軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

たとえ相手が死神だろうと、言葉が通じるなら何とかなる

「アネモ!? どうした!? お前が何かされたのか!?」

体を丸めてガタガタと震えるアネモに、俺は慌てて駆け寄る。するとアネモはガチガチと歯を打ち付けながらも、泣きそうな顔をあげて言う。

「ち、違います。違いますけど、あれ……」

「あれ? あの白トカゲか? あいつがどうした?」

「あれ、あれ、死神トカゲ……触ると、死んじゃう…………っ!」

「っ!?」

瞬間、俺の意識が時を置き去りにする。瞳に宿る黒い光が白いトカゲに「終わり」をもたらすべく凝縮し、俺の右手が――

「大丈夫よ! ううん、私は大丈夫って言うべきかしら?」

「……ティア?」

アネモの怯えっぷりや、今の言葉を聞いて尚平然としているティアの姿に、俺の体から力が抜けていく。一つ大きく呼吸をしてから、俺は改めてティアに声をかけた。

「大丈夫って、どういうことだ?」

「この子ね、私の魔力を吸い取った……ううん、食べた? みたいなの」

「魔力……?」

「そう、魔力。魔力が回復しないこの世界の……ゴホン、普通の人なら確かに怖いでしょうけど、私はほら、ね?」

「……ああ、そういうことか」

漸く合点がいって、俺は心底安堵した。この世界の人間にとって、魔力は命と同義だ。寿命を吸われると思えば、この白トカゲを恐れる理由には十分だろう。

が、俺やティアの魔力は普通に回復する。そりゃ一気に莫大な量の魔力を抜かれれば不調になったりすることもあるだろうが、ティアの様子を見ている限りではそういうことでもないようだ。

つまり、俺やティアにとってはほぼ無害。だがこの世界の人間に取っては致命の天敵。それがこの白トカゲ……死神トカゲということなんだろう。

「そうかそうか。事情はわかったけど……でも、殺すしかねーよな?」

「そうです! お願いですから、早く……早くどうにかしてください!」

改めて剣を抜く俺に、アネモが蹲ったまま追従する。俺達に無害だからといって、この世界の人間に有害な生物を見逃すわけにはいかない。だがそんな俺の前に、小さなトカゲをそっと胸に抱えたティアが立ち上がって首を横に振る。

「それは勿体ないわよ。この子、きっと役に立つわよ?」

「……勿体ない?」

「そう、勿体ない。ねえエド、この子は魔力を食べて生きてるのよ?」

「ん? それはさっき聞いた…………って、そうか!」

「そう、この子は『抜き水』の代わりになるの」

このダンジョンで、魔力を食べて生きている。つまりそれはエンカウンターの瓦礫から魔力を吸い取って生きているということだ。が……

「いや、でも、その体じゃ大した量の魔力は吸えねーだろ? 今だってティアからほんのちょっと魔力をもらったら満足したみてーだし」

「それは私が気づいて自分の魔力を絞ったから、それ以上吸えなかっただけよ。どのくらい吸えるのかは私もわからないけど、試してみる価値はあるんじゃない?」

「確かにそうだけど……でもなぁ」

ティアの提案に、しかし俺は振り返ってアネモの方を見る。そこではまだアネモが怯えており、ほんの少しだけ顔をあげてこっちの様子を伺っている。

「有用だとは思うけど、アネモが嫌がるならやっぱり駄目だ。逃がすのもヤバそうだし、ここで始末する」

「うーん…………ねえアネモ。アネモがこの子を怖がるのは、自分の魔力が吸われるかも知れないって思ってるからよね?」

「は、はい。そうですけど……?」

「なら、アネモの魔力が吸われなくなればいいのよね?」

「……? そう、ですね……?」

「わかったわ。じゃあ……エド、『足し水』の瓶に、アネモの血を一滴垂らしてこっちに持ってきてくれない? 『足し水』の方よ、『抜き水』と間違えないでね」

「お、おぅ? アネモ、いいか?」

「えぇ……? まあ、はい。そのくらいなら」

困惑の表情を浮かべたアネモが、それでも自ら取りだした「足し水」の小瓶に指先を切って血を垂らすと、俺はそれを受け取ってティアに手渡した。

「ほれ、これでいいのか?」

「ありがとエド。じゃあ……血は知なり、血は 命(いのち) なり。 名(めい) にして 命(めい) なるは盟を繋ぐ 明(めい) となりて、彼方より此方へと道を繋ぐ 身(み) と血と成れり」

受け取った小瓶を手に包むと、それをチャポチャポと揺らしながらティアが何やら詠唱を始める。すると小瓶がポワンと淡い光に包まれ……それを確認したティアが、中身を一滴、白トカゲの額についた赤い宝石に垂らした。

「キュゥ!」

「はい、これでいいわよ。これでもう、この子はアネモの魔力を吸わないわ」

「えっと……?」

「あー、そうね。もうちょっと詳しく説明すると、血を媒介にしてアネモとこの子の間に魔力的な繋がりを作ったの。それによって『アネモ』と『この子』だった魔力が『アネモとこの子』という一塊になったから、自分で自分の魔力を食べたりはしないってことで……あと、簡単な意思疎通くらいはできると思うわよ?」

「そんなことができるんですか!? ごめんなさいティアさん、ちょっと信じられないというか……」

「なら、この子に指示を出してみたら? ああ、今も言ったけど、あくまでも簡単な指示だけよ? こっちにおいでとか向こうに行ってとか、できるだけ具体的に何をして欲しいかを思い浮かべてね」

そう言うと、ティアは白トカゲを床の上に下ろす。そうしてその場で大人しくしている白トカゲに、アネモが恐る恐る声をかけた。

「それじゃあ……右に行って?」

「キュウ?」

だが、白トカゲは動かない。眉間の皺を深くするアネモに、ティアが慌てて声をかける。

「あのねアネモ。トカゲに『右』はわからないと思うの」

「あ、ああ! そうですね。じゃあ、えっと……そっちにちょっとだけ移動して!」

「キュウ!」

アネモが身振りを交えつつそう伝えると、白トカゲが左側に移動する。

「え、何でそっちに……って、そうか。私が指示した方向、かぁ」

右がわからないトカゲに、視点が逆であることで左右が逆転するなんて思考があるはずもない。だが指示した方向にそのまま移動したことに納得したアネモのトカゲを見る目が、あからさまに変わる。

「ということは、本当に……? ティアさん、もう少し試してみてもいいですか?」

「勿論。ただし、この子はアネモの命令を聞いているわけじゃなくて、あくまでも話を聞いてくれてるだけだってことは忘れないでね?」

「はい! えーっと、それじゃあ……こっち!」

「キュウ!」

「じゃあ……こっち!」

「キュウ!」

「こっち……と見せかけて、こっち!」

「キュ、キュウ?」

「あはははは、引っかかった!」

「キューッ!」

右に左にとチョロチョロ動いていた白トカゲだったが、アネモのフェイントには対応しきれずあっさりと引っかかった。笑うアネモに白トカゲは鳴き声を上げながら急接近して……その瞬間、笑っていたアネモが顔を庇うように両手を構え、尻餅をついてしまった。

「ひいっ!? ……って、あれ?」

そしてそんなアネモを前に、白トカゲが動きを止める。

「近づいてこない? 何で…………ひょっとして、私が怖がったから?」

「キュー……」

寂しそうに聞こえる小さな鳴き声に、アネモの顔が歪む。そのままのそりと体を起こすと、ゆっくりゆっくり、アネモの方から白トカゲの方へと近づいていく。

「うぅ、怖い。怖いけど…………でも…………」

「キュー?」

「怖がるだけじゃ、何も変わらないから…………だから…………」

まるで赤子のように四つん這いでにじり寄るアネモに、白トカゲは動かず首を傾げるのみ。そしてそんな恐怖の象徴に、アネモが遂に手を伸ばす。

「私と……友達になってくれる……?」

「キュー!」

差し出された指先に鼻の穴をパクパクさせて臭いを嗅ぐと、白トカゲの細い舌がチロリと舐める。そのまま手を伝い自分の肩まで登ってきた白トカゲの姿に――

「ひぃぃ……よ、よろしくね……?」

「キュー!」

アネモは必死に引きつった笑みを浮かべて、そっとその小さな頭を撫でた。