軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

賢者は谷に橋を架けるが、馬鹿は走って飛び越える

「美味いお茶ですね。それに庭も」

「ええ、すっごく素敵!」

俺達の手にはさっぱりとした味わいの茶色いお茶があり、俺達の目の前には色とりどりの花が咲く庭がある。どちらも素朴だが風情のある味わいで、こうしているだけで心がほっと落ち着くようだ。

「ほっほ、気に入ってくれたなら何よりじゃ。まあお茶の方はともかく、庭の方はワシは何もしておらんのじゃがのぅ」

「え、そうなんですか!? いや、でも……」

庭に咲いている花は、種類こそ雑多なれどある程度の範囲に密集している。流石にこれが自然に咲いたものだとは思えないんだが、そんな俺の疑問に長老は楽しげに笑って答えてくれる。

「ほっほっほ。嘘ではないぞい? この花は精霊達が勝手にやってくれておるのじゃ。風に吹かれて飛ぶ花の種がちょうど良くこの辺に落ちたりとか、雨に流された栄養のある土がたまたまこの辺に溜まったりとかのぅ」

ほぅ。つまり精霊の忖度がこの庭の正体ってことか。でもそれなら……

「それだけ精霊に愛されてるなら、ちゃんと精霊魔法を使ったらもっと凄いお庭ができるんじゃないですか?」

俺の内心を代弁するかのようなティアの問い。それに長老はピクリと耳を震わせるも、その笑みは崩れない。

「ほっほ、そうじゃのう。やろうと思えばこの小さな庭に山を作り川を流し、自然を凝縮したような庭を作ることもできるじゃろう。もっと若い頃じゃったら、そういうのにこだわったかも知れん。

が、ワシはもう歳じゃ。力を尽くして多くを望むのではなく、あるがままのものにほんの少しの気持ちが乗ってくれればそれで十分なのじゃよ。じゃが……」

「長老様?」

長老の表情が、そこで初めてわずかに曇る。しょぼんと垂れ下がった耳には、少し前までの力が感じられない。

「精霊樹があの状態じゃからな。最近はこの辺りの精霊の力が徐々に弱くなってきておるんじゃ。このままじゃと一〇年もしないうちに、この花畑も単なる草地になってしまうかも知れん。それはちょっと寂しいのぅ。

まあ唯一の救いは、そんな寂しい庭先を見るよりワシの寿命が尽きる方が早いじゃろうということじゃが」

「そんな!? 長老様も花畑もこんなに元気なのに、何で――」

「ほっほ。わかるとも。三〇〇を超えてからは自分の歳を数えることもしておらぬが、それでももうそろそろ己の命が尽きることくらいはわかる。何というか、こう……精霊と近くなるんじゃ。きっと肉体が弱ることで魂が表に出やすくなり、その分だけ精霊と触れ合いやすくなるんじゃろうな」

「……………………っ」

俺から長老の余命を聞いているだけに、ティアは何も言えなくなってしまう。そしてそんなティアの頬に、長老が優しく手を触れる。

「そんな顔をせんでくれ。ワシは十分に長生きした。思い残すことがあるとすれば、もう一度あの美しく命溢れる精霊樹の姿を見れなんだことだが……」

「何とかします!」

「お、おいティア!?」

「私達が、きっと何とかします! だから――っ」

突然の宣言に驚いた俺を無視して、ティアが力のこもった視線を長老に向ける。だが長老は困った笑みを浮かべてティアの頬から手を離す。

「すまんのぅ、そんなつもりは無かったんじゃ。ワシのような先の無い年寄りのために、若者が無理をしてはいかん。

できることを、できるだけでいいんじゃ。無理をして己を傷つければ、お嬢さんの隣におる彼も傷つくのじゃ。焦ってはいかん。一歩一歩確実に進むのじゃ。

お嬢さんの優しい気持ちを受け取るだけで、ワシの腕は精一杯じゃよ。ありがとう」

「長老様……」

達観した笑顔を浮かべる長老に、俺もティアもそれ以上は何も言えなかった。そのままお茶を飲み、綺麗な庭を眺め……後は当たり障りの無い会話をいくらか交わしてから、俺達は長老の家を後にする。

「では、またのぅ」

「はい」

「お邪魔しました。失礼します」

見送ってくれる長老を背に、俺とティアは一礼してから歩き出す。そうしてしばらく進むと、ティアが固い表情で俺の方を見てくる。

「ねえ、エド」

「言いたいことはわかる。けど、正直あんまりいい手じゃねーぞ?」

現状の勇者は長老だが、長老の余命は最長でもおおよそ二ヶ月。つまり俺達が帰還するのに必要な「半年一緒に行動する」という条件をどうやっても満たせないし、そもそも余命幾ばくも無い老人を連れて魔王討伐の旅に出るというのはあまりにも現実的じゃない。

「一番いいのは、このままあの少年が『勇者』になるのを待ってから、里長に掛け合って彼を連れて魔王討伐の冒険に出て、半年かけて魔王を倒して帰ってきたらそこで別れる……追放されるって流れだ。これなら全部が上手くいく」

「わかってるわ! わかってるけど……」

「そうか。わかってるならいい」

うつむくティアの手を引いて、俺はそのまま歩いていく。今日はこれで宿に帰る予定だったが、大通りに出たところで俺は宿とは反対方向に足を向けた。

「エド? そっちは宿の方じゃないわよ?」

「何言ってんだティア。 わかってる(・・・・・) んだろ?」

「え……?」

「一番いい方法はそれだが、一番満足できる方法はそうじゃない。なら多少のリスクや問題なんて蹴っ飛ばしてやりたいことをやる……それが俺達だ。だろ?」

ポカンと口を開けるティアを見ながら、俺はニヤリと笑ってやる。するとティアの翡翠の瞳がまずは大きく見開かれ、次にじわりと涙が浮かび、そして最後にキラキラと輝いて俺に向かって飛びついてくる。

「エド! やっぱり貴方最高ね!」

「ちょっ、おい!? やめろよ! 恥ずかしいだろ!」

「いいのよ! 私の仲間は最高だって、みんなに自慢しちゃうんだから!」

「あーもう、わかったから離れろ! 急いで買い出ししねーと店がしまっちまうだろうが!」

「あっ、そうよね! 早く早く!」

「ったく……」

パッと離れたかと思えばサッと走って前を行き、ソワソワと足踏みしたまま振り返って手招きするティアに、俺は思い切り苦笑しながらその後をついていく。元々必要なものはほとんど「 彷徨い人の宝物庫(ストレンジャーボックス) 」に入れてあるので、保存食なんかをいくらか追加購入すると、俺達は里長のところに行って「明日からしばらく調査の為に里を出る」と伝えてから宿に戻ってきた。

「うーっ、急ぎたいのにー!」

「無茶言うなよ。いくら『 失せ物狂いの羅針盤(アカシックコンパス) 』で方角だけわかっても、初めての森を夜に歩くなんて自殺行為だぞ? 里長にだってそう言われたろ?」

「そうだけど! でも、私とエドなら平気だと思わない?」

「そりゃまあ、スゲー無理すりゃいけなくはねーだろうけど……」

最速というのなら、ティアをここに残して俺が単独行動すれば理屈の上では最も早く目的地にたどり着けるだろう。俺一人なら「 不落の城壁(インビジブル) 」と「 追い風の足(ヘルメスダッシュ) 」で無理矢理走り抜けることができるからな。

でも、世の中は「目的地に向かってまっすぐ走ればそのうち辿り着く」と言い切れるほど単純じゃない。山や谷ならまだしも、でかい川や海なんてものがあったら流石にひょいとひとっ飛びというわけにはいかねーし、国境を越えるとかなったら手続きだって必要になる。

一応「 不可知の鏡面(ミラージュシフト) 」を使えば通り抜けることはできるが、国境破りは普通に重罪なのでその後の行動に大きな制限がつく。短縮できる時間よりもばれた場合に浪費する時間と背負うリスクが大きすぎて、よほどの事情が無ければ正直釣り合わない。

しかもそこまでやって魔王のところにたどり着いても、俺一人で倒せるかと言われると……うん、やっぱりどう考えても無理だな。

「あー、駄目だ駄目だ。気持ちはわかるけど焦るな。まずは森を抜けたら近くの町に行って、冒険者ギルド的な場所に登録して身分証を手に入れないことには動けん。この里以外でも魔王の情報を集めねーとどう動いていいかもわかんねーしな」

「うぐっ……何か面倒くさい……」

「そうだな。でも必要なことだ」

そう言う意味では、この手の煩雑な手続きだの証明だのを全部「神の思し召しです」で片付けられたリーエルの存在はとてつもなく大きかった。あの暮らしが割と長かったからちょっとだけ忘れかけていたが、本来の冒険者ってのはこのくらい面倒なもんなんだよなぁ。

「わかった! でも朝イチ! 朝イチで出発するわよ!」

「はいはい、了解。じゃ、今日は早く寝ようぜ」

「ええ! じゃ、お休み!」

飛ぶように俺の部屋を出て行くティアを若干の呆れと微笑ましさで見送り、俺もまた新たな旅立ちを控えて早めに眠る。そうして次の日、出発前の挨拶の為に里長の家を訪ねると……

「どうかこの子を旅に同行させてもらえないだろうか?」

「お、お願いします!」

そう言って俺達の前に現れたのは、もうすぐ勇者となる少年の姿だった。