軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十二話 迷宮の宝物

第九十八階層の開拓も大詰めだ。

俺たち【 夜蜻蛉(ナキリベラ) 】は恐らく階層最後の 迷宮潜(ラビリンス・ダイブ) に臨んでいた。

最長一週間を見越した、深奥へと至るための 迷宮潜(ラビリンス・ダイブ) だ。

しかしそんなに時間はかからなかった。

カミラさんの完璧な進行計画、そして僭越ながら俺の歩行付与によって、俺たちは三日とかからず深奥と思しき場所の入り口に辿り着いた。

「行くぞ」

カミラさんが言った。

そこは地面に斜めに空いた大きな洞穴のようだった。

今まで歩いてきた道はその穴に合流するように下っていて、入ってみれば天井でさっきまであった“空”が見えなくなり、ここより上の階層の雰囲気にも近いように思われた。

警戒を維持しながら、どんどん下っていく。

「……これは、さらに地下に行っている、のか?」

「ん? どうした、ヴィムさん」

隣にいたマルクさんが俺の声に反応した。

しまった、いつの間にか独り言を言っていたようだ。

「いえ、その階層の地面ってどこまで掘れるんだろうって考えてまして」

「はは! 面白いことを言うな、ヴィムさんは! 迷宮(ラビリンス) のことは考えたってわからねえ!」

マルクさんは快活に笑う。

「それもそうですね! 変なこと言いました!」

「変ってこたぁないが……」

そうだよな、 普(・) 通(・) はこんなこと考えないもんか。

外の明かりが届かなくなり徐々に暗くなる。

道自体は広いのに閉塞感は増していく一方。

もともと 迷宮(ラビリンス) という深い場所にいたはずなのに、さらに深淵に向かっているように感じる。

先まで行っていたカミラさんが、手でみんなを制した。

「ここまで来て、止まれ」

カミラさんの言う通り少し進むと、外の明かりとは違う淡い光が目に入り始め、そして、大きな空間が見えた。

これは、巨大な 半球(ドーム) だ。

光を発しているのは壁に埋め込まれた多数の鉱石だった。

多分宝石も混じっている。

その壁からは清水が流れ出しており、 半球(ドーム) の下には透明な滝壺のように水が溜まっていた。

「危ないぞ」

言われて気付く。

歩いてきた道は突如切り立った崖になっていて、押されれば滝壺に落下してしまう。

どうやらこの通路は 半球(ドーム) に突き刺さっているような格好らしい。

よく見てみれば隅の方には陸地があって、そこには何やら二つの陣のようなものが描かれているように見えた。

「あれは……転送陣だな。二つあるということは、片方は第九十九階層、もう片方は別の階層に繋がっているか」

カミラさんが呟く。

となると、ここが深奥に当たる場所で間違いなさそうだ。

ここは別名“宝物庫”と呼ばれる場所。

階層主(ボス) を倒したあとに扉が開かれる、と一般的に言われる 迷宮(ラビリンス) の中の秘境だ。

そこには 迷宮(ラビリンス) 屈指の財宝が散りばめられており、見つけた者はすぐさま億万長者になれる。

俺も見るのは初めてだ。

ふと気付けばみんなそわそわしていた。

まるで何かを待っていて、なのに焦らされているようだった。

「諸君! 我々は宝物庫に辿り着いた!」

カミラさんは振り返って、言った。

おおー! と声が次々に上がる。どんどんボルテージが上がる。

俺もなんだか言わなきゃ置いていかれる気がして、なんとなく右腕を掲げてみた。

「お、おー! おおおー!」

おお、なんかテンション上がった気がする。

しかしいまいち最高潮まで乗り切れずに目を泳がせていると、列の後ろの方でぴょんぴょん跳ねている人が見えた。

後衛部隊の人であのちっこいのは、きっとハイデマリーだ。

「ええい邪魔だ! どけろ!」

男たちが盛り上がる中、彼女は一生懸命に人を押しのけて前に来ようとする。

もうちょっとで最前列まで出られそうというところ、俺は彼女に向かって手を伸ばす。

「ハイデマリー!」

手が掴まれた。すかさず引っ張る。

すぽん、と抜ける感じで、ハイデマリーはこの景色の前に躍り出た。

「ありがと、ヴィム」

どういたしましてと言おうとした。

が、彼女は無言になっていた。

その目は子供みたいに輝いていた。

意外だった。

というよりこんなハイデマリーは久しぶりだった。

そうだ、長らく見てなかったけど、彼女はもともとこういう人なのだ。

みんなも意外そうな目を向けている。

だけど微笑ましさも半分。いつもすかしている人が感情を剥き出しにしているというのは、案外見ていて楽しいものだ。

「しかしこれは、どうやって転送陣にまで向かったものかな」

ハンスさんが呟いた。

うん、それが問題だ。

ここから下の転送陣までなかなかの高さがある。

水の透明度が高いせいで水面までの距離も測りにくい。

どうしようか、やはり先に数名が縄を使って降りて、滑車を使う形が無難か?

「行くぜ。きっと上下左右、絶景さ」

そんなことを考えていると、ハイデマリーが言った。

何、と返そうとした瞬間。

俺は手を引っ張られて、空中にいた。

「は?」

内臓が浮く。視点が急に動く。

「見な! ヴィム!」

ハイデマリーが両手を広げた先。それは一瞬の絶景。

視界いっぱいの剥き出しの鉱石が、彩られた星々のように輝いていた。

その光が清水の影を網状に映しだし、歪められた光が 半球(ドーム) の天井で乱反射している。

ほんの数秒、だけど確かに、見惚れた。

「がほっ!」

当然、すぐに水に落ちた。溺れる寸前で水面に浮上した。

ハイデマリーは先に浮き上がっていたようで、体勢を立て直そうと藻掻く俺を見て笑って、言った。

「やっぱり。綺麗だったでしょ」

「……うん」

振り返る。みんなも俺たち二人を追って、次々と滝壺に飛び込んでいた。

「ひゃっほーい! 宝物庫だ! ほら見てヴィム! あの光沢はアダマントじゃないかい!?」

さっきの絶景で何かの栓が抜けたのか、ハイデマリーはぴょんぴょん跳ねながら大はしゃぎしていた。

「こんなハイデマリー、久しぶりに見たかも」

そう漏らすと、彼女はちょっと恥ずかしそうな顔をした。

「なんだい藪から棒に。そりゃ、まあね。今の瞬間、私の夢が叶ってるじゃないか」

「?」

「わからないのかいヴィム? 私たちは今、一緒に冒険しているんだぜ?」

ああ、そうか。

そういえばそんな話をしたことがある。

昔の彼女はそうだった。俺をフィールブロンまで導いてくれたのは他の誰でもない。

この目の前の、冒険少女なのだ。

二つの転送陣の古文字を解読したところ、やはり第九十九階層への転送陣と、もう片方は第二十七階層へ繋がる転送陣であるということがわかった。

つまり、第九十九階層への大幅な 経路短縮(ショートカット) ができるということになる。

この事実はあるいは、宝物庫の財宝よりも大きな意味を持つかもしれなかった。

「団長、やはりここは」

「ああ。秘匿した方が良いだろうな」

軽く会議を始めた幹部のみんなを後目に、俺は第九十九階層への転送陣に向き合っていた。

この先に、目の前に、第九十九階層がある。

唾を呑んだ。

先のことは考えずこの階層に集中しようと思っていた。

それが俺の仕事だった。

今も変わらない。今回の目的はあくまで第九十八階層の踏破だ。私情を挟んではならない。

「ヴィム少年」

そんなことを考えていると、カミラさんが俺に声をかけた。右手が差し出されていた。

「こんなに早く、ここまで来られた。すべて君の力だ。改めて礼を言う」

「いえ、そん……」

つい反射で否定から入ろうとした。だけど止まれた。

ずっと暗に言われていた。

みんなが俺を評価してくれているのにそれを否定するのは失礼に当たると。

格式あるパーティー、ひいては社会の一員にはそのような意識が求められると。

そんな俺の逡巡を知ってか知らずか、カミラさんは俺の言葉を待ってくれていた。

大丈夫だ。今の俺ならできる。

「ありがとうございます。これからも貢献できるよう、全力を尽くす所存です」

「頼んだよ、君はもううちのエースなんだ」

差し出された手を握ると、がっしりと握手を返される。

自分を卑下せずに向き合ってみれば、肩にかかった期待と重圧が自覚された。

それはむず痒い嬉しさの裏返しだった。

【 夜蜻蛉(ナキリベラ) 】こそが俺の居場所だ。

この景色とこの気持ちを大事にしなければならない。俺は相応しい人間にならなきゃいけない。

真人間になって、みんなが評価してくれた俺を誇れるようにならなきゃいけない。

俺は、ちゃんとしなきゃいけないんだ。

だからさ。

『સ્વાગત છે હું તને મળ્યો』

こんな声、聞こえてちゃいけないんだって。