軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十四話 小勢なれど

第十四話 小勢なれど

雨雲はとうに晴れ、青空が赤黒く染まった戦場を照らし出す中。

もはや地面に転がる死体と見分けがつかない程に汚れた鎧姿で、必死に息を整える。

「ふぅぅ……!ふぅぅ……っ!」

いったい何時間戦っていたのやら。敵の朝駆けを受けて帝国軍が敗走を始めてから、既に日は真上を通り過ぎている。

屍山血河によって乾く事もできない地面を2本の足で踏みしめる事で、ようやく自分は生きているのだと実感できた。

傷は負っていない、はず。疲労で全身が痛むので、よくわからないが。

何度も敵の陣形を荒らし、森に逃げ込んで騎兵狩りを行ったというのに。どこから湧いてくるのか。未だに万に迫る軍勢が見えている。

「奴を殺せ!絶対に殺せ!」

「仲間の仇だ!皆の仇だ!」

「あの怪物を討ち取れぇ!」

士気が高すぎないか、王国軍。

息が整ったので、詠唱を開始しながら向かってくる敵部隊に内心で呆れる。

「火の洗礼をここに。大地を赤く塗りつぶし、天を焦がし、万物を土へと返せ」

まあ、それも無理はない。それだけの事を帝国はやっている。

やはりというか、あの向かって来ている者達の大半が故郷を燃やされたのだ。士気というよりは、復讐心や自暴自棄の類と言える。

同情はするが、それでも優先順位は守らせてもらう。今の自分は、『クロノ・フォン・ストラトス』だ。

周囲に敵影無し。そして、正面から押し寄せてくる大軍。この魔法の最大火力を出すには、もってこいの状況と言える。

左手を掲げ、そこに魔力を集束させた。掌にぽん、と浮かんだ人の頭ほどの火の玉が、加速度的に倍化していく。

「───え?」

「なん、だ……」

「走れ!走れぇ!」

敵兵の足が速まる。だが、まだ相手の射程ではない。クロスボウの矢が数メートル先に突き刺さるが、鎧を貫ける距離でないのは明らかだ。意識を掌に集中させる。

普段なら自分でも底が見えない魔力が、ごっそりと吸い取られるのがわかった。大量の出血でもした様に、体が冷えて頭もぼんやりとしてくる。

これは、本来攻撃用に作られた魔法ではない。元は、焼き畑農業の為に作られた 失(・) 敗(・) 魔(・) 法(・) だと聞いた。

だが、状況と相応の魔力を用意してやれば。

「『炎乱』」

人だろうと、枯れ草の様に焼き尽くせる。

家ほどのサイズになった火球を前方に投げつけた。瞬間、空中で炸裂し扇状に前方へ広がっていく。

世界が、赤く染まった。

雨水と血で濡れた草花が一瞬で灰に変わり、大地に敷き詰められた死体は炭化する。砕けた鉄は溶けて流れ、そこらの物と一体になった。

敵が自分に向かって一斉に突撃してきてくれたおかげで、かなりの数が炎に飲まれていく。

悲鳴すら聞こえない。バチバチと拍手の様に何かが燃える音が響き、ごうごうと風が鳴る。未だ地上をなぶり、渦となる炎が辺りの空気を巻き上げて赤い竜巻へと姿を変えた。青かった空が、今や真っ赤に染まっている。

敵兵の魔力反応がごっそりと消えたが、安堵している暇はない。側面に回り込もうとしていた騎兵部隊もいたはず。1人を相手に過剰とも言えるが、それだけ自分が暴れたのだと誇っておこう。

この炎が目くらましとなっている間に、森の方へと全力疾走した。不幸中の幸いか、やたら目立つ白銀の鎧は血と泥で保護色に染まっている。

集中力が切れたか、それとも魔力を使い過ぎたからか。後で鎧を洗わなければ、なんて。気の抜けた思考が脳裏をよぎる。

だが、足は止まらない。藪の中に隠れ、そのままケネス達のいる方へと進む。

予定ではこの辺のはずだが、と。考えていた所で老騎士がこっちに手を振ってくる。

「若様!よくぞご無事で」

ケネスが、皺だらけの顔に涙を浮かべてこちらの肩を叩いてくる。

「はい。問題ありません。ケネスとうちの兵達。それと殿下達は?」

「勿論全員無事ですとも。そもそも、若様以外はまともに戦っておりません」

「ならば重畳。ここからが本番です。ここに残った帝国軍は我らのみ。存分に敵を足止めし……ストラトス家を、守らねばなりません」

一瞬だけ周囲を見回し、殿下や近衛がいない事を確認してから言葉を続ける。

「ケネス。王国軍を逆侵攻させるわけにはいきません。ストラトス領への侵入を許せば、ここまでの道中で見てきた村の様になる」

「ですな。しかし、一応お聞きしますが王国に寝返るという選択肢は?」

「帝国はこの戦いで負けましたが、余力は十分にあります。再侵攻では油断もないでしょうから、勝率は圧倒的なはず。泥船に同乗する気はありません」

「ごもっとも。まあ、帝国内部でも荒れそうですがな」

「……内乱にならない事を祈っておきましょう」

皇帝の死。

この戦いに関わった貴族全員が切腹……の文化はないので、毒の盃を飲まねばならないかもしれない大失態だ。少なくとも、将軍達は生きて帰っても死ぬしかない。

間違いなく帝国は大混乱に陥る。王国への再侵攻は、かなり後になるはずだ。面子を考えれば皇帝陛下の敵討ちをせねばならないので、確実にまた戦争は起きる。

それまではオールダー王国にも、国境へ軍を派遣できない状態であってほしい。ストラトス家の為に。

「上手くいけば、国境までは帰れず、かと言って死にもしなかった帝国兵達が王国で野盗化してくれるかもしれませんな」

「希望的観測はやめておきましょう。でもそうなってくれたら良いな、ぐらいは夢を見たいですね。……見ても良いですよね?」

「戦場でポジティブなのは大事ですぞ、若様」

「ですよね」

そんな会話を終え、ハーフトラックの方に向かう。

馬もなしに動く鉄の車を前にして、殿下は興味深そうに目を輝かせていた。

「素晴らしい……これは、聖書第21巻に載っていた『馬のない馬車』ではないか……!勇者アーサーが書き記した、神の国の乗り物……!」

「……殿下。クロノ殿がいらっしゃいました」

傍にいたシルベスタ卿がこちらを見て、クリス殿下に耳打ちする。

彼……彼女?彼女はパッと顔を輝かせ、こちらへ振り返った。

「クロノ殿!やはり貴方は勇者アーサーの再来だ!その強さ、そしてこの鋼の馬車!どれも神話の通りではないか!というか最後に平原の方で凄まじい炎が見えたが、アレは貴方の魔法なのか!?まるで話に聞く竜のブレスの様であったぞ!」

「勿体なきお言葉です、殿下。しかし、恐れながら私の力なぞ勇者様には遠く及びません。それにその車も、聖書に記されている物とは別物かと。かの本には、この様な煙突はついておらず、速度も軍馬より速いとあったはずです」

「むぅ……そうなのか。いや、しかし凄いのは凄いぞ。クロノ殿もストラトス家も素晴らしい!」

「ありがとうございます」

当たり前と言えば当たり前だが、皇太子殿下は随分と教養が高い。まさか、父上みたいに聖書の巻数までさらっと出てくるとは。

この世界、読み書き計算すら出来ない貴族も多いって話なんだがな……。

「……さて。本題に移るぞ、クロノ殿」

「はっ」

クリス殿下が表情を引き締め、凛とした声で告げる。

「貴殿の活躍は誠に見事である。無事帝都へ帰還した暁には、ボクの口からフリッツ兄上に報告し、相応の褒美を与えてみせる」

「ありがたき幸せ」

フリッツ……『フリッツ・フォン・クロステルマン』第四皇子か。

粛清を免れた皇子の中では、最年長で現在42歳だったはず。宰相補佐を務め、帝国の実務面に深く関わっている皇族だ。

しかし、クリス殿下自らが褒美を出すのではなく、彼に報告するという事は……。

「察していると思うが、ボクはこの戦いの責任をとり皇位継承権を父上の墓前に返却する予定だ」

「殿下……」

悲し気に顔を歪めるシルベスタ卿に、クリス殿下は小さく首を横に振った。

「ここまで支えてくれた皆には、すまないと思っている。必ずや全員の再就職先や嫁ぎ先を用意しよう。クロノ殿にも、絶対に報いる。だからどうか、今しばらくボクに付き合ってくれ」

「……はっ。我ら近衛騎士。地の果てまで殿下の御供をします。たとえ、この戦争が終わった後でも」

帝国式の敬礼をするシルベスタ卿に続き、自分も礼をする。

「勿論です。殿下。帝国貴族としての責務を全うしてみせましょう」

兜を脱ぎ、全力の営業スマイルを浮かべる。今生は父上ほどではないが中々の美形なので、こういう気取った台詞も様になる……と、いいなぁ。

「感謝する。ボクは、幸運だ。……それでは、次の作戦に移ろう」

一瞬だけ泣きそうな顔になった殿下だが、すぐさま切り替えた。

「クロノ殿は、ここから森に潜伏し王国の追撃部隊を足止めすると言っていたな。しかし、それは具体的にどうやるのだ?貴殿の力なら、単独でも敵の背後を脅かせるだろうが……」

「私1人の力などたかが知れております。敵とて、もうこの首を獲る事より帝国軍の追撃こそ重要だと気づいているはず。統率を取り戻し、私など無視して進むかと」

なるべく偉そうな奴を優先して殺したが、ここは相手の本拠地。何より、王都と皇帝陛下の陣を潰した部隊は無傷だ。指揮官の数は問題ないはず。

そもそも、自分があれだけの無茶が出来たのは相手にとって『初見』であったからというのが大きい。対策をされたら、封殺されるだろう。疲労困憊の今なら、なおの事。

しかも、敵は復讐心によって士気がこの上なく高揚しているのだ。マジでふざけるなよ、先行部隊。

……いや。先行部隊の被害だけでは、説明しきれない数が復讐心を滾らせていた様な?

疑問が浮かぶも、答えは出てこない。一旦頭の片隅においやる。

「ゆえに、我々は一丸となって敵部隊に攻撃をせねばなりません」

「つまり?」

「これより、移動する王国軍にひたすら『嫌がらせ』をします」

「は?」

そこまで無言だったシルベスタ卿が、思わずと言った様子で口を開いた。

申し訳なさそうな顔ですぐに唇を閉じた彼女だが、そもそもこの場で1番階級が高いのはシルベスタ卿である。なんせ、爵位持ちなので。

それゆえ、殿下も護衛である彼女が露骨にリアクションした事を咎める事はなかった。

「リゼ。今は知恵が1つでも欲しいので、普通に会話へ参加してくれて構わない。だが……そうか。そういう事か」

殿下が笑みを浮かべて頷く。

「クロノ殿はこう言いたいのだな?相手の行軍速度を遅らせる為に、軽い攻撃をしては撤退を繰り返すと。森や夜の暗闇も利用するのか?」

「……その通りです。殿下」

なにこの人、怖い。

頭の中で評価を修正する。クリス殿下は、もしかしたら戦闘能力を引く代わりに親バカというデバフを解除した父上みたいな存在かもしれない。

自分やグリンダの様な『前世』という下駄を履いている者とは違う、本物の天才というやつだ。

「戦場の様子を見ていたが、東のホーロス王国や西のスネイル公国の貴族も王国軍と共にいた。観戦武官ではない。それにクロノ殿に追いつきかけた騎馬は、恐らくモルステッド王国の馬だ。つまり、奴らは4カ国同盟なんだと思う」

内心で驚いている自分をよそに、殿下は言葉を続ける。

4カ国同盟って、どれだけ恨まれているのだ、帝国は。というか、なるほど。やけに敵全体に復讐心が溢れていると思ったら、さては3カ国からの援軍には帝国の被害にあった貴族や民を中心に構成しているのか。言うなれば、『帝国被害者の会』。

なんなら、土地を失った者達を使い潰す算段もあるのかもしれない。おっかない話である。

……いや、待て。

もしかして皇太子殿下、紋章官もなしに他所の国の貴族まで覚えているのか?

「確かに相手の士気は高く、貴族や騎士も多い。だが、勇者アーサーは言った。船頭が多ければ、船は山を登る。とな。我らはたった22人の小勢だが、やり方次第では敵軍の動きを止める事ができるはずだ」

中性的で、柔和な顔にクリス殿下が、興奮で頬を赤らめながら拳を握る。

「皆、力を貸してくれ。帝国を守るぞ!」

「はっ!」

「……はい」

近衛騎士達から僅かに遅れ、自分も頷く。

「まあ、その前に」

力強く拳を突き上げた殿下は、眉を『へにゃり』とさせながら笑みを浮かべ。

「移動して、ご飯にしよう。勇者アーサーはこうも言った。腹が減っては戦えない。とな」

くぅ、と。彼女のお腹から小さく腹の虫が鳴く。

それにうちの兵達が吹き出して『不敬!?』と血の気が引いたが、近衛騎士達は気にした様子もなく笑みを浮かべていた。弛緩した空気に、皆がケラケラと笑う。

そんな中、愛想笑いを浮かべつつケネスへとアイコンタクトを送った。

───この人、怖くないですか?

───はい。怖いです。しかもたぶん天然です。

いつの間にか、自分を拝んでいたはずの兵達まで殿下に親近感を覚えている。戦場を駆け回っている間に、どんなやり取りがあったのやら。

これは、下手すると利用されるのはこちらかもしれない。

ケネスと2人。冷や汗が浮かぶのを堪える事が出来なかった。