軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

美しいのが思い出で、美しくないのが現実だ

「ふえっ!? だ、誰ぇ?」

寝ている真横で大声をあげられれば、流石のティアも目を覚ます。寝ぼけ眼を擦って俺の方を見ると、トロンとした目が徐々に大きく見開かれていく。

「や、やあ。久しぶり?」

「……………………嘘。え、何? 私まだ寝てる?」

「いやぁ、起きてると思うよ? 何て言うかその、ひさ――」

「エドッ!」

ガバッと飛び起きたティアが、俺の首にそのまま抱きついてくる。が、残念ながらその柔らかい(妄想)感触は展開し続けている追放スキル「 不落の城壁(インビジブル) 」の効果により感じることはできない。

くっ、何たる不覚! すぐにスキルを……って、違う。そうじゃない。

「エド! エド! 何で? どうして!? どうしてここに……っていうか、貴方生きてたの!?」

「落ち着け! 落ち着いて! まずは離れて……生きてたって言うのは?」

慌てて体を離しながら言う俺に、ティアが涙目で訴えかけてくる。

「だって、貴方がパーティから抜けたあと、何処に行っても貴方が戻ってきたって話を聞かなかったから……私、てっきり貴方が死んじゃったんだと思って……」

「ああ、そっか。いや、大丈夫。すぐには町に戻らなかったっていうか、こう、な? 勇者パーティから追放された体裁が悪かったから、名前とか色々変えてこっそり生活してたって言うか……」

微妙に視線を逸らしながら、俺は適当にでっち上げた嘘の設定を話していく。実際には「白い世界」に戻されただけなのだが、それを説明するわけにはいかない。信じられない真実は、信用に足る嘘に負けるのだ。

「そっか、そうなんだ……良かった、本当に良かった…………」

ダランと力なくその場に崩れ落ちたティアが、しくしくと泣きながらそう繰り返す。おぉぅ、悪い事したわけじゃないのに罪悪感が半端ないぞ? これはあれか? 事前に「追放」の仕様を教えてくれなかった神様に呪いの言葉でも吐いておくべきか?

「あ、そうだ。これ手土産なんだけど」

少しでも泣いているティアの気を紛らわせようと、俺は手に持っていた編み籠を差し出す。するとティアが顔をあげ、中身を手に取り首を傾げる。

「これって、オレンの実? 嬉しいけど、この家にお風呂なんて無いわよ?」

「風呂? いや、これは皮を剥いて食べるんだけど……」

「オレンの実を食べるの!? すっごく酸っぱいわよ? お口がこう、キューッてなっちゃうくらい!」

そう言って、ティアが口をとがらせ顔をキュッと締め上げる。ずっと年上の相手なのに、その表情が何とも可愛くて……ん? 今だとひょっとして同い年くらいだろうか? まあそんな実感全然ないけど。

「だから普通はお風呂に浮かべるのよ? そうするととってもいい香りがするし、肌がつやつやになるんだから! それを食べるなんて……本当に?」

「いやいや、これは酸っぱくないやつだよ。騙されたと思って食べてみて」

「えぇぇぇぇ……まあそこまで言うなら、一口だけ……」

サイドテーブルに置いた編み籠からオレンの実を一つ手に取り、皮を剥いて出てきた中身をティアが一房口に入れる。そうして恐る恐る噛みしめて……

「すっ!?」

「え、嘘だろ!?」

キュッと顔をすぼめたティアに、俺は慌てて剥かれていたオレンの実から一房外して食べる。確かに種が出来るほど熟れすぎてしまうと酸っぱくなるけど、これは甘いはず……ん?

「何だ? 普通に甘いぞ?」

「ふふーん! やーい、騙されたー!」

「なっ!?」

困惑の表情を浮かべる俺に、ティアがニンマリと笑ってみせる。してやったりという顔が、なんとも言えず小憎たらしい……が、一〇〇年の時を経て大人になった俺は、こんなことで怒ったりはしない。

「はっはっは、ティアさん。それはちょっと大人げないんじゃありませんか?」

たとえこめかみがピクピク震えていようとも、怒ってはいない。ほっぺたをツンツンつつかれても怒ってはいない。むにーっと引っ張られても……

「何だよさっきから!」

「ふふっ、いいじゃないこのくらい。昔だってよくこうして遊んであげたでしょ?」

「一方的に弄られていただけだと思うけど」

「そう? 私は可愛がってたつもりなのになぁ」

「ふっざけんなよ!? いたいけな青少年をからかいやがって、当時俺がどれだけ……」

「どれだけ、なに?」

「……………………いや、何でもねーけど」

ティアは何と言うか、とても 距離の近い(・・・・・) 女性だった。当時女にもてた経験なんてなかった俺からすると、何気なく繰り返される密着とか接触とかにそりゃあもう内心でアタフタさせられていたのだ。

もっともティアからすれば俺は小さな子供か良くて弟くらいの扱いだったから、俺は必死で「勘違い」しないように自制していたのだ。まあ外見だけは抜群にいいアレクシスが一緒だったから、俺に惚れるわけがないと確信できていたのは幸いだったけれども。

「全く、ティアは全然変わってねーなぁ。流石は俺を勇者パーティから追放させた女だぜ」

「っ。それは……」

皮肉たっぷりに言った俺に、ティアの表情が一瞬にして曇る。おっと、すっかり心までガキに戻っちまってたか。これは大人の対応じゃないな。

「いや、すまん。別にティアを恨んでたりするわけじゃねーんだ。確かに当時の俺は勇者パーティのお荷物だったし、原因も……一応俺が悪いってところもあったし」

「……………………ごめんね」

「いやいやいやいや、本気でそんなつもりじゃねーから! その、悪かった。一〇年も前のことなのに、今更蒸し返すなんて……」

せっかく泣き顔が笑顔に変わったのに、また泣き顔に戻るティアに俺は慌てて謝罪の言葉を口にする。だがティアは悲しそうな目をしたまま俺のことを見つめてくる。

「なら、なんで来たの? 私の事を責めにきたんじゃないの?」

「責める? 何で?」

「……私が、私だけが生き残ってるから」

「っ…………」

ギュッと、胸が締め付けられるような気がした。あまりにも鮮やかに蘇りすぎた過去が、より一層現実に落ちた影を色濃く見せつけてくるようだ。

「…………責めるつもりは、ない。それを言うなら、無責任に勇者パーティから外れた俺だって同罪だ」

「それは――っ」

「いや、いいんだ。とにかく俺はティアを責めるつもりはないし、責める資格があるとも思ってない。ただ……話は聞きたい。俺がいなくなった後、一体何があったんだ? どうして勇者様は……アレクシスは死んだんだ?」

静かに問い掛ける俺に、ティアは苦しそうに顔を歪めて俯く。仲間が死んだ時の話なんて……ましてや自分だけが生き残った時のことなんて、思い出したいはずがない。

でも、俺はそれを知りたい。外様でも部外者でも、ほんの一時だけとはいえ勇者パーティの一員であった俺には、それを知る権利と義務があるはずだ。だけど……

「やっぱり辛いか? だったら今じゃなくても……」

「ううん、いい。今話す……今話さないと、きっと後悔すると思うから。でも流石にここじゃあれだから、向こうの部屋でもいい? お茶も入れるし……あと、着替えくらいはしたいし」

「あ、ああ。そうだな。そりゃそうだ」

さっきまで寝ていたため、ティアは光沢のあるピンク色のパジャマを着ていた。この部屋にはちょっと不釣り合いなくらい上等な生地だが、精霊使いであるティアの実力を考えればこの程度の嗜好品は持っていて当たり前だ。

「じゃあ、俺は向こうで待ってるから」

「うん。着替えたらすぐに行くね」

寝室を出ると、俺はそのまま四人掛けの四角いテーブルの一角に腰を下ろした。そうしてしばらく待つと、見慣れた若草色の旅装に身を包むティアがその姿を現す。

先程食したオレンの実のような色の長髪は金ほど眩しくなく温かみを感じさせ、一六〇センチほどの身長に対してほっそりとした体は……ん? 前より細くなってる気がするけど、女性に体型のことを突っ込むほど俺は馬鹿じゃない。

「お待たせ。それじゃお茶を入れるから、もう少しだけ待ってくれる?」

「いいですとも」

「何その言い方! フフッ」

フンスと胸を張って大仰な言い回しをした俺に、ティアが少しだけ楽しげに笑う。今度もまたしばしの時間でテーブルの上には白磁のティーセットが用意され、差し出されたカップには湯気の立つ赤い紅茶が満たされている。

「あれ? このお茶って……?」

「あら、覚えてるの? 偉い偉い」

「むぅ」

俺が初めてティアにご馳走になったのと、同じ紅茶。わざわざ身を乗り出して俺の頭を撫でるティアに不満を露わにした視線を向けると、座り直したティアが自分のカップに口をつけ……そして小さく息を吐く。

「じゃ、話すわね。エドがいなくなってから、私達に何があったのか……」

バッドエンドが確定している、誰も得しない昔話。手のひらの温もりとは打って変わって冷える室内の空気に、ティアの言葉が静かに響いていった。