軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十七話 栄市は寂れて

「……めでたしめでたし?」

ラウラが可愛らしく首を傾げて言った。

一時は寝ぼけ眼を一生懸命に持ち上げて話を聞いてくれていたのだけど、峠を越えて目が冴えて、今は半分興奮しつつ、最後の元気と言わんばかりに爛々と目を開けている。

泊まり枝の夜も明けつつある。もうすいぶん長く話している。酒が抜けて水が足りなくなって、喉がカラカラになった。突っ伏して座るのにも疲れた。背中が張っている。

一息ついた私を見て、牛娘が喉を整えた。

「かくしてフィールブロンに着いた二人は、今日も楽しく一緒に冒険に向かいます。これから先どうなるかは、読者のみなさまのご想像にお任せしますということで──」

「このザマなんだよねぇ……」

約束通り二人でフィールブロンに来て、たくさんの初めてを共有したのだ。

冒険者の登録に始まって、 迷宮(ラビリンス) にちゃんと二人で臨んだ。酒だって見張りあいながら飲んだし、試しに煙草を吸ってみて馬鹿みたいに咽て、二度と吸うかと言い合った。夜のフィールブロンに繰り出してみたりなんかもした。

いつも私がやるぞと言いだして、ヴィムがはいはいとついてくる。あれであいつはけっこう乗り気だったりするから、遠慮もなかった。

「楽しかったぜぇ、あの時は。今でも思い出す、我が人生最高の時だよ」

「それじゃあ、なんで変態ストーカーなんてやってたんです?」

「ぐふっ……牛娘、おまえほんと遠慮がないね」

「私たちの仲じゃないですか」

聞いてきた牛娘と、ラウラが二人揃ってまた首を傾げる。

「……だから、最初に言ったろう。しょーもない話なんだよ」

本当に、つまらない話なのだ。

長々と話したのも、こんなに楽しくて劇的な話の終わりがあまりにも仕様がなくて、全部ふいにしてしまうようだったからだ。話の上でも、先延ばしにしたかった。思い出に耽りたかったのかもしれない。

「ここまで……いや、まあ、もうあいつは行っちゃったけどさ。もう一度一緒に潜れるようになるまで、私が口利きで【 夜蜻蛉(ナキリベラ) 】に呼ぶことをなんとか受け入れてもらうまでには、私も相当慎重に事を運んだんだ。状況も見た。過去の文脈が薄れるまで待った。意地を張るのが子供っぽいと思うくらいまで、まったく関係のない話ばかりをした」

そう、だから、ここ最近は、人生で二番目に楽しい日々だった。

最初の失敗を活かせたのか、そうじゃないのか。成長したのかなんなのか。わからないけれど。最初の失敗に比べたらマシだ。

「君たちは見慣れているから私をなめ腐ってるだけでね、賢者というのはすごいんだぜ? そりゃ、もう、はちゃめちゃにすごいんだ」

私は今、自虐気味に喋っている。

二人にもそれが伝わったようだった。

誰が悪かったかと言えば、私が悪いんだろう。だって織り込み済みだったから。織り込み済みでさえあれば対処ができると、そう思ったから。

浮かれてそういう勘違いを、してしまったから。

「なあ牛娘、たぶん、私──第七十四代目賢者が冒険者になったって話、当時は相当話題になってたろ」

「あー、そうでしたね。すごい騒ぎでした。うちにも来てくれたらサインもらうのに! ってマスターと話してましたね」

「……んじゃ初対面で気づきなよ。憲兵呼ぶなよ」

「いえ、あれは今でも間違った行動ではなかったと思います。というか自爆したストーカーが賢者様とは思わないじゃないですか」

「……まあいいや、それで、そのとき、ヴィムの名前も一緒に聞くことがあったかい? そのあたりの段階では、私たちはまだ組んでいたはずだ」

「……なかった、と思います」

「だろうね。はっきり言ってしまうと、冒険者一般での付与術師の扱いは、賢者と真逆も真逆なんだよ。君たちはヴィムしか知らないから、わからなかったかもしれないけれど」

今、周りの人間が見ているヴィムと 初心者(ルーキー) のヴィムには、あまりに大きな乖離がある。

「付与術師ってのは、弱いんだ。それだけで差別してしまうことが、相当の合理性を孕んでしまうほどに」

あいつは本当に、頑張ったんだ。信じられないくらい。

「ヴィム=シュトラウスくん、だね」

図書館の帰りに、見知らぬ人に声をかけられた。

きちんと髪と服装を整えた、快活な口調の男性だった。

相手がどう言ったらどう返すかの心得もあるようで、あわあわと応対している中であれよあれよと喫茶店に連れ込まれて、名刺を渡されてしまった。

名刺には【 夕水蠆(リベレンラーブ) 】、と書いてあった。

あの大手パーティーの下部組織だ。新米冒険者の中ではけっこう評判になっている、はず。

「いやぁ、最年少の第五十階層到達おめでとう! 歴史的ってもんだ。君の名前はこのフィールブロンの石碑に刻まれているよ」

「そ、そうですか……」

「我々はぜひ、君を我がパーティーにお迎えしたくてね。君ほどの若さで、才能どころか、もう成果も出しているんだ。目を付けないわけにはいかないだろう?」

「……でも、俺、付与術師、ですけど」

一つ、俺の決まり文句を投げてみた。

男性は少しだけ止まって、待ってましたとばかりに鞄から紙の束を取り出し、テーブルの上に置いた。

「そう言うと思ってね。なぁに、うちは懐の広いパーティーだ。過去にも在籍していた付与術師はいるし、その記録の蓄積があれば君も──」

本職の人に提案するのは気が引けるんだけど、という前置きで、見事な説明が始まった。

効率的な付与術師の運用方法、その利点、十分な給与、今でこそ付与術は注目を集め始めている、君はまだ発展途上、場合によっては幹部候補、だとか、そういう話だ。

やはり、そういうための説明なんだとすぐに理解できた。

付与術について俺はよく知っている。たくさん勉強をした。自分の唯一の生きる術だから。

だから、その限界についても知っている。多少図書館で一生懸命調べた可能性は一切合切承知している。

少なくとも今の体系において、彼が話しているのは切り貼りしてそれっぽく魅力的に見せかけられただけの、机上の空論だ。

わかっていたのに、ほんの少しくらい、期待をしてしまった。

何かの間違いで、あるかもわからない俺本人の長所が見いだされたんじゃないかって、心のどこかで思ってしまった。

これで何パーティーめだろう。彼らはあの手この手を使って、待ち伏せをして、時に俺を煽てながら、こうやって誘ってくる。

だって 彼(・) 女(・) は取り付く島もないから。賢者協会の庇護もある。迂闊に手を出していい存在じゃない。

俺は唯一のとっかかりだった。気も弱いから、こうして押されてしまえば、断りきれずに話くらいはさせてしまう。

「……残念ですけど、その、俺を誘っても、ハイデマリーがついてくることはないと……思います。たぶん彼女はそういうのが、一番嫌いです」

そう、彼らは、 ハ(・) イ(・) デ(・) マ(・) リ(・) ー(・) を(・) 目(・) 当(・) て(・) に(・) 、俺に接触している。