軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十九話 翼破⑥

「じゃあメーリス、やってくれ」

「うん! 『 定義(ディフィニション) 、 我が承認せし理は(ディ・グニーミコン) 、 己を零とし天を(イヒビンナーラ・ネチュスレーゲン) ──」

メーリスさんは自分の背丈ほどの杖を構えて、詠唱を開始する。

彼女の魔術師としての才能がフィールブロン有数だというのは誰もが認めるところだ。

特筆すべきはその強大な魔力。

練り込みが甘くて効率が悪かったり、象徴詠唱が苦手なのでその場での対応が苦手だったりという弱点は目立つけど、十分に時間を与えられさえすれば出力自体はかなり大きい。

後ろから風が吹いてくる。

酸素が一点に集まっているようだった。

「『 火炎砲射(フレメンシェーヴェン) 』」

空気が高く震える音がして、炎の柱が横向きに立った。

その柱はどんどん太くなっていき、先に行くにつれて放射状になっていく。

第九十九階層に来てから感じていた蒸し暑さが吹き飛ぶくらいの轟音と熱気。

体を縮めないと飛ばされそうだ。

「……ふう。もうすっからかんだよぉ」

炎が静まると、メーリスさんは一仕事終えたという様子で一息ついた。

額に汗がびっしりだ。

「よくやってくれたメーリス!」

「えへへ、大分ズレちゃったけど」

「問題ないさ。これで安全に進める。見通しも良くなった」

圧巻の景色だった。

メーリスさんの前方の森が大きく抉れており、そのさらに先まで残り火が燻っている。

「みんな! これが狙いだ! メーリスを見本にして、どんどん森を焼き払いながら進んでいこう!」

私たち四人以外のメンバーも呆気にとられていた。

これほどの魔術はなかなか見られるものじゃない。

なるほど、これがクロノスさんの狙いか。

突然大魔術を見せることで他のメンバーを圧倒して、一気にペースを掴もうとしているんだ。

とても強引だけど、成功はしているようだった。

「いいかい、獣は火が苦手だろう? それはモンスターも一緒さ。密閉されている空間では炎は使えないけど、この階層は違う。森は燃やせるし、空があるんだったら酸素も無限だ!」

クロノスさんは剣を片手に歩きながら得意げに説明する。

魔術師は前方と横方向に絶えず炎の魔術を撃ち続け、剣士は燃え残った邪魔な木々を斬ったり避けたりする。

そうしていけば確かに、見晴らしの良い状況で進むことができた。

そして言う通りに、モンスターも襲ってくる様子がない。こちらの炎を恐れているのかはわからないけど。

しかし安全かと言われればそうじゃない。

森を焼き払ったと言っても地面より上だけの話で、ここの木々はなかなか根深く生育していたらしく地面には蠢く根が残っている。

その根はときどき意思を持って私たちの脚を絡めとろうとしてきて、それがまた集中力を削いでくる。

「ほいっ!」

クロノスさんが私の足元の根を斬った。

「危なかったね、ソフィーア」

「あ……、ありがとうございます」

警戒を続けながら、周りを見渡す。

繰り返し火をつけているだけあって、若干炎は燃え広がっているように見えた。

しかし思ったほどは燃え移っていない。

ここの木々は地上ではあまり見ない種類の、広い葉を持つものが多い。

そして形や高さも様々で、森全体として持っている水分が多いようにも見える。

一応、今のところはクロノスさんの思惑通り、なのかな。

でもこの瞬間うまくいっているからいいというわけではない。

同時に罪悪感というか、禁忌を冒している感触がどうしても体を縛る。

遠くからモンスターの声が木霊してきたような音もする。

迷宮(ラビリンス) を攻略するためとはいえ、このやり方は問題点が多すぎて何から注意すれば良いのかわからない。

まず煙。

拓けた分の視界は良いけど、まだ燃えている部分はまったく見えなくなっている。

囲まれたら気付けないだろう。

そして煙を吸わないようにし続けなければならないし、その注意も具体的対策なしにどこまで効果があるかわからない。

さらに温度。

ただでさえ暑かった場所で回りに火を放ったとなればもう立っていることすらままならない。

持ってきている水も限られるし、この激しい運動は長く継続できないだろう。

そして何より──

「悪いねソフィーアちゃん。私は降りるよ」

隣のレベッカさんが言った。

「旦那にすまないって言っといてくれ。報酬はいらない」

「あの、それは……」

「こうも目立っちゃ何に襲われるかわかったもんじゃないよ。旦那はアレかね、本気で獣と魔力を持ったモンスターが一緒だと思ってんのかね」

反論できなかった。

確かに、火を怖がるモンスターは多い。

獣の本能と通ずる部分もある。

だけど強力なモンスターほど知能も耐性も高くなっていくとなれば、この行為は雑魚を遠ざけて安心しているだけにすぎない。

それはもしかすると、逆に強いモンスターだけを呼び寄せる行為にもなりかねない。

「ほら、聞こえた」

レベッカさんに言われて私も耳をそば立てる。

確かに、遠吠えのような声が聞こえる気がする。

「じゃあね。あんたはまともみたいだし、早くこんなパーティーからは身を引いた方がいいよ」

そう言って彼女は、小走りで後方の転送陣に足を向けてしまった。

……私も、注意しなければならない。

まだ【 竜の翼(ドラハンフルーグ) 】を抜けるわけにはいかないけど、それも命があってのことだ。

索敵の仕方を変えたり違う方を向いてみたりしながら、煙のむこうを探る。

下を向いて煙を吸わないようにしながら、どんな音も聞き逃さないように耳を澄ませる。

そのとき、左方向で声が上がった。

「モンスターです!」

みんなの意識がそちらへ向いた。

燃える木の隙間から見えた。あれは、猿だ。

普通の男性より大きいくらい?

体毛の色は火が反射してわかりにくいけど、多分黒。

そして鋭い爪と歯。腕がかなり長くて、二本足で立ちつつも両手は地面につくくらいだ。

すると後ろからも高い声が上がった。いや、これは悲鳴だ。

そちらを向く。

しかしモンスターの姿は見えない。

私たちの周りにも煙が回り始めていた。

その悲鳴が合図かのように、四方からみんなの声が上がり始めた。

それは悲鳴だったり、報告だったり、どちらにせよもはや状況判断に意味がある類のものではなかった。

瞬く間に混乱に陥った。

私たちは視界の悪い中で互いを探しあって、できる限り一纏まりになろうとした。

「クロノス! どうする!?」

「落ち着けみんな! 俺がみんなを守る!」

誰もが自然とクロノスさんの方に集まって、指示を仰いだ。

この状況ではそれしかなかった。