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夜会で公爵令息から婚約破棄された私は、喜ぶ

作者: ダス・ゲマイネ

本文

私は長身で黒髪の男にエスコートされて王立学園の卒業パーティーの会場に入った。着飾った若い男女が入り乱れ、料理が並び、楽団が音楽を奏でている。そのメロディに合わせて踊っている人もいる。

「まったく、なんで俺がお前をエスコートしなきゃなんねえんだよ。自分の女でもないのに」とぶつくさと文句を言うのは私の幼馴染のシャルルだ。

「しょうがないでしょ。私の婚約者のエドガーが今日は用事があってエスコートできないって言うんだから」と私は言う。

「いっそあんな男との婚約は解消して俺と結婚しないか?」

「無理言わないで。この結婚はクリスティ家と姻戚関係を結ぶための大事な結婚なんだから。私の一存で婚約解消なんてできないの」

「お前んとこのドイル家と相手のクリスティ家はこの国の二大公爵家なんて言われてるもんな。政略結婚なんて今どきはやらないってえのに」とシャルルは料理にかじりつく。

シャルルは侯爵家の息子で、私とは幼いころからの付き合いだ。いわゆる腐れ縁ってやつ。いい加減な性格だけど見た目がいいので、彼を狙っている令嬢はたくさんいる。だが彼はなぜかすべての誘いを断って今まで浮いた話が全くないのだ。

シャルルとたわいない会話をしていると、私の婚約者であるエドガーが見知らぬ女性を伴って現れた。

「やあアガサ」とエドガーは言った。

「私には用事があると言っておきながら、他の女性と一緒なのね」

「ああ、彼女は男爵令嬢のオフィーリアだ」

「オフィーリアですわ」

ぎこちなくカーテシーをした男爵令嬢は童顔で愛くるしい、いかにも男受けそうな見た目をしていた。小柄で華奢だが不自然なぐらい胸が大きい。

「なぜ婚約者の私ではなく、その方のエスコートをしてるのかしら?」

「そのことだ」とエドガーは言うと、突然壇上に上がって楽団の音楽を止めさせた。その場にいた人たちの視線が彼に集まる。

「僕は公爵家のエドガーだ。今この場で宣言したい。僕はそこにいるアガサとの婚約を破棄して、男爵令嬢であるオフィーリアと結婚する」

会場がどよめいた。私も驚きを隠し切れない。私の横にいるシャルルは口に食べ物を入れたままで「あいつ正気か?」とつぶやいた。

「アガサさん、ごめんあそばせ」とオフィーリアは全く悪びれずむしろ満面の笑みで言った。そして壇上に駆け上がりエドガーに抱き着いた。

これはたちの悪いどっきりなのではないかと私は思った。

「ねえ、本気なのエドガー。冗談だったら笑えないわよ」

「冗談なものか。僕は本気だ。お前との婚約を解消してオフィーリアと結婚する」

彼の目は真剣そのものだった。

「これはお前との婚約証書だ。僕が本気であることを証明してやる」

そう言ってエドガーは婚約証書をびりびりに引き裂いてしまった。

「本当に婚約破棄になったのね」

私の目から涙が流れた。

「ふん、僕に振られて悲しんでいるんだな。お前はうぬぼれの強い高慢ちきな女だ。婚約破棄されるなんて夢にも思ってなかっただろ。僕を甘く見た報いだ」

「ありがとうエドガー。私、あなたに心から感謝するわ。オフィーリアとお幸せに」と私は言った。

エドガーは一瞬ギョッとした顔をしたが、すぐに気を取り直して、

「ははーん、強がりを言っているんだな。お前のそういう素直じゃないところが・・・」

するとエドガーが喋っている途中で「アガサ嬢!」と私の名を呼ぶ声があった。

声がしたほうを見ると、そこには体格のいい短髪で色黒の青年がいた。彼は騎士団長の息子ナポレオンだ。

ナポレオンはつかつかと私に近づき、突然片膝をついて私に頭を下げた。

「どうか俺と結婚してください。以前からあなたのことが好きでした」

「えええ!」と私は驚愕した。

するともう一人、金髪の美青年も私の前にやってきて同じように片膝をついた。

「私は宰相の息子グレゴリーでございます。この男ではなく私と結婚していただきたい」

「おいグレゴリー、俺の邪魔をするな。アガサ嬢はずっと前から俺が狙っていたんだぞ」

「抜け駆けは許しませんよ。アガサ嬢は私と結婚するのです」

ひざまずいたままでふたりが言い争いをする。

私が戸惑っているとさらにもう一人の人物が、バラの花束とでっかい宝石が付いた指輪を差し出しながらひざまずいて私にプロポーズした。純白の貴族服を着たその人物はこの国の王太子レオン殿下だった。

「どうか僕の妃になってもらいたい」

「えええ! レ、レオン殿下!」

婚約破棄されたと思ったらいきなり三人の男性からプロポーズされた。しかもその三人はこの国を背負って立つ騎士団長の息子、宰相の息子、王太子だったのだ。

度肝を抜かされと私は気絶しそうになった。

「や、レオン、アガサ嬢は俺が先に目を付けたんだ」

「いや、私は是が非でもアガサ嬢と結婚したいですぞ」

「お前たちは遠慮したらどうだ。僕は王太子だぞ」

「それとこれとは話が別だ」

「そうです。彼女は家柄、美貌、人格、知性の全てを兼ね備えた完璧な女性。これは千載一遇のチャンスなのです」

「それならば王太子の僕にふさわしいじゃないか」

「どっかのバカが婚約破棄してくれたおかげでこのチャンスができたんだ。是が非でもつかんで見せる」

この状況で私以上に狼狽したのは私との婚約を破棄したエドガーだった。まさか私がこんなにもみんなから思いを寄せられていたとはつゆと知らなかったのだ。

エドガーは汗をたらたらと流しながら、

「あ、あのう、やっぱり僕はアガサとの婚約破棄を取りやめまーす」と言った。

騎士団長の息子ナポレオンがすごい形相でにらみつけ、「いまさらそんなことできるわけないだろう!」

「覆水盆に返らずですよ」とグレゴリー。

「お前はあっちにいけ、じゃまだ」と王太子レオン殿下。

さらにオフィーリアがエドガーにすがりつき「わたくしと結婚してくれるって言ったじゃありませんの!」

「うるさい! やっぱり僕はアガサと結婚するんだ」

エドガーはオフィーリアを突き飛ばした。よろめいたオフィーリアは顔から料理に突っ込み、えらいことになった。

「さあ、俺と結婚してくれ」

「いや、私としてください」

「僕の妃に」

三人が私に詰め寄る。

「ちょ、ちょっと待って、みんな落ち着いて」と言いながら横を見ると、幼馴染のシャルルは一心不乱に料理をぱくついていた。私ははあとため息をつく。

「く、くそが! アガサは僕の婚約者なんだ。鳴かぬなら、殺してしまえホトトギス」とつぶやきながらエドガーがナイフを掴むや否や、それを振り上げて私に突進してきた。

彼は私を殺す気なのだ。

「死ねええええ!」

「きゃあああ!」

すべてがスローモーションに見えた。ナイフが私に迫ってくる。私は死ぬのだろうか?

すると突然目の前に壁が立ちふさがった。それはさっきまで料理に夢中になっていたはずのシャルルだった。彼は私を抱きしめてエドガーのナイフから私を守ったのだ。

ナイフはシャルルの背中に深い傷をつけた。

一足遅れてナポレオン、グレゴリー、レオンが三人がかりでエドガーを押さえる。

「シャルル、大丈夫?」

「大丈夫なわけないだろ! めちゃくちゃ痛いぞ。まったく、自分の女でもないやつを助けて斬られるなんて損だぜ」とシャルルは顔をしかめる。

「私、結婚相手を決めました」と私は言った。「シャルルと結婚します」

その場にいた一同が驚く。

「え? 俺なんかでいいのか?」

「あなたがいいの」

「ふられましたな」とグレゴリーがレオン殿下に言う。

「身を挺して彼女を守るなんて勇敢な姿を見せられては異議を唱えることはできん。シャルルこそが彼女にふさわしい」

「同感だ。未来の騎士団長と呼ばれている俺でさえ一歩も動くことができなかったっていうのに。たいした男だ」

エドガーは牢にぶち込まれた。

私とシャルルの婚約には誰からも異議は出なかった。レオン殿下たちは納得して、私たちを心から祝福してくれた。

私とシャルルは盛大な結婚式を挙げた。

シャルルの背中には、一生消えない傷跡が残った。

私には、その背中の傷が、何よりも愛おしいのだ。