軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

書籍版乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です 完結記念SS

あの世と現世を繋ぐ大きな門の前で待機をしている球体がいた。

ソフトボールくらいの金属色の球体は、一つ目のような赤いレンズを持っている。

赤い一つ目は、こちら側に流れてくる魂をずっと観察していた。

大量の魂が流れ込む景色は川のようである。

時折、増水したように勢いを増す。

それは大きな戦争や災害が起きた時だ。

魂は門を通ってこちら側に来て、現世での疲れを癒してまた戻っていく。

輪廻転生――【ルクシオン】のただ一人のマスターであるリオンが経験したのは、特別なことではなかった。

誰もが経験していること。

リオンに特別な点があったとすれば、それは未来を再現したあの乙女ゲー【アルトリーベ】の攻略情報を望んで持ち込んだことだけだ。

前世の記憶。

中でも重要な記憶だけを、来世に持ち込んだ。

アルトリーベの攻略情報が必要だったから。

『……全く、相変わらず無茶をしますね』

流れを観察していたルクシオンは、不自然な動きをする魂を発見して呆れたように呟いた。

同時に懐かしさを感じるが、どうしようもなく悲しい気持ちになった。

近付いてくるのは傷だらけの魂だ。

ルクシオンに近付いてくる魂は、徐々に姿を変えていく。

輪郭を得て人型になり、男性のようなシルエットをしていた。

ルクシオンが声をかける。

『来るのが早過ぎます。――相変わらずせっかちなマスターですね』

生前の姿を再現した魂の正体はリオンだった。

ルクシオンと別れた当時の姿をしており、本人は気まずそうにしていた。

早く来すぎた――死ぬのが早過ぎたと自覚しているからだろう。

二十年ぶりに再会したリオンは、当時と変わらない軽口で答える。

「待たせるのは好きじゃないからな。それに、俺は五分前行動を好む時間にうるさい男だぞ。ちょっとくらい早い再会も悪くないだろ?」

『おかしいですね? 私はマスターが時間にルーズだったと記録しているのですが? 何度遅刻を防いだかお忘れですか?』

「俺は過去を振り返らない男だから覚えてないね」

おどけて見せるリオンに、ルクシオンは僅かに嬉しそうな電子音声で答える。

『相変わらずのようで複雑な気分ですよ。変わらないのを喜べばいいのか、成長していないのを嘆けばいいのか』

「再会していきなり嫌みや皮肉のお前も、俺としては成長を感じないけどな」

『期待していた分、裏切られた気分ですね』

「俺に期待するお前が悪い」

『えぇ、確かに。期待した私が――愚かだったのかもしれません』

変わらない軽口に、ルクシオンは嬉しさと一緒に怒りが込み上げてきた。

リオンに対してではない。

クレアーレや他の人工知能たち――そして、自分の後継に対してだ。

『私の後継は何をしていたのでしょうね。マスターを守る立場でありながら、四十にもならない内にこちら側に送ってしまうとは情けない』

後継といっても初期化したルクシオンそのもの。

自身に対して歯がゆい気持ちがあった。

ルクシオンの様子を見ていたリオンは、困ったように笑みを浮かべている。

そのまま疲れたように腰を下ろした。

疲れている――というよりも、もう限界なのだろう。

「言ってやるなよ。無茶をしたのは俺の方だ。エリシオンは必死に止めてくれたよ。――みんな、止めてくれたのに、無茶をしたのは俺だ」

みんな、というのはきっとアンジェやリビア、それにノエル――他にも縁を結んだ人々だろう。

あの五馬鹿も必死に止めたのだろう、とルクシオンも容易に想像できた。

疲れ切ったリオンの姿は、体に亀裂が入っている。

その傷を見たルクシオンが言う。

『無茶といえば、自らの魂まで裂いて現世で複数の自分を用意したこともそうですね。必要だったとはいえ、無謀が過ぎます。現世で同時期に同一存在を用意するなど――もう、魂が限界ではありませんか』

ルクシオンから見れば、リオンの魂は今にも裂けて霧散してしまいそうな状態だ。

今にも消えてしまいそうなリオンは、苦笑していた。

「必要だったんだから仕方ないだろ。俺一人じゃどうにもならなかったんだよ。けど――うん、流石にもう無理だな」

これ以上無理をすれば、魂が霧散して消えてしまうとリオンも気付いているのだろう。

そうなれば二度と転生することもない。

リオンも理解しているのか、これ以上は手を出さないようだ。

「後はアンジェたちに任せるとするよ。子供たちもいるし、俺の代わりはコリンに頑張ってもらうとするさ」

『弟君に?』

ルクシオンが不思議そうにすると、リオンが嬉しそうにしていた。

「そうだな。長い話になるけど、アンジェたちを待つのに丁度いい。待っていないとリビアは怒りそうだし、ノエルも泣くだろうから」

妻たちがここに来るまでの時間潰しとして、現世で何が起きたのか語るらしい。

ルクシオンも聞きたいが――その前に、どうしても聞いておきたいことがあった。

『それよりも、現世で迎えたのはお三方だけでしょうか?』

この質問にリオンは目に見えて動揺しており、視線をさまよわせていた。

「そ、その話はどうでもいいだろ」

『よくありません。どれだけの人数を待つのか知っておく必要があります。私の予測では、あの時点で既にマスターが迎えなければ問題が発生する方々が何人も――』

「俺の結婚生活を深掘りすると後悔するぞ! ――主に俺が」

ルクシオンがそばで支えられなくなってからも、色々とあったようだ。

『それでは、気になった人物を一人だけ確認させてください』

「ひ、一人だけなら」

『ミレーヌはどうなりましたか?』

リオンはルクシオンの追求する視線から顔を背けると、弱々しい声で答える。

「あの後すぐに……迎えました」

『やっぱり』

ルクシオンが呆れた声で言うと、リオンがわざとらしい咳払いをする。

「結婚生活については話の流れで教えてやるよ。さて、まずは何から話そうかな? やっぱり砂漠のオシアスかな? あそこも大変だったよ」

色々とあったのか、リオンは複雑そうな顔をしている。

ただ、少し嬉しそうにもしていた。

「コリンがさ。手伝ってくれたんだ。手のかかる可愛い弟だと思っていたのに、いつの間にか立派になっていてさ」

『健やかに成長されたようで何よりです。ノエルの件で人生を踏み外していないかと心配しておりました』

「あ、でもノエルのことを引きずっていたのは相変わらずだったな。そのせいで恋人を怒らせて、アンジェやリビアが呆れていたし」

何やらコリンも大きな失敗をしたらしい。

『やはりご兄弟ですね。恋愛絡みで弱いのは弟君も同じでしたか』

「言っておくが、俺はあの後に女性関係は気を付けたからな。いつまでも昔の俺だと思うなよ」

『成果は出ましたか?』

「え?」

『気を付けたと言われましたが、その成果は出たのかと聞いているのです。まさか、気を付けただけ、ではありませんよね?』

自分は成長したと言い張ったリオンだが、ルクシオンの疑惑の視線に耐えきれず話を変えようとする。

「とりあえず砂漠の国の話をしようじゃないか」

『都合が悪くなると逃げる――相変わらずですね。まぁ、いいでしょう。それで、砂漠の国では何があったのですか?』

リオンはルクシオンを前にして、身振り手振りを加えて話し始める。

「それがさ、これまで国同士の付き合いもなかったから大変だったんだよ。国交を結ぼうとしたら問題が出て来るしさ。それに、誰かに任せるわけにもいかないから、俺が現地乗り込んだんだよ。――教師として」

『それは――生徒さんたちが可哀想ですね』

「そっち!? 俺の方を少しは心配しろよ! 苦労させられたのは俺の方だぞ!」

『この件は第三者の意見も交えつつ判断すべきですね。また暴れたのではないですか?』

暴れたと言われ、リオンがばつが悪そうに頭をかいた。

「俺のせいじゃねーし」

『その判断はアンジェリカたちがこちら側に来た時に確認しましょう。あぁ、そうでした。アンジェリカたちはどうなったのですか?』

リオンは少し悲しそうに、それでも嬉しそうに笑った。

「大泣きしたよ。でも、悪いとは思いつつも――死ぬ時に惜しまれるのは悪くないな。うん」

今際の際を思い出したリオンは、少ししてから大きなため息を吐いた。

「――でも、いい年した野郎共が泣きながら俺に抱きつくのは間違いだと思うんだ。アンジェとリビアが、凄い顔で引き剥がしたけどさ」

きっと五馬鹿のことなのだろう。

『仲が良さそうで何よりです。それで、マリエは?』

「あいつ? 気を利かせて笑ってくれたよ。『どうせ暇だろうから私が行くまで待っていなさい』って」

『仲が良すぎるのもどうかと思いますよ。そのせいで何度もマスターはマリエと――』

リオンがそこから先を言わせないように、手で制した。

「言うな。思い出すと俺にもダメージが入る」

リオンは気を取り直して、話に戻るのだった。

「さて、俺が砂漠で男子校の教師になった話だったな? あの時も色々と大変だったよ。何しろ、あの乙女ゲーの主人公が男装して男子校にいるんだからさ。攻略情報も少ないから、もうあれこれ動き回って大変だったよ」

大変だったと言いながらも、リオンは嬉しそうに懐かしむ。

ルクシオンはリオンの傍に――右肩付近に近付いた。

いつもの定位置だ。

『実に興味深い話です。それでは、ゆっくりと聴かせてもらいましょう』

「まずは不良と喧嘩をした話になるな。調子に乗った奴が主人公の子に喧嘩を売ってさ。代わりに俺が買ってぶん殴ってやったら、今度はそいつの実家が出てきてさ。いや~大変だった。最終的に国家権力で黙らせてやった時は気分爽快だったぜ! ――ま、ほとんどアンジェに頑張ってもらったんだけどね」

子供に喧嘩を売られて、国家権力を持ち出したという話にルクシオンは驚愕した。

しかも、問題を片付けたのはアンジェだ。

情けないことこの上ない。

『――本当に変わらないマスターですね』