軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最適解だけでなく、無駄も重ねてこそ人生だ

「……ここがあの殻の中、か?」

吸い込まれて降り立ったのは、意外にも真っ白な場所であった。とりあえず抜き身のままだった「 夜明けの剣(ドーンブレイカー) 」を腰の鞘に戻し、手を離したときに一緒に吸い込まれたであろう「 黄昏の剣(トワイライト) 」を「 彷徨い人の宝物庫(ストレンジャーボックス) 」に戻すと、隣に立つティアと一緒に改めて周囲を見回していく。

「……何もねーな」

「そうね。と言うか、私達がいつも帰ってた場所に雰囲気が似てない?」

「あー、確かに」

言われてみれば、ここはあの「白い世界」にそっくりだ。まあここもあっちも同じく「神」が創ったんだろうから、同じであってもおかしくはないが。

「とりあえず本物の卵の中みたいな感じじゃなくてよかったぜ。アホみたいな距離を下まで滑り落ちて、天を突く巨人の足下に転がるとかなってたら大変だったしな」

「それは確かに。床があるって素晴らしいわよね」

冗談めかして言う俺に、ティアがしみじみと床を踏みしめる。ほんのわずかに沈み込むとしっかりとした抵抗を感じさせるそれは、全力で蹴ったところでへこんだり抜け落ちたりする心配はなさそうだ。ずっと船の上だっただけに、安心感が段違いである。

「それでエド。中に入れたのはいいけど、これからどうするの?」

「どうって、そりゃ神のところに行くしかねーだろ?」

「それはそうだと思うけど……神様って、どっちにいるの?」

「…………どっち?」

問われて改めて周囲を見回すも、そこに広がるのは一面の白。元の「白い世界」と同じくちゃんと明るいので自分を見失うようなことはないが、広大に広がる白い床には見渡す限り何の目印もない。

「あー……いや、探せばいいのか。現れろ、『 失せ物狂いの羅針盤(アカシックコンパス) 』」

俺は右手を前に出し、いつものように「追放スキル」を発動する。が、俺の手の上に見慣れた金属枠が出現することはなく、虚しく俺の声が響いたのみ。何で……って、あっ!?

「しまった、ノアブレインに貸したままか……っ!?」

やらかした。完全にやらかした。壁の前に辿り着いた時点で、「 失せ物狂いの羅針盤(アカシックコンパス) 」と「 旅の足跡(オートマッピング) 」は回収しておくべきだった! いやでも、あの激戦のなかで俺が抜けて操舵室に戻り、能力を回収するのは現実的な選択肢ではなかった。戦闘に必須ではなかったからこそ後回しにしちまったんだが……そのツケがここで巡ってくるとは。

「で、どうするのエド?」

「しゃーない、適当に歩くか」

「え、それでいいの?」

「立ち止まってるよりはいいだろ。向こうから迎えに来てくれるとは思えねーし」

そう言って小さく肩をすくめると、俺はティアと手を繋いで一歩足を踏み出した。すると俺が踏んだ床の上に波紋が広がり、その中に映像が浮かび上がる。

「うおっ、何だ!?」

「エド? それに……私?」

波紋の中に浮かんだのは、森の中を歩く俺とティアの姿。だが大きな荷物を背負う俺の顔は何処か卑屈な印象があり、前を行くティアの意識も今ほどは俺の方を向いていないのがわかる。

「昔の俺達、か? でも、こんな記憶ねーんだけど……?」

「私も知らないわね。いえ、私が知らないのは当たり前なんでしょうけど。でもエドも知らないって事は……」

「多分、一周目より更に前、今の俺になる前の俺の記憶だろうな」

一歩また一歩と足を踏み出す毎に、新たに生まれた波紋の中で時間が流れていく。そこにはゴンゾのオッサンやアレクシスの姿もあったが、やはり俺が歓迎されているようには見えない。

「あ、エドが怒られてるわ」

「何でだろ? あぁ、何か買い忘れたのか? はは、仕方ねーやつだなぁ」

自分の事だというのに、まるで他人事のように俺はその映像を見ていく。あくまでも絵だけで声が聞こえるわけではないのだが、全員がよく知っている相手だけに、まるで声が聞こえてくるかのようだ。

「へぇ、ここで見捨てられるのか。ってことは、相当最初の方だな」

ほんの少し前に、俺は自分の「 勇者顛末録(リザルトブック) 」を読んだばかりだ。そこから引き出した記憶を照らし合わせれば、最初の世界で「追放」されることなく見捨てられるのは、相当に初期の頃だけのはずだ。うーん、やっぱり文字で読むのと実際に見るのは結構違うもんだな。

「エド、頑張ってるのに……」

「まあ、『頑張ってる』で評価されるのは子供だけだからなぁ。邪魔にならねーように上手に寄生できてるならまだしも、完全に足手まといじゃ擁護もできん。ティアは一応庇ってくれてるみたいだけど」

「そう、ね……でも、この流れだと……」

「無理だろうなぁ。あ、アレクシスの野郎、蹴っ飛ばしやがった」

穏便に間を取りなそうとしてくれるティアを押しのけ、アレクシスが俺を思いきり蹴っ飛ばした。背中の荷物がクッション代わりになったとはいえ、割と勢いよく吹っ飛ばされた俺が痛そうに顔を歪めている。

きっとこれで、この旅は終わり。そう思って次の一歩を踏み出した俺は……しかしそこに映った映像に息を飲む。

「……………………」

「エド…………」

そこでは地に這いつくばり、必死にアレクシスに縋り付く俺の姿があった。蹴られても蹴られても、どれだけ無様に転がろうと、血を流し痣を作ろうとも、俺は決して諦めなかった。何度も何度もそれを繰り返し……そして最後に、アレクシスが大きくため息をついた。

勝手にしろと言わんばかりに背を向けるアレクシスに、俺はフラフラとよろけながら立ち上がって追いすがる。ゴンゾのオッサンがこっそりと癒やしの魔法を使ってくれたり、ティアが俺の背中を物理的に押してくれたりもしている。

「そっか……本当に頑張ったのね」

その光景に、現実のティアが優しい笑顔を浮かべる。その視線を向けられたかつての自分の姿に、俺はズキンと胸が痛むのを感じる。

一体いつからだっただろうか? 便利な「追放スキル」を手に入れて、強くなって二周目なんてのをやり始めて……俺はいつの間にか、最初に「正解」を見極めてから動くようになっていた。

もう二度と失敗しないように。何もかも取りこぼさず、全てを完璧に仕上げるために。そんな意識が強すぎて、どうやら俺は一番最初の気持ちを忘れていたようだ。

「そうだよな。先のことなんて……未来なんて誰にもわからねーんだ。絶対に成功する手段なんてない。だから俺達は、今を精一杯頑張るんだ」

「? 急にどうしたのエド?」

「いや……はは、当てもなく歩くのも悪くねーなって思っただけさ」

「そう? ……そうね。たまにはそういうのもいいわね」

目的地もわからないまま、俺とティアは手を繋いで歩き続ける。踏み出す度に広がる波紋は白い世界に色をつけ、そこに広がる光景は……まあ、概ね酷いもんだ。

そりゃそうだろう。繰り返す俺の旅は、そのほとんどが大失敗なんだ。目も当てられないような悲惨な光景が続いたりもするが、俺はそれを気にせず踏みしめていく。

――この経験があったから、俺はここまで来られたんだ。こういう過去が足場になってくれているから、俺はここを歩けるのだ。

「さーて、どのくらいで神のところに着けるもんかね? ほどほどで切り上げてくれりゃいいんだが」

仮に俺が読んだ「 勇者顛末録(リザルトブック) 」の内容を完全に見るまで終わらないとか言われたら、ダイジェストでも何万年かかるかわからない。流石にそれに付き合わされるのは勘弁願いたいところだが……

「あっ! エドがリーエルに抱きしめられて、デレデレした顔してるわ!」

「えぇ? あー、まあそんなこともあるんじゃねーの?」

「あああっ! エドがキャナルのお尻の下敷きになってるわ!」

「……いやそれ、階段から落ちたキャナルを俺が受け止めたんだよな?」

「あああああっ! エドがレインちゃんの着替えてる天幕に突撃してる!?」

「それは職員の手配が…………ティア、ちょっと悪い」

「きゃっ!?」

俺は徐にティアの体を横抱きにすると、無言で「 追い風の足(ヘルメスダッシュ) 」を起動する。すると足下の景色が視認できない速度であっという間に切り替わっていく。

「あーっ!? もっとちゃんと見たかったのに!」

「ハッハッハ! 悪意ある思い出なんて、秒で流しきってやるぜ!」

「エドーっ!」

何かを言いたそうなティアに頬をムニムニと引っ張られつつ、俺は無心で白い世界を駆け抜けていった。