軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

襲いかかる厄介ごとは、隙を生じぬ二段構え

「キモいキモいキモいキモい! こんなやつら今すぐ焼いて――」

「ばっ!? お前ふざけんな! こんなところで派手に燃やしたりしたら、こっちが先に死んじまうだろうが!」

ウゾウゾと這い寄ってくる大量のロックワームの幼体。その見た目にルージュが詠唱を始めようとするのを、俺は慌てて腕を掴んで止める。

確かにロックワームの掘った穴は深い。が、深く続いているのは幼体が来る奥側であって、俺達の背にあるのは崩落によって行き止まりになった壁なのだ。この状況で目の前に火を放ったりしたら、俺達の方が蒸し焼きになっちまうだろう。

「ならどうするのよ!」

「どうって……このまま放っておけば、適当に通り過ぎたりしねーか?」

ロックワームが食べるのはあくまでも鉱石であり、その過程で誤って人が口に入ることはあっても、積極的に人を襲って食ったりはしない。だからこそ放っておけば勝手にいなくなるんじゃないかという俺の考えに、しかしルージュは阿呆を見る目で睨み付けてくる。

「アンタ本気で馬鹿ね! 一匹二匹ならともかく、あんな数のロックワームがご丁寧にアタシ達を避けて移動してくれるとでも思うわけ!?」

「……ああ、そりゃそうか」

ロックワームは硬い岩すらその口で囓り、穴を開けて進む。であれば目の前にそれより柔らかいものがあったとしても、気にせず囓っていくことだろう。

(ならどうする? どうやってここを乗り切る?)

直径二メートルの丸い通路のうち、口の大きさ一〇センチ、全長は五〇センチほどのロックワームの幼体の群れは、下三分の一ほどを埋め尽くすほどの量だ。それが穴の奥から続々と這い出してきており、まるで途切れる様子がない。

倒しきるのはどう考えても不可能。かといってこんな狭い空間で逃げる場所も……!?

「そうだ! おいルージュ、壁だ! 壁に寄れ!」

「壁? 壁って……」

「いいから壁だ! で、こういう感じに……こうだっ!」

「えぇ……?」

俺は丸い壁面の中央辺りに足をかけ、腕でぐいっと天井を押し込むことで体をその場に固定した。これならば足下をロックワーム達が這いずっていっても触れずにすむという算段だ。その姿にもの凄く嫌そうな顔をしたルージュだったが、他に手も思いつかなかったのかすぐに俺と同じポーズを取る。

そうして二人が何とも間抜けな……だが本人としては必死な状況で耐えるなか、ロックワームの幼体達は俺の予想通り俺達の下を通り抜け、そのまま通路を塞いでいた崩落部分をガリガリと囓って穴を開け、その向こうへと消えていく。

「やったぞルージュ! これでこいつらがいなくなったら、あの穴から外に出られる!」

「そうだけど……ねえ、これ地味にきついんだけど……」

「いやいやいや、そこは頑張ろうぜ!?」

見れば、ルージュの手足がプルプルと震えている。どうやらルージュの筋力では長時間この体勢を維持することができないらしい。その顔には汗が滴っており、表情は苦悶に満ちたものになっている。

「もう一時間くらい経ったんじゃない?」

「まだ五分も経ってねーよ! 頑張れ! 頑張れルージュ! 天才美少女魔術師ルージュ様!」

「アンタ……絶対ぶん殴るから……っ!」

俺の必死の応援に、ルージュがこっちをキッと睨んでくる。どうやら俺の心からの応援はお気に召さなかったらしい。それでも少しくらいは気が紛れたと思うんだが……

「も、もう……駄目……っ!?」

「ルージュ!」

力尽きたルージュの体がふわりと宙を舞い、まだまだ続くロックワーム達の上に落ちる。成体ならば剣すら通さないその体も幼体であれば脆いらしく、その衝撃に何匹かのロックワームがブチュッと潰れた。

「GYUAAAA!?」

瞬間、場の空気が変わる。ロックワームは積極的に人を襲ったりはしないが、襲われても無抵抗というわけじゃない。今この瞬間、ルージュは単なる背景から仲間を傷つけた敵に変わったのだ。

「くっそ!」

俺は即座に壁から離れ、無数のロックワームを踏み潰しながらルージュの元に駆け寄る。その小さな体を左腕に抱え、大きく足踏みしながら右手で剣をなぎ払うことで周囲のロックワームを排除することはできたが、一面を埋め尽くすロックワームの総数からすると焼け石に水なんてレベルじゃない。

この場所に留まれば、あっという間に数の暴力で押し込まれる。極限まで意識を集中し、何か無いかと周囲を探す俺の目にとまったのは、小さな石がコロコロと転げ落ちている行き止まりの壁。

「頼む、崩れろっ!」

渾身の力を込めて、俺は剣の柄で俺達の退路を塞いでいた壁を叩きつける。すると下に大穴が空いたことで不安定になっていた壁がガラガラと音を立てて崩れ、上部にギリギリ人が通れるくらいの隙間が生まれた。

「行ける! ほら、ルージュ! 行け!」

「ちょっと、何処触ってるのよ変態!」

「知るか! いいから行け! 早く!」

俺はルージュの頭を隙間に突っ込み、尻を思い切り押し込む。そうしてルージュが壁の向こうに消えると、俺自身もすぐにその穴に体を捻りこんで壁の向こうへと抜けた。

「ぐはっ! 抜けた……けど……」

穴の向こうに広がってたのは、当然ながら元の通路である。そしてその先も崩れており、走って逃げるのは不可能。幸いなのはロックワームの幼体は壁に穴を開けて正規ルートとは違う方向に進んでいたため、空間にいくらかの余裕があることだが……

「いったたた……どうすんのよ?」

「仕方ない、燃やす」

「アンタ、さっき自分で燃やすなって言ったでしょ!?」

「さっきはさっき、今は今さ。状況も立ち位置も違う……違うと思いたい」

さっきは壁まで一メートル程度だったが、今度は正規ルートの奥まで逃げれば五メートルは逃げられる。この空間の差がどれだけ俺達の命を守ってくれるかはわからないが……もはやそれに賭けるしか手段がない。

「俺が前に立つ。ルージュ、やれるか?」

「フンッ、アタシを誰だと思ってるのよ! 一〇秒稼ぎなさい!」

「わかった!」

「GYUAAAAAAAA!!!」

ルージュを通路の奥に押し込み、その正面に俺が立つ。そんな俺に対し、進路を離れたロックワームの幼体達が次々に群がってくる。

「くっ! このっ! 気持ち悪いんだよっ!」

「揺らぐ炎、敷き詰める焔。赤く彩る灼熱の帳――」

俺は必死に剣を振るうが、何せ相手が小さい上に数が多い。だが一匹だろうと後ろに通せば俺達の負けは確定。ならばこそ俺は自分の体でロックワーム達を止める。

「ぐぅぅぅぅ……っ!」

腕に、足に、腹に、胸に、強靱なロックワームの歯が食い込み、肉が抉られていく。強烈な痛みに視界がチカチカと明滅し腕や足が引きつったように痙攣を始めるが、それでも俺は動きを止めない。

「こんな……ところで……っ! 死んで…………たまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

一秒が永遠にすら感じられるなか、俺は雄叫びをあげて力を振り絞る。そしてその瞬間、俺の前に待ちに待った赤い光が広がっていく。

「燃え広がれ! 『フレアスクリーン』!」

「GYUAAAAAAAA!!!」

俺の前の床に、薄い炎が広がっていく。それは上を通ってこっちに来ようとするロックワームを悉く焼き尽くしていき、ただの一匹もこちらに通さない。

「ほら、こっち! まったく無茶して!」

その光景に唖然とする俺の首元を、ルージュの手がぐいっと引っ張って引き倒す。未だ食いついていたロックワームを手早く焼くと、全身に浴びるように回復薬を浴びせてきた。

「どう?」

「ああ、大丈夫だ……ロックワームは?」

「平気よ。あんなミミズだかイモムシだかに、アタシの魔術が越えられるわけないでしょ?」

得意げなルージュの言葉通り、その後もロックワーム達はこちらに抜けてはこなかった。そうしてしばらく経つと、不意にロックワーム達がこちらに興味を失ったように隊列から出てこなくなった。

「退いてくれた、か…………」

ロックワーム達にとって、俺達の存在が「倒すべき敵」から「避けるべき脅威」に変わったんだろう。しばらくして炎の床が消えたあともロックワーム達はもうこちらに襲いかかってくることはなく、それから二〇分ほどしてようやくその全てが移動し終え、俺達の視界から消えた。

「生き延びたな」

「そうね。報告したら怒られそうだけど」

「馬鹿言え、あんな数どうやったって倒せねーだろ。自殺覚悟で戦ったって自然淘汰の誤差にしかならねーよ」

成長すれば脅威となる魔獣を故意に見逃すのは犯罪に近い行為だが、この状況下で死ぬまで戦ったところで何の意味もない。建前上は叱責されるかも知れねーけど、そんなことはどうでもいい。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ……もうくったくただ。超疲れた。超眠い」

「ちょっとアンタ、まさかアタシより先に寝るつもりじゃないでしょうね? こういうのは 淑女(レディ) が先って決まってるのよ?」

「えぇ? 俺大分血を流してるから、割と本気で辛いんだけど?」

「あのくらいで貧弱ねぇ。なら――」

相変わらず口調はきついが、どこか優しさを感じるルージュの声。俺はクタクタの体で地面にグデッと倒れながらその顔を見上げ……だからこそ気づく。

馬鹿みたいな量のロックワームの移動と、それに伴う衝撃と振動。そこにルージュの魔術行使の影響もあり、今この坑道の地盤は極めて不安定で……ぱらりと小さな石がルージュの頭上からこぼれ、次の瞬間俺の頭より大きな岩が同じ位置に落ちてくる。

「えっ!?」

「ルージュ!」

俺は咄嗟にルージュを突き飛ばし、同時に俺の後頭部にとんでもない衝撃が走る。そのまま地面にキスをすると、全身を寒気が包み耐えがたいほどの眠気が襲ってくる。

「そんな!? エド、エド!」

(ああ、やっと名前を……)

慌てふためくルージュが、俺の名を呼んでいる。そのことに奇妙な満足感を覚えながら、俺の意識は闇に沈んでいった。