軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十三話 選ぶべきもの

「ふむ……まあ、いいだろう。ようやくマシになったな」

よし、と心の中でガッツポーズをした。

カミラさんが今机の上でめくっているのは、前回の大規模調査の報告書だ。

俺はまだ【 夜蜻蛉(ナキリベラ) 】の人間ではなかったので別個の俺視点の報告書が必要となる。

最初に提出したのは三日前。

しかしカミラさんにやり直せと突き返された。

曰く、遠慮はするな、君の手柄だ、と。

何を指しているかはわかった。

俺としては客観的事実のみを記したつもりだったが、こういうときはもっと自分を中心に脚色するものらしい。

そのあとも何回か手直しの指導を受けて、それでようやく合格まで漕ぎつけた。

「遠慮すれば良いというものではないぞヴィム少年。客観的事実というのは過不足ないものだ。不足しているのは甚だ大きな問題だよ」

「……はい」

さて、これにて用事は完了、とはいかない。

明日、俺の所属禁止期間が解ける。

即ちこれは、今日が実質的な【 夜蜻蛉(ナキリベラ) 】勧誘への回答期限ということだ。

この期間を過ぎてもパーティーに加入することはできるが、保留することは待遇への不満、もしくは他パーティーへの心残りを示すことを意味する。

言うなら今しかない。

カミラさんの口ぶりもそうだった。

この報告書提出はあくまで本題前の振りくらいの感じだった。

唾を飲む。

沈黙が執務室を包み込み、俺もカミラさんも同じ前提を共有していることがはっきりする。

このまま後ろに足を向けることはできない。

だが、この期に及んで俺はまだ決めかねていた。

良い選択を、ということならもはや余地はない。

なのに迷っている。

自分でも何がなんだかわからない。

何をしたいのかがわからない。

何もしたいことがないならすぐに応じればいい。でも俺の中の何かが邪魔をしている。

カミラさんの視線が痛い。

なのに、言うべきことは決まっているのに、優柔不断で無能な俺の口は動かなかった。

目の前にいる強大な力を持つ少年は、不安そうに目を泳がせていた。

こちらが最上の条件を提示しているのに彼が迷っているのは、彼自身何か思うところがあるからなのだろう。

本人がそれに自覚的か、そもそも言語化できているかは定かではない。

もはや私など比較にならない力を持っているはずなのに、ヴィム少年は私を上の人間として扱っている。

この若さならもっと傲慢になるのが健全とすら思うが、そうでないのは性根ゆえか。

いや、この卑屈さも若さゆえというべきか。

いかんな、偉そうに導く者の視点になってしまっている。

老いとは恐ろしいものだな。無条件に偉くなった気分になる。

ヴィム少年に入れ込みすぎている自覚はある。

もはや戦力の一つではなく、彼の良い人生のために何を言うべきかという前提すら持ち合わせてしまっている。

長として最も優先すべきはその集団の行く末だ。

個人の自己実現などは二の次で、集団を正しく運営していくための一要素でしかない。

あるべき長の態度とは本来そういうものだ。

ここ最近の私は少々異常の域にまで足を踏み込んでいた。

彼個人の問題にまで首を突っ込むとしてもそれは何かのついで程度が精々だろう。

ヴィム少年も若いとはいえ立派な一人の冒険者。

客観的な正当性がある程度確保されているのなら、打算をそのままぶつけるのも礼儀の一つだ。

「ヴィム少年」

ならば多少の卑怯さも必要だと、割り切らねばならないだろう。

「【 夜蜻蛉(ナキリベラ) 】に入ってはくれないか。これは提示ではない、お願いだ」

私は頭を下げた。

「正式に籍を移してもらうことにはなるが、待遇に不満があればいつでも辞めてもらって構わない。諸々の覚悟はあとで良い。まずは軽い気持ちで、どうだ」

カミラさんにそう言われて、俺はどう思ったのか。

今までカミラさんは俺自身に選ばせようとしてくれていた。

金と力が物を言う世界で、それでも俺自身のことを慮ってくれていたんだろう。

でも俺はこの期に及んで選んでいなかった。

カミラさんにあそこまでさせておいて、ついには半ば恥をかかせるような真似をさせてしまった。

己の優柔不断が嫌になる。

目の前に手が差し出されている。

これを取れば、どうなる?

わかってはいた。これは逃げだとわかっていても、安心する自分を抑えられない。

変わりたい、と思った。

変わるべきだと強く思った。変われるはずだ。

この捻じ曲がった性根を矯正して、あんな引き笑いじゃなくて、みんなと心の底から笑いあえるようになりたかった。

俺はきっと、そうしたいんだ。

そうだ、これは好機だ。

「その、あの」

違う、こうじゃない。みんなはいつもどうしている?

こんなにあの、とかその、とか言わないだろう。

文頭の一文字を繰り返したりしないし、喋っているときに急に黙ったりもしない。

小声にもならない。言うなら一気に、だ。

息を吸う。考えると詰まってしまう。だからそう、言うなら一気に。一気にだ。

「これからもよろしくお願いします!」

思ったより大きい声が出た。

同時に頭を下げた。

カミラさんに下げさせた分よりも深く、勢いよく。

「顔を上げてくれ」

そう言われて、恐る恐る前を見る。

「よく決断してくれた、ありがとう」

カミラさんの顔は、嬉しそうに見えた。