軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

『心は一つ』

「アレン!? どうしたの、アレン!」

私はすぐに飛び起きて、アレンの元に駆け寄った。そのまま軽く肩を揺すると、アレンの髪と瞳から黒い色がスーッと消えていき、元の白に戻ったと同時に私の方に目線を合わせてくる。

「……お姉ちゃん?」

「そうよ! アレン、平気? 何処か体が痛かったり苦しかったりしない?」

「うん、平気……お姉ちゃんは?」

「平気よ……アレンが助けてくれたんでしょ? ありがとう」

小首を傾げるアレンを、私はそっと抱きしめる。アレンが使ったのは、まず間違いなく「終わりの力」だ。当然それをアレンが持っていることは知っていたけれど、まさか自分の意思で使えるとは思ってもみなかった。

それに何より、「終わりの力」は単に使えば相手が 終わる(しぬ) 無敵の力ってわけじゃない。最近のエドは気にせず使いまくっていたけれど、昔は使う度に大きく傷つき、苦しんでいたことを私は知っている。

だからこそ心配したのだけれど……どうやらアレンは大丈夫らしい。ひょっとして体が普通の人間とは違うんだろうか? それとも元が「神」だったことが影響してる? 詳しいことは何もわからないけれど、とりあえず今は平気だということで、私はホッと胸を撫で下ろした。

ただ、それで問題が全て解決したわけじゃない。むしろ大変なのはこれからだろう。

「おいティア、今のは何だい? その子は一体……?」

アレンを抱きしめる私に、アレクシスが訝しげに声をかけてくる。そしてそれは、アレクシスだけでは収まらない。

「待てアレクシス。不用意に前に出るでない」

ゴンゾもまたアレクシスを庇うように前に出ると、私達に警戒の目を向けてくる。それは決して、さっきまでの私達に……仲間に向けるような目ではない。

「すまんなティア。お主達が悪人だとも、意図してワシ等に害を為すような者だとも思ってはおらぬ。だがワシは陛下に、アレクシスを頼むと言われておるのだ」

「大丈夫よ、わかってるから」

私の中の冷静な部分が、ゴンゾやアレクシスの態度が当然だと納得している。

人は誰でも、得体の知れない力を恐れる。ましてやそれを振るうのが己の世話すらおぼつかない幼子となれば、警戒して当然。何故なら子供とは敵意も悪意も、それどころか自覚すらなく己の力を振るうものだからだ。

それに加えて、アレクシスは大国の王子だ。魔王のいないこの世界は私の知ってるかつての世界よりずっと平和で安全だし、勇者アレクシスがそうであったように、こっちのアレクシスも万が一の時の奥の手を持ってはいるのだろうけど、アレンが見せた力の前でそれを使う時間があるとは思えない。

だから、これは彼らが悪いわけじゃない。わかってはいるけれど……でもちょっとだけ、私の中に寂しい風が吹き抜けていく。

「でも、ごめんなさい。何か説明できたらいいんだけど、私にも何もわからないのよ。アレンがあんなことができたなんて、今初めて知ったから」

「……まあ、そうであろうな」

私の言葉に、ゴンゾが頷いてくれる。実際、私は何も知らなかった。というか、私とアレンが知り合ったのは、ゴンゾ達と出会うほんのちょっと前なのだ。アレンがどういう存在であるかは知っていても、アレン本人がどういう子なのかは、これからゆっくり知っていこうという段階なのだから、説明なんてしようがない。

「……お姉ちゃん、どうしたの?」

と、そこでずっと私が抱きしめたままだったアレンが、クイッと顔を動かして話しかけてきた。なので私は努めて平静にアレンに答える。

「ううん、何でもないの。アレンが私を助けてくれた力に、ゴンゾ達がちょっと驚いちゃったみたいね」

「……ボク、悪いことした?」

「そんなことないわ。だってアレンは、私を助けてくれたんだもの」

無機質に見えるアレンの瞳の奥に僅かな感情の揺らぎを見て、私は改めてアレンを抱きしめながら言う。だってアレンは悪くない。何一つ悪いところなんてない。

でも、ゴンゾやアレクシスだって悪くない。この場に悪い人なんて一人もいないのに……だからこそ辛い。

いつかこういう問題に直面するかもという予感はしていた。「神」が「人」になったのだから、特別な力を持っているかも知れないと予想はしていた。

でも、それがこんなに早い段階で来るなんて思わなかった。そういうのはもっとアレンが成長して、私との絆が深まったあとだと、勝手に思い込んでいた。

そうであれば乗り越えられると、そうであればわかり合えると。たとえ凍える吹雪が吹き付けようと、二人ならば温め合えると。なのにまさか、産毛すら生えそろわないうちにこんなことになるなんて……

「何よアンタ、凄いじゃない!」

そんな空気を一発で破壊したのは、今までずっと沈黙を保っていたルージュだった。彼女は警戒するアレクシス達を一顧だにせず、笑顔でこちらに歩み寄ってくると、私からアレンをむしり取って、自分の前に立たせた。

「あっ!? ちょっ、ルージュ!?」

「アレン、アンタこんな凄いことができたのね! ふふーん、やっぱりアタシの目に狂いはなかったわ!」

「ルージュお姉ちゃん……?」

「それだけの力があるなら、そうね……世話役というより、従者にしようかしら? うん、そっちの方が箔がつくわね。そういうことなら、これからはもっとビシビシ礼儀作法を仕込んでいくわよ!」

「おいルージュ、君は何を言ってるんだ!? そいつは得体の知れない力で、ノーブルグリズリーを一瞬で塵に変えるような奴なんだぞ!?」

そんなルージュに、アレクシスが咎めるような声をかける。だが言われた方のルージュは、馬鹿にしたような目をアレクシスに向ける。

「ハァ、これだから凡人は嫌ね。いいアレン? 大抵の凡人は強い力に憧れるけど、強すぎて理解できない力には恐怖を覚えるのよ。だから貴方はまず、凡人に怖がられない手加減の仕方を覚えないといけないわね」

「怖い……ルージュお姉ちゃんは怖くないの?」

「私? 天才の私が怖がるわけないじゃない! どっかの器の小さい王子様とはモノが違うのよ、モノがね!」

「ぐっ……」

ルージュの流し目に、アレクシスが悔しそうに呻く。そんなやりとりを見て、私は思わず吹きだしてしまった。

「ふっ、くっくっく……あはははははははは!」

「ちょっ、どうしたのよティア!? いきなり笑い出すなんて、まさかアンタまでどうにかなっちゃったわけ?」

「失礼ね、私はどうにもなってないわよ! ただ凄く……凄く笑いたい気分だってだけよ。あはははは!」

「えぇ……?」

戸惑うルージュを前に、私はお腹を抱えて笑い続ける。自分一人で全部なんとかしようだなんて、私は何て思い上がっていたんだろうか。

確かにアレンとずっと一緒にいると約束したのは、私だけだ。でもアレンの側には私しかいないわけじゃない。アレンの力を怖がる人もいれば、それを気にせず受け入れてくれる人だっているのだ。そんな当たり前のことに今の今まで気づけなかった自分が、おかしくておかしくてたまらない。

「ねえルージュ、前から思ってたけど、貴方実はいい人ね?」

「へ!? 何よ突然、気持ち悪っ!?」

「そこまで言う!? せっかく褒めてあげたのに」

「アンタに褒められるなんて、それこそムズムズして落ち着かないわ! そんなことより、さっさとそっちの死体をどうにかしなさいよ! あ、それとも手加減の練習ってことで、アレンがやってみる?」

「ボク?」

「待って待って! アレンの体にどんな負担がかかるかわからないのに、いきなりそんなことさせないでよ!」

「何よ、それこそやってみなきゃわからないでしょ! それに今ならゴンゾもいるんだから、ちょっとくらい無理したってどうにでもなるわよ。ねえゴンゾ?」

「おぅ!? そ、そうだな。まあ多少の体調不良ならどうとでもしてやるが……」

「だって。どうアレン、やってみる?」

急に話を振られて戸惑うゴンゾをそのままに、ルージュが問う。すると問われたアレンが振り向き、私の顔を見てくる。

「えーっと……お姉ちゃん?」

「あー…………うん、そうね。アレンが大丈夫そうで、やってみたいって思うなら」

「そっか。なら、やってみようかな」

「流石は私の従者ね!」

「だから勝手にアレンを従者にしないでよ!」

「何よ、アンタこそアタシのアレンを勝手に独占するんじゃないわよ!」

「『アタシの』ってどういう――」

「ええい、やめんか! ここはまだ森の中なのだぞ! それ以上やかましくして魔獣が寄ってきたらどうするのだ!」

そこにあったのは、いつもの空気、いつもの関係。私とルージュが言い合って、ゴンゾが叱るいつもの流れ。

遠くに逃げてしまったと思った日常が、あっさりと戻ってきた。それが何より嬉しくて……

「アンタのせいよ!」

「貴方のせいでしょ!」

「まったく、君達は本当に……」

「お姉ちゃん、がんばれ?」

私はただ楽しさに身を任せて、飽きるまで言い合いを続けるのだった。