軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

次を良くすることはできても、今の結果は変えられない

「…………っ」

「ちょっ、エド!? どうしたの!?」

思わず口を押さえてうつむいてしまった俺に、ティアが焦った調子で声をかけてくる。だが俺はそれを手で制すと、正面に座っていたハリスに声をかけた。

「すみません、ちょっと長旅の疲れが出たみたいで……一緒に行くって言ったばかりであれですけど、少しだけ休ませてもらっても構いませんか?」

「ああ、勿論だ。こんなところで無理をして体を壊す方がいけない。ゆっくり休むといい……そうだ、ほんのわずかだが、私の保存食を――」

「いえ、それは平気です。俺達も伊達にこんな吹雪の中を旅してきたわけじゃないですから、水や食料は自前で確保してます」

「そうなのか? まあ、ここにいるのだからそうなのだろうな……わかった。気づけばいい時間だし、私も今日はもう休むことにする。出発は明日の朝……いや、昼だ。君達もゆっくり休んでくれ」

そう言うと、ハリスが部屋の隅の方に移動していく。壁はともかく屋根があるのはこの部屋だけのようなので、それでも最大限に気を遣ってくれた形だ。

その言葉に甘えるように、俺はハリスとは対角線上の角に腰を落とす。するとすぐにティアが近寄ってきて、そっと手を重ねながら話しかけてきた。

「大丈夫エド? 横になるなら何か敷きましょうか?」

「はは、平気だから心配すんなって。疲れただけだから、少し休めばよくなるさ」

心配そうに顔を覗き込んでくるティアに、俺はそう言って小さく笑う。そのうえで重なっていたティアの手のひらを小指を動かしてカリカリとひっかいてやると、すぐに俺の意図を察したティアが「 二人だけの秘密(ミッシングトーク) 」を発動してくれた。

『どうしたの? あ、ひょっとして内緒話がしたかったから調子が悪いふりをしたとか?』

『……おっと、流石ティアだな。一発で見抜かれ――』

『嘘』

へらりと笑う俺の目を、ティアがジッと見つめてくる。翡翠の瞳はしょぼくれた俺の顔を捕らえて放さず、重なった手にわずかに力が込められる。

『二人で話したかったのは本当だと思うけど、絶対それだけじゃないわよね? 言えないことや言わない方がいいことなら聞かないけど、そうじゃないなら今更隠し事なんて無しよ?』

『あー……こりゃ参ったな』

空いている左手でポリポリと頭を掻きつつ、相棒の頼もしさに降伏の意を示す。確かに一人で抱え込むよりは、適当に話しちまった方がいいんだろう。

『ついさっきだけど、この世界の心当たりが思いついたんだよ』

『え、そうなの? ならやっぱりあのハリスさんって人が勇者なのよね?』

『そうなんだけど……俺が知ってる勇者ハリスは、一五歳の少年だったんだよなぁ』

『……どういうこと? まさかあの見た目で一五歳なんて言わないわよね?』

「ぶほっ!?」

訝しげなティアの物言いに、俺はついつい吹き出してしまった。幸いにしてハリスは気にしていないようだが、俺はじろりとティアを睨んでから話を続ける。

『なわけねーだろ! 多分……本当に多分なんだが、どうも俺達がこの世界に来る時間が、四〇年ほど遅れてるみたいなんだよ』

『四〇年!? それはまた盛大に遅刻したわね。ってことは……』

『そうだな。この惨状は遅刻の代償ってわけだ』

一周目の時、この世界に吹雪なんて吹いてなかった。勇者を目指すハリス少年は若者特有の勇敢さと無謀さを兼ね備えたよくいる元気な男の子って感じで、俺はハリスと一緒に王都を目指す旅をして、ハリスは見事勇者に認定されることになる。

その後も一緒に旅を続けるが、勇者の仲間という安定した立場を手に入れたことで仕事に手を抜くようになった俺は、最終的にハリスからパーティ追放を言い渡される、という流れで離脱したわけだが……

『ただ、それにしてもおかしいんだよ』

『おかしい? 何が?』

『この吹雪さ』

俺が何かをしたりしなかったりすることで世界の行く末が変わるというのはもうわかっている。というか、そんなのは当然だ。むしろ何をしても結果が変わらないんだったら、俺は早々に気力を無くしてぼーっと過ごすだけになっていただろう。

だが、その観点で言うとこの世界はおかしい。一周目と今の違いが、いくら何でも大きすぎる。

『俺がこの世界にやってきてから追放されるまで、吹雪なんて一度だって吹いたことはなかった。なのにハリスの話を聞くと、本来俺がやってくる時期に吹雪が吹き始めてる。

つまり、この吹雪は 後付け(・・・) なんだ。あるいは俺が追放された後に吹雪が始まるって可能性もあるけど、それだと今回だけ四〇年も後に飛ばされた理由がわからねーしな』

『つまり、この吹雪が始まったから私達は本来入るべき四〇年前の世界に入れなかったってこと?』

『多分な。今までの経験からして、俺達が勇者に干渉することで世界の流れを変えられるってのは間違いないと思う。

そのうえで俺達が今に跳ばされたとなると、今この瞬間、ハリスさんに協力して魔王を倒すってことが俺達にできる最大限の干渉の可能性が高い。

逆に言えば……あの吹雪が発生しちまってる時点で、この世界はどうやっても救えないってことだ』

『そんな……っ!?』

大きく目を見開くティアの顔に、驚きと悲しみの両方が生まれる。そりゃそうだろう。今まで幾つもの世界を困難を乗り越えて救ってきたというのに、今回は最初から救うべき世界が終わっていると言われれば、そんな顔もしたくなる。

『どうにかできないの?』

『できることはある。吹雪の原因が魔王だって言うなら、今回で魔王を倒せば次に時を繰り返すことがあった場合、この世界にはもう魔王が存在しないことになる。そうなれば平和な未来があるはずだ』

『……でも、それって次の話よね? なら今私達がいるこの世界は?』

『……………………わからん』

縋るような祈るような、そんなティアの言葉に俺は目を閉じ顔を伏せて言う。実際のところ、同じ時を繰り返した場合前の世界がどうなるのかは俺にもわからないのだ。それでも言えることがあるとすれば、それはたった一つだけ。

『それでも、救いはあると思う。だってティア、お前がここにいるだろ?』

仲間に助けられたった一人で生き残り、自責の念を抱きながら死んでいったティア。その運命を書き換えたことで、今彼女は俺の前にいる。

あの日死んだティアはどうなったのか? その想いは何処に行ったのか? 繰り返す世界は何処まで行っても俺の主観でしかなく、それを推し量ることなどできるはずもない。

それでも確かなものはある。繋いだ手の温もりは、俺にとって唯一無二の現実だ。

『ティアがここにいるから、俺は繰り返す時を信じられる。ここで悲劇を終わらせることは、きっと未来に繋がっていく。だから……』

『……ええ、そうね。二人で頑張りましょう』

俺の隣に、寄り添うようにティアが腰を下ろす。そのままコテンと首を傾けると、ティアの頭が俺の肩に乗ってきた。

「……すぅ」

「ははっ、相変わらずスゲーいい寝付きだな」

あっという間に安らかな寝息を立て始めたティアに、俺は小さくそう呟く。すぐに寝られるのはいい冒険者の条件だが、ここまで寝付きがいい奴はそういるものじゃない。

「おやすみ、ティア」

柔らかな髪を優しくひと撫でしてから、俺も本気で休むべく目を閉じる。

きっと全部は救えない。救えたものすら俺の自己満足でしかないのかも知れない。

それでも俺は救いたい。肩に掛かる重みが消えない限り、俺は決して足を止めたりしない。

敵はかつて無いほどに強大で、既に世界を滅ぼした魔王。そしてそれは紛れもなく、俺という存在の断片。

(やってやるさ……やれるだけ全部な)

胸の内で密かに決意を固めると、俺は意識に瞼を落としていった。