軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

43.レイナルド様とのオペラ鑑賞③

案内されたロイヤルボックスの入り口にはクロークがあって、小さな部屋のようになっていた。中には警備の方のほかに給仕をするためのメイドさんがいらっしゃり、笑顔で出迎えてくれる。

こんなところ、私が入っていいの……!?

元引きこもりの私には未知すぎる世界に驚愕していると、レイナルド様が私にソファを勧めてくれた。

「フィオナ嬢、開演まではこちら側で過ごしましょう。……それにしても、先ほどは驚きました。まさか彼に対してあのように仰るとは」

「あの、勝手に申し訳ございませんでした。つい……」

「いいえ。私のほうこそ、フィオナ嬢には何も伝えず勝手にあのような振る舞いを。どうかお許しください」

レイナルド様は、さっきエイベル様とミア様に見せつけるように振る舞ったことを気にしているのだと思う。私は慌てて頭を下げる。

「す……少し驚きましたが、チャンスを与えてくださってありがとうございます」

「チャンス……?」

「はい。私は決めたのです。どんなことがあっても受け止められる強い女性になりたいと」

「強い、女性に……」

「は、はい」

今のところ、強い女性どころか半人前すらも怪しいとは思う。でも、私はお兄様に迷惑をかけたくないし、一人で生きていける自立した女性になりたい。そのためには、あの薬草園という勤め先を絶対に失うわけにいかない。

「フィオナ嬢。あなたはやはり私が思った通りの女性だ」

「ありがとう……ございます……?」

レイナルド様の言葉は私にとって何だか不穏な響きのような気はしたけれど、さっきまでの高揚感も手伝って聞き流すことにした。

そのタイミングでちょうど客席の照明が落ち、オーケストラの調弦が聞こえ始めた。

「そろそろ席につきましょうか」

「はい」

私たちは揃ってロイヤルボックスの客席側へと移動する。レイナルド様が仰ったとおり、これなら注目を浴びる機会も少なくて、ありがたかった。

座面も背もたれもふかふかの椅子は、子どもの頃にお兄様と来た劇場のそれと全く違う。もう二度と座ることがないであろうロイヤルボックスの椅子。

いつか錬金術で便利な椅子を作るときの参考にしたい。そうだ、座り心地をしっかり覚えて帰ろう。椅子を作ってレイナルド様に鑑定をしてもらったら、『味』みたいに『座り心地』とかもあるのかな。

そんなことを考えていたら、隣に腰を下ろしたレイナルド様が私に囁いた。

「フィオナ・アナスタシア・スウィントン嬢」

「は……はい」

「私と、友人になっていただけませんか」

……友人?

舞台の幕が上がり、オーケストラの演奏が始まる。ロイヤルボックスでの会話はきっとほかの客席には聞こえない。

……友人。

お兄様の『これは縁談に繋がるものだ』という言葉を信じ切っていた私は、言葉の意味を二度反芻して目を瞬く。その間に、後ろに座っているクライド様がまたブッと吹くのが聞こえた。

「あ、あの。友人、でしょうか。レイナルド殿下」

「はい、友人です」

レイナルド様が私に好意をお持ちだというのは、私とお兄様の勘違いだった……? 友人なら……ううん、そんなはずない。絶対にだめ。と困惑したところで、背後からクライド様が小声で私たちの会話に割りこむ。

「……レイナルド殿下。そのようなやり方は殿下らしくないのでは?」

クライド様は笑いを堪えているけれど、もうほぼほぼ笑っていらっしゃる。目じりには涙が見えて、相当におもしろがっている様子だった。

でも、クライド様のおかげで何となくわかった気がする。もしかして、レイナルド様は私が体のいい言い訳を告げて逃げることを察し、外堀を埋めようとしていらっしゃるのでは……!

疑いを持ってレイナルド様の顔を見てみると、彼は決まりが悪そうに、まるで怒られた子どものような顔をしていらっしゃった。

それは、フィオナに接する高潔な王太子殿下でも、フィーネに接する優しいレイナルド様のどちらでもなくて。

その表情を見ただけで、私にはわかってしまった。

――やっぱり、レイナルド殿下は『フィオナ』に特別な感情をお持ちなのだ、と。

「……確かにクライドの言う通りだ。申し訳ない」

「あの、私」

今だ、遠縁を頼って王都を離れるのでお目にかかれるのはこれきりです、と言わなければ。これ以上ご一緒していたら辛くなってしまう。

何とか言葉を続けようとした瞬間、オーケストラの演奏が止まり眼下の客席が騒然としているのが見えた。レイナルド様は、反射的に私の肩に手を回す。

いつの間にか客席には白い煙が充満し始めていた。鼻をつく焦げ臭い匂いと塗料が燃えるようなムッとする感覚。これって。

「何てことだ。すぐにフィオナ嬢を安全なところへ」

「レイナルドもだろ。早く避難を!」

レイナルド様とクライド様の言葉に、私は震える足で立ち上がる。

――火事だった。