軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

在るべき者が在るべき場所へ

そこは一辺五メートルほどの、これまでの遺跡の規模から考えると少々小さいと思えるような部屋だった。

だが壁には今まで通ってきた通路とは次元の違う精緻な細工が施され、部屋の中央には大きな台座が置かれている。しかもその上には不思議な物体がフワフワと浮いており、如何にもな感じを漂わせている。

周囲の静謐な空気も相まって、ここがこの遺跡の一番重要な部分だというのは間違いないだろう。

「どうやら、ここがこの遺跡の最奥のようだね」

「ニャー。遂に辿り着いたニャー」

感慨深げに言うチューリッヒに、ニャムケットも尻尾を揺らして同意する。そのまま注意深く室内に入り込むと、俺達がまず調べたのは、当然ながら中央の台座に浮かぶ謎の物体だ。

「『 神の座す場所(ダシケターマ) 』の深部……つまりこれが『神の玉座』ということになるんだろうが……」

それは厚さ一ミリ、一辺が一五センチほどの薄い石の板を貼り合わせた立方体であった。板の中央部分は大きく丸くくりぬかれて内部が見えるようになっており、その中には禍々しく輝く赤い石が浮かんでいるのが見える。

そう、赤い石だ。凄く……ものすごーく見覚えのある、赤い石である。そう言えばルカの奴、魔王の封印をここに置いたって言ってたもんなぁ……

「これが神? 随分と想像と違う印象だが……?」

「ニャー。これを見てると尻尾がザワザワしちゃうニャー」

「あー……えっと、それは多分、神様じゃないんじゃないかと……」

「む? どういうことだエド君?」

流石にこれを放置はできない。おずおずと申し出る俺に、チューリッヒが鋭い視線を向けてくる。むぅ、何かこう、いい感じの理由を捻り出さねば……これでいけるか?

「実はその……あれなんですよ。もう何年も前の話なんですけど、夜寝てたら夢に神様が出てきて、自分の居場所が汚されているから、どうにかしてくれ的な話をされたというか……」

「……………………」

「いやいやいやいや! わかってますよ!? 胡散臭いし嘘くさいですよね? わかってるからこそ、本当の事は言えなかったというか……でもほら、さっき! 俺って凄く強かったでしょ? あれは神様にこの遺跡を攻略できるようにって力をもらったからなんですよ!」

「…………ふむ、確かにさっきのエド君の強さは、目を見張るものだった。その若さでどうやったらあれほどの力を得られるのかという謎も、そういうことなら辻褄が合うが、しかし……ふーむ」

刺すようなチューリッヒの視線が、少しだけ柔らかくなる。が、まだだ。これじゃまだ足りない。もの凄く色々あったが、俺達がこの世界に来てまだ数日……つまりここから半年はチューリッヒ達と行動を共にしなければいけないので、ここで強い不信感を与えてしまうのは絶対に回避したい。

「それに証拠もあります! 見ててください」

言って、俺はフワフワ浮いていた石の器に手を伸ばす。すると中の赤い石がブルブルと振るえ始め、何かが起こりそうな感じだったが……

「よっと」

穴の部分から手を入れ、石を直接掴んでサックリと吸収する。他の奴ならいざ知らず、俺からすればこの状態の魔王なんて脅威でも何でもない。力を失い砂のように石が崩れ去り、中身が空になった「神の玉座」に、俺は更に一工夫。

「ふんっ!」

魔王の力を取り込んだ代わりに、俺の中で同化せずに保持していた神の欠片を玉座の中に放り出す。石枠の中に不思議な吸引力を感じたのでやってみたのだが、どうやら上手くいったらしい。

すると禍々しい赤石の代わりに白く輝く光が収まり、宙に浮かびながら六方向に光を放つ石の器は、いい感じに荘厳な雰囲気を醸し出し始めた。

「チュォォォォ!? エド君、これは一体!?」

「玉座を汚す力を消して、代わりに預かっていた神様の力を戻したって感じですね」

「凄いニャー! ピッカピカだニャー!」

(ねえエド、これ大丈夫なの?)

(平気だろ……多分)

光る石枠に注目するチューリッヒ達を横に、こっそり話しかけてきたティアにそう答えておく。神の力が入るべき場所に神の欠片を入れただけだから、基本は問題ないなず――

「何だ!? 光が強くなってきたぞ!?」

「フニャー!? 何かブルブル震えてるニャー!?」

「……ねえ、エド? これ本当に大丈夫なの?」

「だ、大丈夫……じゃない、のか?」

石枠から漏れる光が徐々に強くなり、ブルブル震えたと思ったらゆっくりと回転を始める。しかもその回転も徐々に速くなっていき、元から明るかった室内が更なる白に満たされていく。

「何という凄まじい光か!? 目が開けてられん!」

「滅茶苦茶回ってるニャー!?」

「エド!? 本当に!? 本当に大丈夫なの!?」

「……すまん、駄目かも知れん」

「エドぉぉぉぉぉぉ!?」

「ええい、ままよ!」

絶叫するティアを庇って前に出ると、俺は一か八かで光る石枠……神の玉座に手を伸ばす。何が起きているかはわからねーが、魔王と同じく中身を抜き取っちまえばそれで終わりのはずだ。

眩しさに目を細めながら伸ばした腕の先に、何かプニョンと柔らかいものが触れる。よし、これで……

「いやん!」

「!?」

何とも間抜けな声と同時に、光が収まる。するとそこにいたのは、見覚えのある赤髪の……あれ?

「ルカ!? いや……ルカ?」

「もーっ! 先輩ったら、いつまでボクの胸を掴んでるつもりですか? いくら先輩がエロスの化身だからって、時と場合は考えてもらわないと」

「誰が化身だよ!? って、何だこりゃ!? どうなって……あぁ!?」

鷲掴みにしていた大きな胸から手を離し、俺はひたすら混乱に頭を悩ませる。そう、見た目は完璧にルカだったのに、その胸と尻がぱっと見でわかるくらいでかくなっていたのだ。

「はーい、愛され系後輩のルカですよー! ちなみにこの体は、先輩がラストさんとボクを混ぜちゃったせいですね。うぅ、どっちかわからない中性的な見た目がボクの魅力の一つだったと思うんですけど……ガッカリしちゃいました?」

「いや、ガッカリとかそういうことじゃなくて……え、マジで? ルカ、お前復活したのか!?」

「今だけですけどね」

胸に浮かぶ喜びに、一瞬にして水を差される。何処か寂しげに苦笑するルカの顔が、この再会が始まりではなく終わりなのだと告げていると、魂で感じてしまったからだ。

「いい感じの器に入れたんで、圧縮されて消えそうになっていた人格が一時的に蘇っただけです。こんな石の器じゃ、数分が限界ですよ」

「なら、俺が――」

「いいんです。気持ちはありがたいですけど」

もっと他の、ルカが入っても大丈夫な器を用意する。そう言おうとした俺に、ルカが静かに首を横に振る。

「ラストさんは先輩に最後の挨拶ができたみたいですけど、ボクは一方的に喋っただけで終わっちゃったでしょ? だからこうしてちゃんとお別れを伝えられるだけで十分ですよ」

「ラストが……なら、あの人格は……」

「ええ、ちゃんとラストさんでしたよ。本物の上に本物と同じ上辺を重ねたら、そりゃ本物になりますって。まあ、流石に次はないと思いますけど。能力も消えちゃってるでしょ?」

「……ああ。まあな」

元になった「 接触禁止の厚化粧(ホロウホログラム) 」は使えるが、そこから発展した「 可能性の残滓(ラストチャンス) 」は使えなくなっている。それこそがラストという個性が完全に消え去り、ただの力に戻ってしまった何よりの証拠だろう。

「そんな顔しないでくださいよ、先輩。見えなくなっても消えるわけじゃないのは、今回のことでよくわかったでしょ? だからラストさんもボクも同じです。というわけで、これをどうぞ」

そう言って、ルカが小さく右手の人差し指を振る。するとそこから小さな光の球が飛んできて、俺の体の中に入っていく。

「今のは?」

「ボクが先輩に残せる、精一杯です。本当は全部あげたいところなんですけど、ほら、ボクこれでも神の使徒ですから。あっちのボクがああなっちゃった以上、ボクくらいは神様のところに戻らないと」

「そう、か。そうだな」

「ということで、今度こそ本当におさらばです。最後にこうしてもう一度先輩と話せて……本当によかったです」

「ああ、俺もだ。神の野郎によろしくな」

「現状ではまだ羽虫扱いの先輩に『よろしく』って言われても、神様は困っちゃうと思いますけどね」

「言ってろ!」

苦笑するルカに、俺も苦笑して答える。ああ、きっとこれが、この会話が本当に……

「それじゃ、先輩……さようなら」

「ああ、後輩……またいずれな」

決別を口にする後輩に、再会を約束して手を振る。すると困ったような笑みを浮かべたルカの体が光に包まれ……空っぽになった神の玉座が、ポトリと台座の上に落ちる。

「……お疲れさん」

ほのかに温かい石枠を撫でて、俺は小さくそう呟いた。