自由に出入りできるアナスタシア殿も勝手に資料を読んだかもしれない。

ただ、クリス様には流石にまだ伝えていなかったようだ。

「クリス様もご存じの通り、人が死ねば魂は肉体を離れ輪廻の輪に入り、世界を流れる魔力の中でまっさらな状態になります」

「聖書の22巻と、29巻の記述だね」

「はい。そして、そうして無色となった魔力と父母の魔力が合わさり、魂が生まれる。しかし、もしも『魔力の大河の中でも記憶や人格が残るとしたら』」

「……クロノ殿は、それが転生者って言いたいの?」

「はい。そしてその場合、魂に残った情報から無意識にアップグレード……魂はより強い状態に成長すると思われます。歪みは整えられ、魔力を吸収し押し固められる……のだと、思います」

実際にその光景を確認したわけではないが、理論上はこのような形のはず。

「……魂は魔力の生成に関わり、魔力の生成が肉体に関わる」

「はい。それにより、転生者はより強い肉体を得るのです」

いわば、今の自分は『前世の自分Ver.1.1』のようなものだ。

たった1回のアップグレードで、随分と変わったものである。

「どうやったのかは不明ですが、コーネリアス皇帝は自身の記憶を……脳を取り出し、同時にアダム様の魂を抜き取った。それを特殊な術式で混ぜ合わせ、大気中の魔力に接触させる。流転する魔力の中でアダム様の人格を排除しながら、自分の記憶を写し込んだのでしょう」

あとは世界を流れる魔力の中で、自身の記憶からアダム様の魂を己の望む形へと作り変える。

彼自身が内側から何かをしなくとも、勝手に魂がそのようになるはずだ。

なんせ、自分もグリンダも転生中の記憶なんてない。魂が、そして魔力の流れが、勝手にそうしてくれる。

そうして、コーネリアス皇帝は若く頑強な肉体を手に入れたのだ。

若返ったのではない。肉体を奪ったのでもない。

魂を奪い、それにより強化された肉体が結果的に全盛期へと回帰した。それだけなのだ。

肉体の置換も、この定着がスムーズにいく為の布石だろう。アダム様の肉体は、コーネリアス皇帝専用にチューンされていたのだ。

まったくもって、吐き気がする。悍ましい研究を、教会領はしてきたようだ。

「待って。それは、父上の記憶も魔力の渦に、輪廻の輪に浄化されるはずじゃないの?」

「その危険性はあるでしょう。しかし、脳が無事……いえ、無事と言える状態かはわかりませんが。物体として残っていたことで、記憶が洗い流されるリスクは僅かですが減少するかもしれません」

「脳と言っても、死体の脳だよ?しかも何カ月も前の」

「……先程アナスタシア殿から聞いたのですが、オールダー王国にてコーネリアス先帝陛下の遺体を修復。及び防腐処理をしたのは、ホーロスの錬金術師達だそうです」

「あぁ~……」

クリス様が眉間に皺を作り、うめく。

周辺の国々で起きる意味不明な出来事の大半は、ホーロスの錬金術師達が関わっている気がしてきた。

「その……うん。どうにか、理解はした。納得は、できていないけど。……教会領の非道に対する怒りよりは、うん。大丈夫。整理できる」

「……やはり、クリス様も教会領にお怒りですか」

「うん」

キッパリと、そう答える彼女の瞳は。

「教会領は、異端に堕ちてしまったから。皇帝として、処罰しなきゃ」

とっても、綺麗な輝きを放っていた。

……そう言えば父上と互角の勇者教徒だったな、この人。

怒りが振り切れてしまったらしく、ドロリとした感情を置き去りにして信仰心が煌めきを放っている。

逆に怖い。

「……勿論、信仰心だけが理由じゃないよ」

クリス様はそう言って、城のある方角に目を向ける。

「ボクが帝位につくまでの間に、多くの命が犠牲となった。そして、皇帝となったボクの命令で多くの命が散っていった。フリッツ兄上や、サーシャ姉上だけじゃない。たくさんの人達が、死んでいったんだ」

そして、彼女は再びこちらへと視線を向ける。

「だからもう、ボクはボクの一存で帝位を退くことはしない。逃げたりしないよ。絶対に」

「────はっ!」

「でも……まだわからないことも、立ち止まっちゃうこともあるから。クロノ殿には、もう少し支えてほしいな」

皇帝の顔から一転、彼女は不安そうにこちらを上目遣いで見てくる。

それに、苦笑交じりに頭を下げた。

「自分にできることでしたら、何なりと」

「っ……!うん!ありがとう!」

少し頬を赤くしながら、照れたように笑うクリス様。

なんだこの格好可愛い生き物。

「あ、それともう1つ疑問なんだけど……アダム殿の魂を取り出すって、いったい……。あんまり知りたくないけど、この辺りはハッキリさせときたいから……」

「それは……僕にもちょっとわかりません」

「話は聞かせてもらいましたわぁあああああああああ!!」

「!?」

突如、礼拝堂内の扉が開け放たれる。

そこから現れたのは、やはりというかレッドドリル令嬢であった。

咄嗟にそちらへと視線を向け、思わず愕然とする。

「えっと……シャ、シャルロット殿?」

「お久しぶりですわ、クロノ様!今回も大活躍だったそうですわね!詳しい話をまた後日、お聞かせくださいませ!」

「は、はあ……」

ジャラリと、音が鳴る。

樫の木と金属でできた手錠に、胴体ごと両腕を縛る鎖。両足首にそれぞれ鉄球が括りつけられ、歩く度に地面と擦れていた。

腰に巻かれた革製のベルトには鎖がついており、その先にはアリシアさんの左手首が繋がっている。

過剰とも言える拘束具合。その状態で、シャルロット嬢はいつもの高笑いをしていた。

「おーほっほっほっほっほ!その疑問には、このシャルロット・フォン・グランドフリートがズバッとビシっとお答えしますわぁああああ!」

「誰か……これを解いてほしいっす……助けてっす……もうおうちに帰りたいっす……!」

────アレは、どっちが拘束されているのだろうか。

咄嗟にそう考えたのは、この場に自分だけではないと思う。