軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最終話 君の気持ちを教えてほしい

一カ月が経った。

あの夜にお父様とお継母様は重傷を負ったそうだが、二人とも一命は取り留めていて、ミラベルに至ってはあくまで軽傷で済んでいた。

暫定的にだけれど、罪状は私に対する誘拐罪ということで、三人は囚人用の病棟に入れられることになった。この後は精神鑑定にかけられ、事情聴取が可能になるまで療養する予定そうだ。

エルリックさんは被害者として保護されて、引き続きの入院をしている。実はミラベルたちはレイヴンシェイド家の使用人の一部を無理に説得して、エルリックさんを礼拝堂に連れて来ていたようだ。

──エルリック様に、もう一度剣を握ってほしい。

そういう説得が、あったらしい。

本人の意思はわからない。私に「ごめんね」と言ったそれが、望まぬことだったからなのか、望んだがゆえのことだったのかまでは、私の立場からは聞くこともできない。

ただ、一連の騒動を受けて、レイヴンシェイド家はペンフィールド家と手を切り、ミラベルとは離縁するつもりなのだとか。

エルリックさんの回復まではまだまだ時間がかかり、妻とその家族まで失ったレイヴンシェイド家がこれからどうするのかは不透明だ。

それでも旦那様は「あいつなら大丈夫だ」と言っていた。旦那様が言うならそうなんだろうし、きっと、これは妻の勘だけれど、多少は援助するつもりなのだと思う。

そして、ペンフィールドの屋敷と関係者に行われた調査によって、私の命の魔法と、両親の過去のことについてが王宮組織に露見した。

私にも聴取があったけれど、旦那様は最初に言った通りに、一対一での聴取は絶対に許さず、とにかく私たちの知っていることと、ロウデン家の独自の調査結果を話すことに留まった。

実は、あれ以来屋敷には入れていない。事件の当事者である私たちすら、王権由来の絶対的な立ち入り禁止を言い渡されている。

詳細は公表されないそうだ。私たちにも知らされたのはごくごく一部。ミラベルが言っていたお母様の死体についても、そんなものは見つからなかったの一点張りだった。

すべては裏魔法規則の名の下に、私たちの疑問は封殺されてしまった。

けれども旦那様曰く、これは取引の一部であるそうだ。

つまり、国家機密に関わることについて詮索しない代わりに、命の魔法の使い手である私についても、今のところ、処遇を問いただすことはしない。ロウデン家が今の力を維持できるなら、使い手を乱用したり、あるいは意図的に運用しようとしない限りは、この均衡は保たれる可能性が高い。

旦那様はそれでいいかと聞いてくれた。

私はもちろん、はい、と答えた。

だってすべては過去のことだから。

両親とミラベルのことは気がかりだったけれど、生きていれば、いつかまた、ちゃんと話せる日が来る。

併せて旦那様は、そんな日を迎える必要はない、ということも教えてくれた。

そういう考え方もありなんだって、今の私は納得できる。

もう私を縛るものも、恐れるものも何もない。あの恐ろしい屋敷は壊れてなくなってしまった。

旦那様がすべて、壊してくれたから。

……でも、それだけですべてが丸く収まったかというと、そうではない。

ペンフィールドの屋敷を襲撃した旦那様の行動は、言い逃れようのない軍規違反だった。ミラベルの結婚式の時からの噂もあって、師団長同士の敵対、という印象も避けられなくなり、旦那様は前回よりも長い謹慎処分を言い渡されてしまった。

自分勝手なことを言えば……そう、最近の私は、前と違って勝手な我儘ばかり浮かぶようになってしまっていて、これでまた、前のときみたいに旦那様とずっと一緒にいられるかも、なんて思ってしまった。

実際にそうなったし、事件の聴取が落ち着いたら、マイラさんと三人での別邸の、穏やかな暮らしがやってきた。

こんなに幸せでいいんだろうか、と、また思ったけれど、今度は隠した不安なんてなかった。

──ここから先は、ずっと楽しい日々が続いていくだけ。

そういう確信を、私はようやく持つことができた。

ただ、ある日に手続きの手紙が、やってきてしまって。

旦那様が、騎士団を辞めたそうだ。

***

ロウデン別邸の庭で、旦那様は静かに紅茶を飲んでいた。

「だ、旦那様! 騎士団を、お辞めに、なったと!」

私はそこに、さっき届いた手紙を片手に突撃してしまった。

「ああ、そうだな。ちょうどそのことを説明しようと思ってたんだ」

「も、もしかして、わたくしが、戦ってほしくないだなんて、言って、しまって、それで、前の謹慎とかも、あるし、事件だってわたくしのために、その!」

「すまんすまん。そうじゃない」

慌てふためく私に、旦那様は座ったまま、くすりと笑って答える。

「中央軍の司令官になるだけだ。この前の戦果の褒美をどうするか聞かれたからな。手柄を立てたなら前線を張る騎士団なんぞやめて後ろに引っ込んでふんぞり返るのが、軍人としても王道ということではある」

「そ、そうなの、ですね」

「だが正直、シーナが心配するからというのも、ないわけではない」

旦那様は私の目を射抜いて、言った。

「……嫌か?」

心臓がドキリとする。

でも、これは旦那様が、私を信頼して、私のために道を選んでくれたことを、言ってくれたのだ。

「い、いえ。わたくし、とても──」

私はだんだん、そういう思いを受け止めることができるようになっていた。

「──安心、しました」

「そうか。なら、甲斐があるな」

旦那様はそれだけ言って、数秒の間、私とは違う方向を向いた。

心なしかその様子は、少し迷っているようにも見えた。

そして旦那様は立ち上がって、私の方に歩み、手を取り、跪いた。

「シーナ。俺はおまえを、愛している」

いきなりそう言われて、一拍だけ置いて、私の顔は一気に熱くなった。

……実は、最近は毎日のように言ってもらっていることではある。その度に私はずっと、もう信じられないくらい嬉しくて、でも受け止めようとしても受け止めきれなくて、ただ黙り込んでしまうだけだった。

「だから、一度、ちゃんと聞こうと思っていたんだ」

けれど今日は、旦那様の言葉には続きがあった。

「もう少し手柄が揃ったら、俺は爵位を継ぐつもりだ。そうしたらこの別邸も引き払って、ロウデン領で暮らそうと思う。隠居暮らしのようになるのが理想だな」

「は、はい」

「その理想にはもちろん、おまえが入っている。シーナに、アルヴェンダール=ロウデンの妻として共に人生を歩んでほしい。けれどこれはあくまで、俺の願望なんだ」

旦那様は小さく息を吸った。

それから、緊張した面持ちで、こう聞いてくれた。

「シーナの気持ちを、教えてほしい」

私は初めて、旦那様への気持ちを口にしたことがないことに気付いた。

優しいとか、綺麗とか、格好いいとか、そういう、旦那様のことだけについて、考えたり、言うだけだったから。

言うには勇気が要ったのだ。

気持ちなんて決まっているのに、その勇気を持つことができなくて、自分にさえも言い切ることができないでいた。

「わたくし、は──」

でも、もう胸のつかえは取れている。

私の心はとっくに溶かされて、温かい気持ちだけが溢れている。

今なら言えると思った。

そしてこれを言えることが、とっても、嬉しい。

「わたくしは旦那様を、愛しております」