軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 勇者アーサーが遺したもの

閑話 勇者アーサーが遺したもの

サイド なし

誰に傅かれるでも、誰に阻まれるでもなく。彼は玉座の間へとたどり着いた。

ダンテ・フォン・モルステッド。この国の王であった。

どっかりと、彼は玉座に座る。大柄なその体躯を受け止めて余裕のある、立派な椅子。

だというのに彼は、まるで縮こまるように背を丸め、両手でその顔を覆った。

「……俺の人生とは、何だったのだろうな」

ぼそりと、モルステッド国王が呟く。

その声に答える者はいない。背をさすってくれる妻も、若さに任せて希望を叫ぶ息子も、無邪気に笑いかけてくれる孫達も、この場にはいないのだから。

家臣達は、この場にいたとしてもまともに答える者などいないだろう。冷笑を浮かべて心にもない美辞麗句を並べるか、沈痛な顔をよそおって欠伸をかみ殺すか。

彼は、家臣達に王とは認められていない。

先王、シン・フォン・モルステッドは偉大な王であった。智謀に優れ、武勇に長け、人心を掴み取る。

ただ代わりに、運がなかった。

シンの急死。第二王妃の子であった第一王子は、帝国との戦争にてコーネリアス皇帝の手で討たれた。その弟である第二王子は、『とある存在』との 距(・) 離(・) を間違えた。

残ったのは、嫡男ではあるが第一王子や第二王子よりも能力が劣っていた、現モルステッド国王のみ。実力を重んじるシン国王から見放された、王位継承権第3位。スペアのスペア。本来なら、玉座とは縁のない人生を送るはずだった。

そんな男が、崖っぷちの国の王に添えられたとして。はたして、誰が心から彼に従うというのか。

モルステッド王国は、王都を除き1年中冬のような寒さに覆われている。大量の雪と多数の山々でまともに農業をすることもできない。漁業で生計を立てようにも、沖に行けば行く程海に巣食う強大な魔物達の脅威にさらされる。

この 流(・) 刑(・) 地(・) に押し込められた罪人達の末裔に、許しなど存在しない。ならば悪鬼になるしか道はなく、国そのものが山賊まがいの存在となる他なかった。

モルステッド王家。その祖先は、勇者アーサーを裏切った高弟である。

王家の家系図には別の弟子の名が刻まれているが、親からこれを聞いた歴代の王は誰もが信じて疑わなかった。

それ程に、この土地は呪われている。

常春と謳われるこの王都こそ、厄災の地。勇者アーサーが遺した偉業であり、勇者アーサーが諦めた難題。

勇者教において唯一神を除き絶対の存在であるアーサーに失敗があってはならないと、モルステッドの王城で保管されている本を除き、あらゆる歴史書からこの『怪物』の存在は抹消されている。聖都ですら、この話を知る者はいない。

モルステッド王家と、一部の家臣だけが知る存在。それが今、目覚めようとしている。

ソレの起床は、来年の夏から秋頃だと予想されていた。それが早まったのは、幾発もの戦車砲の轟音か、はたまた 彼(・) が『外敵』と認識する存在が現れたからか。

何にせよ、約束された滅びは加速した。ギリギリまで財を掻き集め、来年の春先に脱出しようとしていた法衣貴族や王都守備隊の隊長格は、今になって逃げだしている。

元より、一般の貴族や民には知らされていないこと。この雪の牢獄に囚われた彼らに、どちらにせよ逃げ延びる術はない。

もしも可能性があったとすれば、ストラトス家が用意した船に乗ることだけだった。モルステッド国王は船の存在など知らないが、一縷の望みにかけて家族を人竜に預けたのである。

その希望の船に王が乗らなかったのは───彼が、王であったからに他ならなかった。

誰にも望まれていない、王冠の所持者。スペアのスペアであり、ろくな国王としての教育を受けてこなかった凡愚。父親を真似ようとして、しかし空回りするばかりの日々。

何もかもを捨てて逃げられる程の胆力もなく、王位を失くした後も生きていられる程の能力も自信もない。聖都へ聖人として迎え入れられるぐらいしか、生活のレベルをある程度保ち、なおかつ周囲から敬意を払われる道はないと、彼は考えていた。

今更、平民のように暮らすなどできない。国を持たぬ王と、蔑まれたくもない。貴族ですらなくなって生きていく道など、耐えられない。

高潔さではなく、責任感でもなく。モルステッド国王は、凡庸な王であったからこの地に残った。王の立場を失うのならば、いっそ国と共に終わる為に。

彼は、普通の人であったのだ。

「神よ」

地面が揺れ始める。

城を支える柱に罅が入り、積み上げられた石材が音をたてて崩れ始めた。

「どうか、我らに祝福を……」

顔を覆っていた手で、指を組んで祈りを捧げる。

死にたくない。自分を見下していた奴らに鉄槌を下したい。周囲から本当の敬意を受けながら、正しい統治をしたい。

数々の願いが脳裏を飛び交う彼の口から出たのは、たった2つ祈り。

「我が魂を、亡き妻のもとへとお導きください……我が子らの命を、お守りください……どうか……どうか……」

その願いが、聞き届けられたのか。

それがわからぬまま、彼は瓦礫の中に飲み込まれていった。

──────GGGGGGGGOOOOOOOOOOッッッ!!!

怪物が、目覚めの声を上げる。

「わあああああああ!?」

「なんだ!?帝国の攻撃か!?」

家屋に隠れていた住民達が、崩れてきた屋根や壁の下敷きになっていく。戦車を追いかけようとしていた兵士が、暴れる馬から振り落とされる。

立っていられない程の揺れが王都全体を襲い、その中心であった王城が見るも無残に崩壊した。

ようやく揺れが収まった頃、住民達はどうにか瓦礫の中から這い出てくる。未だに興奮状態の馬を宥めながら、兵士達は被害の確認を行っていた。

しかし、何も終わってなどいないと、彼らはすぐに知ることとなる。

轟音が王都を包み込んだ。戦車隊の砲声など小鳥のさえずりだとでも言わんばかりの、もはや衝撃波と呼べる爆音。

巨大な『前足』が、城のあった場所を貫いたのだ。

深紅の鱗で覆われた前足が、地面をガッシリと掴む。そして力を籠めて、ゆっくりと身体を持ち上げた。

ガラガラと城の残骸が流れ落ちていき、その巨体が露わとなる。

───GGGGYYYYYYAAAAAAAAッッッ!!!

雄叫びが、天を裂いた。

城から半径100メートル以内にいた者達の鼓膜が、弾け飛ぶ。衝撃波で吹き飛ばされ、動かなくなった者もいた。

それより遠かった人や物も、身をすくませ、大きく揺れ動く。その後に、本能的な恐怖が頭の中を支配した。

「ドラ、ゴン……」

その姿を見た兵士の1人が、呟く。

現在のモルステッド王国民にとって、力の象徴であり自分達の誇りとも言える存在。

だが今は、ひたすらの恐怖のみを視線に乗せる。

建物も石畳も同じく踏み潰す、塔のような四肢。分厚く大きな、黄金の輝きで縁取られた鱗。

ぎょろりと動く金色の瞳は何かを探すように動き、人々を睥睨する。ギチリ、と開かれた顎からは、猛烈な熱気が漏れ出ていた。

体高は、およそ30メートル。鼻先から尻尾の付け根までは、およそ60メートル。ゆらりと持ち上げられた尻尾は、体長とほぼ同じ長さをもっている。

そして、その尻尾が。

無造作に、地面へと叩きつけられた。

ドラゴンの雄叫びが再び発せられ、尻尾が打ち据えられた位置にあった物全てが粉々になる。

衝撃波によって唖然としていた王都の住民達は我に返り、他人を押しのけて逃げ始めた。

「どけ!どけよ!」

「いやぁ!誰かぁあ!」

「やめろ!押すな!」

「うわぁあ!?ま、待っ」

我先にと駆けていく若者。どさくさ紛れに荷物を奪われる老婦人。壁へと押しのけられた老人。押されて倒れた者は、容赦なく人間の足で踏み潰される。

王都中でできあがった瓦礫の山が道を塞ぎ、残った道路は人がごった返してまともに動けなくなっていた。

「どけっ!道を空けろ平民共!」

「いやああああ!?」

それを強引に蹴散らして、騎兵が進む。雑草でも掻き分けるように剣を振るいながら向かう先は、赤い竜ではなく外へと続く門であった。

必死の形相で逃げようとする人間達などお構いなしに、目覚めたばかりの怪物は体を動かす。

まるで、鬱憤でも晴らすように。

『GGGGGOOOOOOOAAAAAッッッ!!!』

無造作に振るわれた前足が、ごっそりと地面を抉り取った。高々と舞い上がる土砂と瓦礫。数十メートルの高さまで浮き上がったそれらが、頂点に達した後に凄まじい速さで落下していく。

運の悪い者はそれに押しつぶされ、新たに悲鳴と怒号を生み出す。

揺れでも崩れなかった一部の建物も、ゆっくりと歩き出した竜の足で容易く踏み潰されていった。

人をわざわざ狙うわけでもないその行進は、されど絶望と死を生み出し続ける。

勇者アーサーによって眠らされたこの竜の発する熱で、暖を取って冬を乗り越えてきた王都。この竜の夢精をかすめ取って、他国を圧倒する戦力を得ていた王国。

それが、竜によって滅びの時を迎えたのだ。

「放てぇええ!」

王都を囲う城壁にいた兵士達が、投石機とバリスタで近くまできた竜へと攻撃を加える。

敵の攻城兵器を破壊する目的のそれらは、本来なら魔物程度容易に撃滅できる破壊力を持っていた。

だが、投石機から放たれた岩はそれ以上に大きな鱗に容易く弾かれ、バリスタの矢は刺さることもなく地面に落ちていく。

痛痒も感じないはずのそれらに、しかし不快感はあったのか。はたまた何かを思い出したのか。竜は唸り声を上げる。

ぎょろりとした金色の瞳に睨みつけられ、ある者は逃げ出し、ある者は手に持っていた槍を投げつける。

だが、全てが無意味。無造作に振るわれた尻尾が、城壁ごと彼らを蹂躙した。

そして、竜はゆっくりと首を巡らせた。この街を囲う城壁。まるで自分を捕らえる柵のようなそれを。

ガチリ、と。その顎が大きく開かれていく。

直後に、金切り声のような甲高い音が王都に響き渡った。同時に凄まじい高温が竜の口腔から発せられ、周囲の物が融けるか、燃え上がる。

それは、詠唱だった。心臓からくみ上げられた膨大な魔力が、太く長い首を通って喉へとため込まれる。

魔力の高ぶりに共鳴するように、全身の鱗の隙間から眩い黄金の光が辺りを照らした。それすらも熱をもち、大気が揺らめく。

近くにいる生命の存在を、一切許さぬ容赦のない輝き。美しさすら感じるその光景は、やがて終わりを迎えた。

竜の顎から、熱線が放たれたことによって。

凄まじく巨大なガスバーナーとでも表現するべきか。口腔から伸びる炎の本流が、真っ直ぐ射線上にあった城壁を貫く。

一瞬だけ耐えるように歪んだ壁は、すぐさま石材が赤熱し勢いよく弾け飛んだ。ドロリと崩れていく残骸が地面に散らばる様子は、血が飛び散ったようでさえある。

それで気が治まることはないと、竜は首を巡らせた。横薙ぎに払われた熱線がバターでも裂くように城壁を破壊する。

僅かに角度を変え、ぐるりとUターンする赤い極光。向きを変えた熱線が、城壁を余さず溶断していった。

その下にいた人間達がどうなったかなど、もはや語るまでもない。

瓦礫が燃え上がり、黒煙が天へと昇っていく。晴天だった空には、真っ黒な雲ができあがっていた。

『GGGGGOOOOOOOOAAAAAAッッッ!!!』

自分を阻む物がなくなったことを歓喜するように、高らかに雄叫びを上げる深紅の竜。

バチバチ揺らめく炎の喝采を浴びて、神話の英雄すらも殺しきれなかった怪物は完全なる起床を果たした。

咆哮を終えた竜が、ゆっくりと顔を巡らせる。

その視線の先は───この北の大地よりも、暖かな場所。

南方へと、向けられていた。