軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十話 曲がりなりにも

職業取得の儀式は二段階に分かれる。

最初に行うのが“ 孵化の儀(サフ・ア) ”。

これは施術によって魔力覚醒者の“核を開く”儀式のことである。

職業を取得するためには必須の過程であり、この段階で核の内側にある魂の形を見ることができる。魂の形は端的に立体として投影することが可能で、その形によって職業の適性が見極められる。

そして 孵化の儀(サフ・ア) からほとんど時間を置かずに行わねばならないのが“ 蛹化の儀(パプ・ア) ”。

ここで魔力覚醒者は自身の希望する職業に沿った詠唱を行い、自らの肉体を変化させる通称“繭”の状態に入る。この繭が終われば晴れて職業を取得して覚醒となるわけだ。

繭の状態では著しく体内の構造が変化するので、意識がなくなってほとんどまともに動けなくなるし、体力のない子供だと最悪の場合命を落とすこともある。

だから慣習として、繭の状態の魔力覚醒者はその期間を通称“蛹室”と言われる個室で過ごすことになっていたりする。

繭の状態から復帰して職業を取得した状態で目覚めるまでの時間には個人差と、何より職業によって大きな差がある。

戦士の系統では最低丸一日、神官だと丸二日、魔術師だと二日から三日。これらは覚醒者の魔力が多ければ多いほど長引くので、繭の時間が長かった人間は素質があるとみなされる。

ちなみに、付与術師はこの繭の時間がほとんどないらしい。身体能力も魔力もあまり変化しないからだとか。

これらの儀式はすべてが不可逆。 孵化の儀(サフ・ア) から 蛹化の儀(パプ・ア) を行わず時間を置きすぎると魔力が失われるから、意外な適性が出たとしても迷ったりしている暇はそんなにない。そして詠唱をして“繭”になってしまえば二度と他の職業は取得できない。

職業の適性の有無、それに基づく選択が人生を大きく左右することは言うまでもないだろう。

ただ、希望と適性は割と一致するので実は迷う人は少ないんだとか。

魂の形の通りに人間は行動するから、本人も自然とそれに沿った職業を望むようになるらしい。

じゃあ、俺はちゃんと魔術師になれるのだろうかと考えたりする。

自分の心の赴くままに生きてきた自信なんてないから、もっと違う適性が出ることだってあるに違いない。

すべては儀式が始まるまでわからないから、考えてもしょうがないんだけど。

儀式の会場はいつもの教会だった。

通常ならもっと巨大な都市に魔力覚醒者が集められるらしいのだが、リョーリフェルドは田舎も田舎。一番近い都市すら相当遠い。

だから逆に地方特設会場として、ここら一帯の魔力覚醒者はこの教会で儀式を受けることになっていた。

まあそれでも、儀式を受けるのは俺とハイデマリーの二人だけだったんだけど。

地方特設会場に二人しか魔力覚醒者がいない、というのは少ないらしいが、一つの領地から二人も魔力に目覚めたということは案外珍しいことだったりする。ハイデマリーについては周知だったけど、俺まで目覚めたと広まったときは軽い騒ぎになった。

周りの反応は本当に微妙だった。

家の認識によっては胴上げされたりするらしい中、シュトラウスの人たちは褒めてくれることなく、単に距離を置かれただけだった。

同年代の子供たちも一緒。もともと関わりがなかったから特に認められるということもなく、でもチラチラと侮蔑以外の視線を送られたりした気はする。

ほら、あんな感じの。

「堂々としてろって。今日の主役は私たちだぜ」

「いやぁ……だからこそ、みんな無関係だし」

田舎らしくこういう大きな催し物の準備には近所の子供たちがみんな動員される。俺とハイデマリーも当然参加する中、見知った子たちも不満な顔丸出しで礼拝堂から長椅子を運び出していた。

それだけならいつもと変わらないけど、やはり視線が気になる。

き、気まずい……

ただ単に神父様の指示に従っていつもの礼拝堂を片付けているだけのはずなのに。

「ねえ、あなた」

不思議なもので、あらゆる部屋というものは家具がなくなったら倍以上に広く感じる。特に昔から行儀をよくするように言われていた礼拝堂みたいなところが片付いて、走れるくらいの広さになるとなんだか落ち着かない。

それなのに、一緒に作業していたハイデマリーが呼ばれたとか言ってどこかに行ってしまった。

こんなことなら早朝から一人で作業しておけばよかったなぁ、と──

「ねえ! あなた! さっきから呼んでるでしょうが!」

──急に、声をかけられた。

「……俺?」

「そうよ」

ハイデマリーよりちょっと背が高い少女だった。というか知っている顔だ。たぶん、ハイデマリーと一番よく話していた子だ。

「えっと……」

「ティナよ」

ああ。確か、そんな名前だったっけ。

「あなたね、マリーを誑かしたのは」

何か、やたら攻撃的に見えた。

参ったな、こういうのは苦手だ。こういう人ほどやたらと真っ直ぐ目を合わせてきたりするから、余計に目を逸らしたくなる。当然、話せもしない。

……だって怖いもの。

「なんとか言ったらどうなの」

「えっと、その……ごめんなさい」

「やっぱり! あなた、マリーに何かしたのね!?」

「いや……そう、ではなく」

ちらと服装を見てみると、農民らしからぬ上品な服でめかしこんでいる。

ハイデマリーが通っていたお嬢様学校のご学友みたいな関係なのだろうか、と推測してみる。

「あなたと遊び始めてからマリーは学校をやめちゃったの! でも、いつか戻ってきてくれるって思ってたら、そんな、冒険者なんて!」

雰囲気から察するに、彼女の中で俺はどうやら悪者らしかった。罪状はハイデマリーに悪影響を与えた、みたいな感じらしい。悪い友達だと思われているとかそんなところだろうか。

この子は思い込みが強い方みたいだった。

いつもなら黙って逃げるところだけど、教会で人の目が多いとそういうあからさまなことはやりにくい。

なんとか、許してもらえないかな。

「その……ごめんなさい、それは、違うというか。その。どっちかというと、俺は影響された方というか、その」

「何よ。はっきり言いなさいよ」

「……誑かされた方?」

「はぁ?」

「君も、そうじゃないの……?」

「あなたね、ちゃんと質問に答えるか、マリーを説得するかしなさいよ」

……説得と言われても。

「君は、その……ハイデマリーが、自分の意志で全部やってると、思わないの?」

俺がそう言うと、彼女はうっと押し黙った。

「そんなわけないじゃない! マリーは私の友達なの! だからっ! だからっ!」

反応から、この子は思い込もうとしているだけで物事は弁えているんじゃないだろうかと思った。俺に対して八つ当たりしてきている意味も、なんとなく自覚しているんじゃないかと。

「……じゃあ、蛹室のときの世話係でも、その、やったら、どう?」

「は?」

「……蛹室では、世話係が必要なんだけど、吐いたりいろいろするから、男の俺じゃ不都合あるし、というか俺も蛹室に入るから。だからやっぱり、女の人で、手伝える人がいると、その、それが友達だったら、ハイデマリーも心強いと思うし」

ちょっと喋りすぎたかな、と思った。すると彼女は目を丸くして俺の方を見ていた。

「……あなた、案外、長く喋るのね」

「……ごめん」

俺はどうやら、このティナという少女の威勢を削ぐことに成功したみたいだった。

「ねえ、あなた、今、友達って言ったけど」

「……はい」

「マリーは私を友達って言ってたの?」

「……名前は、聞いたことある」

「……そう」

嬉しそうな反応に見えた。

そこまで話してみて、ハイデマリー以外の子とここまで会話が続いたのが、人生で初めてくらいだったことに気付いた。

妙な気分だった。この子みたいに快活で人の輪にいそうな人たちとは縁がなかったから。

なんとなくだけど、俺もこの子も、この年になったから初めて話せたような気が、しないでもなかった。

「だからその、ハイデマリーをよろしく」

「……あなたによろしくなんて言われる筋合いはないわ」

そう言って彼女はぷいと振り向いて去ってしまった。