軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

善行を積もうと悪漢は悪漢だが、善行そのものを否定してはいけない

「…………ハァ」

「……………………」

やり遂げたと言うよりは、やり終えたという感覚を背負いながら、俺達は「白い世界」への帰還を果たした。が、横を向くとティアの表情がどうにも暗い。

「どうしたティア? いつもなら『ただいまー!』って言うところだろ?」

「そう、ね。そうなんだけど……何となく、ね」

「……まあ、気持ちはわかるけどな」

最初は不思議な法則で成り立つ世界かと思っていたら、実は「終わりの確定した世界」であったというのは、妖精のいた第〇二四世界に近い。だがあの時と違い、今回の俺達はただ見届けただけで、誰も助けることはできていない。

もっとも、それは妥協だとかそういうことじゃなく、根本的に助ける手段がなかったからだ。仮にあの時のように平行世界に移動させたとしても、そっちには魔王がいない……つまり汚染魔力もないわけで、アネモ達はやはり生きてはいられなかっただろう。

できないことが、できなかっただけ。それはあの世界にいる間に何度も話し合ったことで……そこに後悔なんてないが、かといって悲しんではいけないってこともないだろう。

「ふぅ……ごめんねエド。ほら、この世界って何となくあのダンジョン世界に似てたから、ちょっとだけ感傷を引きずっちゃったのよ」

「ん? そうか?」

言われて見回してみれば、確かに石だらけの世界と真っ白な世界は、「単一の何かで構成されている」という意味では似ていると言えなくもない……うーん?

「…………そうか?」

ティアが買ってきた家具やら花瓶やらが配置されているので、この周辺に限るならば実に賑やかになっている。少なくとも実用性重視で飾り気の少なかったダンジョン世界の宿よりは、こっちの方が断然色鮮やかだ。

「もーっ、細かいことは気にしないの! ほら、それよりそろそろ本を読みましょ?」

「へいへい、仰せのままに」

若干の無理矢理感は残るものの、漸くいつもの元気を取り戻したティアに促され、俺はテーブルの方へと歩いて行った。椅子に座って「 勇者顛末録(リザルトブック) 」を手に取れば、そこにはアネモの 探索者(シーカー) としての日々が綴られている。

「こんなことを言うべきじゃないのかも知れないけど……何て言うか、普通ね?」

「そうだな、普通だな」

真実を知っているだけに色々と覚悟をしていたんだが、アネモの暮らしぶりは予想を遙かに超えて普通だった。甲人……もとい、鉱人族の両親の元に生まれて普通に成長していく様は、俺達が知っている人間の営みと何も変わらない。

「これ、もし俺があそこで魔王の封印を見つけなかったら、アネモが普通の人間じゃないなんてこれっぽっちも疑わなかっただろうなぁ」

この「 勇者顛末録(リザルトブック) 」は神の視点で書かれてはいるが、その中心はあくまでもアネモであり、その 外側(・・) まで描写されているわけじゃない。なので当然鉱人族の始まりなんてものは記載されておらず、俺が魔王に接触する機会がなければ、ごく普通に「ダンジョン世界とドワーフっぽい勇者の話」で終わっていたことは想像に難くない。

ちなみに、何で俺が気づかなかったかと言えば、人も物も……世界全てが魔王の力のみで構成されていたせいだ。空気の存在を知覚できるのは、空気がない場所に行ったときだけ……ということなんだろう。

「ねえ、エド。私凄く怖いことを思いついちゃったんだけど、ひょっとして私のご先祖様も、誰かに生み出された何かだったりするのかしら?」

「さあな。でも、たとえばエルフが人間を作り替えた亜人だったとして、それで何か困るのか? 神が創ろうが人が造ろうが、エルフはエルフだろ? 種として定着するくらい何千何万年って生活していけてるなら、別に問題はねーと思うんだが」

アネモが問題だったのは、自分達が生きていくために必要な力が枯渇寸前だったことだ。魔王がまだまだ健在だったらあの世界は穏やかに続いていき、アネモだって普通に寿命を全うしていたことだろう。

それに、あのレベルまで魔王が世界に食い込んでいると、「魔王がいなければ生きていけない」は水や太陽がないと生きていけないと同義になるので、もう依存とかそういう話でもないだろうしな。

「……言われてみれば、そうかも?」

「そうそう。細かいことは気にすんなって。いや、知りたいと思って気にするのはいいけど、気に病む必要はねーってことで。それ言い出すと俺なんて体も記憶も神謹製の模倣品だしな」

「あ……ごめんねエド。私、そんなつもりは――」

「いいって、わかってるから。じゃ、続き読もうぜ」

「……ええ」

俺は本気で気にしていないのだが、少しだけ気落ちした様子を見せるティアの頭を軽く撫でると、俺は更に本を読み進めていく。ただ今回は「俺達が去った後」がないので、終わりは割とあっさりとやってきた。

――第〇〇八世界『 勇者顛末録(リザルトブック) 』 最終章 その蒼は果てへと至る

かくて真なる魔王の手により、偽りの世界は消え去った。蘇るのは神の秩序に基づいた、新にして真なる世界。

そこは命溢ふる世界。然れど命なき世界。草木の生い茂る無命の地にて、勇者アネモは己が何者であるかを知ることもなくその生涯を終えた。

そしてその傍らには、千々に砕けた白き竜、そのなれの果てたるトカゲが寄り添う。遂に神の使命を果たしたそれは、漸く訪れた安らぎに身を委ね、微睡みの中に沈んでいった。

無限が潰え夢幻が弾け、終わった世界が終わりを告げた。だが始まった世界に先はなく、先を生み出すモノもいない。

果てなく続く青い空だけが、ただ静かに世界を満たしていた。

「……やっぱり、『終わりの話』なのね」

「そうだな」

ここに記載されるのは、いつだって勇者一人の生涯。であればそこに終わりがあるのは必然だが、世界そのものが終わるというのは勇者ハリスのいた二周目の第〇二二世界以来だ。

とは言えあの世界の時のように、「過去も未来もひっくるめて終わり」というわけではないようなので、世界が周回するならば普通に復活するんだろうが……

(仮に周回しても、アネモは……)

あの世界の力の欠片は回収済みであり、周回した場合、その世界にはもう魔王が出現しない。そしてアネモは、魔王が勇者に倒され、なんやかんやがあった結果に生まれた存在だ。

つまり、魔王のいないあの世界ではアネモはもう生まれない。この先どれだけ周回を重ねたとしても、もう俺がアネモに会うことはないのだ。

「……あれ? エド、これまだ続きがあるわよ?」

「へ? マジか?」

ペラリとページをめくったティアに言われ、俺は改めて「 勇者顛末録(リザルトブック) 」に視線を落とす。すると確かにそこには文章が続いており……ほほぅ?

擦り切れるほどの時の果て、白きトカゲは目を覚ました。するとその額の宝石が砕け、中から小さなトカゲが姿を現す。

新たな世界の新たな命。神の光の祝福を受け全ての祖として産み落とされたトカゲは、その瞳と同じ青い空を見上げ、キューと元気な産声をあげるのだった。

「エド!」

読み終えたティアが、ガバッと勢いよく俺に抱きついてくる。その翡翠の目に浮かぶ涙は、決して悲しみからではない。

「何だよ、いつもはろくなことしねーくせに、今回は随分と粋なことするじゃねーか」

「これって、喜んでいいのよね!?」

「ああ、いいだろ。今回くらいは感謝しといてやろうぜ」

全てが消えてなくなるのと、新たな命として生まれてくるのでは天と地ほどの差がある。少なくともこの世界に未来が繋がったことは、手放しに喜んでいいことだ。

なら今は、この気まぐれに感謝しよう。たった一度の善行……いや、「俺達に都合のいいこと」があったからって神への評価や態度が変わるわけじゃねーが、だからといって認めないのは違うしな。

「はぁ……何かどっと疲れたから、次の世界のことを調べる前に一休みしようぜ」

「そうね。せっかくだし、美味しいお茶を入れてあげるわ」

「おお、そりゃ楽しみだ」

上機嫌でお茶の準備を始めるティアをそのままに、俺は椅子の背もたれに体を預けて上を見上げる。

そこには石の天井も青い空もなく、広がっているのはただ白いだけの景色。その何処かに赤や青の目をしたトカゲの姿が隠れている気がして、俺は一人、ニヤリと笑みを浮かべるのだった。