軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

一度身についた技術は、そう簡単に忘れたりしない

「……なあアース。そんなに怖がることはないんじゃねーか?」

「……………………」

「むぅ」

その後「 失せ物狂いの羅針盤(アカシックコンパス) 」を使ってアースの位置を補足し、あっさりと捕まえて元の位置に戻ってくると、何故かアースが捨てられた子犬のような顔でティアの後ろに隠れてしまった。

いやまあ、何故っていうか俺が怖がらせたからではあるんだが……これじゃ話がしづらくて仕方が無い。

「ほら、もう模擬戦は終わりだ。怖くない。怖くないぞー?」

「……そこまでされると馬鹿にされてる気がして、何か嫌です」

「ならどうしろと……とにかくこっち来て話を聞けって。な?」

「大丈夫よ。エドが変なことをしたら、私がやっつけてあげるから!」

「はい……」

俺の猫なで声とティアの声援を受けて、アースが俺の前にやってくる。ただその態度にはやはり怯えが残っており、微妙な罪悪感が俺の中に湧き上がる。ち、違うぞ。俺は必要なことを心をオーガにしてやっただけなのだ。

「ふぅぅ……じゃ、改めて聞くが、さっきの模擬戦、どうだった?」

「それは……僕はまだまだ弱いんだなって言うのがわかりました」

「あー、いや、それは違……わなくもないんだが、とりあえず今はどうでもいいんだ。それよりも、俺と対峙してどうだった?」

「どうって……それは、その……怖かった、です……」

「そう、それだ! 戦いってのは怖いんだ。何せ命のやりとりをしてるんだからな。そしてそれが、お前がこの数日で綺麗さっぱり忘れちまった感情だ」

「え……?」

俺の指摘に、アースがぽかんと口を開ける。そんな態度を取ってしまうほど、アースの頭からは危機感が抜け落ちていたわけだ。ああ、やっぱりここでやっておいて良かった。

「なあアース。お前最近の戦いで、怖いなんて感じたことなかっただろ? 危ないと思ったことはあっても、その先……自分が死ぬなんてことは一度も考えてなかったはずだ。違うか?」

「それは……」

俺の言葉に、アースが少し戸惑ったような表情を見せる。

アースの成長速度は俺やティアの予想を大きく超えていた。そのせいで安全マージンを確保した魔獣を討伐対象に選んでもアースはあっさりと勝利してしまい、ならばこそ今回はやや厳しめを選んだつもりだったが、それすらもアースは無傷で切り抜けてしまった。

冒険者になりたての子供がこれで調子にのらないはずがない。なのでアースにお前が悪いと頭ごなしに叱りつけたりはしねーし、可能ならば時間をかけてゆっくりと世界の広さを教えてやった方がいいんだろうが……今回はそうはいかない事情があった。

「普通なら、まあいいんだ。そういう増長は若者の特権だし、才能が現実に負けた時に立ち直れるかどうかってのも冒険者の資質の一つだから、失敗すらも貴重な経験だからな。

ただ、お前の場合はあまりにも早く強くなりすぎた。そういう経験をする機会を全部すっ飛ばして強くなったせいで、もう失敗ができない。

わかるか? お前は無傷でダールトンベアに勝ったが、それは楽勝だったんじゃない。自覚してないだけで、小さな手傷を一つ負うだけで窮地に追いやられ、そのまま死ぬような敵に何とか勝ったってだけだ。

もしゴブリンなり何なりが横やりを入れてきたら? 雨上がりでぬかるんだ地面に足を取られたら? うっかり木の根を踏んでほんのわずかによろけたら? そういう常にあり得るちょっとした不運や不注意が、お前を簡単に殺しちまうんだよ」

「うぐっ!? で、でも、それなら口で言ってくれれば……」

「馬っ鹿、そんなの意味ねーだろ。だってお前、その程度のこと 知ってた(・・・・) だろ?」

「えっ!?」

「驚かれる方が驚くわ! アースお前、エルフの里で大人と一緒に狩りをした経験があるんだろ? ならそんな当たり前のこと、お前が知らねーはずがねーんだよ。

何年も狩りをやってりゃ、何度だって見て聞いて、経験してるはずだ。魔獣ですらない野生の獣相手だって、油断すりゃ簡単に人死にが出る。だから狩人はどんな獲物に対峙した時でも細心の注意を払い、真剣に獲物を狩るんだ。

それとも何か? お前に狩りを教えた奴は、『獲物なんてこっちを見たら逃げるだけの糞雑魚だから、適当に弓撃っときゃ何とでもなる』とでも教えたのか?」

「そんなわけないだろ! そんなわけ…………そうだよ、そんなわけないよな……」

最初こそ声を荒げたアースだったが、すぐに自分のこれまでの行動を省みてその声が小さくなっていく。一二歳ぐらいの外見とはいえ、エルフのアースは五〇歳。なら一〇年やそこらは狩りをやっているはずで、実際里から町に来る途中の戦闘では、ゴブリン程度の敵であってもきちんと警戒して戦闘をしていたのだ。

ならばわからないはずがない。思い出さないはずがない。一〇年積み重ねた常識を、一週間で本当に忘れ去れるはずがないのだから。

「今回お前は、俺と戦って数日ぶりに死の恐怖を思い出した。戦いってのがどういうもので、自分がどれだけ迂闊なことをしてたのかを自分で気づけた。

だからまあ、後は同じ事を繰り返さないようにするだけだ。今のお前は里で鍛えた大きな切り株の上に、強さという細くて長い枝を接ぎ木しただけだ。そんなところに登って大地を見下ろし悦にいったところで、すぐにへし折れて落っこちる。

だからしっかりと水をやり、気を配り、枝を切り株に見合う大樹に育て上げろ。高く伸ばすことばかりじゃなく、太くがっしりと揺るがぬ基礎を固めるんだ。そうすりゃお前の木は、いずれ天を突く巨木になるだろう。俺が保証してやるぜ?」

「エドさん…………」

グッと親指を立ててみせた俺に、アースが迷いの晴れた顔を向けてくる。

「ありがとうございます。エドさんの忠告、身に染みました」

「そいつぁ良かった。俺も納得してくれてほっとしたぜ。こんだけ言っても納得しない、伝わらない奴ってのもいるからなぁ」

一度意固地になってしまうと、相手の意見を絶対に聞き入れない奴というのはそれなりにいる。そういう相手にはどれだけまともな忠告だろうと意味はなく、それでも助けたい場合はかなり迂遠な方法でどうにかして信頼関係を築き、その後少しずつ意見を誘導して……というやり方しかないので、正直よほど大事な相手でもなければ見捨てるのも視野に入れる感じになるからなぁ。

「ふふ、確かに僕も、エドさんにあっさり負かされてなければ『僕より弱い奴が何を当たり前のことを言ってるんだ?』と思って、まともに考えなかったかも知れないですね。それでもいつかは気づいたとは思いますけど、気づいたときが死が逃れられない時……っていうのが凄くありそうで」

「あー、物語の悪役が『あの時ああしていれば……』みたいな事を言うのは定番だからな。ってか、俺もそういう時期あったし」

「えっ、そうなんですか!?」

「まあ、降って湧いた力にはしゃいで馬鹿やったことに関しては、俺の右に出る奴はいねーと思うぜ?」

一周目の後半、追放スキルが揃ってきて強くなった頃の俺には、調子に乗りまくっていた時期があった。今思い返すとあまりにも痛いが、だからこそ失敗談には事欠かないし、経験者だからこそアースの気持ちも理解できたのだと思えば、必要なことだったと思ってもいい……いいよな? うん。そういうことにしておこう。

「えっと、それは、何と言っていいか……?」

「ハッ! 馬鹿が馬鹿やった話なんて、酒飲んで笑い飛ばしゃいいのさ! つーか素面でするような話でもねーし……ひょっとして聞きたいか?」

「是非!」

「あら、そんな面白そうな話をするのに、まさか私をのけ者にはしないわよね?」

目をキラキラと輝かせるアースに次いで、ニンマリと笑うティアまで俺の失敗談をせっついてくる。

「えー、正直あんまり話したくねーんだけど……」

「自分でそこまで言っておいて、話さずに終われるとでも? さ、今日はもうこれくらいにして、町に帰ってエドの話を聞きましょ!」

「はい! 行きましょうエドさん、ティアさん!」

「俺が話さないって選択肢はないんですか、そうですか……」

「アース君は一杯頑張ったから、今日はエドが何でも好きなものをごちそうしてくれるわよ」

「いいんですか!? ありがとうございますエドさん!」

「しかも俺の奢り!? 普通こういうのは話を聞く側が奢るんじゃね?」

「何よエド、まさかアース君に奢らせるつもりなの? それは流石に年長者としてどうかと思うわよ?」

「ぐぅ!? そ、そんなつもりは…………わかった。俺が奢ろう」

「やったー! ありがとうございますエドさん!」

「じゃ、私の分もお願いね。そしたら話終わってへこんでる時に、頭を撫で撫でしてあげるわよ?」

「いるかっ! ぜってーティアの分は奢らねーからな!」

「はいはい。楽しみにしてるわね」

「…………チッ」

一周目の時にこんな事件は起きなかったというのに、俺の頭には二人分の料理を奢らされる俺の姿がありありと浮かんでくる。そんな世の理不尽を噛み締めながらも、俺は苦笑しつつはしゃぐ二人の後を着いて町へと戻っていくのだった。