作品タイトル不明
ステディリング
モラン伯爵夫妻は、サロンで待っていたみたい。
2人で揃って入ったら、立ち上がって出迎えてくれた。これって幸先が良いよね?
「父上、母上、グレンジャー子爵からペイシェンス様との結婚の許可を得ました」
私は、ここにきてもまだ反対されるのではないかとドキドキしていた。
「ペイシェンス様がパーシバルと結婚してくれるだなんて、とても光栄です」
モラン伯爵は、私とキース王子の縁談についてパーシバルに訊ねたそうだから、色々とやらかしている件も知っているのかも?
「さぁ、お掛けになって」
相変わらずモラン伯爵夫人は優雅だけど、本心では反対じゃないのかしら?
「私は、ナタリアとパーシバルしか子供がいないから、ペイシェンスという娘が増えて嬉しいわ」
えっ、娘ですか?
「私も母を亡くしているので、色々と教えて頂きたいです」
反対している感じは無さそうなので、ホッと一息つく。
それからは、和やかな話をしていたけど、パーシバルが 女男爵(バロネス) に陞爵した件を持ち出すと、モラン伯爵は少し苦笑した。
「この件は、ウィリアム様と話し合わないといけませんね」
うちの父親は、そちらに丸投げする気満々だけど、受け取る方としてはそうも言っていられないよね。従兄弟同士で話し合って欲しい。
「お願いします」とだけ返事をしておく。
執事が、メアリーが気を利かして手土産にしたチョコレートを銀の皿に綺麗に並べて持ってきた。
「まぁ、この前も頂いたのに! 今、ロマノの社交界では、このチョコレートが大変な評判なのですよ」
そう言えば、ラッセルも知っていたね。
「こちらにもチョコレートを作ったら、お届けしますわ。でも、もう少ししたらバーンズ商会でチョコレートを販売すると聞きました」
火曜の錬金術クラブデーに滑らかにするから、売り出すのはその後になりそうだけどね。
「そうなのね! 良い情報をありがとう。それにチョコレートを届けて下さるのは、とても嬉しいわ。これをお茶会に出すと、皆様がとても喜ばれるから」
男性陣2人は呆れていたけど、社交界はモラン伯爵夫人には大切な仕事場だからね。
ああ、でも私は自信ないな。
「私は、社交界で上手くやっていけるでしょうか?」
全員が驚いている。パーシバルもだけど?
「マーガレット王女の側仕えをしているし、リュミエラ王女とも仲良しだと聞きましたわ。それに、来年の社交界デビューをビクトリア王妃様が決められたのでしょう? これだけの好条件なデビュタントなんていませんわ」
そうか、他から見るとそんな感じに受け止められているんだね。
横で、パーシバルがクスクスと笑う。
「ペイシェンス様は自己評価が低すぎるのです」
そうなのかな? そういえば、パーシバルは自己評価が高そう。
ここで、モラン伯爵夫妻は、少し気を利かせてくれた。
「ペイシェンス様、その指輪を王立学園にして行ったら目立ちますわ。ステディリングを2人で買いに行ってはどうですか?」
モラン伯爵家なら、宝石商を呼べばすぐにやってきそうだけど、ショッピングに行く方が楽しい。
「そうですね!」とパーシバルが手を差し出すので、2人で出掛ける。
馬車に乗った途端、王立学園で大騒ぎになりそうだと気づいた。
「ああ、視線で殺されそうだわ」
パーシバルは「ああ」と、やっと気づいたみたい。
「でも、ペイシェンス様は私の婚約者なのだから、他の男子学生にちゃんと知らせなくてはいけません」
男子学生? そういえば、ベンジャミンとカエサルから夏休みの終わりに「大人になったら考えてくれ」と言われたような気がする。
「それと、マーガレット王女に恋バナをしつこく訊かれそうです」
パーシバルは、笑っているけど、大騒ぎになりそうだよ。
「ステディリングは、している学生はいるのですか?」
少なくともリュミエラ王女はしていない。他に婚約者がいる学生は知らないけどね。
「中等科2年の女子は何人かしていますよ。3年になれば、かなりの学生がしていると思うのですが、ペイシェンス様の周りにはいないのですか?」
「見ていませんわ」
同じクラスの女学生は、まだ誰もしていない気がする。
「そうか、まだ社交界デビューしていない方が多いからですね」
キャサリン達、元学友3人しか社交界デビューしていない。他のクラスメイト達は、マーガレット王女の来年のデビューに合わせたからだ。
「ええ、来年の社交界デビューの準備をしなくてはいけませんわ。伯母様方に色々と教えて頂く予定です」
それは大変そうだとパーシバルは肩を竦めた。
モラン伯爵家が使っている宝石店は、バーンズ商会の近くにあった。
前世ではデパートとかの宝石店は入った事があるけど、こんな風な厳重警備はしてなかったし、サロンに通される事も無かった。
「パーシバル様、御用は承っております」
成程、予め来店を知らせているんだ。
私とパーシバルが座ると、メアリーは後ろの付き添い用の椅子に座った。
綺麗なメイドがお茶を出してくれたけど、これって買わずに出られないよね? 今回は買うんだけど、気楽に来られない感じだ。
「ご婚約、おめでとうございます」
店員に言われると、婚約したんだと実感が湧いて、フワフワした気分になる。
「ありがとう。普段に嵌めるステディリングを見せて欲しい」
本当は婚約前にするのがステディリングだけど、学園にこの指輪をしていくわけにはいかないからね。
「こちらが流行りのステディリングです」
黒のビロードが張った箱に、色々なタイプのステディリングが並んでいた。
「私はできたら剣を持つのに邪魔にならないのが欲しいです。左手にしますが、偶には両手持ちをする場合もありますからね」
つまり、小さい石が付いているタイプは駄目だね。
「では、私もそうしますわ」
私も錬金術やハノンを弾くときに石つきだと気を使いそうだもの。
「いえ、ペイシェンス様は可愛いのを選んで下さい」
2人で話しているだけで、いちゃいちゃしている気分になる。
店員は、こんな言い合いにも慣れているのだろう。
「こちらのタイプは、基本の指輪は同じデザインですが、令嬢用には小さな石が付いています。これなら普段につけていても邪魔になりません」
貴族の令嬢なら、今つけている婚約指輪でも良いのだけど、まだ学生だし、マーガレット王女とリュミエラ王女の髪をセットするのにも邪魔かもしれない。
「パーシバル様の誕生日はいつですか?」
こんな基本的な事も知らないんだよ。
「私は9月1日ですが、ペイシェンス様は10月としか知りませんでした!」
くすくす笑って「10月3日ですわ」と教えたら、すごく落ち込んだ。
「誕生日が過ぎています!」
それはこちらもだよ!
「でも、来週の週末にヘンリーと合同の誕生会をしますの。いらして下さい」
なんて、ステディリングを選ぶのを忘れていたけど、店員は慣れているみたいだね。
「では9月の誕生石が付いたのが欲しいです」
私の誕生日のオパールは婚約指輪で貰ったからね。
店員はサファイアのついたステディリングを何個か残して、他のをしまった。
いっぱいあったら、逆に選び難いからね。
「どうぞ、指に嵌めてみて下さい」
私はシンプルなプラチナに小さなサファイアが埋め込んである指輪を指に嵌めてみる。
「ああ、ペイシェンス様の瞳の色に似ていますね」
そちらは考えていなかったけど、そうかも!
「これは?」
ペアになっている、シンプルな指輪をパーシバルが嵌める。
「これなら、邪魔にならないですが……それでこれを選ばれたのですか? 少しぐらいデザインがあっても良いのですよ」
プラチナの細い指輪には両サイドに細い線があるだけだ。
他のリングには飾りが彫り込んであるけど、私はこちらが好き。
「こちらの婚約指輪もサイズを調整致しましょう」
どうやら、このオパールの指輪もこの店で購入したみたいだ。