軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百九話 足跡

警備に盾部隊を連れ、カミラさんと幹部たちと共にフィールブロンの街を歩く。

人々は私たちを避けて羨望の視線を送る。フィールブロンの最高のパーティーとしての威風堂々たる姿に説得力が戻る。

──【 夜蜻蛉(ナキリベラ) 】は復活した。

第九十九階層の宝物庫の発見、及びその宝物庫からの転送陣を用いた第百階層の開拓によって、私たちは再び名声を取り戻した。

まだ時間はかかるが、第百階層への転送陣周辺にあった森の開拓が終わり、資源を押さえれば、あそこを第百階層の 安全地帯(セーフゾーン) として開放する。そういう知らせを振り撒けば、【 夜蜻蛉(ナキリベラ) 】を軽んじるようになった組織も対応を変えざるを得なくなってくる。やはり 迷宮(ラビリンス) の開拓にはそれだけの圧力がある。

そういう成果を振りかざすようなやり方をせねばならないのは、【 夜蜻蛉(ナキリベラ) 】というパーティーが陥った窮状を示すのと同時に、変わり果てた現在のフィールブロンの状況を示すことでもある。

今までのフィールブロンは、青空の下の石畳を、由緒正しく漸次更新され洗練された装備に身を包む冒険者たちが闊歩し、人々は時計塔が告げる時刻に忠実に昼夜を切り替えて過ごしていた。活気はあり、荒くれ者もいて、冒険者は 迷宮(ラビリンス) で果てることもあったが、そこにはある種類の文学が成り立つような、そういう整然としたまとまりがあった。【 夜蜻蛉(ナキリベラ) 】がかつて纏っていた風格も、その文脈で成立していたものだろう。

然して今のフィールブロンは、青空は煙で霞んでいるのに、日差しだけが妙に照り付けて、磨かれたはずの石畳にはただの土埃ではなく酸化した黒粉が積もっている。街の建物は潰れているところと増築されたところとが極端で、中には剥き出しの鉄骨にボロ布の屋根が引っかかっているところもある。建物の奥からは 原動機(モートル) の回転音と摩擦音が響き、隣の人と話すにも一々声を張らねばならない。

それでいて、異常なほど人が増えて活気がある。言うなれば金があって人が元気な 貧民街(スラム) の雰囲気だろうか。 不均衡(アンバランス) なことに技術は急速に進歩しているから、誰も悲壮感を持っている人がおらず、そういった負の感情は、憎しみだとか嫉妬だとかの強度まで強制的に引き上げられる。

ときどき、考えることがある。

迷宮(ラビリンス) が開かれた直後のフィールブロンとは、そして冒険者たちが集ってこの街を作ったときの景色は、いったいどんなだったんだろうか?

想像力をもって歴史を振り返るに、きっと、今のような雰囲気があったんじゃないかと思う。

先に目を遣ると、私たちが行く道の、その両側の店の店主が、妙な動きをしたのが目に入った。看板か、商品の一部がさっと取り下げられるか、簡易に布がかけられたようだ。

何かを隠したんだろう。屋敷からの道は【 夜蜻蛉(ナキリベラ) 】のシマだから、一応、建前としてはあの手のマークを隠さねばならなくなる。彼らが隠したのはおそらく、梟のマーク。【 黄昏の梟(ミナーヴァ・アカイア) 】の下部組織に配られる紋章だ。

あの店が完全に【 黄昏の梟(ミナーヴァ・アカイア) 】の傘下に入った、などと考えるのは早計。平時なら調査を開始しただろうが、今ではそういうわけにはいかない。いちいちそんなことに目くじらを立てては話が進まないし、店の従業員の生活だってあるからだ。

私の隣を行くカミラさんの顔を見上げる。彼女は少しも眉を顰める様子もなく、店主を咎めようとすらしない。ただ目で見て、黙認するということを知らせるのみ。

カミラさんのこういうふるまいを見て、私としては一つ、知らず知らずのうちに彼女に対して誤解をしていたということに気づいた。

かつてAランクパーティーの長として名を馳せていた人間が、こういう状況に陥り、何度も苦しい選択肢と、あの余裕ぶった態度を封じられ、今や私たちが街を歩くにも警備が必要だというのは、どういう気分なのだろうかと、ちょっと前までは想像するしかなかった。いや、正直に言えば、さぞ気分は良くないだろうと、勝手に決めつけていた。

だけど最近のカミラさんは、妙に楽しそうですらある。

磨かれた鎧は変わらず、態度も尊大で、口調は変わらないし、笑うこともないけれど、対処をせねばならないことに対処することについて、そして、自身が窮地に追い込まれることについて、そのすべてにやりがいをもって取り組んでいるように見えた。

──冒険者というのは本来、こういうものなのかもしれない。

歩いていくうちに、冒険者ギルドが見えてきた。

今日の要件は 迷宮潜(ラビリンス・ダイブ) ではなく、ギルドマスターからの呼び出し。

次回の第二次大規模調査にあたっての、打ち合わせだった。

「状況は極めて悪い……混沌とする一方だ。が、おまえたち【 夜蜻蛉(ナキリベラ) 】のおかげで光明が見えてきた」

カミラさんがその物言いに、苦笑して答える。

冒険者ギルドの高い天井まで届いてあまりあるくらいの背丈、それでいてカミラさんの数倍広い肩幅を持つ巨人。ギルドマスターこと、ゴットヘルフ=クノッヘンハウアーが、煙草を吹かしながらかっかと笑う。

私たちはギルドの会議室に置かれた大テーブルを囲み、今後の第百階層の開拓計画と 安全地帯(セーフゾーン) の建設計画、そして大規模調査の日程を練っていた。転送陣の秘匿、すなわち宝物庫の位置の秘匿まではパーティーの管轄だが、非常に高い難易度の階層を突破するべく拠点を作ることが絡むなら、ギルドと連携するのがもっとも効率がいい。ギルド側もそうしてくれるのは大歓迎。

本来すべてのパーティーに対して中立であるべきはずのギルドとこんなことをするだなんて、癒着も甚だしいのではないか?

というのが、まともな冒険者の抱く疑問なのだろうけれど、残念ながら今はそういう倫理が些事となってしまう状況だ。

本来あった善悪の線引きも、混沌の中で溶けてしまった。

たとえば、闇地図という概念だってたくさんの境界事例が存在する。というかむしろ、闇地図として確立する前の原初のやり方というのが、人間を使い捨てにやる探索の仕方の本懐だ。

つまり、闇地図のようなことは、最初はあるパーティーの中で上下関係があるような状況から始まる。

迷宮(ラビリンス) への道を順当に進み、ここから先は危ない、というところ、パーティーの中で命令されるべき立場にいる者に、危ない道を先に行かせ、危険を確かめる。そういうようなことは、多かれ少なかれどこのパーティーでも 危険(リスク) の管理として行われるだろう。

これが徐々に過激化していくと、危険な道を行くとき専用の人員を雇う、という発想が出始める。彼らと伝達魔術でやりとりを始めるのは必然だろう。そしてこの次は、人命を使い捨てにすれば、 迷宮(ラビリンス) のどんな階層でも情報収集が容易だ、ということになり、いずれは闇地図が生まれる。

こうして利便性が非人道性に変化したときに、冒険者ギルドのような権威ある組織による規制が意味を持つようになる。規制は逆方向にも作用し、パーティーの中で命の軽重を殊更に定めること、そもそも 迷宮潜(ラビリンス・ダイブ) のために覚悟を決めたわけでもない人間に命を懸けさせることの罪深さに意識を向かわせ、冒険者という荒くれ者たちに一定の倫理を与える。

だが、今のような、第百階層でそもそも死者が多く、あるいは死者を出してもなお利益が得られるような状況、かつ冒険者ギルドの権威が相対的に落ちた状況では、規則や倫理などというものの効力は弱まる。

そうした世界で台頭するのは、【 黄昏の梟(ミナーヴァ・アカイア) 】のような、手段を問わない利益追求集団だ。

そこに対抗するために、ギルド側も手段は選んでいられない。ギルド側も手段を選んでいられないのなら、私たちはそれに乗るだけ。

「さてさて、ときに賢者殿」

作業が進む最中、ギルドマスターは珍しくも敬語に切り替えて、今度は私に確認を取ってくる。

「時計台は今、どんな感じですかな」

これは私賢者協会へのお伺いだ。

私は今日、ここに【 夜蜻蛉(ナキリベラ) 】の相談役と、当代の賢者としての二つの役割で来ていた。

「……ジジイ共もババア共も 原動機(モートル) の解析と、迷宮人の文献漁りに夢中になっています。たぶん勝手に街に繰り出してもいますね」

「それの共有は?」

「望み薄ですかね。私も市井に下ってしまったので、ここから先は私への情報共有も絞られるかと」

「むぅ。やはり、協力は得られませんか」

「ただ、これだけフィールブロンが面白いことになっているんですから、たぶんそのうちちょっかいをかけたくなって口出ししてくるとは思います」

「……面白い、とは他人事ですなぁ」

あ。

私は自身の失言に口を噤んだ。

隣にいた【 夜蜻蛉(ナキリベラ) 】の面々も苦笑しつつ気まずそうな顔をするが、ギルドマスターはまた、さきほどからと同じようにかっかと笑うのみだ。

「賢者殿。これを見ていただきたい」

ギルドマスターは私の失態に付け入るように──その気があったのかはわからないけれど、テーブルの上にガラス張りの、それなりに大きな木箱を置いた。

その箱の中には薄灰色の布が敷き詰められていて、底の形がそうなのか指で窪ませているのか、真ん中に放射状に皺が寄るようにしてあって、中央には私の掌ほどの大きさの、 鱗(・) が一枚鎮座していた。

それがテーブルに置かれ、皆がそれが何かを理解した瞬間、会議室に緊張が走った。

その鱗の色は、見る角度によって変わるようだった。純白のようでも、透明のようでも、影のように暗くもある。鏡の色がわからないようにその鱗の色も同定できない。ただ、 稜鏡(プリズム) のように光を周波数ごとに分解するようなふるまいがあって、その煌めきは生命の鼓動みたいに瞬いている。

ギルドマスターはおもむろに口を開いた。

「これは、“竜”の鱗です。闇競りで出回っていたところを、冒険者ギルドが押収しました」

そう言われて、私に伝えるべきことが伝わったと見るや、ギルドマスターは木箱を傾けて鱗をよく見せるようにしつつ、私に向かって続ける。

「状態は非常に良い。埃の痕もなければ蛋白質の劣化も始まっていない。魔力もまだ残存しています。自然に剥がれ落ちたものではなく、最近に剝がされたものと見るべきかと」

「……入手経路は」

「業者を当たっていますが不明です。ただ、いずれにせよ、闇競りという時点で【 黄昏の梟(ミナーヴァ・アカイア) 】あるいはその配下が調達したもので間違いないでしょう。冒険者ギルドの方の正規の交戦情報の中には、竜の鱗が散るほどのものは来ておりませぬ」

「なら、【 黄昏の梟(ミナーヴァ・アカイア) 】が能動的にこの竜の鱗を入手したと?」

「ええ。もしかすると、竜へ有効な対抗策・手段を見出したのやもしれません」

竜の鱗を入手できるほど確かな、竜への対抗策。

そんなものあるわけがない。あるとすれば、私やカミラさんが命を懸けて行う奥の手のみで、それは対抗策ではなく、緊急回避だ。

……という私の反論を、ギルドマスターは誘ったということだろう。

「今現在の段階で、竜ともっとも長く交戦したのは賢者殿です。どんな可能性があるのか、見立てを伺いたい」

「そんな手段を知っていたり、当たりがついているのならとっくに使っていますし、報告しています。今のところ、私は対竜障壁の簡易化に手一杯です」

「なら、いよいよ最悪の可能性について考えねばなりませんな。万が一それが事実であったのなら、我々にとってはいよいよ致命的なことになる」

緊張感の中、白々しく私とギルドマスターは言い合った。

もしも【 黄昏の梟(ミナーヴァ・アカイア) 】が竜への対抗手段を保有しているのなら、それ自体がかなりマズい。第百階層の開発の優位をすべて持っていかれてしまって、遠くない未来、フィールブロンと 迷宮(ラビリンス) は冒険者ギルドの手を離れてしまうだろう。

最初に問題となるのは、その竜への対抗手段とは何かということだ。

魔術か道具か方法か。それならいい。いつか私たちも模倣できる。技術に罪はないし、交渉によってはもっと良い形でギルドが公認を出し、清濁併せ吞みつつなんとは良い方向に舵を取る、という形の模索はできなくはない。もし仮に人命を使う違法なやり方なら、彼らと対決することが事態の収拾に繋がるだろう。

だが、ここで議論したいのはそうじゃない。

私たちが、竜に対抗し得る も(・) の(・) だなんて聞いて連想するのは、たった 一(・) 人(・) しかいないからだ。

ギルドマスターは私とカミラさんへ向かって座り直し、おもむろに──これが今日の本題ということなんだろう、言う。

「ヴィム=シュトラウスの捜索を、頼まれてはくれませんか」