軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九十八話 再現

前衛部隊は固唾を呑んで私の前に並んでいた。

先頭は盾部隊である。中庭に突っ立っているだけのはずなのに、まるで 迷宮潜(ラビリンス・ダイブ) のときのような配置、気合の入りよう。

……私はモンスターか何かか?

ごほんと喉を整えて、私は口を開いた。

「さて、君たちにはまず、自身の感覚が狂っていることを認めてもらう必要がある」

前回の大規模調査失敗の要因として、万能の付与術師であるヴィムが欠けたということは大きく、さらにそもそもの 迷宮(ラビリンス) の難易度が合っていなかった、ということが挙げられる。

ただ、それを差し引いたとしても、根本的に【 夜蜻蛉(ナキリベラ) 】の団員全体の戦闘力が下がっているという疑いがあった。

今まで耐えられていた出力の攻撃を耐えられない、今まで仕留められていたはずの攻撃で押し切れない。十回に数回はそういうこともあろうか、という不運を十回連続で引き続けるような具合である。

厄介だったのが、指揮官の目からは明らかなその違いを、個々の団員たちは認識できなかったということだ。

聞き取り調査をしてみれば、団員たち曰く〝調子が出ない〟と。

「原因は十中八九、ヴィムの 強化(バフ) だ」

私がそう言い切ると、団員たちは表情を強張らせた。

「あいつの付与術は個人の感覚に干渉するから、無自覚に恩恵に預かっていると好不調の基準が狂う。細かい感覚もそうだ。たぶん、そもそも筋力的に不可能な類の 強化(バフ) の感覚を変に追い求めて、体の使い方が崩れてる」

断言をされても反論をせず、表情を制御している団員たちを見ていると、きっと、彼らは薄々気付いていたんだと思う。

それでも、自分たちに恩恵をもたらし続けてくれた恩人のせいにしたくなくて、あるいは自分が築いてきたものが容易に他人に乱されたことを認めたくなくて、変に頑張って自分の力でなんとかしようとしたのだろう。

真面目過ぎるのも困りものだ。

「で、この解決策なんだけど──」

一旦、アーベルの方に目を遣る。

「アーベルは特に問題ないんだよね? ヴィムの影響とかは」

「いえ」

「え、なんかあるの」

「その、寂しい……です」

「……で、カミラさんも特に調子を崩したりということはないらしい」

私はそのまま、前衛部隊全体の方に向き直った。

「つまり、ヴィムと 強化(バフ) を使った訓練をしていた組はマシってことだね。一緒に 強化(バフ) の訓練をして慣れた者なら、どこまでが本当に好不調の範囲か、 強化(バフ) による意図せぬ動きか区別がついたということだろう。だから解決策として、全員に同じことをする」

説明を一通り終えて息を吐き、訓練の準備に移ろうとすると、前列から手が挙がった。

マルクさんだ。

「あのー、相談役」

「なんだい」

「同じこと、とは?」

「ん? だから、同じ 強化(バフ) を使って訓練するんだよ」

「いや、そんなこと言ってもヴィムさんはもういないわけで」

「そうだね」

「いやいや、じゃあ誰がその 強化(バフ) をかけるんですかい。あんな付与術師、フィールブロン中のどこを探しても」

「え、私だけど」

彼も含め、前衛部隊の全員がきょとん、としていることに気付く。

ああ、そうか。その説明が抜けていた。

「……私、賢者だぞ? 付与術も使えるぜ?」

団員たちはすっかり忘れていたと言う代わりに、ああ、と言った。それでも半信半疑の態度が透けて見える。

……たまに思うが、こいつらって絶妙に私のことを舐めていないだろうか?

足元に置いた袋から、持ってきたヴィムの 帳面(ノート) を取り出し、開く。

「ほら、アーベル。一応ヴィムのと同一のものをかけるから、まずは君個人として感覚が一致するか確かめてくれ」

「え、ああ、はい!」

無論、同じことをするといってもあいつみたいに簡単にはできないから、魔術公理から唱え直す。いつもみたいに雑に魔力に従ってもらうだけじゃ駄目だ。

声帯に魔力が篭もらないようにする。あいつがやっていたみたいに、何もない者が何もない故に中立であることを前提に、一から始める。

「『 定義(ディフィニション) 、 我が承認せし(ディ・グニーミコン) 理において(アクシオン) 、 双線は分かたれず(ディ・ドッペリーニ・エーヴェ) 、 相交わる(ヴァリューラ) 』」

唱えると、私がやっている仕方とは違うふうに空気が整理された。

酷い感覚だ。通常は整理と言っても、魔力や事物が生きていたことを知って、それが従ってくれる感覚に酔いしれる──言うなれば、自然を有機的に感じて感動するものだけど、この付与術では、真逆のことが起きてしまう。

あらゆる事物は所詮無機的に雑多に存在して、その一つ一つが強固な物理法則でのみに従い動きあっていることだけが猛烈に痛感される。そして、その細かな事物の情報が全部流れ込んでくる。

それをすべて、制御せねばならない。

「『 靭かに耐え(ミト・ギヴァルト) 』・『 瞬いて閉じよ(エンナイネム・ゲンブレイク) 』──」

象徴詠唱をするたびに、乗数倍で情報が膨れ上がってきた。

つまり、やっていることというのが、ただただ一つ一つの物体にそれぞれの物性の変化を設定して、それを自分の脳みそ一つで調整している、ということになるわけだ。

言い換えるなら、立ち上がるにしても、歩くにしても、すべての筋肉を理性で動かして動きを成立させ続けねばならない。

頭ではわかっていたつもりでも、実際に自分がやってみると大違いだ。

「── 付与済み(エンチャンテッド) 」

ヴィムの五十倍もの時間をかけてようやく詠唱が終わると、アーベルの体を淡い光が包み、三度ほど瞬いた。

「どう? 一応ヴィムのやつとおんなじはずなんだけど」

「はい! 同じです!」

アーベルはぴょん、ぴょん、と嬉しそうに跳ねている。

とりあえず見た目は成功したらしくはある。よし、最後の確認だ。

「じゃあ、盾を持ってそこの、あ、みんな、どいてくれ。流れ弾が行くかもしれない」

喜んでいるアーベルの背を押し、盾を持ってもらい、中庭の隅で構えさせた。

「……え?」

魔術公理を書き直し、頭上に大きめの氷塊を作る。いつものアーベルではギリギリ抑えきれずに粉砕されるくらいの質量だ。

「いくぜアーベル──」

「あ? は? ちょっと! え? ハイデマリーさん! 死にますって!」

「──『 氷槍(イース・スピア) 』!」

そのまま射出した氷が、アーベルの盾に激突する。

轟音が鳴って、槍が散る。砕かれた氷が広がって霧になる。

そうしてできた氷煙の中から、変わらぬアーベルの盾が現れた。