軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九十八話 人竜と魔馬、そして

第九十八話 人竜と魔馬、そして

大地を踏み砕き、大気を震わせながら疾走する。

両軍との中間地点を越えた辺りで、それは現れた。

敵軍の列を跳び越えて、宙を舞う巨体。身の丈2メートルを軽く超える巨体に、重厚な鎧姿。

その右手にはギザーム……槍と鎌、斧が組み合わさった長柄の武器が握られている。

ロクスレイ・フォン・ガルデン将軍。

愛馬である魔物を巧みに操り、人馬一体の動きで常に戦場の最前列を駆け抜けてきた男。しかしその愛馬は、この剣で斬り殺した。

そのはずである。

「ル゛ル゛ァァァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」

人ならざる咆哮が、轟いた。

馬を模した兜の内側から響くそれに呼応し、彼の左腕が不気味に蠢く。

紫色の太い筋繊維が剥き出しとなった、異形の腕。大柄な彼の体躯をも上回る長さと、丸太数本分かという太さのそれは、まるで独立した生命のように地面をのたうっていた。

真に怪物と成り果てた彼を前にして、しかし立ち止まる理由などない。最高速を維持し、敵軍へと突撃する。

ぐるり、と。左前腕にあたる箇所を横に1回転させて向けられた、掌。その五指の腹には、馬の蹄鉄のような物が取り付けられている。

次の瞬間、それが目の前までやってきていた。

速い。技もなく、ただシンプルに異常な膂力から繰り出された巨腕による鷲掴み。それを、更に前傾姿勢となることで回避。

一切足を止めず、肩鎧で巨腕の親指についた蹄鉄を弾きながら、前へ。

彼が、ガルデン将軍がどうしてこのような異形の姿となったのかは、知らない。それを考えるのは、戦いが終わった後で良い。

強引に間合いを詰め、魔剣を逆袈裟に振るう。何はともあれ、人間の部分を斬れば……!

───ゴォォン……!!

轟音が響き渡り、衝撃波が大気を掻き混ぜた。

渾身の力を籠めた斬撃が、ギザームの刃で受け止められる。彼は今、右腕のみで得物を握っているというのに。

「っ……!」

「ゴァァア゛ア゛ア゛ア゛ッ!」

彼の左腕が、大蛇が鎌首を持ち上げたかのように振りかぶられる。

真上からの振り下ろしを左へと避け、砲撃でもあったような衝撃波と土砂を鎧で受け止めた。

そのまま、彼の首がある位置へと横薙ぎの斬撃を放つ。巻き上げられた土砂を引き裂いた魔剣は、直後に空を切った。

直後、直感に従い何か考えるより先に上体を後ろへ仰け反らせる。

瞬間、自分の頭があった位置をギザームの穂先が通り過ぎた。僅かに兜を刃がかすめ、強い衝撃と激しい火花を散らす。

屈んだ体勢から斬撃を放った将軍が、即座に左足を折り畳むようにして互いの間にねじ込んだ。

ミチミチと、鎧の内側から筋肉が引き絞られる音がする。

「ヌゥゥア゛ア゛ッ!」

「ぐっ……!」

繰り出された前蹴りに、どうにか鍔を間に合わせた。放たれた業脚の一撃に、身体が浮き上がる。

否、これは足の力だけではない。

吹き飛ばされながら、ガルデン将軍が左腕で地面をガッシリと掴んでいるのを目撃する。

脚力だけではなく、あの異形の腕の力も使った蹴り。間違いない、彼は……!

10メートル以上の距離を吹き飛ばされるも、両足で着地。地面を抉りながら、土煙を上げる。

自分達の攻防に、両軍から悲鳴じみた声が上がった。

人竜と呼んだ人物が、攻め切れていないからか。あるいは、ガルデン将軍の今の姿に対してか。

どちらかは不明だが、今はそれを無視する。

着地で舞い上がった土煙に、足元へと剣を振るうことで目くらましを追加。そのまま、連合軍へと突撃しようとする。

瞬間、音か魔力で察知したのだろうガルデン将軍が、咆哮と共に巨腕を振り下ろしてきた。

それを避けながらなおも連合軍へと近づこうとする自分に、彼は紫色の筋繊維をずぐり、と伸ばす。

先程振り下ろした左腕で地面を掴んだまま、ガルデン将軍がこちらを猛追。左腕が伸びる反動で空を駆け、右腕1本で特注のギザームを振るってきた。

直撃すれば、この鎧でも無事ではすまない斬撃。

だが、彼の動きは大まかながら読めていた。

敵軍へ向かおうとしていた姿勢から、反転。地面を強く踏み込みながら、ギザームの穂先へと自分からぶつかりに行く。

体当たりじみた動きで、魔剣を相手の刃に合わせた。体格でガルデン将軍が勝っていようと、この体勢ならこちらが押し勝つ。

「■■■■■■■■ッ!」

「ヌゥ……!?」

強引にギザームを跳ね上げ、そのまま彼の右肩へと剣を振り下ろす。

それに対し、ガルデン将軍は異形の左腕を『縮める』ことで避けた。本来なら回避不能な体勢から、一息に距離をとる。

再び、両者間合いの外へ。

互いに得物を向け合いながら、睨み合う。

「ルォォオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛……!」

「───演技は苦手なのですね、ガルデン将軍」

狂った『ふり』をする彼へ、そう問いかける。

途端、馬面の兜から聞こえていた唸り声が途絶えた。

そして理性のこもった怒声が、連合軍へとかけられる。

「者ども、手を止めるな!こやつは儂が受け持つ!それぞれの仕事を果たせぃ!」

同時に、自分も帝国軍へと顔を向けずに吠える。

「臆するな!勝機は十二分にある!帝国軍の底力を見せてやれ!」

自分達の戦いに意識をもっていかれていた兵士達が、慌てて動き出す。

既に塹壕は形を成しており、堡塁もどきが建設されていた。奇しくも、作り上げた陣地は鏡写しのように似ている。

違うのは、こちらの陣地には気球が上げられたことか。ストラトス家の騎士が乗るそれが、上空から戦場を俯瞰しようとする。

だが、気球上部。玉ねぎを逆さにしたように膨らんだ『球皮』部分が、抉り飛ばされた。

それとほぼ同時に、轟音。間延びした砲声は、間違いなく黒色火薬のそれであった。

視界の端で墜落していく気球。ヘリウムや水素等を使っていないことが功を奏したか、乗り手はどうにか無事に見える。騎士の頑丈さなら、助かるかもしれない。

だとしても、初弾で当ててくるとは……。

「……随分と優秀な砲兵ですね」

「当たり前だ。姫様……女王陛下自ら、発射角の計算をしている。儂には、何のことかさっぱりだがな」

じりじりと、両者共に間合いを詰めていく。

どうにか『戦闘範囲』を敵軍に寄せようと意識しながら、会話を続けた。

「狂ったふりをして、こちらの隙をつこうとは。ガルデン将軍らしくない戦い方ですね」

「狂ってはいる。貴様が敵となったと女王陛下から聞いて、思わず喜んでしまう程度にはな。一国の将として、あってはならぬことだが……今も、我が血潮は滾っておる!怨敵を討つ機会が残ったことにな!」

ギシギシとギザームの柄から軋む音が聞こえ、異形の腕は暴発寸前とばかりにのたうつ。

「人竜よ……帝国の悪魔よ。貴様は、ノリス陛下の仇だ」

「ええ。そして貴方も、多くの帝国人の仇です」

「それは、貴様らがオールダー王国を苦しめてきたからであろう」

「否定はしません。しかし、国同士の関係とはそういうものです」

「それだけではない。外交の延長線にある行為以上に、貴様らは、帝国は……!」

「問答に付き合う暇はありません。ここで何を言おうと、何を聞こうと、互いの答えは変わらない」

───もしかしたら、正義は彼らにあるのかもしれない。

そんな思考がよぎり、しかし『だからどうした』とねじ伏せる。

守らねばならないものがある。家族が、愛した人が、生まれてくる命が、戦友がいるのだ。

今更、折れてやるわけにはいかない。

「……そうか。あの時の小僧ではないらしい。可愛げのない化け物だ。もっとも……今の儂も、大差ないがな。本当に……何故貴様は、王国に産まれてくれなんだ」

ギザームを担ぐように構え、蠢く左腕を前に出しながらガルデン将軍が呟いた。

それに対し、こちらは腰だめに剣を構える。

牛歩のような接近であったが……互いに、既に敵を射程に納めている。

「ならばもう、死合うのみか。人界の竜よ。帝国に生まれてしまった、怪物よ」

「ええ。殺し合う他に、もはや道はありません。王国を守護してきた、怪物よ」

いつの間にか、両軍ともに第1の塹壕は完成していた。

自分とガルデン将軍が中央で戦っていたことで、双方は未だ攻撃に移っていない。だが、そろそろだろう。

この怪物2体は、流れ弾の10や20では死なない。そう、指揮官達も決心がついている。

砲声が鳴り響き、銃声が轟いた。

帝国軍が銃と大砲から白煙と鉛玉を放ち、連合軍が矢と投石、そして少ないながら砲撃を行う。

例の4家とアイオン伯爵家から流出したであろう、鉄砲と火薬の技術。それを彼ら彼女らは、既に戦術へと組み込んでいたのだ。ライフリングは、あの『魔女裁判』の時に見て盗んだか。

それゆえの、塹壕。恐らくこの世界では初となる、塹壕戦が開始される。

もはや、響き渡る火薬の音で互いの声は言葉として聞き取ることができない。

代わりに。

「■■■■■■■■■■───ッッ!!」

「ブル゛ォォオ゛オ゛オ゛オ゛ッッ!!」

人竜(じんりゅう) と 魔馬(まば) の咆哮が、砲声弾雨を掻き分けて、戦場に鳴り響いた。

大蛇のようにうねり、大地を砕きながら迫る左の巨腕。鋭角な軌道でそれを回避し、一足で距離を詰める。

逆袈裟の斬撃はギザームで受け流され、返す刀で放った袈裟懸けの刃は相手の斬撃が弾き飛ばした。

僅かにできた間合いに振るわれる、紫色の巨腕。投げ込むように突き出されたそれを、今度は右側に回避。弧を描くように間合いを詰める自分に、将軍はそのまま横薙ぎに腕を振るう。

「ヴォォッ!」

「■■■■■……!」

切り込む寸前で追いついてきた巨腕を、足を大きく開くことで潜り抜ける。その体勢から繰り出した横薙ぎの一閃を、将軍は蹴りを鍔にぶつけることで中断させた。

この男、1人で人馬一体の動きを……!

ならばと、更に踏み込んで右の拳を引き絞る。全身のバネを使い、鉄拳を重厚な鎧へと叩き込んだ。

「ヌゥ……ガアアアア!」

芯を捉えた感触。しかし直後に彼の右膝がこちらの顎を蹴り上げ、浮き上がった頭部に馬面の兜が振り下ろされる。

頭突き。そう理解した時には、目の前で火花が散っていた。

「ッ……!」

「オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!」

もはや、狂うふりではない。脳までも怪物に変わったか、あえて変えたのか。痛みなど感じていないかのように、ガルデン将軍が猛攻をしかける。

しかし、袈裟懸けに振るわれたギザームの刃は鋭い軌道で突きへと変わり、それを剣で受け流せばぐるりと柄を回転させて石突をこちらの側頭部へと繰り出した。

戦闘に関わる理性だけを残して、狂う。やはり、怪人とならずとも『怪物』か……!

だが。

「■■■■■■■───ッ!」

兜の飾り角で石突を弾いて、柄頭で殴り掛かる。右腕の籠手で将軍がそれを受け止めるも、強引に振り抜いた。

こちらもまた、怪物だ……!

即座に逆袈裟の斬撃を放てば、半歩下がって避けた将軍が折り曲げた巨腕で肘鉄もどきを振り下ろしてくる。

それを横回転で回避し、勢いのまま回転切り。それをギザームの穂先で受けきり、将軍が巨腕を振るう。

───ここだけ切り取れば、神代の戦いと呼べるかもしれない。

剣の一太刀で大気が弾け、巨腕が通り過ぎた端から地面が抉れとんだ。

怪物同士の殺し合いに近づける人間などおらず、戦場の一角が古き時代の絵画を再現する。

しかし。

───キュラキュラキュラ……!

もはや、神代に非ず。数人の英雄と怪物が戦場を引っ繰り返す時代は、ゆっくりと、しかし確実に遠ざかりはじめた。騎士道物語のような、英雄達が華々しく刃を交える戦争は一部の例外を除き、起き得ないだろう。

自分達が戦う場所から、十分に距離をとって。

鋼と人が怪物すらも殺す時代が、やってくる。