軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幸運に恵まれることと幸せになることは別の話である

「ジョン!?」

「ええ、そうですよキャナル。こうしてお会いするのも、もう何度目になりますか」

訝しげなキャナルの表情に対し、ジョンと呼ばれた黒衣の男は笑みを浮かべて一礼してみせる。一八〇センチほどの細身長身の男がすると何とも絵になる姿だが……ふむ、とりあえずいきなり襲ってくるというわけではなさそうだ。

「おいキャナル、知り合いか?」

「……知り合いよ。不本意だけどね」

「おやおや、それはこちらの台詞では? 貴方の方が私の仕事先に度々トラブルを運んできているだけでしょう?」

「うぐっ!? ち、ちが!? アタシは普通に仕事をしているだけで……」

「これが普通に仕事をした結果だと?」

呆れたように肩をすくめて周囲を見回すジョンに、キャナルがこれ以上ないほどに渋い顔をする。割と図太いキャナルだが、流石にこの光景を前に「普通の仕事」と言い張ることはできなかったようだ。

「さて、それではこちらから先に名乗りましょうか。私はジョン・D・ジョーンズ。そちらの貴方は何処のどなたですか? 何故キャナルと一緒に?」

「俺はエド……ただのエドだ。立ち位置は……キャナルの用心棒とかになるのか?」

別に給料をもらっているわけじゃないが、然りとて他に適当な表現も無い。そんな俺の言葉に、ジョンがピクリと形のいい眉毛を釣り上げる。

「ほう、用心棒? 用心棒と言うのなら、主をこのような危険に巻き込むべきではないのでは?」

「そこは雇用主の意向に最大限に配慮したと言って欲しいな。それにこの程度は危険じゃない。そのくらいはわかってるだろ?」

守るのがキャナル一人なら、足下に転がってる男達が一〇〇人いたって余裕で守り切れる。その自信があるからこそこんな怪しい場所にも俺は黙って同行した。じゃなかったらこの建物に入る前に無理矢理にでも引きずって帰ってるしな。

が、目の前に立つジョンという男は違う。こいつは俺が本気で警戒する必要がある強者だと俺の勘が告げている。だからこそ軽口を叩いていても一瞬たりとも警戒を緩めてはいねーし、それはジョンも同じはずだ。

「そ、そうよ! エドはしっかりアタシのこと守ってくれてるわ!」

「ハァ。キャナル、貴方はもう少し人を見る目を――」

「事務所でだって一緒に寝泊まりしてるんだし!」

「……何?」

俺の背中から顔だけ出して抗議するキャナルの言葉に、ジョンから放たれる圧力が一段上がる。

「……キャナル。貴方はこの男と寝食を共にしているのですか?」

「そうよ! エドったら割と料理も上手いし、アタシがお腹を出して寝てるとタオルケットを掛けてくれたり、優しくしてくれるんだから!」

「……ほぅ?」

「いや待て。ちょっと待とうぜ。何か違う方向に行ってる気がするから」

ジョンの黒目にキラリと殺意が見え隠れしたところで、俺は右手で剣を構えたまま左手を前に突き出して言う。何というか、これはとても良くない流れだ。

「確かにキャナルは少々間の抜けたところがありますが、それに付け込むような非道な行為を見過ごすのは――」

「誰が間抜けよ!? アタシはちゃーんと真実を見極める目でエドがいい人だって確かめたんだから! まあ確かにちょっと怪しいところがあるっていうか、乙女の扱いには問題があるかも知れないけど」

「――万死に」

「いいから待てって! あの、あれだ! 二人! 相棒の女と二人一緒にキャナルのところに世話になってるんだよ!」

首の辺りにひやりとした殺気を感じて、俺は慌ててそう告げる。するとジョンから感じられる圧力がみるみる小さくなっていき、その目線が俺からキャナルの方へと移動する。

「そうなのですか?」

「ん? そうよ。だから今は三人暮らしって感じね。すっかり賑やかになっちゃったけど、まあ悪くないわ」

「……そう、ですか」

安堵のような呟きを漏らし、ジョンから感じる警戒心が最低限まで下がる。それでもまだ気は抜けねーが、とりあえず問答無用で攻撃されることはなくなったようだ。

「で、ジョンは何でこんなところにいるの? ってか、ここ一六階なのにどうやって外から――」

「私がここにいるのは、勿論仕事ですよ。ちょっと厄介な案件を抱えていましてね」

「厄介?」

「……S・E・E・D」

「しーど……って、まさかあのS・E・E・D!?」

「うん? おいキャナル、シードって何だ?」

訳知り顔の二人と違い、その単語に何の心当たりも無い俺の問いに、キャナルではなくジョンの方が答えてくれる。

「Special Extended Ecstasy Drug……通称 S・E・E・D(シード) 。肉体的な快感を感じられるだけだったこれまでの魔薬と違い、摂取した者の魂を拡張し、短時間ながらも全能感を与えてくれる最新の魔薬です」

「魂の拡張って……そりゃまた大層な薬だな。本当にそんなことできるのか?」

この世界の技術がとんでもなく発展していることはわかっているが、それでも人の身で魂に干渉……しかも拡張なんてことができるとは到底思えない。だが懐疑的な俺の言葉に、ジョンは表情を変えること無くその首を振る。

「できるんですよ。少なくとも飲んだ人間はそれを実感しています。従来の魔薬と違って肉体的な副作用もないため、権力者の間では随分と人気なようです」

「へー。ん? でも副作用が無いなら別にいいんじゃねーか?」

「違います。あくまでも肉体的な副作用がないだけで、副作用そのものはちゃんとあるんですよ。一度でもS・E・E・Dを服用すると、無理矢理に拡張された魂が歪んでしまい……二度と転生できなくなります」

「っ!?」

ジョンの言葉に、俺は思わず息を飲む。魔王としての記憶を取り戻す前の俺ならピンとこなかっただろうが、今ならばその重大さがこれ以上無いほどに理解できる。

「勿論この世界には人だけでなく、魚や虫、植物など様々な命が溢れています。が、どれだけ多くてもそれは有限。このままS・E・E・Dが流行り続ければ、数千年、あるいは数万年先には巡る命そのものが無くなり、この世界は死に絶えることでしょう」

「えー、でもそれってただの俗説でしょ? 誰も証明できてないじゃない」

「ええ、その通りですキャナル。ですがそれが証明されるのはもうどうしようも無いほどに魂が使い捨てられた後であり……そしてその段に至っても、おそらくS・E・E・Dを使う人はいるでしょう。実在するかどうかもわからない自分の来世よりも、今を楽しみたいという人間がいなくならない限りはね」

「そりゃーまあ、そうだろうなぁ」

転生して次の人生を生きるのは、自分の魂ではあっても自分じゃない。一〇年後の自分のために酒をやめることすらできない人類が、来世のために今の快楽を捨てろなんて言われてやめられるはずがない。

「だからこそ、ごく一部の裕福層にしか広まっていない今の段階で根絶する必要があるのです。この世界の未来のためにね」

「はー、相変わらず高尚なお仕事をしてるのね。で、それがこの金貸し達とどう繋がるわけ? まさかこいつらがS・E・E・Dを作ってるわけじゃないわよね?」

「勿論ですよ。S・E・E・Dの作成にはとある国家機関が背後にあるという話ですが、セキュリティーが固すぎて直接探ることはできません。が、物を作る以上必ず資金の流れが生じます。

で、今回ここからかなりの額の資金が組織に流れるという情報を得たのですが……」

「…………え、アタシ!?」

ジョンのジト目を受けて、キャナルが間抜け面で自分の顔を指さす。そしてそんなキャナルに、ジョンが大きくため息をつく。

「そうです。まさか資金の出所がキャナルだとは……流石に予想外でした」

「あ、アタシだって好きでお金があるわけじゃないわよ!?」

「確かにそうでしょうが、もうちょっと警戒心を持って行動していただかないと……そちらの用心棒の方にもね」

「あー、わかった。それは俺も注意しとく」

軽い皮肉を込められたジョンの忠告に、俺は素直に頷くことしかできない。一周目はそもそもダイスレインを当てていないのでこんな事件には巻き込まれていないし、俺にしろティアにしろ「大金を持つ」ということに対する意識というか警戒心が大分低かったんだということを改めて思い知らされた。

大抵のことはどうにかできると思うが、そもそも問題が起こらないように立ち回る方が優れているのは当然だ。

「何だろう。アタシすっごいお金持ちになったはずなのに、贅沢もしてないし変な事件に巻き込まれるし、いいことが全然無い気がする……」

しみじみとそう呟くキャナルに対し、俺は苦笑することしかできなかった。