軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

常識を聞き出すのは、秘密を聞くより難しい

そうして歩き続けること、一週間。俺達の周囲の景色は、誰が見てもわかるほどに変わっていた。

「この辺はすっかり普通なのね」

「だな。まあ一週間も移動してるし、普通だろ?」

勇者パーティとして冒険していた俺達は、当然ながら普通の旅人よりもずっと長時間の移動に慣れている。体の時間は巻き戻ってしまうので純粋な持久力なんかはそこまででもないが、疲れずに移動するコツみたいなものはやはりあるし、何より「 彷徨い人の宝物庫(ストレンジャーボックス) 」にほとんど全ての荷物を入れてしまえば、本来あり得ない手ぶら旅が実現してしまう。

となると、一週間程度でも移動する距離はかなりのものだ。荒野が普通の平原になるくらいはそう珍しいことでもないのだが……何故かティアは真面目な顔で首を横に振る。

「違うわ、エド。そうじゃないの。あの荒野の辺りは精霊の力が凄く弱くなってたのに、この辺はもう普通なのよ。自然環境だけならともかく、精霊の力がこんな短距離でここまで大きく変化するなんて、どう考えても異常だわ」

「へー。それは…………大変、なのか?」

魔法を使えず精霊の存在も感じない俺からすると、その深刻さが今ひとつ理解できない。だがティアの表情を見れば、それが割とヤバいことなのではという危機感くらいは伝わってくる。

「すっごく大変よ。あのね、精霊が見えない人は勘違いしがちだけど、荒れ地だからって精霊が活動してないわけじゃないのよ。たとえば砂漠だって風が吹けばサボテンも生えるし、蛇とかサソリとかが普通に生きてるでしょ?

それに対して、精霊の力が弱いっていうのは、自然活動そのものが弱くなってるってことなの。風は吹かず水はよどみ、草花は芽吹かず命は生まれない。たとえ今は普通に見えても、それらは徐々に弱っていっていずれ全てが無くなってしまう。

ハリスさんの世界を思い出して。もし魔王が吹雪を吹かせていなかったら……あの世界はとても静かで、泣きたくなるほど寂しい世界だと思わない?」

「……………………」

ゴクリと、俺は思わず唾を飲み込んだ。なるほどそれは相当にヤバい。そして同時に、あの騎士の男が言っていた「崩壊地区」という言葉が頭をよぎる。精霊の力が失われ、自然現象が止まった場所……崩壊地区なんて大層な呼び名は伊達じゃ無いってことだろうな。

「まるで削り取られたみたいにハッキリ差が生まれてるってことは、多分あの町を壊した何かが、精霊の力まで壊していったのね。一体何をどうすればそんなことができるのかわからないけど……」

「その辺も町で話を聞けりゃ、少しはわかるだろ」

そんな会話を交わしつつ、俺達は更に三日ほど歩き進んだ。するとなだらかな丘を越えたところで、大きな町とその前にたむろする多数の人間の姿を見ることができた。

「うわぁ、凄い人ね」

「話に聞いてたとはいえ、予想以上に多いな」

町を囲む立派な壁の前には、一〇〇や二〇〇ではとてもきかなそうな数の人影がある。その周囲には簡易的な天幕や露店も出ており、そこだけで小さな集落と言えそうなほどだ。

「それで、どうするのエド? 私達も町に入ろうとしてみる?」

「いや、やめとこう。この感じだと無理っぽいし」

騎士の男曰く彼らは難民らしいが、難民ということはここに来る前はきちんとこの世界の何処かに住んでいたということだ。そんな人達すら町に入れないとなれば、完全によそ者である俺達が入るのは相当に難しいだろう。

無論どうしてもとなれば手段はいくつか思いつくが、それはやることをやってからで構わない。

「まずはこの辺の人達にさりげなく話を聞いてみようぜ。幸いにして酒を売ってる屋台もあるし」

「そうね。フフッ、私もすっかりそういうのに慣れちゃったわ」

自分の素性のみならず、当たり前の常識すら知らない状況から話を聞き出す。幾つもの異世界を渡り歩くならば必須の技能であり、俺は勿論ティアもそこそこそういうことができるようになってきている。

まあこの場所なら多少不審に思われてもすぐに逃げ出せるし、大抵の相手なら酒と飯で誤魔化せる。俺は一旦ティアと別れると、適当な屋台の側まで歩いていって、そこで立ち飲みしている奴らの話題にさりげなく聞き耳を立てた。

「まったく、こんな生活がいつまで続くんだか……せめて町に入れればなぁ」

「いやいや、そうでもないぜ? 町は町で宿も何も一杯で、今じゃ貧民街まで人が溢れてるって話だ。それならむしろ壁がない分、外の方が広くて快適だって言う奴もいるみたいだぞ?」

「ハッ! だったら代わってくれって話だよ! もうちょっと金がありゃ、スイーデンまでの馬車に乗れるんだが」

「スイーデンだってこことそう変わらないだろ? どうしてもって言うなら聖国まで行けばいいじゃねーか。あそこなら誰でも温かい飯と毛布がもらえるって話だし」

「それこそ馬鹿言え! いくら奴らが関係ないって言い張ったって、『羽付き』の生まれた国なんて死んでも御免だ!」

(……羽付き?)

一見すれば他愛の無い会話だが、今の会話からは幾つも重要な事がわかる。たとえば彼らが難民とは言え、そこまで困窮していないこと。大きな余裕こそ無さそうだが、飢えや渇きに悩まされたり、激しく追い詰められている様子がない。つまりここにいながらにして金を稼ぐ方法があるか、あるいは町に入れないにしても炊き出しなどの救済措置が存在する可能性が高い。

それと、この町以外の町も状況はあまり変わらないであろうということ。男の発言もそうだが、明確に待遇が違うなら多少無理をしてでもそちらに移動するはず。だが「もうちょっと金があれば」程度で我慢してしまうなら、難民の扱いはおおよそ何処も変わらないということだろう。

そして最後は、聖国と「羽付き」という単語。これがもっとも気になることだが……ふむ。

「やぁ、どーも!」

「ん? 何だ 兄(アン) ちゃん、何か用か?」

明るい感じで声をかける俺に、声をかけられた男が怪訝そうに言う。普通の酒場に比べれば警戒が強めの反応だが、場所と状況がこれでは仕方ない。

「いや、お二人の話が聞こえたんで。俺も『羽付き』に酷い目に遭わされた口でして。なら一緒に愚痴を言うのもいいかと思ったんですよ。あ、親父さん、エール三つね」

「あいよ」

俺の注文に、屋台の親父が木製の簡素なジョッキにエールを注いで手渡してくる。俺はそれを受け取ると、うち二つを目の前の二人に差し出した。

「とりあえずこれ、お近づきの印ってことで」

「おお、いいのか?」

「何だよ兄ちゃん、話がわかるじゃねーか!」

一瞬前とは打って変わって、二人の表情が和らぎあっさりと酒を受け取ってくれる。ふふふ、やはり酒は最高にして最強だな。よほど後ろ暗い相手でなければ、奢って断られることがないというのは素晴らしく便利だ。

「んぐっ、んぐっ……プハァ! あー、美味い! で、何だ? 羽付きの愚痴だったか?」

「まったく、何であんなもんが突然現れたんだかなぁ。あいつのせいでどれだけの町や国が滅茶苦茶になったか……」

「ですよねー。あー、でも、俺実はその『羽付き』のことって、あんまり詳しく知らないんですよ。知る間もなく滅茶苦茶にされて、あとはもう旅から旅って感じで……」

「そうなのか? 見りゃまだ若いだろうに、そりゃ災難だったなぁ」

「ははは、どうも……何で、もし良かったら『羽付き』のこと、少し教えてもらえません? 愚痴を言うにしても、相手を知ってる方がいい感じの文句が言えそうでしょ?」

「ガッハッハ! そりゃそうだな! いいぜ、教えてやる。つっても別に俺達だって世間で噂されてることくらいしか知らねーけどな」

「いやいやそれで十分ですよ。で……」

上手い具合に話が転がり、これはいいと俺は内心ほくそ笑む。そうしていよいよ話が聞けると思ったところで、突然周囲に喧噪が広がった。

「ん? 何だ? 何か――」

「羽付きだ! 羽付きが来たぞー!」

「んなっ!? お、おい、逃げるぞ!」

誰かが大声でそう叫び、皆が慌てて町の方へと走っていく。だがそんな流れに逆らうように、俺はその場に踏みとどまる。情報の方から来てくれたなら、それを自分で確認しない手は無い。

「さてさて、話題の『羽付き』とやらは……へぇ?」

ニヤリと笑って視線を向けた先に現れたのは、全長一五メートルほどの白い巨人。三角っぽい不思議な兜と金属鎧に身を包んだそいつは、背中の翼をはためかせて悠々とこちらを見下ろしていた。